序章 七話 「異形」

文字数 2,635文字

ウィリアム達が屋上に降り立った頃、シルフレッド・サンダース少佐が率いる"ゴースト"・アルファ分隊の六人は私邸の真下にある地下水路の中を建物内部へと通じるポイントへ向かって移動していた。非常時の脱出経路として、地下水路の形をして作られたこの通路は合衆国政府の中でも一部の者しかその存在を知らず、従ってゲネルバ革命軍の兵士達が知る由は当然無いため、私邸を占拠した革命軍部隊も警備要員を全く配置していない。隠密の潜入路としては最適だった。
円形の構造をした地下排水路の高さは成人男性の身長ほどしかないので、暗視装置を頭部のヘルメットに装着したサンダース達は腰を屈めて移動しなければならず、加えて足首の高さまである汚水の腐臭もすさまじいものであったが、敵の抵抗に一切あわずに済むことを考えれば、大した苦痛ではなかった。
敵の存在は無いと事前に確認を得ているものの、それでも分隊長のサンダース少佐は時折、足を止めて敵の足音がしないか確認しつつ、同時に自分達が道を誤っていないかを確かめた。元から避難経路として使われる予定であった排水路には苔が生えたコンクリートの壁に番号と赤字の矢印が示されている。その矢印の方向と逆方向に番号が小さくなるほうに進めば、私邸内部へと侵入できる。
タクティカルライトの光で手元の、防水加工を施された地図と壁の番号を照合し、現在の位置とこれから向かうべき方向を再確認したサンダースは後ろの部下達にライトを振って指示を伝えると再び走り出した。その後ろにMC-51SD消音カービンを手にした黒色の戦闘服の隊員達が続き、地下水路の中には六人の男達が水を蹴る足音が響き渡った。

私邸内部に籠城していた革命軍兵士達も異常に気がつき始めていた。
「外のやつらはどうした!」
一階の応接間に簡易的な指揮所を作っていた革命軍の小隊長は屋上と前庭を警戒していた部下達からの応答が途絶えて数分が経つ状況に怒声をあげていたが、それで問題が解決する訳ではなかった。
赤いベレー帽を被った小隊長の傍らには頭に布を被らされ、両手足を縛られたまま座らされている四人の人間の姿があった。リード特命大使とその妻、そして二人の子供達だった。彼らの脇には二人の革命軍兵士が付き、FALライフルを突きつけている。
「ラルクとルサを屋上の確認に向かわせろ!最終的にはこいつらの命を盾にすれば良い!」
再び怒声をあげたベレー帽の小隊長の声にリードの妻が悲鳴か呻きかわからない嗚咽を漏らす。そのすすり泣く声が小隊長の苛立ちを更に昂らせた。
「こんな時だけ鳴きやがって!貴様らの政府が勝手に支援を打ち切ったせいで、俺達の仲間には赤のやつらに家族を殺られたやつも大勢居るんだぞ!貴様らには、きっちりと償いをしてもらう!」
悪態をつき、手にしたベレッタM12の銃床でリード特命大使の頭を殴り付けた小隊長の怒声に妻と子供達の嗚咽が更に大きくなる。その背後では革命軍の無線兵が三階の警備に当たっている兵士達に屋上偵察の命令を伝えていた。
「こちら、コマンダー。ラルク、ルサは現在のポジションを離れ、屋上の警戒に向かえ。」

三階を警戒していた、というよりは政府軍が唯一の突破路となる正面から突撃してきた時に三階の窓から応戦するのに備え、床に張り付けた三脚架に載せたM60汎用機関銃の脇で談笑しながら、命令を待っていた二人の革命軍兵士は指揮所からの指令を聞くと、話を止め、屋上に向かうために腰をあげた。壁に立て掛けていたFALライフルを手に取り、部屋を出て廊下を渡った二人は彼らの出てきた部屋のもの以外に三つある扉の内の一つを開いた。その向こうには屋上へと続く階段があったのだが、ラルクを先頭にして、勢いよく扉を開けて階段をかけ上がろうとした二人は階段を三段ほど上がったところで暗闇の中、段差を数段登った先に黒い影が立っているのに気がついた。闇の中に溶け込む黒い戦闘服に緑色に光る単眼の目…。
敵…ッ!
異形の人影に瞬時にそう察し、FALライフルを構えようとしたラルクだったが、突然現れた敵に動揺し、動きがもたついてしまった次の瞬間には、黒い人影が構えたMC-51SD消音カービンの引き金を引き、サプレッサーに押さえられた銃声とともにフルオートで放たれた十発の七.六二ミリNATO弾が彼の体に突き刺さった。
目の前で仲間を撃ち倒され、動揺しつつもFALライフルを構えたルサはそのまま引き金を引こうとしたが、それよりも速い速度で二人に接近したウィリアムが倒れそうになっていたラルクの軍服の襟を掴み、ルサに投げつけた。同僚の死体がのしかかってきて、後ろに転げ落ちそうになったルサは何とか踏ん張って転倒せずにすんだが、次の瞬間には彼の顔の前に突きつけられたP9Sピストルの銃口が九ミリ・パラベラム弾を発砲していた。サプレッサーで発砲炎と銃声を押さえられたP9Sが小さな銃声とともに空薬莢を薬室から排出し、額に円状の穴が空いたルサは血を吹き出しながら倒れた。
二人の革命軍兵士の死体の向こうにP9Sを構えて警戒しつつ、後ろにつく部下達にハンドサインを出したウィリアムはP9Sを前方に向けて構えたまま階段を降りた。その後ろにMC-51SDカービンを手にした六人の部下達が続く。
廊下に続く扉は先ほど始末した二人が開いた状態のままだった。三階フロアに降りて、誰の姿も気配もない廊下に一通り警戒の視線を向けた後、P9Sをホルスターに収めたウィリアムは背後を振り返り、すぐ後ろにつく部下達にハンドサインを出すとMC-51SDを構え直して、廊下へと歩み出した。その後ろにハワードとジョシュアが続き、アールを先頭としたリー、アーヴィングの三人はウィリアム達とは反対方向に廊下を出て、すぐ目の前に扉がある部屋のクリアリングに入った。三階にある部屋の数は三つ、敵の気配がないとはいえ、クリアリングをせずに進むわけにはいかない。だが、地下から来るアルファ分隊との突入のタイミング合わせもある。最短時間で済ませるために、彼らもチームを二つに分けたのだった。
アール達がクリアリングしている方とは反対方向に廊下を進んだウィリアム達の隣には二階へと降りる階段が現れた。消音カービンを構えて警戒するが、三階からは踊場までしか見えない。だが、恐らくは二階にも警備要員は居るに違いない。気配を察知されないように廊下を進んだ三人は目的の部屋の前にたどり着くと、慎重にクリアリングを開始した。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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