第二章 二十八話 「追撃」
文字数 3,277文字
「くそ…、何人やれば…!」
毒づきながら、ライフルスコープの中を覗いたイーノックは爆発でコンクリートの残骸となった武器庫の陰からウィリアム達を銃撃している兵士に照準をつけた。一発目は物陰から微かに出た足を狙撃し、兵士が痛みに転倒して頭を出した瞬間に、すかさずヘッドショットを叩き込んで無力化する。元来の才能を活かし、流れるような動きで仕事を済ませたイーノックは更に続いて、その隣の兵士にスコープの照準を移したが、拡大された視界の中に兵士がこちらにB-40ロケットランチャーを構えているのを見つけた瞬間、反射的にスコープから目を離して呻いた。
「くそ…。」
狙撃するには間に合わなかった。イーノックが体を動かした瞬間には、ロケット弾は発射筒から撃ち出され、発射された対戦車ロケットはイーノックが発電施設の屋上からジャンプしたのと同時に、先ほどまでイーノックが陣取っていた場所に直撃し、成形炸薬弾の爆発で発電施設屋上の一角を粉々に吹き飛ばした。
咄嗟の回避で対戦車弾の爆発を避けたイーノックだったが、宙空に投げ出された彼の体は当然のことながら重力に従って、十メートル真下の地面へと引きずられた。運良く真下の道路には輸送トラックが停まっており、固い地面に叩きつけられることはなかったものの、幌布を突き破ってトラックの荷台の上に落下した勢いでイーノックは一瞬の間、意識を失うこととなった。
南側ゲートまであと少しという所で敵の追撃に合ったウィリアム達は発電施設の正面で輸送トラックを盾にして、道路反対側の武器庫残骸の陰から銃撃してくる敵と交戦していたが、三人の背後で恐らくは人生ではじめて経験したのだろう銃撃戦にユーリ・ホフマンは怯えきって、地面に伏せて小さく丸まっていた。基地中央道路の北側と道路を挟んだ武器庫側、そしてウィリアム達の背後を取るかのように発電施設の裏を通って南側ゲートの方からも現れる三方向の敵との同時銃撃戦…。ジョシュアが中央道を北側からやって来る敵をカービン銃の単連射で牽制し、クレイグがトラックの下に潜って道路の向こう側の敵と交戦する中、発電所の側面を通って南側から飛び出してきた民族戦線兵士をM16A1の単連射で撃ち倒したウィリアムはトラックの下から武器庫の向こう側の敵を銃撃して、クレイグに加勢しようとしたが、その瞬間、武器庫残骸の陰から民族戦線兵士がB-40ロケットランチャーを構えるのを見て、トラックの後ろで丸まっているユーリの上に覆い被さった。
「伏せろ!」
ロケット弾が空を切る音に続いて、頭上で爆発が起きて、崩れた建物のコンクリート片がウィリアム達の体の上に落ちる。ひときわ大きな破片が一つだけトラックの荷台に落ちたようだが、ウィリアム達の体の上に落ちてきたのは幸い、手のひらサイズのものだけだった。
「大丈夫か?」
ユーリに怪我がないことを確かめたウィリアムは振り向き様にM16A1を構え、幌布の剥がれたトラックの荷台を盾にして、今まさに二発目のロケット弾を発射しようとしていた民族戦線兵士を障壁となっていた武器庫の残骸ごと、M203グレネードランチャーから発射した四〇ミリグレネード弾で吹き飛ばした。
道路の反対側でグレネード弾の起こした爆発が民族戦線兵士の背負っていたB-40ロケットランチャーの弾頭に誘爆して大爆発を起こし、周囲の他の民族戦線兵士達も遮蔽物とともに吹き飛ばしたのを確認したウィリアムは「ムーブ!」の叫びとともに、一気に南側ゲートに向かって走ろうとしたが、視界のすぐ右脇でトラックの幌布が蠢くのを見て、反射的にM16を荷台の上で立ち上がった影に向けた。
「イーノックか?」
クレイグの声に、危うく発砲しそうだったM16A1の銃口を下ろしたウィリアムの目の前で幌布を振り払って現れたのは、クレイグの言った通りマークスマンライフルを背負ったイーノックだった。先程のロケットランチャーの攻撃を避けるために、発電施設の屋上から飛び降りたようだったが、荷台に張られた幌布がクッションになったお陰で大きな怪我はないようだ。
「良し!動けるな!」
怪我はないといっても、落下の衝撃で先程まで意識を失っていたイーノックは、それほど激しくは動けず、クレイグとジョシュアが二人がかりで荷台から引きずり下ろして、どうにか立たせた。
「自分で動けるな?」
よろめきながらも、何とか一人で立ち上がったイーノックにクレイグが確かめた瞬間、四〇ミリグレネード弾が輸送トラックの数メートル手前で炸裂し、銃弾の跳弾の火花が五人の側で弾けた。兵舎の方からではない。北側ゲートの方からの銃撃だ。恐らくはイアンの狙撃に頭を押さえられていた民族戦線の兵士達が、その狙撃の目がリー達の援護に移った間に動き始めたのだろう。ウィリアムがM16を構えて光学照準器越しに中央道の北側を見ると、十数人の兵士と一台のケネディ・ジープがこちらに向かってくるのが確認できた。AK-47や五六式自動小銃などの小火器の攻撃に加え、ケネディ・ジープの銃架に載せられたM60汎用機関銃の機銃掃射も走り、輸送トラックの裏に引っ込んだウィリアム達の前で数十発の弾丸が直撃したトラックは煙をあげ始めたが、ウィリアムが反撃に出ようとしたところで銃撃は突然止まった。だが、銃声は止んでいない…。
ウィリアムが中破したトラックの陰から狙撃に注意しながら頭を出し、様子を窺うと民族戦線の追撃手達は北西の山の方に向かって銃を撃っていた。ケネディ・ジープの乗員は運転手、機銃手両方とも死んでいる。それが誰のしたことか考える間でもなかったが、次の瞬間には敵を狙撃した当人の声が隊内無線に弾けていた。
「すみません!兵舎の方につい気をとられていました!大尉達は早くゲートへ向かってください!」
隊内無線に叫びながらも、狙撃の手を緩めないイアンに次々と敵の兵士が撃ち倒されていくのを確認するとウィリアムはイーノックとジョシュアを先に南側ゲートの方へと走らせた。
「行け!行け!」
ウィリアムは叫びながら、ユーリ・ホフマンを引き連れたジョシュアとイーノックが南側ゲートへ走っていくのをクレイグとともに援護した。クレイグのAKMSが四点射撃の牽制弾を放つ中、ウィリアムのM203グレネードランチャーから四〇ミリグレネードが曲射射撃で発射され、運転手も射手もいなくなったケネディ・ジープを木っ端微塵に爆散させ、ジープの車体を盾にしていた民族戦線兵士達も吹き飛ばす。敵を追いつめていたはずが、いつの間にか狙撃手と追いかけていた敵に十字放火を浴びせられて、身動きがとれなくなった民族戦線の追撃手達は、ものの数十秒の内に壊滅し、負傷しながらも何とか生き残った二人の兵士も北側へと敗走していった。
「俺たちも行くぞ!」
敵の後退を確認し、追っ手が兵舎区画側からも出てこないことを確認したウィリアムはイーノック達、三人が南側ゲートに辿り着いたのも確認して、クレイグとお互いに死角を補いながら南側ゲートへと走った。その二人の背中を先程の二人の民族戦線兵士達が狙撃しようと狙っていたが、彼らが引き金を引くよりも前にイアンの放った一発の狙撃弾が二人の頭を連続して貫通した。