第三章 十八話 「仲間の背中」

文字数 1,852文字

イアンを失った上に、ジョシュアも自力では立てないほどの重症を負ったブラボー分隊は戦力となる隊員を実質的に二人も失ってしまった状態で、南ベトナム陸軍の小隊とともに彼らの本隊が陣地を置く場所へと移動していた。
「このままじゃ、すぐに追いつかれる…。」
前進しながらも周囲の気配に感を澄ませていたクレイグは足を止めると後ろを振り返って、そう呟いた。彼のすぐ横で一緒に前進していたウィリアムも立ち止まって、クレイグの方を見ると彼は両目を閉じ、息を済ませて、その感覚の感知領域を遠く離れた敵の元まで広げているようだった。
「大尉、奴らが来る…。気配を感じます…!」
「どうした?何があった?」
行軍を止めたクレイグとウィリアムの姿を見て、異常を察知したアールが二人のもとに駆け寄ってきた。
「敵がすぐに来る!このままでは俺達は追いつかれる!」
話しかけてきたアールに返答したクレイグの声は張り詰めていた。確かに、もし今の状況で敵の攻撃を受けることになれば、生き残れる可能性はかなり低い。味方がいるとはいえ、護衛してくれる南ベトナム軍兵士の人数は三〇人ほどしかいない。このまま逃げ続けているだけでは全滅するのは明白だったが、しかし追いかけてくる敵を待ち伏せするのにも問題があった。彼らには、すでに弾薬の面で戦闘力が皆無に近かったのだ。
「しかし、武器がないぞ…。」
静かに諭したウィリアムだったが、クレイグは意思を変えることはしなかった。
「武器なら後ろのジャングルに腐るほど転がってますよ。」
彼は背後のジャングルを振り返りながら答えた。先程戦闘した敵の死体から武器を回収するつもりなのだろう。彼の使うAKMSなら敵の弾倉を流用して使うこともでき、ウィリアムも彼の意図はすぐに分かった。
「分かった…、すぐ戻れよ…。」
そう言ったウイリアムに頷き返したクレイグは身を翻し、ジャングルの方へと向かおうとしたが、「待て!」とその背中に呼びかけたアールの声が呼び止めた。
「これも持っていけ。」
そう言いながら、スリングで肩にかけていたチャイナレイク・グレネードランチャーとその予備弾薬を手にとったアールはクレイグの前に歩み寄り、自分のグレネードランチャーを手渡した。
「必ず戻れよ。」
そう言ったアールがクレイグに渡したのは武器だけではなかった。部隊紋章のはいった古びたライター…、七年前に彼の兄であるジョセフ・ハンフリーズがそうしたのと同じように、戦運の護身符である小さなライターをアールはクレイグに握らせた。
「今度は必ず返せ。」
数秒の間、沈黙して掌の中のライターを見つめたクレイグはアールの顔を見返し、力強く頷くと、渡された武器とともにライターを身につけて、ジャングルの中へと駆けていった。

「しかし、本当にそんなことが…?」
身柄を拘束されたメイナードに代わって、指揮を取ることとなったリロイから事態の全てを聞かされたサンダースだったが、直属の指揮官としての姿しか知らず、その生い立ちも全く知らないメイナードに関する疑惑は、彼とって俄には信じがたい話だった。
「あいつの疑惑に関しては、あくまで可能性だが…、君達の仲間が回収しようとしているものが世界のバランスを揺るがすとんでもないものだということだけは確かだ。」
ブラボー分隊との無線連絡が途絶え、静まり帰った指揮室で、自分が知りうる事実の全てを語ったリロイが静かに話を締めくくると、その後ろに控えていたジェイラス・ダーク 大尉が前に出て続けた。
「少佐。ことの都合上、この基地とあなた達を制圧する結果になってしまいましたが、我々は断じてあなた方に敵対する意思はありません。」
首謀者の拘束とアルファ分隊の武装解除を終わらせた「デルタ」の隊員達は現在、武装を解いており、指揮室には数名のCIA職員が残って、作戦の動向を監視しているだけだった。先程まで怒りとともに湧き上がっていた敵意も冷め、冷静さを取り戻していたサンダースだったが、彼には確かめなければならないことがまだあった。
「しかし、ウィリアム…、いえ、ブラボー分隊の隊員達は見殺しになるのですか?」
仲間の無事を心配するサンダースの気持ちは、彼の微かに震えた声を通して、リロイにも伝わっていたが、総指揮を担当する彼としては一個人の感情だけで決断を変えることはできなかった。
「最善は尽くすが、あの力とともにある以上は彼らも救い出すことはできん…。」
「くそ…。」
毒づいたサンダースだったが、武装解除され、指揮権を奪われた状況の彼には、どうしようもなかった。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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