第三章 二十五話 「地下トンネル」
文字数 2,120文字
「死体を確認しろ!」
先遣部隊から緊急要請を受けて応援に向かっていたところ、味方を襲っていた敵の姿を発見し、その黒い影に向かって三発のロケット弾を部下に撃ち込ませた南ベトナム解放民族戦線の偵察小隊指揮官は後ろにつく四十五人の部下達に前進と襲撃者の捜索を命じた。
常人ならば生きているはずがない…。しかし、相手はたった一人で二十五人の兵士を葬った化け物だ。
「油断するなよ!密集し過ぎず、お互いの背後をカバーし合いながら、敵を探せ!」
護身用のトカレフTT-33を片手に握った小隊長は、相互に死角を補完した五人の部下達がロケット弾の巻き上げた硝煙の中へとAK-47を構えて進んで行くのを見つめながら、周囲に展開した部下達に警戒を強めるように命じた。
硝煙のカーテンのせいで捜索する仲間たちの姿が見えず、沈黙と緊張がジャングルに漂う中、前方の硝煙の中に人影のようなものが蠢くのを見た小隊長は右手に握ったトカレフをもう少しで、その影に向かって撃つところだった。
「死体は見つかりません!」
そう叫びながら硝煙の中から飛び出してきた部下の一人に、もう少しで発砲しそうだったトカレフの撃鉄を下ろした小隊長は目の前に現れたのが敵ではなく自分の部下だつたことに安堵しかけたが、死体がないという事実は即ち敵を仕留め損なったということを意味するのだと思い出し、再び全身が緊張するのを感じた。
「全員、警戒し…。」
彼がそこまで叫んだところで、後方から部下達の悲鳴が聞こえてきて、小隊長は反射的に背後を振り返った。
「敵の襲撃です!」
小隊長の二十メートルほど後方にいた民族戦線兵士が悲壮な声で叫んだが、くぐもった連続射撃音とともに後頭部を吹き飛ばされ息絶えた。
「頭を低くしろ!狙撃だぞ!」
そう叫んだ小隊長は後方のジャングルに、味方ではない人影が走るのを目撃して毒づいた。
「あいつか…!」
傍らにいた無線兵もその姿を見つけたようで、手にしたAK-47の単連射を逃げていく人影の背中に向かって撃ち込んだが、その弾が命中するよりも先に、黒い影は風に流されてきた硝煙の中にその姿を溶け込ませて消えてしまった。
「敵は一人じゃないのか…。」
前にいたはずの敵が今度は後ろに現れ、狼狽した小隊長だったが、ジャングルの前方から聞こえてきた部下の声が彼の不安を煽る疑問を解決した。
「トンネルを見つけました!」
「どこだ!」
「こちらです!」
トンネルを見つけたという部下の声の元に向かって歩きながら、小隊長は敵の戦法を悟り、これまでの自分の疑問が部下の発見したものを考慮すれば全て晴れるのに気付いた。
敵は様々な方向から攻撃を仕掛けてくるが、その攻撃は常にどこか一方向からのみだった。それは何故か…、敵が先遣班の報告どおり、一人しかいないからだ。その一人が地下に張り巡らされたベトコンのトンネルを使って、神出鬼没の攻撃を繰り返し、まるで複数人が攻撃をしているかのように見せかけている。加えて地下に掘られたトンネルを使えば、位置を変える時にも姿を見られずに済む。それで先遣の偵察部隊もやられたのだ…。
「なめやがって…。」
そう毒づいた小隊長は部下の見つけたトンネルの入り口を覗き込んだが、縦穴式の狭い入り口の深さは十メートルほどで、灯りなしで下の様子を見ることはできなかった。
「よし、入って捜索するぞ。」
穴の中を覗き込んだまま、そう言った小隊長にトンネルを発見した民族戦線兵士が
「誰を行かせますか?」
と問うと、振り返った小隊長はおもむろにA-6Bペンライトを取り出し、死んだアメリカ兵から鹵獲したペンライトをトカレフTT-33とともに、その兵士に差し出した。
「お前が入るんだ。」
「わ…、私がですか…?」
当惑する兵士に怪訝な顔をした小隊長は、
「お前が見つけたんだから、当然だろうが…!早く行け!」
と拳銃とペンライトを押しつけて急かしたが、次の瞬間、部下の兵士から返ってきたのは返事ではなく、銃弾が頭に突き刺さる鈍い音だった。
「襲撃だぞ!」
部下が狙撃されたことを目で確認するよりも先に、そう叫びながら身を伏せようとした小隊長だったが、刹那の後、左肩に突き刺さった熱い塊によって地面に引きずり倒されることとなった。
「九時の方向だ!撃てー!撃てー!」
周辺に展開する部下達の叫び声とともに、数多の銃声が静かなジャングルの中に響き渡る中、被弾して地面に倒れた小隊長は自分と同じように狙撃されて死んでいる隊長付き無線兵の脇へと這うと、その背中に背負われた野戦用無線機を手に取って、
「増援を…。」
と呼びかけたが、無線機本体にも数発の弾丸が突き刺さっており、破壊された無線機は完全に機能停止していた。
「くそ!」
まるで自分達を手玉に取るかのように攻撃してくる敵に向かって毒づいた小隊長は無線機を投げ捨てると、先程部下が見つけたばかりの地下トンネルの入り口の脇に転がるようにして移動した。
「私の後についてこい!アメリカの野蛮人をぶち殺すぞ!」
姿の見えない敵を追い回す銃声がジャングルに轟く中、トカレフとA-6Bペンライトを両手に持った小隊長は周囲の部下達に怒鳴りながら、敵が潜むトンネルの穴の中へと先陣を切って潜り込んだ。