第二章 五話 「灼熱」

文字数 2,347文字

一九七五年三月六日、ウィリアム達がタイ空軍の基地に到着してから、すでに三週間が経過していた。その間、北ベトナム軍とNLF(南ベトナム解放民族戦線)の攻勢はますます勢いを増し、ウィリアム達が作戦後にカンボジアから脱出する予定のダクラク省の省都、バンメトートにも三日ほど前から激しい攻撃が加えられていた。本当ならすぐにでも作戦を実行に移したいところだが、DARPAが開発した新型対地攻撃機とその専属パイロットが到着するまでは待て、というメイナード大佐の命令のため、ウィリアム達は動くことができず、もどかしい時間を過ごしていた。極秘故、米軍の他部隊に支援を求めるわけにはいかない。だから、どうしても二機の新型攻撃機が作戦には不可欠だったのだが、目の前で戦況が傾いていくのを見守るしかない"ゴースト"の隊員達は歯がゆい思いを何とか抑えて、作戦開始の時を待っていた。そして、遂にその対地攻撃機が昨日到着し、今朝方組み立てられたのだった。
「そんなCOIN機が、たかだか二機来たくらいで変わるかよ…。」
と早く出撃したい苛立ちをぼやきにぶつけていたリーだったが、C棟格納庫の隅に組み立てられた新型対地攻撃機A-10と、その機首に取り付けられたGAU-8 アヴェンジャーの六砲身の銃口、そして専用の三十ミリ劣化ウラン弾を目にすると黙った。
「いえ、これはCOIN機とは全く違いますよ。でも、従来の対地攻撃機とも一線を画します。こいつはスタンド・アローンでソ連軍の戦車部隊を葬ることを前提に設計されていますから。」
「へぇ…。そんなにすごいのかよ、これ…。」
C棟格納庫でDARPAから部品とともに派遣されてきたA-10専属パイロットのソリッチ少佐が語る熱い説明にリーが驚きの声を上げる背後では、つい数日前に本国から送られてきた新型対戦車ヘリコプターのAH-64アパッチが両脇のスタブ・ウィングに次世代型ミサイルを吊るした姿を二機並べて駐機していた。
「一機で何両くらい潰せますか?」
「DARPAのスペック上の計算は二十両ですが、私が乗れば三十両は容易いです…。」
「さ…、三十両も…ッ!」
規則ぎりぎりを少し越えるくらいまで長い髪を伸ばした専属パイロットの少佐の話を聞いて、リーが思わず聞き返した時、格納庫に飛び込んできたアーヴィングがリーの背中を向かって叫んだ。
「おい!大佐が来たぞ!」
「何!じゃあ、遂にか!」
先程よりも、より一層大きい驚きの声をあげたリーは、「また、後で来ます!」とソリッチの方を振り返って言うと、格納庫の外へとアーヴィングの背中を追って走り出した。

MC-130コンバット・タロンの側面ハッチを開き、外から吹き込んできた空気に懐かしい気分に浸っていたメイナードに、「遠路はるばる、ご苦労様でございます!」と忠実な部下の声がかけられた。ふと、目をやると側面ハッチにかけられたタラップの下でウィルフレッド・サンダースとウィリアムが直立不動の姿勢でこちらを見上げている姿があった。。
「そんな改まらなくて良い。私の方こそ、遅くなってすまなかった。」
そんなことを言いながら、タラップを降りたメイナードは司令部の置かれるA棟格納庫へと歩みを進めた。その左脇にサンダースが、右脇にウィリアムがついて続く。
「少佐、現在の準備状況は?」
首を微かにサンダースの方に向けて、メイナードは歩きながら聞いた。
「ブラックホーク四機、アパッチ二機の組み立て・訓練飛行は終わっています。問題はA-10ですが…。」
「分かっている…。できれば、もっと早く運ばせたかったのだが…。まだ、時間はかかりそうか?」
ウィリアム達が歩いていく方向、格納庫の中から隊員達が飛び出してきて敬礼する。メイナードも手を振って返したが、すぐにサンダースの方を向いて、「敬礼は止めさせた方が良いな。」と言った。もし、基地の外部から暗殺手が狙っているとすれば、それぞれの階級の上下が分かり安くなってしまい、高官が殺される可能性が高まるからだ。「徹底させます」と言った後、サンダースは先程の続きを述べた。
「組み立て作業は済んでいます。後は各所の装備の作動を点検し、試験飛行をする必要があります。一日だけ頂ければ…。 」
それを聞いて、メイナードは唸った。
「うむ…。予備日も含めて、あと二日というところだな…。できれば、九日の明朝には君たちを向こう側に送り届けたい…。」
メイナードの頭の中には、恐らくは混乱した情勢を逆に利用する算段がついているのだろう。全く焦りのようなものは感じられない。サンダースが、「はっ、承知しました!」と返すとメイナードは今度はウィリアムの方を向いて話しかけた。
「君の隊に入ってきた二人は馴染めているか?」
馴染めているという程度にもよるが、大きな問題は起こしていないから大丈夫だろう、と思ったウィリアムは威勢の良い声で答えた。
「はい!現在、クレイグ三等准尉は他の隊員達とともに射撃訓練中、イーノック伍長はバトラー先任曹長に連れられて山へ行きました!」
「山…?」
思わず、驚いた顔をこちらに向けて聞き返したメイナードを正面から見据えたウィリアムは再び、はっきりと答えた。
「はい、山であります。敵地に潜むためには敵地の環境に慣れるのが、まず一番。現地の地形、気候、植生を熟知するというところから始めるのがバトラー曹長の考えですので。」
ウィリアムの返答を暫く唖然とした表情で聞いていたメイナードだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ああ…、分かってるさ。やつとは君よりも長い。なるほど…、山籠りとは全く彼らしいな…。」
そう笑い、再びA棟格納庫へと歩みを始めたメイナードと二人の士官の頭上で灼熱のアジアを代弁するような正午の太陽の輝きが照りつけていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み