序章 十話 「断罪」

文字数 2,916文字

扉のすぐ側で炸裂した四十ミリグレネード弾の爆発は両開きのドアを完全に破壊し、爆風が応接間の中まで吹き荒れた。続けて、部屋の中にいた革命軍兵士達が体勢を立て直し、手にしたFALライフルを扉に向かって発砲しようとした瞬間、投げ込まれた閃光手榴弾が彼らの目の前で弾けた。鼓膜を潰す爆音と網膜を焼き付ける閃光とともに相次いで炸裂した閃光手榴弾に革命軍兵士達が怯んだ瞬間、部屋の中に突入したブラボー分隊の隊員達の消音カービンが火を吹き、敵兵士達を次々と撃ち倒した。最初に突撃したハワードが部屋に入って真っ正面の敵を撃ち、続いて突入したウィリアムが部屋の左右にいた二人の兵士を連続で撃ち倒す。全ては一瞬の出来事で、閉じられていたカーテンが銃撃によって開き、薄い月明かりが部屋の中に入り込んできた時には、先程まで息をしていた三人の革命軍兵士達が死体となって転がっていた。
「敵影なし!クリア!」
倒れた敵の死を確かめ、暗視装置の眼で部屋を見回したウィリアムは、背後でドアの周辺に展開して、廊下を警戒をしている部下達に呼び掛けた。
「アルファ分隊は爆弾の設置にかかりました。急ぎましょう。」
部屋の中に入ってきたアールがそう言いながら、ウィリアムに煤がついたコルト・ガバメントを手渡した。爆死した敵の小隊長が所持していたものだ。スライドを開き、薬室の中を確かめて、動作に問題のないことを確認したウィリアムは頷き返すと、部屋の片隅で頭に布袋を被さられた上に両手足を縛られている大使達の側に暗視ゴーグルを外して歩み寄った。
立て続けにすぐ側で起こった銃撃にパニックになり、ガムテープで縛られた口の下から悲鳴をあげ続ける女と二人の子供達の横に並んで縛られている男の前にウィリアムは屈むと、男の頭に被せられた布袋を取り払い、口を縛っているガムテープを外してやった。暴行を受けて腫れ上がった顔は憔悴もあって、作戦前に写真で確認したものとは、かなり異なっていたが、状況からして、この男が標的であることは間違いなかった。
「駐ゲネルバ特命全権大使のマシュー・アラン・リードさんですか?」
「あっ、ああ…、そうだ…。あんたは?」
閃光手榴弾の爆音で麻痺した聴覚に、微かに聞こえる目の前の黒人特殊部隊員の声に対し、リードは必死に頷きながら問うたが、ウィリアムは答えなかった。
「お隣の方はご家族で間違いないでしょうか。」
リードは他の三人と比べれば、パニックにも陥らず、落ち着いていた。だが、ウィリアムは弱った彼の聴覚でも聞こえるよう、大きくゆっくりと喋った。
「ああ、そうだ…。助けに来てくれたんだろう?」
「奥さんと初めて会った場所は?」
全く自分の言葉を聞こうとしない黒人の特殊隊員に不審を抱きつつも、リードは答えた。
「ナショナル・モール国立公園だ…。」
「ご長男が生まれたのはいつですか?」
憔悴しきった頭では、簡単な質問に答えるのも堪えた。しかし、それでも助けて欲しい一心でリードはしっかりと質問に返答した。
「一九六二年の三月だ…。三月十五日…。」
「有難う御座います。助かりました。」
「あんた、助けに来てくれたんだろ…、おい!なにする…ッ!」
縛られた四肢をばたつかせるリードの口に再び、ガムテープを張り付け、頭に布袋を被せたウィリアムは腰をあげると同時に、右手に握ったコルト・ガバメントの銃口をリードの頭に突きつけた。
部屋の中に閃光が走り、銃声とともに金属製のスライドが後退して、発射された九ミリ弾がリードの頭蓋に突き刺さった。隣で轟いた銃声に、妻と子供達の形にならない悲鳴が一瞬大きくなったが、続いて弾けた三発の銃声が彼らの叫びを永遠に静まらせた。

オペレーション「CONDEMNATION」、裏切り者への断罪…。KGBの工作員を通して、東側へ機密事項を流している駐ゲネルバ特命大使を籠城事件に紛れて暗殺せよ…。無抵抗の人間、それも女、子供を含んだ彼らを一方的に殺すのは人間として後ろめたさを感じずにはいられない任務だったが、コルト・ガバメントの引き金を引いた時、ウィリアムの心と体は完全に切り離されていた。
.四五ACP弾に頭を撃ち抜かれた四人の死を確認したウィリアムは背後を振り返り、アールとハワードに撤退のハンドサインを出した。
じきにメイナード大佐が工作員を通じてけしかけたゲネルバ陸軍の兵士達が突入してくる、その前に撤退しなければ…。
ウィリアム達が撤退の足を踏み出した時、隊内無線が開き、サンダース少佐の声が続いた。
「アルファ分隊は爆薬設置完了。退避経路も確保。」
「こちらブラボー分隊、所期の目的は達成。これより離脱する。」
ウィリアムの返答に骨伝導イヤホンから「アルファ、了解。」というサンダースの声が流れる。同じく隊内無線でそのやり取りを聞いていたハワードとアールに「急ごう。」と言ったウィリアムが、周囲に広がる地獄の光景を後ろにし、廊下に出る扉に向かって歩き始めたその時だった。
「ゲネルバ革命軍万歳!」
生き残っていた革命軍兵士が倒れた本棚の陰から飛び出しながら、スペイン語で叫んだその言葉はヒスパニック系のハワードにしか理解できなかったが、予想外の事態に部隊に重大な危機が生じたことは隊員全員が理解できた。
アールはすでに部屋の外に出ていて、廊下でリーとアーヴィングに撤退時の隊形について指示を出している途中だったので、部屋の中で起きた一瞬の出来事に対応することはできなかった。ハワードがMC-51SD消音カービンを構えたが、動作不良で弾が出なかった。錯乱した革命軍兵士の少年兵がFALライフルを向けているのはウィリアム、未だ何か訳の分からないことを叫んでいる敵の照準は彼に向いていた。ウィリアムには消音カービンを構える時間も、腰のホルスターからP9Sを抜く隙もなかった。彼が反射的に構えたのは先程、大使一家を殺害した際に使用し、まだ右手に握られたままのコルト・ガバメントだった。
暗視ゴーグルは装着していなかったが、"使いなれた"拳銃の照準を数メートル離れた少年兵のこめかみに定めたウィリアムの動きは、まさに神速という言葉そのものだった。後は引き金を引ききるだけ、すでにこちらに銃を向けた敵とどちらが早く引き金を引けるかという一秒の差が運命を分ける瞬間だった。
だが、ウィリアムに引き金を引くことはできなかった。
こちらに銃を向けた男に、コルト・ガバメントを構える…、その単純な行動が、ウィリアムが記憶の奥底に沈めて封印していた場面を呼び起こしたのだった。
「それがお前の信じる正義なのか?」
不意に遠く懐かしく、しかし聞きなれた声が響いた。実際に聞こえたのではない。彼の頭の中だけで聞こえた声だった。その声が聞こえると同時に、ウィリアムの目の前の視界がぐにゃりと曲がり、ああ、またこの感覚かという冷めた感慨とともに、引き込まれてはならないという警戒心が彼の中で働こうとしたが、すでに手遅れであった。
銃撃で破れたカーテンから入ってくる柔らかい銀白色の月の光、向けられたFALライフルの銃口、視界の隅で焦燥しているハワード、その全てが崩れ、真っ白な光の中にウィリアムの意識は取り込まれた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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