第四章 九話 「生存への希望」

文字数 2,759文字

銃声と砲撃の爆発音が背後で立て続けに鳴り響き、地面を震わせる中、分裂したB-36の機内へと足を進めたメイナードは暗闇の中から聞こえてくる奇妙な電子音を聞いて、新型の原子爆弾が格納されていた機体の奥へと雪の積もった墜落機の中を進んだ。殆ど闇黒に近い薄暗さの中、先に輸送機の中に入っていたロキはひょうたん型の新型爆弾の脇に座り込み、左手に握ったライトの光で手元を照らしながら、爆弾の脇腹に備えられた装置をもう一方の手で操作していた。
起爆プロテクトの解除…?
時折、装置から聞こえてくる女の声のナビゲーションから、上官の操作しているものの正体を悟ったメイナードがロキの方へとゆっくりと足を踏み出した瞬間、彼の足元で固まっていた雪の塊が潰れ、静寂に包まれた機内に鳴り響いた物音に、ロキはひどく驚いた様子で傍らに置いていたコルトM1905を構えた。
「なんだ…、お前か…。」
音も立てずに近づいてきていたのが自分の部下だと認識したロキは大きな溜め息を吐くと、消音短機関銃も手榴弾も全て置いてきて何の武器も身につけていないメイナードの姿を見て、
「装備はどうした?」
と聞いたが、全く反応を見せず直立したままのメイナードに、もう一度深く溜め息を吐くと、
「敵が来たら、これで応戦しろ。」
と言って、構えていたコルトM1905をメイナードの方へと雪の上を滑らせて渡した。その様子は普段のロキからは考えられないほど焦燥したもので、行動も早計だった。その上官の姿を見た瞬間、メイナードは自分自身が先程、再認識した己の役割が正しいものだということを再び悟った。
この男もこの男の信条にも、自分の命をかける価値などない…。
そう直感した瞬間、足元の自動拳銃を素早く拾ったメイナードは金属のスライドを後ろに引いて、薬室に初弾が装填されているのを確かめると、両手に握ったコルトM1905をロキの首に向かって構えた。爆弾のプロテクト解除と起爆コードを打ち込むことに集中しすぎて、傍らの部下の行動に全く気づかなかったロキだったが、起爆に必要な最後のマイクロフィルムを取ろうと、腰につけたポーチに手を伸ばしたところで、ようやく自分の置かれた状況を認識した。
「お前…、何してるんだ…?」
メイナードの方を見つめて、そう呻いたロキの呆然とした目も震えた声も、普段の彼よりも幾分弱々しいものであり、そのことを察知した瞬間、メイナードはさらに重要な事実を悟った。
自分はこんな弱々しい人間を目の前にしても引き金を引くことに何の躊躇いも感じていない…。自分はもう、かつての瑞木泰彦としての自分に戻ることはできないのだ…。
その冷酷なまでに不動の事実を悟った瞬間、メイナードは構えたコルトM1905の引き金を引き切った。メイナードが構えた自動拳銃が.四五ACP弾を撃ち出したのと、ロキがズボンの腰裏に隠し持っていったレミントン・デリンジャーを引き抜いて発砲したのは殆ど同時だった。二発の銃声が連続して爆撃機の中に轟いた一秒後、メイナードの額を温かい血の温もりが流れ落ち、首のすぐ真下を撃ち抜かれたロキは胸から赤黒い血を大量に流し、空気の漏れ出す音とともに大きな息を一つ吸うと、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。僅かに頭蓋をずれて、頭皮の表面を擦過していた四一口径リムファイア弾の残した傷を手で触り、弾丸が外れたことを確認したメイナードは倒れ込んだロキの死体の方へと歩み寄った。そして、爆弾の脇腹に取り付けられた機械装置が種々の表示灯を点滅させる脇で倒れているロキの右手から小型拳銃を弾こうとした瞬間、突然動き出したロキの左手がメイナードの足首を掴んだ。
「貴様も…、道連れに…。」
そう言って掴んだメイナードの足首を支えにして新型爆弾の方に体を一気に引き寄せたロキは最後の力を振り絞って、右手に握っていたマイクロフィルムを装置の中へと押し込もうとしたが、それよりも先にメイナードの手に握られたコルトM1905がロキの頭蓋を頭頂部から撃ち抜いた。体の末端に指示を与える中枢機能が失われたことで、ロキの大柄な体からは一気に力が抜け、雪の積もった床の上に顔を打ち付けるようにして今度こそ力尽きた。腰を屈め、息絶えた大男の右手からマイクロフィルムをもぎ取ったメイナードは、その小型記録媒体を自分のポーチの中に収めた。それと同時に、
「お前が…、殺った…のか?」
と背後から聞こてきた、狼狽した声に後ろを振り返ったメイナードはトンプソンを構えたまま直立している曹長と目があって、静かに口を開いた。
「自殺しようとしていた…。この爆弾を使って、俺達全員を巻沿いに…。だから殺した…。」
メイナードがゆっくりと真実を語り終えると、目を伏せた曹長は死んだロキの方を見て、
「そうか…。」
と力なく呻いた。機体の外から聞こてくえる銃声と爆発音が格納庫の中で低く響く中、メイナードと曹長の間には暫しの沈黙が流れた。任務の最初から憎かった男だが、彼がそうしようとしたように新型爆弾を起爆させることでしか、アメリカを守ることはできないのか…。曹長がロキの死体を見つめて、そんなことを考えていた時、重苦しい沈黙を破って、抑揚のない女の声が格納庫の中に響いた。
「警告。コクピットシステムからの操作を介さずに起爆プロテクトが解除されました。プロテクトを完全に解除するにはマイクロフィルムを挿入して下さい。」
新型爆弾の起爆解除装置の脇に取り付けられたスピーカーから聞こえてきた警告ナビゲーションの声に曹長は思わず苦笑いした。
「まさか、こんなところで、こんな物騒なものと一緒に最期を迎えることになるとはな…。」
そう言って、戦闘服の胸ポケットから防水ビニールに包まれた一枚の写真を取り出した曹長は敵が突撃してくるまでの数分の間、モノクロの写真に写った妻と二人の子供達の姿を目に焼き付けようとしていたが、一定間隔で繰り返される爆破装置の警告ナビゲーションの声を静かに聞いていたメイナードの考えはそんな諦めとは程遠く、状況を打開する一手を考えついていた。
「曹長…、無線を貸してほしい…。」
背後の空挺指揮官を振り返り、唐突に発したメイナードの言葉に、感傷に浸っていた曹長はその意味をすぐには理解できなかった。
「無線だ!一か八かだが、生き残れるかもしれない…!」
再度そう言ったメイナードの言葉、そして、生き残れるかもしれない、という言葉に突き動かされた曹長は慌てて家族の写真を仕舞うと、墜落機の外へと走って行った。本来であれば、少年の考えを聞いてから行動するのが、指揮官としてあるべき態度だったのだろうが、もう二度と会えないと覚悟していた家族と再び会うことができる可能性があると告げられた曹長には、そんな冷静な行動を取ることはできなかったのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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