終章 二話 「亡き親友に宛てる手紙」

文字数 1,381文字

一九七五年四月三十日、一ヶ月前に起きたアメリカ軍特殊部隊との戦闘に関する審問と調査を受けるため、ハノイへと召還されていた裴伯哲(ブイ・バ・チェット)は自らの執務机に向き合い、"ある人"へ宛てる手紙を書いていた。アメリカの空爆があった時代とは打って変わり、心地の良い静けさに満ちた首都の空気を感じながら、筆を進めるブイだったが、執務室の外に響いた急ぎ足の喧騒に静寂の時間は打ち切られた。
「上佐!」
ノックするのも忘れ、重い扉を勢い良く開けて、慌てた様子で執務室に飛び込んで来たのはブイの副官の潘頼道(ファン・ライ・ダオ)だった。常ならば、無礼を叱るところだが、ファンの余りにも焦燥した様子に、ただならぬ事態の発生を察知したブイは沈黙したまま、話を聞く体を副官の方に向けた。
「サイゴンが…、墜ちました…。」
副官のその一言を聞いた時、ブイは表情一つ変えなかったが、彼の胸の中では奇妙な感情が沸き立っていた。
戦いに勝った…。戦いが終わる…。そのことは喜ばしく、自分の悲願であったはずなのに、心の何処かが去っていた戦いの日々を恋しく思っている…。あれほど終わって欲しいと願った戦争のはずなのに…。
「遂にやりましたね!我々の勝利です!」
満面の笑みで喜び、舞い上がるファンの声に我に返ったブイはまだ若い副官を諭した。
「残念だが、勝利はまだだ。」
ブイのその言葉に驚き、固まったまま、「え…?」と一声だけ発したファンにブイはこれから自分達の国に待ち受けるであろう苦難を説いた。
「考えてみろ、我々の国は二十年間も戦争をし続けていたのだぞ。枯れ葉材と爆撃で荒れ果てた国土は二十年の分裂により、北と南で更に分断が深まった。」
ブイの戒めを聞いて、ファンは何かを察したかのような深刻な表情で沈黙したまま、上官の話を聞き続けた。
「加えて、西には数日前に国家権力を掌握したクメール・ルージュのカンボジアが、いつ国境を越えて侵攻してくるか分からん!そして、北には中華人民共和国も我が国の権益を狙っている!」
今まで以上の苦難が予想される国の未来を思うが故に、思わず語気が強くなったブイは気圧された部下の様子を見て、一つ咳払いをすると、自らの憂いを冷静な言葉で口にした。
「我々がこの国を本当の意味で再建するまでに、あとどれほどの犠牲と時間が必要だというのか…。」
遠いところを見るような目で窓から一望できるハノイの景色を眺めて、そう言ったブイの机の上には一通の手紙が置かれていた。それは戦死した阮公簡(グエン・コン・ジャン)の家族に送る手紙だった。勿論、グエン自身もグエンの家族も、もう既にこの世に居ないのだが、それでもブイにとって、その手紙は旧友との思い出に別れを告げるためにも書かねばならないものだった。
幼き日から同郷で一緒に過ごし、同じ理由で共に戦場に出て、その最期まで見届けた親友…。今は復讐の念から解き放たれて、黄泉の国で家族と穏やかに過ごしていて欲しいと願う親友の生き様を思い出し、心に刻み付けるために、その手紙を書くことは必要なのだった。
あとどれほどの犠牲が必要なのだろうか…。
ファンが敬礼をして出ていった後、ブイは別れの手紙を書きながら、胸中で独り言ちた。
願わくば、私とグエンのような人生を歩む不幸な若者がいなくなる世の中が来ることを望む…。
今のブイにとって、それが唯一の願いであった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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