第三章 十六話 「異様」

文字数 1,929文字

ウィリアム達の窮地を救ったベトナム人兵士達は、やはり南ベトナム陸軍の兵士達だった。民族戦線の部隊を完全に追い払い、周辺を確保した三十人ほどの一個小隊の援護の元で、ウィリアム達はイアンの姿を探したが、彼の姿はすでに最後に見た場所にはなかった。
「先任曹長…、無事だと良いですが…。」
残弾がゼロになって放棄していたストーナー63A汎用機関銃を回収してきたアーヴィングがイアンの倒れていた場所で立ちすくむウィリアムの脇に立って呟いた。
「やつらは、すぐに戻ってくる。行こう。」
傍らの部下の顔は見ず、呟くようにして一言そう返したウィリアムは、移動を開始した南ベトナム陸軍の部隊に続いて、その場を後にした。
南ベトナム陸軍の後に付いていったとしても問題が解決される訳ではなかったが、回収してくれるはずのヘリが姿を消し、加えて弾薬も底をついたウィリアム達にとって、生き残る方法はそれしかなかった。アーヴィングは爆発の硝煙があちこちから立ち昇り、無数の死体が転がるジャングルをもう一度見回すと、ウィリアムの後に続いた。

その頃、突然の作戦中止命令を受けて、あと一歩のところでウィリアム達を救出できなかったアルファ分隊を乗せた二機のブラックホークはタイ国内にある基地に帰投したところだった。
ヘリが飛行場に着陸すると同時にスライディングドアを勢い良く開け、兵員室から飛び出したサンダースはフル装備に身を包んだままの格好で指揮室に向かったが、怒りが漂わせるただならぬ雰囲気と鋭い眼光を目にして、整備員も 彼の部下達もサンダースを止めることはできなかった。
「大佐!大佐!一体、どういう訳でありますか!どうして救出を中止など…。」
入口で制止しようとした通信士を押し飛ばし、本来は武器を持ち込んではならない指揮室にフル装備のままで怒声をあげながら入ったサンダースは、そこで衝撃の光景を目にした。照明を抑えた薄暗い指揮室の中には通信士達の他にも、MP5短機関銃を手にした見慣れない装備の隊員達が四、五人ほど立っていて、部屋の中を制圧していた。
「た…、大佐、これは…!」
「サンダース少佐!指揮室に武器を持ち込んではならんぞ…。」
狼狽するサンダースに、そう答えたのはメイナードではなく、MP5を構えてサンダースに近づく特殊部隊員達の背後から現れたスーツ姿の男だった。
「あんたは一体誰だ…。」
「リロイ・ボーン・カーヴァー、中央情報局対テロ部門室長、私達の作戦を監視しに来たんだ。」
サンダースの問いに呻くようにして答えたのは、特殊部隊員達に拘束されたメイナードだった。
「大佐!これは一体…?」
予想もしない異常事態に動揺を隠せないサンダースにダークスーツに身を包んだ男が歩み寄った。
「やぁ、サンダース少佐。私はリロイ、大佐の言った通り、CIAの対テロ部門室長だ。初めて会うのが、こんな場面とは心苦しいが…。」
「これはどういつもりだ!」
サンダースはリロイと名乗った男が話し終えるよりも先に、兵士達が制圧している指揮室を見回して怒鳴った。
「まぁ、落ち着いてくれ、少佐…。話をしよう…。」
サンダースを落ち着かせるよう穏やかに言ったリロイは傍らのデルタ隊員達の方を見て、鋭い声で指令を出した。
「大佐を連れていけ。」
頷いたデルタ隊員がMP5の銃口を背中に突きつけると、両手首に手錠をかけられたメイナードは左右もデルタ隊員達に囲まれた状態で歩き出し、指揮室の外へと連行されようとしたが、サンダースの脇を通り過ぎようとしたところで、一瞬だけ立ち止まった。
「サンダース、何があっても彼らを連れ戻せ。」
その言葉にサンダースが反応するよりも先に、メイナードは連行するデルタ隊員とCIA職員に連れられて歩き去ってき、振り返ったサンダースは遠ざかるメイナードの後ろ姿を見つめることしかできなかった。
「話をしよう、少佐。私達は君に敵対するつもりはない…。」
「敵対するつもりはない?作戦を妨害し、指揮官系統を乱してもか!」
声を荒げてリロイに詰め寄ったサンダースに、傍らに着いていたダーク大尉がIMI ガリルを構えたが、リロイは片手を上げて、それを制すると、激昂しているサンダースに向き合い、冷静を貫いて説得を続けた。
「落ち着いてくれ。そのことについても説明するつもりだ。だが、まずは武器を仕舞うんだ。それと部下達にも武装の解除を命令して欲しい…。」
まだ言いたいことがあったサンダースだったが、フル装備の特殊部隊員達に周囲を取り囲まれている状況では従うしかなかった。
「分かった。聞かせてもらおう。妨害工作をしても、敵でないという根拠をな!」
そう言って、銃から手を離したサンダースに頷き返したリロイは、彼に指揮室の一席に座るよう促した。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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