第四章 十二話 「死を目前にした交渉」
文字数 2,255文字
タイムリミットまで残り二十秒、曹長を入れて七人となった空挺連隊の生き残り達が二つに千切れた墜落機の断面部分に陣取り、籠城戦を展開する中、無線から帰ってきた敵将の言葉は英語だった。リロイと顔を見合わせたメイナードは敵が自分達との交渉に応じる意思のあることを確信して無線に英語で返答した。
「信じられないなら、見に来れば良い。」
それで敵が納得するはずがないことはメイナードも分かっていたが、彼にはまだ秘策があった。
「信頼できない。危険すぎる。私達からすれば、これは罠かもしれないんだぞ?もっと現実的な方法を…。」
予想通りの反論を始めた朝鮮人指揮官の言葉を最後まで聞くよりも早くにメイナードは無線機を新型爆弾の脇に寄せると、爆弾の脇腹に取り付けられた制御盤を操作した。
「警告。コクピットシステムからの操作を介さずに起爆プロテクトが解除されました。プロテクトを完全に解除するにはマイクロフィルムを挿入して下さい。」
神経を逆撫でするアラート音とともに制御盤のスピーカーから流れた抑揚のない女のナビゲーション音声に朝鮮人指揮官は言葉を止め、無線機が沈黙した爆撃機の中は暫しの間、静寂に包まれた。
「どうだ?英語は分かるんだろ?こんな親切なカセットテープまでついた爆弾など、そうそう無いぞ…?」
追い打ちをかけるように無線に呼びかけたメイナードの声から数秒後、重い溜め息とともに朝鮮人指揮官の声が無線機から流れてきた。
「了解した…。護衛を数人連れて、そちらに行く。白旗を掲げて行くから撃たないでくれよ…。」
やや気後れしているような敵指揮官の声にメイナードは
「護衛は三人までだ。」
とすかさず無線に返した。
「承知した。」
再び深い溜め息を吐き、返答した朝鮮人指揮官の言葉を確認したメイナードは墜落機の乗員用ハッチの裏側に陣取り、残り少ない弾丸を敵に向かって撃ち込んでいる曹長達の方を振り返ると、
「一発も撃つな!」
と叫んだ。
「そんな…、こんな状況で一発も撃つなだと?正気か?」
「敵との休戦交渉をしたらしい!どのみち銃弾の残りは少ないんだから温存しとけ!」
反論する隊員達を曹長が説得する中、爆撃機の壁際に寄ったメイナードは霜と傷で曇っている防弾ガラス越しに吹雪の向こうにいるはずの敵の姿を睨んだ。空挺隊員達が最初に機銃陣地を設営していた地点まで前進してきている朝鮮人民軍と中国義勇軍の混成部隊の兵士達が雪の陰から息を潜めて、こちらの様子を窺っている影が微かに視認できたが、攻撃してくる気配も進撃してくる兆候も全く無かった。
何とかこちらの意思は伝わったか…?
メイナードがそう考えた刹那、待機している敵の影の一部が揺らめき、一人の人影が近づいてくるのが見えた。
「敵が来ます!」
「待て!撃つな!」
浮足立つ部下を曹長が叱咤する中、近づいてくる人影の姿を格納庫の窓ガラスから見つめていたメイナードは激しく舞う吹雪の中、機体から三十メートルほど離れた場所で立ち止まった人影が手にしたモシン・ナガンの銃身を空に向けて構えているのを視認した。その先端には雪の色と同じ白い布が巻きつけられ、吹き荒れる風の中に揺らめいていた。
「全部隊に攻撃停止を命じた。これより我々がそちらに向かう。人数は四人、承知されたか。」
停戦の白旗の確認と同時に無線から聞こえてきた敵軍指揮官の声に背後を振り返ったメイナードは無線の傍らに座っているリロイと目を合わると頷いた。
「了解した。そちらが来られるのを待つ。」
リロイが敵指揮官に無線で返答するのを聞きながら、メイナードは外の様子を窺い続けた。吹雪の中に掲げられた白旗は雪の中に溶け込んでしまいそうだったが、その小さな布切れが彼らの運命に与えた意味は大きかった。
朝鮮人民軍の部隊指揮官が現れたのは無線連絡から僅か十数分後のことだった。その時には既に吹雪は吹きやみ、三十メートルほど離れた岩陰や雪壁の裏よりこちらに百以上の銃口を向けて、敵意と監視の目を向けている共産圏兵士達の大群の姿をはっきりと見ることができた。
白旗を掲げた部下と一緒に現れた朝鮮人指揮官の後ろには北朝鮮軍の物とは異なる軍服を来た二人の男もついてきていた。恐らくは中国人の軍事顧問とその補佐役だろうと、爆撃機の陰から敵指揮官達の姿を双眼鏡で監視していたメイナードは推測した。
「武器を預かる。」
敵軍の将校達が爆撃機の十メートルほど前まで歩いてきたところで、ステンMk.II(S)消音短機関銃を構えて敵指揮官達の元へと歩き出したリロイはメイナードと話していた時とは全く異なる威圧感の籠った低い声を出して四人に武装解除を命じた。少年にも見えるアジア人兵士の顔と墜落機の陰から様子を覗っている空挺隊員達の姿を一瞥した朝鮮人民軍の少佐は両手をゆっくりと腰の後ろに回すと、アメリカ軍兵士達が息を呑んで見守る中、革製のホルスターに収めた十四年式拳銃をベルトごと外してリロイの方へとゆっくりと投げた。
「歩け。」
消音短機関銃を敵将達に向けて構えたまま、足元の雪の上に落ちたベルトを拾ったリロイは他の三人が武装していないのを確かめると、サブマシンガンの銃口ととともに墜落機の方を視線で指して命じた。背後の中国人顧問が怒りを抑えきれぬという様子で頬を引くつかせながらリロイの顔を睨む中、朝鮮人指揮官は少年の指示に従って深く積もった雪の上に防寒用ブーツに包まれた足を踏み出すと墜落機の方へと歩き出した。