第五章 十三話 「煙幕の中の撹乱攻撃」

文字数 2,586文字

「味方だ!撃つな!撃つな!」
小高い丘を後方に越えた先にある第二陣の蛸壺陣地に飛び込んだリーは友軍に叫びながら偵察から戻った。
「何両来る?」
後退した先の第二陣の蛸壺陣地でストーナー63機関銃を構えたアーヴィングが丘の向こうの前線に偵察に出ていたリーに問うた。
「分からん!十両以上だ!奴ら、戦車だけじゃなく、装甲車やトラックまで突っ込ませて来てる!」
「クソ…。」
毒づいたアーヴィングの傍らで、
「全員、射撃準備!!」
とリーが叫んだ瞬間だった。二人の頭上で前線の向こうから飛翔してきた銃弾が弾けた。
来た…!
銃声と同時に丘の向こうから、鬼のような形相で突撃してきた民族戦線兵士の頭部に照準をつけたリーは迷うことなくXM177E2カービンの引き金を引いた。伸縮式ストックから肩に響いた振動とともに照星の先にあった民族戦線兵士の脳髄が弾け、それを確認するのとほぼ同時に照準の方向を脇に動かしたリーは倒れた仲間の後方から更に走って突撃してくる別の民族戦線兵士に次の照準をつけ、引き金を引いた。リーの攻撃と同時に、蛸壺陣地の中から銃身を出していたアーヴィングのストーナー63と南ベトナム軍のM60機関銃も機銃掃射の火を吹き始め、小高い丘の上からこちらに突撃をかけようとする民族戦線と北ベトナム軍の兵士達を次々と撃ち倒した。
「今だ、地雷だ!やれ!」
射撃の手を一瞬休めたリーが後方の蛸壺陣地の方を向いて叫ぶと、指示を受けた南ベトナム軍兵士が塹壕の中に配置していたクレイモアの起爆装置を決められた手順で押した。コンマ一秒の沈黙の後、起爆装置から発せられた電気信号が塹壕から出たコードを通して、丘の向こう側のジャングルに仕掛けられた十数基のクレイモア地雷に起爆信号を伝え、突撃してくる民族戦線と北ベトナム軍の兵士達に無数の鉄球が四方八方から襲いかかった。
戦車の援護を得て、一気に突撃をかけようとした民族戦線と北ベトナム軍の歩兵部隊だったが、戦車が追いつけない程に速い速度で前進し過ぎたところで全周から襲いかかってきた爆風と鉄球の嵐に、兵士達は次々と体を引き裂かれて壊滅した。リー自身も自分の塹壕の中に置かれていた起爆装置のスイッチを押し、その隣ではアーヴィングが地雷の洗礼を受けても突撃してくる敵の兵士達にストーナー63の機銃掃射を浴びせかけ、敵の進撃を丘の上で足止めしていた。
一分もしない内に丘の上から姿を現す敵の姿は無くなり、先程までの激戦が嘘のように銃声の応酬が止まって、静寂がジャングルの中を包み込んだ。
「これでこちらも体制を立て直せる時間ができた…、だが…。)」
使い終わったクレイモアの起爆装置を地面に捨てたリーは蛸壺陣地から顔を出して、周囲の様子を窺った。先程までの二回の戦闘で南ベトナム軍兵士の戦力は半数まで減衰していた。多くが戦死し、アーヴィングが先程、応急処置を施した無線兵も戦闘の喧騒の間にリー達の塹壕の中で静かに事切れていた。
「相手もすぐに体制を立て直してくる。戦車が来れば、この防衛線は一溜りもない…。」
傍らで機銃を丘の方に構えるアーヴィングにそう言ったリーは一旦、塹壕から抜け出すと、一分ほどして、今度は数人の南ベトナム軍兵士を引き連れて、塹壕に戻って来た。
「どうするつもりだ?」
「敵の戦車部隊を奇襲する!」
塹壕の中の戦友を見返して、力強く返答したリーにアーヴィングは、
「そんな無謀すぎる…。」
と呻くように返したが、リーの決意は変わらなかった。
「ここに篭っていても、いずれは全員、戦車に踏み潰されちまう…。」
リーは抱えたM18無反動砲を微かに持ち上げて、笑顔を見せた。
「そんなことなら、こっちから挨拶しに行ってやろうて訳よ!」
どうやら覚悟は決まっているらしい戦友の様子にアーヴィングは機銃を抱えて、塹壕から出ようとした。
「なら、俺も行く…。」
だが、リーはそれを制した。
「いや、お前はここに残れ。奇襲は俊敏な方が良い!」
そう言って笑みを浮かべたリーは続けた。
「俺達がこの丘の向こう側から逃げてきた時には、引き連れてきた敵を撃ってくれ!」
「敵を引き連れてくるって…。」
狼狽えたように呻いたアーヴィングにリーは明朗とした様子に笑顔を浮かべて返答した。
「安心しろ、こっちに連れてくる敵より多くの奴らを地獄に引き連れていってやるよ。」
陽気にそう言ったリーの姿は数人の南ベトナム軍兵士とともに、地雷の爆発が巻き起こした硝煙の立ち込める丘の向こうへと消えていった。

ジャングルの中、クレイモアの爆発が巻き上げた硝煙に身を隠すようして、敵部隊に接近したリー達はあるだけのスモークグレネードを使用して、更に視界を曇らせた後、事前の打ち合わせ通りに二班に別れた。一班はリーの指揮する班でハイスタンダードHDM消音拳銃を構えた彼の後ろに二人の南ベトナム軍兵士がそれぞれ六〇ミリ迫撃砲の砲弾と底盤を手に持って続いた。もう片方の班は南ベトナム軍兵士だけで構成され、M18 五七ミリ無反動砲を装備し、リー達の班とは全く違う位置から敵を狙うポジションについた。
スモークグレネードの煙幕の中、前進してくる混合軍部隊はやはり装甲車と戦車を前面に押し出してきていた。
「今だ!砲弾を頼む!」
姿を隠して、車列に接近したリーはハイスタンダードHDM消音拳銃で敵車両周囲の歩兵を仕留めると、背後の南ベトナム軍兵士に合図を出した。その合図と同時に安全装置を引き抜いた砲弾を底板に打ち付けた南ベトナム軍兵士は二人がかりで砲弾を敵車両に投げつけた。
「伏せろ!」
リーが小声で指示した刹那の後、砲弾を投げ込まれた北ベトナム軍のBTR-60PB装甲車が紅蓮の炎に炎に包まれた。スモークグレネードの噴煙の中、味方が攻撃を受けたことを察知したPT-76水陸両用戦車が七六.二ミリ砲を発砲して、応戦の砲撃を撃ち上げたが、リー達は既に霧の中に姿を隠していた。加えて、敵を撃ち損じただけでなく、自らの姿も晒してしまったPT-76戦車には南ベトナム軍の第二班が放った五七ミリ無反動砲の攻撃が直撃し、煙幕に包まれたジャングルの中に再び火の手が上がった。
「よし、良くやった!このまま続けていくぞ!」
撹乱攻撃を成功させたリー達が奇襲ポイントを変更するスモークの中では、味方車両を二両も失った北ベトナム軍の機甲部隊が全周に機銃掃射の弾幕を張っていた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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