第四章 六話 「脅迫」
文字数 2,907文字
「う…、撃たれた!痛い、痛いよー!」
「降りられるのかよ…!これは…!」
一切の抵抗ができず、宙に浮く的と化した空挺隊員達に向かって、朝鮮人民軍が地上に設置した数基のMG-34とマキシムPM1910重機関銃が激しい機銃掃射の弾幕を張り、ある者は飛翔してきた銃弾に体を貫かれ、またある者は降下途中のパラシュートに風穴を開けられたことで十分に減速できぬまま、地面に激突して墜落死する運命を辿った。降下した時点では、一二〇人近くはいた空挺連隊の兵士達は一時集合地点に集まった時点で、既にその数を出撃前の六分の一である五〇人にまで減らしており、同じく仲間の半数を失ったメイナード達の"愛国者達の学級"と合わせても、合計戦力は七〇人少しほどとなっていた。救出部隊は主要な指揮官とともに、既に戦力の三分の二以上を失っていて、彼ら自身が救出を必要とする状態だった。
「大隊長以下、中隊長、第一小隊長、第三小隊長戦死!隊長機が空中で撃墜され、我々は士官の殆どを失ってしまいました。残っているのは大尉、あなたしかいません…。」
生き残った部隊員の所属と階級を確認した曹長は、尉官以上では唯一生き残った小隊長の大尉に苦しい報告を終えた。
「そうか…。ご苦労だった、曹長…。」
未だに顔の頬を痙攣させる降下の時の恐怖を、指揮官としての固い表情の中に隠して返答した空挺連隊の小隊長は今一度、周囲の状況を見回した。吹雪が舞い降り、極寒の冷気が体を震わせる中では雪の積もった地面のそこここに空挺連隊の隊員達が腰掛け、同じ班の中で生き残った者同士で集まり固まっていたが、無傷な者は誰一人としておらず、全員が何かしらの負傷を体に受けており、中には降下時の衝撃で骨折したり、機銃弾の掃射で片腕を吹き飛ばされた者もいた。問題の将校を乗せた飛行機が墜落したのは彼らが今いる地点から雪の深い山中を三キロほど前進した場所だったが、ジープも装甲車も失った現在の部隊状況でそこまで行軍するのが不可能であることは火を見るよりも明らかだった。
「目標地点へ向かうのは無理だな…。」
そう呟いた小隊長は数秒の間、沈思すると隣に立つ曹長に命令を下した。
「よし、救出要請を無線で発信!防御が容易そうな場所を探し、そこに防衛陣地を築こう。増援が来てくれると良いが…。」
しかし、小隊長がそこまで言ったところで、「救出要請も増援もない!」と怒鳴った男の怒声が彼の言葉を遮った。少なくなった生存者の中で、一番生き残っていて欲しくなかった人間が残っていることに気づき、ぎくりとして声の主の方を振り返った小隊長と曹長の前に、ゆっくりと歩み出たロキは低い声で続けた。
「殉職された大隊長のお言葉を忘れたか!どれほど困難であろうと、任務は遂行する!」
淡々とそう言ったロキの怒鳴り声を聞いて、小隊長と曹長の周りには数人の空挺隊員達も集まってきた。突然現れ、自分達に己の愛国心を押し付け、自殺行動に近い作戦を強要した人物…。ロキを睨む空挺隊員達の目は皆、敵意と
憤怒で満ちていた。そんな部下達の顔を振り返り、自分の意志を貫けると確信した小隊長は蔑んだような口調で声を荒げて答えた。
「正気じゃない…。だが、あんたは私の上官じゃない。正体すら明かさん。そんな奴に従って、部下をこれ以上殺させはせん!」
小隊長の返答を聞き、一瞬沈黙した後、「そうか…。」と足元を向いて深い溜め息をついたロキは、次の瞬間には腰のホルスターからコルトM1905を引き抜いていた。
「ならば、せめて貴様の名誉だけでも守ってやろう…、殉職者としてな!」
目の前の小隊長に向けて素早く構えられた四五口径ピストルだったが、その動きを予想していた曹長の反応はもっと早かった。隣で素早くトンプソン・サブマシンガンを構えた部下の動きを視界の隅に捉えた小隊長は勝利を確信し、眉間に銃を突きつけられた状況でも、微かな笑みさえ浮かべていたが、その表情は鈍い殴打音とともに曹長が地面に倒れ込んだのを視界の片隅に捉えた瞬間、恐怖で凍りついた。
「おい…、今さっきは何て言ったかな…?」
突きつけたコルトM1905の銃口越しに、まっすぐに睨みつけてくるロキの双眸を震えながら見返した空挺連隊の小隊長は、同時に背中に走った悪寒に首だけを振り向けて、ゆっくりと後ろを振り返った。彼の背後では音もなく近づいた"愛国者達の学級"の少年達が自分達のニ倍近くある体の空挺隊員達を組み伏せ、その後頭部にサプレッサーを装着したステンMk.II(S)を突きつけている姿があった。
「た、た、た、頼む…。わ、悪かった。あんたの命令には従うから、こ、こ、こ、殺さないでくれ…。」
形勢の逆転した状況と謎の部隊の恐ろしさを肌で思い知った小隊長は拳銃を突きつけるロキに向かって跪き、零下十数度まで冷えた空気の中で湯気を上げる小便を漏らしながら、頭を地面に押しつけて、必死の形相で命乞いした。
「腑抜けだな…。」
態度を一八〇度変え、小さくなった目の前の小隊長を侮蔑の視線とともに見下ろしたロキはその姿を鼻で笑うと、手にしていた自動拳銃をホルスターに収めた。
「この意気地なしに指揮官の資格はない!代わりに、お前が部隊の指揮を取れ…。」
跪き、命乞いをする小隊長の傍らでメイナードに背中の上から押さえつけられ、拘束されている曹長に向かって、そう命じたロキは曹長を拘束するメイナードに目配せで意志を伝えた。無言の命令と同時に曹長の背中から飛び退いたメイナードは傍らに転がっていたトンプソン・サブマシンガンを回収すると、それと同時に他の少年達も抑えつけていた空挺隊員達の拘束を解いた。その光景を呆然とした様子で見つめていた周囲のアメリカ軍兵士達を見回したロキは古傷のついた右頬を笑みで歪ませると、命令を高らかに宣言した。
「分かったな?すぐに行軍を開始するぞ!三分で準備しろ!」
ロキが言い終わると同時に、メイナードの手に握られたトンプソン・サブマシンガンがフルオートの銃声を上げ、呆然とした余韻のせいで動くことのできなかった空挺隊員達は目の前の地面で弾けた.45ACP弾の炸裂に先程、空で感じたばかりの死の恐怖を再び掻き立てられ、体の痛みも不自由も忘れて行軍の準備を始めた。
「簡単なもんだな…、人間など…。」
目の前で死んでいった仲間達の姿が脳裏に焼き付いたばかりであるためか、必死な表情で装備を準備する空挺連隊の兵士達を軽蔑の笑みとともに見つめるロキの後ろで、ステンMk.II(S)消音短機関銃を抱えて直立したメイナードは、これから自分達が分け入っていく、吹雪の中に閉ざされた山の白い姿を無表情で固めた面持で見上げていた。