第五章 二十五話 「戦場の狂気」

文字数 1,628文字

メイナードがDARPA(国防高等研究計画局)に働きかけて、タイに持ち込んでいたのはヘリコプターと対地攻撃機だけではなかった。F-111アードヴァーク…、最大で一万一千キログラムもの兵装を搭載できる戦闘爆撃機も、四機がパイロットとともに密かに持ち込まれていた。そして今、その戦闘爆撃機はハードポイントに搭載できるだけのMk.84対地爆弾抱えた状態で来たるべき命令に備えて、戦闘地帯上空を飛行していたのであった。
「命令確認!ブロークン・ウィング!戦闘地帯を爆撃せよ!」
隊長機から伝わってきた命令に各機のパイロット達は動揺した。
「まじでやるのか?」
「敵対国とはいえ、戦争をしている訳ではない国を相手に爆弾を落とすのか…?」
狼狽えるのは当然だった。彼らは"ゴースト"とは違い、極秘の非合法作戦に慣れている訳ではなかった。単に口が堅いという理由だけで空軍の中から選ばれたエリートパイロット達の集団だったが、部隊長のパイロットは、「これは正式な命令だ!」と部下達を叱咤した。
「最重要機密だがな…。全機、我に続け!」
部下達が覚悟を決めたことを無線越しに感じた隊長機のパイロットはそう言い切ると、大きく操縦桿の舵を切り、機体を急降下させた。隊長機に続き、三機のF-111戦略爆撃機は機体を右に傾かせながら、爆撃予定地点へと向かって、次々と機体を降下させていったのであった。

間近で炸裂した砲弾の爆発で聴覚が狂い、耳鳴りが支配する世界の中でイーノックはマークスマンライフルも失くして、激戦の戦場の中を呆然として歩いていた。
飛び交う銃弾の残像…、巻き上がる硝煙と粉塵…、突撃する兵士達の足音…、全てがゆっくりと見え、聞こえる…。
「これは…。」
美しい…。極限まで人間の倫理を放棄し、破壊を極めた光景を目にして、イーノックは思考よりも先にそう感じた。
「これが戦場の狂気…、これが戦場の絶対正義…。」
呆然として、そう呟いた満身創痍のイーノックの背後に半狂乱と化した北ベトナム軍兵士の一人が銃剣を向けて肉薄していたが、全く別次元を漂うイーノックの意識に敵兵士の存在は感知できていなかった。刹那、背中に生じた衝撃とともに顔に散った血液の生暖かい感覚でイーノックは、ようやく正気に戻った。
撃たれた…?
その意識とともに背後をイーノックが振り返ると、頭を撃ち抜かれたベトナム人兵士の死体が彼にもたれ掛かるようにして倒れてきた。
「何をぼうっとしている!」
イーノックに突撃していた北ベトナム軍兵士を銃剣が刺さる直前で射殺したウィリアムは弾を使い果たしたM16A1を捨てるとともに、イーノックの首根っこを掴んで、地面に引き倒した。そのすぐ後ろには全身に黒煤と返り血を浴びたユーリがついていた。
「イーノック!しっかりしろ!」
「大尉…。」
何とか正気を取り戻したイーノックにウィリアムは現状を説明したが、砲撃と銃声が弾ける周囲は既に敵に包囲されている状況だった。
「爆撃命令が出された!ここにいると、死ぬことになる!」
「爆撃命令…?」
聞き返したイーノックにウィリアムは頷き返すと、これから取る撤退案を説明し始めた。
「敵は私達を包囲しているが、地形から考えれば、北東の方角は手薄になっているはずだ!そこを一点突破し、爆撃をやり過ごす!」
リーとアーヴィングを失い、アールとは合流できず、最後の部下となったイーノックに作戦を端的に説明したウィリアムは腰のホルスターからコルト・ガバメントを引き抜くと、突撃の体勢を取った。
「準備は良いか?」
正気に戻り、ブローニング・ハイパワーを構えたイーノックが臨戦態勢に入っていることを確かめたウィリアムは、「Go!」の一声とともに左手にはユーリの肩を、右手にはコルト・ガバメントを構えて走り出した。走り出すと同時に左から突撃してきた民族戦線兵士にブローニングHPを撃ち込んだイーノックも先を行く上官の姿を見失わないよう、最終局面を迎えた戦場の中を精一杯全力で駆け出したのだった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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