第二章 十三話 「船上」
文字数 2,969文字
周辺を警戒しながら、ブラボー分隊の隊員達が乗船すると同時に、木造船はモーター音とともに水中をかき回しながら、目的地へと向かって川を下り始めた。ウィリアムの指示でイアンとアールは周辺警戒のために船体後部の甲板に残り、残りの隊員は敵に姿を見られる可能性を極力少なくするために、乗員室の中へと入った。
「船の上でも直射日光か…。ケチな役を引き受けてしまったな…。」
ギリースーツ代わりに甲板上に置いてあった藁編みの傘を被り、船の弦に姿を隠すように横になってぼやいたアールに、その隣で同じようにギリースーツを着込み、横になって周囲の警戒をしているイアンが笑った。
「ケチな役の方が案外、気楽にいられるかもしれませんよ。」
アールはウィリアム達が入っていった草木編みの乗員室の方を見て、「確かにな…。」と独り言ちた。
小さい船の上、当然のことだが乗員室も八人の男が全員入るには小さすぎた。
得体のしれない、しかも先程まで敵意をぶつけ合った相手とともに、あんな狭い空間に閉じ込められるのはごめんだ…、とアールは思ったのだった。
乗員室は、ただでさえ狭い空間に木の箱や何の用途に使うのか分からない竹などが置かれ、入って見ると、外から見た外観以上に中は狭かった。電球のようなものが天井に吊り下げられているが、恐らく夜間用のもので、昼間の今は明かりは灯されておらず、乗員室の中の明かりは天井の草木の間から漏れてくる太陽の光だけだ。その薄暗い空間の中にアジア人の工作員達に続いて、ウィリアム達は座った。どうやら、床下にも空間があるらしく、小柄な工作員達は身を屈めて、そちらに入っていき、ウィリアム達と同じ空間には、見た目は四十代くらいの、肌の色の焦げた工作員長だけが残った。
「いや、危うく一触即発の危機だったぜ…。英語喋れるなら、どうして最初から喋ってくれねぇんだ。」
座るなり、そう言ったリーの言葉に工作員長の男は体同様に骨ばった頬に笑みを浮かべながら、訛った英語で答えた。
「そんな簡単に、知らないヤツ信じたら、殺られちゃうよ。」
床に座る場所のなかったウィリアムは、工作員長の座る脇に積み上げるようにして置かれた木箱の上に腰掛けた。
「いや、でもこんな場所でこんな装備してるのは俺らくらいのもんだろう。」
リーが自分の戦闘服を指差しながら言うと、工作員長は大振りなジェスチャーをしながら答えた。
「この辺り、ソ連人も多い。」
「ソ連軍の特殊部隊?スペツナズか?よく、見るのか?」
工作員長の言葉にウィリアムは食いついたが、アジア人の男は痩せた顔に不敵な笑みを浮かべると、薄汚れた半パンのポケットに手を突っ込んだ。
武器を出してくるかもしれない…。
反射的にその思考が頭をよぎり、身構えたのはウィリアムだけではなく、他の隊員達も同じだったが、彼らの不安とは裏腹に工作員長がポケットから取り出したのはモノクロ写真だった。
「数週間前、これがあんたらの向かうとこに飛んでいったね。」
ウィリアムは渡された数枚のモノクロ写真を見つめた。白黒の画の中に写っているのは作戦説明の時にメイナードから破壊するよう命じられた大型ヘリコプターだった。
「ソ連製か…。リー!見てくれ!」
「はい!武器のことなら、なんでもござれのトム・リー・ミンク一等軍曹ですぜ。」
戯言を言いながら、横に来たリーにウィリアムは工作員から渡されたモノクロ写真を手渡した。
「何の機種か、分かるか?」
ウィリアムが写真の中に写る大型ヘリコプターを指差して言うと、リーは写真を凝視しながら、しばらく唸って声を出した。
「大型の…、輸送ヘリコプターですな…。」
「見れば分かる。機種を聞いている。分かるか?」
話し合うウィリアムとリーのことを工作員の男は不気味な笑みを浮かべながら見つめていた。
「解像度が悪くて、確定は不能ですが、恐らくは…、ミルMi-6だと思われます…。」
「ソ連製か…?」と聞いたウィリアムに、リーは「他にありえんでしょう。」と即答した。
「自分も実機を見たことはありませんが、相当な大型ヘリコプターです。我が軍のチヌークやシースタリオンよりも一回りは大きいのでは…?」
「それほど、大きなヘリコプターを使って一体何をしようと考えているんだ…。」
ウィリアムが、そう呟いた時、床下の扉が開いて、小柄なアジア人の男が隠し部屋の中から木箱を重そうに持ち上げて、床の上に置いた。工作員長の男は床下部屋の工作員と現地の言葉で三言ほど、言葉を交わすと、木箱の蓋を開いた。
「おわっ!大尉、これ、モーゼルC96ですよ!しかも、北ベトナム製のライセンス品です!」
開いた木箱の中身を覗いたリーが驚いた声を出すと、工作員長は慌てて蓋を閉めようとしたが、既に遅すぎると悟ったのか、ウィリアムが背後から覗き込むと、開き直ったように笑みを浮かべてその顔を見上げた。
木箱の中にはロケット弾の装填されたB-40ロケットランチャーの他、旧式の自動拳銃が三長、乾燥剤代わりの干し草のクッションの上に寝かせられていた。
「何を考えている…。」
ウィリアムは木箱の前に座る工作員長を見下ろして、低い声で問うた。
「生きるための仕事です…。」
工作員長の男は相変わらず、不敵な笑みを浮かべたまま、訛った英語で静かに答えた。
「この武器を売っている相手は誰だ!」
リーが工作員長に詰め寄り、襟首を掴みあげたが、男は微小を浮かべたまま、「顧客様の情報です。第三者にお答えするわけにはいきません…。」と答えるだけだった。
「てめぇ!お前ら、SOGはいつから死の商人に成り下がったんだ!」
「リー、やめろ!」
怒声をあげて、今にも殴りかかりそうなリーを止めたウィリアムは床に膝をつき、男と目線を合わせて静かに問うた。
「売っているのは武器だけじゃないな?」
リーに襟首を掴み上げられた男の目に一瞬、戸惑いの気配が走ったのをウィリアムは見逃さなかった。
「情報も流してる。」
男の顔から不敵な笑みが消えた。
「リー、離してやれ。」
隊長の命令なら仕方なし、といった感じで、トム・リー・ミンクは工作員長の小柄な体を床に突き飛ばした。男は皺のできた服の乱れを直しながら、はっきりと分かる英語で呟き始めた。
「あなた方の政府は十年前、キューバを捨てた…。そして、二年前は我々の国を…。そして、今、北の軍勢が一斉に押し寄せてくる中で、今度は我々を見捨てないと言い切れますか?」
乗務員室にいるブラボー分隊の隊員達、全員がその言葉を聞いて、自分自身が咎めを受けているような、後ろめたさを感じていた。
「我々の見通しは、そこまで甘くない…。ただ、生きていくのに最善の策を取り続けるのみです…。」
「貴様…っ!!」
「止めておけ。」
男の独白が終わると同時に、再び飛びかかろうとしたリーをウィリアムが引き止めた。
「無益だ。それに…。」
激昂している部下の肩を落ち着かせるように優しく叩いたウィリアムは、工作員長に背中を向けて続けた。
「彼の言っていることは事実だ。」
重い沈黙が乗務員室の中を支配した。