第二章 二十六話 「脱出」
文字数 3,740文字
アールが発電所に仕掛けた爆弾も爆発し、基地内の全ての電気設備が消える。見えるのは次々と爆発して立ち上った赤色の炎に照らされたものだけで、そんな中で爆弾がどこに何個設置されたのか分からない兵士達はさらなる混乱に陥った。電力が落ちたのは中央棟も例外ではなく、ウィリアム達を迎撃するために待ち構えていたスペツナズ隊員達は突然の暗闇に視界を奪われて、一瞬動揺した瞬間に足元に転がってきた閃光手榴弾の炸裂と、それと同時に地下へ続く階段の角から飛び出してきたウィリアムのM16A1とそれに続いたクレイグのAKMSの短連射によって、待ち伏せしていた五人全員が葬られた。
「アール!南側ゲート、確保できているか?」
隊内無線を開いて、アールと交信しながらM16A1を構えて、ウィリアムは中央棟の一階廊下を南に向かって進んだ。その後ろにユーリを保護したクレイグが、そしてジョシュアが続く。
基地を北から南へと貫く中央道に面した通路を行き、本棟の南側出口へと向かう四人に、道の反対側、武器庫の前にいる民族戦線兵士達の放った銃撃が通路の窓ガラスを突き破って襲う。
「伏せろ!」
ウィリアムの叫びとともに四人は身を低くし、廊下の道路側の壁に身を寄せて、コンクリートの壁で背中をカバーした。同時に背後の廊下の角から飛び出してきた民族戦線兵士をジョシュアのXM177E2カービンの短連射が撃ち倒し、ウィリアムは、目の前の扉を開き、AK-47を持って飛び出してきたソ連兵将校をM16A1の短連射で撃ち倒した。間髪おかずに廊下の先の南側出口の扉が開き、二名のスペツナズ隊員が突撃してきたが、ウィリアムに隙はなかった。扉が開くと同時に、M16A1の銃身下に装着したM203グレネードランチャーの引き金を引き、近接安全ロックの距離を短くした四〇ミリグレネード弾が、軽い破裂音とともにランチャーの銃口から飛び出した。ライフリングの影響で回転しながら飛翔したグレネード弾は突入してきたスペツナズ隊員達がAK-47の引き金を引くよりも前に、彼らのすぐ脇の壁に刺さって爆発した。廊下の壁が一部剥がれ、重金属の扉も吹き飛ぶグレネード弾の爆発の衝撃波が、わずか十メートル足らずの位置で生じ、顔を背け、ユーリの体に覆いかぶさったウィリアムは衝撃波が通りすぎると同時に、廊下の南端の方にM16A1を構えた。通常よりも炸薬の量を増やしたグレネード弾の爆発はコンクリートの壁を内部の電気配線が見えるほどまで深くえぐり、鉄製の扉も吹き飛び、残骸のようなものが辛うじて壁に張り付いてグレネードの残り火に炙られていた。スペツナズ隊員達が跡形もなく消滅したことを確認すると、今度は頭上の窓から頭とM16A1を出して、道路の向こう側を確認する。敵の人数は十人近く…、武器庫の前に陣取り、積み上げられた木箱や車両を盾にこちらを銃撃してくる敵にウィリアム達は応射の銃撃を撃ち込んだ。クレイグのAKMSの四点射撃に加え、ウィリアムのM16A1の短連射に、怯んだ民族戦線兵士とソ連兵達が遮蔽物に身を隠した瞬間、彼らの背後の武器庫から窓ガラスを通して、強い閃光を発するのを見たウィリアムは身を伏せながら叫んだ。
「伏せろ!」
ウィリアムが叫ぶ前に、クレイグはユーリの上に覆い被さって、身を伏せていた。次の瞬間、地面を揺さぶるような震動、鼓膜を突く大きな爆発音とともに、窓から入り込んだ熱気がウィリアム達のいる中央棟の一階廊下にまでも荒れ狂った。アール達が仕掛けた爆弾が爆発し、それに貯蔵されていた弾薬類が誘爆して、広さ七五〇平方メートルほどもあるコンクリート製の武器庫が大爆発を起こしたのだった。
数秒の後、爆発が収まったのを感じ、ウィリアムが頭を上げ、通路の窓から微かに顔を出して、道の反対側を見ると、天井が吹き飛び、側面のコンクリート壁も崩れた武器庫の建物の前には、既に敵兵士達の姿は消し飛んで跡形も無くなっており、彼らが盾にしていた木箱や車両の残骸だけが残り火の炎を瞬かせさせながら燃えていた。ウィリアムが道路の向こう側にいた敵兵士達の消滅を確かめた瞬間、北側の武器庫も同じように内部に仕掛けられたC4爆弾の爆発に貯蔵火器を誘爆させ、四方のコンクリート壁を吹き飛ばした後、天井を瓦解させ、黒煙と炎に包まれて、完全に沈黙した。
「Go!」
北側武器庫の爆発が収まったのを確認したウィリアムは姿勢を低くしたまま、グレネードの爆発で吹き飛んだ南側出口へと向かって、走り出した。叫び声とともに、ウィリアム達を仕留めようと、AK-47を片手に小部屋から飛び出してきたソ連人将校をウィリアムがM16A1のストックで殴り飛ばし、管制棟側の廊下から来て、後ろから追ってくる民族戦線兵士達にはジョシュアのXM177E2が短連射を放ち、牽制した。
道路では爆発物を満載して武器庫の隣に停車していたM548装軌貨物輸送車が幌布に燃え移った炎から、荷台の積載物を誘爆させ、大爆発を起こした。兵舎区画の方から増援に駆けつけたものの、その爆発に慄いた数名の民族戦線兵士達は、中央棟建物の南側出口に取り付いたウィリアムのM16とクレイグのAKMSの短連射によって殲滅された。南側と西側はクリア。だが、北側の廊下の角からは未だ、民族戦線の追撃部隊が銃撃を撃ち込んでくる。
「グレネードを使う!ジョシュア!敵の動きを止めろ!」
ウィリアムが叫ぶと同時に、ジョシュアのXM177E2がフルオートの射撃を廊下の角に向かって叩き込んだ。その銃撃に一瞬、敵が怯んだ瞬間、ウィリアムはV40小型手榴弾を投げつけた。ジョシュアの銃撃が止み、反撃をかけようと、廊下の角から身を出した民族戦線の兵士達は足元に転がり込んできた小型手榴弾を見て、回避の姿勢を取ろうとしたが、安全ピンを引き抜いた後、あえて二秒待って投げつけられた爆発寸前の手榴弾に、いかなる行動も無意味だった。廊下の角で小型手榴弾が爆発し、民族戦線の追撃部隊が鉄片の爆発に殲滅されたのを確認すると同時に、自分達を狙う敵が周囲にいないことも確認したウィリアムは、クレイグ、ジョシュアと目配せするとともに、中央棟の建物から離れ、発電施設の前を横切り、アール達が占拠している南側ゲートに向かおうとしたが、発電施設の壁に取りつこうとした瞬間、背後から大きな銃声とともに連射して襲ってきた大口径弾の嵐がウィリアムのすぐ目の前の地面を掘り起こし、不意打ちの機銃掃射にウィリアム達は中央棟の方へ再び戻ることを強いられた。
「ヘビー・マシンガン、六時の方向!中央棟の上です!」
隊内無線にイアンの声が聞こえてくる。本来、中央棟屋上の監視塔は稼働していなかったが、緊急事態になって兵士が取り付いたのだろう。爆発で瓦礫同然となった武器庫の向こう側から、兵舎の爆発を運良く生き抜いた民族戦線兵士達が銃撃してくるのにクレイグが応射する脇で、ウィリアムは隊内無線に叫び返した。
「Kill them!(排除しろ!)」
叫ぶと同時にM203アンダーバレル・グレネードランチャーの発射筒を前方にスライドさせ、新しい四〇ミリグレネード弾を装填したウィリアムは、武器庫の向こうから銃撃してくる敵兵士にM16を撃ち返しながら、南側の発電施設の方へと走り出した。建物の陰に姿を隠していた敵特殊部隊員が視界の中に現れ、その背中にDShK38重機関銃を掃射しようとした中央棟監視塔の民族戦線兵士だったが、その親指が重機関銃のトリガーボタンを押すよりも先に、イアンが四百メートルの長距離射撃で放った七.六二ミリ弾がその側頭部に突き刺さり、その隣で突然の狙撃に驚愕した射撃補助手の顔面にも、発電施設の屋上から狙撃したイーノックの銃弾が正面からめり込んだ。二人の狙撃手の援護の元、ウィリアムは中央棟の監視塔が狙える位置まで走ると、振り返り、別の民族戦線兵士が重機関銃の射手に着こうとしていた監視塔に向かって、M203グレネードランチャーの引き金を引いた。コンマ数秒後、下から飛び込んで来た四〇ミリグレネード弾が内部で炸裂した監視塔は、重機関銃もろとも内側から粉々に砕け散った。
「中央棟上の重機関銃は片付けた。クレイグ、ジョシュア出てきて良いぞ。」
ウィリアムの無線通信に従い、クレイグはユーリの腕を引っ張り、発電施設の前を通って、南側ゲートへと走った。クレイグとユーリの二人を援護するため、ジョシュアとウィリアムは、中央道を北から来る敵の増援に向けて牽制射撃を放っていたが、二人が銃弾を放つ北側の空には緊急支援要請を受け、基地周辺の哨戒飛行から戻ってきたMi-24Aハインドの大きな機影が夜闇の中、巨大なローターの回転音で空気を震わせながら、基地上空に侵入する姿があった。