第五章 二十二話 「最後の抵抗」

文字数 2,329文字

上空のUH-60ブラックホークを経由して伝わってきたソリッチからの無線で、彼らが敵の砲撃陣地を破壊したことを知ったウィリアムは背後に降り注いでいた敵の砲撃が止むと同時にユーリ・ホフマンの腕を引っ張り、身を低くした状態で後方へと一気に走り出した。その後ろ姿を猛烈な近接航空支援の攻撃を掻い潜ってきた北ベトナム軍兵士達の銃口が狙っていたが、彼らが引き金を引くよりも先にタン中将の指揮する南ベトナム軍兵士達の防衛線がその前に立ち塞がった。
「大尉と科学者を守れ!このラインを死守しろ!」
戦力の半数以上を失いつつも、応援に駆けつけたアメリカ軍航空部隊の支援攻撃を得て、陣形を立て直した南側防衛線担当の南ベトナム軍兵士達はタン中将の怒声のもと、前方から突撃してくる敵の兵士達に向かって、M16やM60の激烈な銃撃を放つのだった。

南側の防衛線でウィリアムとユーリを護衛する南ベトナム軍部隊が最後の抵抗を始めた頃、北側の防衛線では完全に崩壊した戦線をアールとイーノックが後方に後退していた。
「こいつら、まだ来るぞ!もっと近くに近接航空支援を頼め!」
部隊としての形態を失い、個人で敗走する南ベトナム軍兵士達に紛れて、近接戦闘用に着剣したAK-47を手にした民族戦線兵士がすぐ傍の木の陰から飛び出してきたかと思うと、今度は三十メートルほど離れた位置に設置された敵の機銃掃射が襲いかかってくる…。近距離と遠距離、そしてあらゆる方向から襲いかかってくる敵を撃ち倒しながら、ブラボー分隊の二人はウィリアムと合流するために確実に後方に下がっていた。
「爆撃を頼む!もっと近くだ!誤爆なんか良い!バカ野郎!」
イーノックから借用した隊内無線を通して、上空の航空部隊と交信するアールがストーナー63LMGを前線に向かって掃射しながら叫ぶ中、H&K HK33SG/1マークスマンライフルの弾倉が空になったイーノックはマガジンを交換する暇も与えず、至近距離から接近して飛び出してくる敵に対して、サイドアームのブローニング・ハイパワーを発砲して、最後の抵抗を見せていた。
「何!隊長ですか…。しかし、今…。」
最後の武装であるブローニングHPの弾倉まで空になりそうだったイーノックのすぐ脇でアールが無線に叫んだ瞬間、二人の数十メートル前で紅蓮の炎幕が轟音とともに立ち上がり、熱気とともに迫ってきた炎が二人のすぐ目の前にまで広がった。その炎は硝煙に紛れて接近してきていた敵の兵士達とともに、後退していた南ベトナム軍兵士達も巻き込んで、ジャングルを紅蓮の炎で包んだ。
「まじか…。」
敵陣地の攻撃から帰ってきたA-10が投下した燃料気化爆弾の爆発を目にして、地面に伏せていたアールは爆風で口の中に吹き込んできた煤と砂利を吐き出しながら呻いた。同じく地面に伏せていた状態から、爆発の炎が収まったことを悟ると同時に敵の突撃してこない暇を狙って、マークスマンライフルに新しい弾倉を装填したイーノックはライフルを構えると、炎の中を爆弾に全身を焼かれながらも突撃してくる民族戦線兵士の燃え上がる頭をスコープ越しに捉えて、引き金を引いた。狙撃弾が命中し、気化燃料を浴びて全身から炎を吹き出していた民族戦線兵士が倒れたと思うと、その後ろから更に多数の敵が硝煙と炎の中を突撃してくるのを捉えたイーノックが「くそ…。」と毒づく脇で、肉眼でも同じ光景を捉えたアールが前方の宙空に向かって、残っていたミニグレネードを全て投擲した。
立て続けに爆発した四つの小型手榴弾が突撃してくる敵の兵士達のすぐ目の前に炎の壁を作り出し、その動きを止めるとともに、上空のアパッチから放たれたM230チェーンガンの掃射が動きの止まった敵歩兵部隊を一瞬にしてミンチにしたが、そこまでの攻撃を加えても、敵の攻勢は一瞬しか弱まらなかった。すでに敵は自らの被害を顧みず、人海戦術でアール達を殲滅しようとしていた。
「ここは俺が押さえる!イーノック、お前は後ろに下がれ!」
軽機関銃に最後の弾帯を装填しながら叫んだアールの言葉にイーノックは「しかし…。」と呻いたが、今の状況では選択の余地がないのは明白であり、続く言葉を紡ぎ出すことはできなかった。
「ヘリに撤退する時に誰かが隊長とユーリの背中をカバーする必要がある!俺も敵の隙を作ったら、すぐに行くから待つ必要はない、と大尉に伝えてくれ!」
軽機関銃に続き、残弾が少なったMk22拳銃にも最後の弾倉を装填しながら叫んだアールの横顔を見つめ、「了解しました…。」と震える声で答えたイーノックは、「ご無事で…。」と一言残すと、マークスマンライフルを抱えて、硝煙の中を後方へと走り去っていった。
消えていく部下の気配を背中に感じながら、弾倉の装填を終えたMk22をホルスターに仕舞おうとしたアールは不意に視界の端から硝煙の中を迫ってきた影に弾倉を交換したばかりのMk22ハッシュパピーを発砲しそうになったが、硝煙の中から飛び出してきたのはともに敵陣地に潜入した、あの南ベトナム軍無線兵の"ラジオ"だった。
「まだ、付き合ってくれるのか…。」
頬を綻ばせ、M18無反動砲を背負った"ラジオ"の顔を見返したアールは、更にその後ろに三人の南ベトナム軍兵士がついているのを見て、
「全く…、頼りになるぜ…。」
と笑みを漏らしながら、軽機関銃のチャージングハンドルをコッキングした。
「それじゃ、地獄に行こうか…!」
両手に軽機関銃を抱えたアールはベトナム人の仲間達にそう言うと、硝煙の包む前方へと走り出した。彼と四人の南ベトナム軍兵士達が走っていく硝煙の先では圧倒的多数の敵歩兵部隊が多数の戦闘車両を護衛に引き連れながら、前進してくるところだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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