第二章 五話 「灼熱」
文字数 2,347文字
「そんなCOIN機が、たかだか二機来たくらいで変わるかよ…。」
と早く出撃したい苛立ちをぼやきにぶつけていたリーだったが、C棟格納庫の隅に組み立てられた新型対地攻撃機A-10と、その機首に取り付けられたGAU-8 アヴェンジャーの六砲身の銃口、そして専用の三十ミリ劣化ウラン弾を目にすると黙った。
「いえ、これはCOIN機とは全く違いますよ。でも、従来の対地攻撃機とも一線を画します。こいつはスタンド・アローンでソ連軍の戦車部隊を葬ることを前提に設計されていますから。」
「へぇ…。そんなにすごいのかよ、これ…。」
C棟格納庫でDARPAから部品とともに派遣されてきたA-10専属パイロットのソリッチ少佐が語る熱い説明にリーが驚きの声を上げる背後では、つい数日前に本国から送られてきた新型対戦車ヘリコプターのAH-64アパッチが両脇のスタブ・ウィングに次世代型ミサイルを吊るした姿を二機並べて駐機していた。
「一機で何両くらい潰せますか?」
「DARPAのスペック上の計算は二十両ですが、私が乗れば三十両は容易いです…。」
「さ…、三十両も…ッ!」
規則ぎりぎりを少し越えるくらいまで長い髪を伸ばした専属パイロットの少佐の話を聞いて、リーが思わず聞き返した時、格納庫に飛び込んできたアーヴィングがリーの背中を向かって叫んだ。
「おい!大佐が来たぞ!」
「何!じゃあ、遂にか!」
先程よりも、より一層大きい驚きの声をあげたリーは、「また、後で来ます!」とソリッチの方を振り返って言うと、格納庫の外へとアーヴィングの背中を追って走り出した。
MC-130コンバット・タロンの側面ハッチを開き、外から吹き込んできた空気に懐かしい気分に浸っていたメイナードに、「遠路はるばる、ご苦労様でございます!」と忠実な部下の声がかけられた。ふと、目をやると側面ハッチにかけられたタラップの下でウィルフレッド・サンダースとウィリアムが直立不動の姿勢でこちらを見上げている姿があった。。
「そんな改まらなくて良い。私の方こそ、遅くなってすまなかった。」
そんなことを言いながら、タラップを降りたメイナードは司令部の置かれるA棟格納庫へと歩みを進めた。その左脇にサンダースが、右脇にウィリアムがついて続く。
「少佐、現在の準備状況は?」
首を微かにサンダースの方に向けて、メイナードは歩きながら聞いた。
「ブラックホーク四機、アパッチ二機の組み立て・訓練飛行は終わっています。問題はA-10ですが…。」
「分かっている…。できれば、もっと早く運ばせたかったのだが…。まだ、時間はかかりそうか?」
ウィリアム達が歩いていく方向、格納庫の中から隊員達が飛び出してきて敬礼する。メイナードも手を振って返したが、すぐにサンダースの方を向いて、「敬礼は止めさせた方が良いな。」と言った。もし、基地の外部から暗殺手が狙っているとすれば、それぞれの階級の上下が分かり安くなってしまい、高官が殺される可能性が高まるからだ。「徹底させます」と言った後、サンダースは先程の続きを述べた。
「組み立て作業は済んでいます。後は各所の装備の作動を点検し、試験飛行をする必要があります。一日だけ頂ければ…。 」
それを聞いて、メイナードは唸った。
「うむ…。予備日も含めて、あと二日というところだな…。できれば、九日の明朝には君たちを向こう側に送り届けたい…。」
メイナードの頭の中には、恐らくは混乱した情勢を逆に利用する算段がついているのだろう。全く焦りのようなものは感じられない。サンダースが、「はっ、承知しました!」と返すとメイナードは今度はウィリアムの方を向いて話しかけた。
「君の隊に入ってきた二人は馴染めているか?」
馴染めているという程度にもよるが、大きな問題は起こしていないから大丈夫だろう、と思ったウィリアムは威勢の良い声で答えた。
「はい!現在、クレイグ三等准尉は他の隊員達とともに射撃訓練中、イーノック伍長はバトラー先任曹長に連れられて山へ行きました!」
「山…?」
思わず、驚いた顔をこちらに向けて聞き返したメイナードを正面から見据えたウィリアムは再び、はっきりと答えた。
「はい、山であります。敵地に潜むためには敵地の環境に慣れるのが、まず一番。現地の地形、気候、植生を熟知するというところから始めるのがバトラー曹長の考えですので。」
ウィリアムの返答を暫く唖然とした表情で聞いていたメイナードだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ああ…、分かってるさ。やつとは君よりも長い。なるほど…、山籠りとは全く彼らしいな…。」
そう笑い、再びA棟格納庫へと歩みを始めたメイナードと二人の士官の頭上で灼熱のアジアを代弁するような正午の太陽の輝きが照りつけていた。