第三章 十四話 「回収中止」

文字数 2,992文字

分隊長の命令に従い、一番川岸に近い位置にいたリーが負傷したジョシュアを背中に抱え、スティーブンスM77Eを構えて川の方へと走り、その後ろに二人を援護するアールが続いた。
「リー達を守れ!あと少しの辛抱だ!」
再び防衛ラインを組み直した部下達に命じたウィリアムは、とうとう残弾のなくなったM16をスリングで背中にかけると、傍らで死んでいた民族戦線兵士の体からAK-47とその予備弾倉を奪い、動作に異常のないことを確かめた直後、硝煙の中を突撃してくる敵に向かって引き金を引いた。性能や性質もM16と全く異なるAK-47に体を慣らせながら、ソ連製のアサルトライフルを発砲するウィリアムの隣では、アーヴィングも弾薬の切れたストーナー63からブローニング・ハイパワーへと武器を切り替えて、硝煙の中を突撃してくる敵に向かって、牽制の拳銃弾を放っていた。

「スモークだ!煙が上がってる!ウィリアムが回収要請を出してるんだ!赤色のスモークが昇っている地点にヘリを降ろせ!」
燃え上がった哨戒艇の残骸が黒煙を上げるトンレ・スレイポック川の川岸で濃赤色の煙幕が立ち昇るのを、ブラックホークの兵員室から見つけたサンダースはコクピットの方を向いて叫んだが、無線で本部からの追加命令を受けているらしいハル大尉が数秒の沈黙の後、隊内無線に返した返答は、「Negative!(拒否する!)」だった。
「何故だ!敵の攻勢は弱まってる!イーグル・ツーに援護させて…。」
「無理だ!」
サンダースが最後まで言い切るよりも先に、ハル大尉の張り詰めた声が隊内無線に走った。
「本部からの命令だ!回収は中止!高度を上げて、撤退する!」
早口に続けたハル大尉だったが、激昂したサンダースの耳にその言葉は入っていなかった。
「下ろせ!」
怒声を上げながら、ブローニング・ハイパワーをホルスターから引き抜き、怒りに任せてコクピットに向かおうとするサンダースをミニガンの銃座についていた黒人の副官、アレックス中佐が止め、何とか兵員室の床に倒したが、それでもサンダースの暴走は止まらなかった。
「何のつもりだ!貴様ら!腑抜けばかりが!ヘリを下ろせぇ!」
「少佐!止めてください!」
三人の部下に押さえつけられても暴走を続けるサンダースの怒号がエンジンの騒音を超えて響き渡るヘリの中で、対空砲火によって傷だらけになった強化ガラス越しに眼下の戦場を見つめたハル大尉は操縦桿を引き上げ、ブラックホークの機体を高空へと上昇させた。

「おい!ヘリが遠ざかっていくぞ!」
一度はスモークの立ち昇る川岸に機体を下ろそうとしていたブラックホークの機体が高度を上げ、離れていくのを見上げて、藪の中に身を伏せていたトム・リー・ミンクが叫んだ。
「おい!待て!俺達はここだ!見えてるはずだぞ!置いていくな!」
リーとともに回収地点で待機していたアールは上空のヘリコプターに向かって両手を大きく振って、ヘリを下ろすように合図を送ったが、そこまで叫んだところで彼の左腿を銃弾が後ろから前へと貫通し、痛みに呻いたアールは振り返りざまに、背後の敵に対して、残弾が僅かになったストーナー63LMGをフルオートで掃射した。
「畜生共が!ウジのように湧いてきやがる!」
最後のフルオート射撃で残弾のなくなったストーナー63を地面に置き、横たわって、怪我の応急処置をするアールのすぐ脇で、リーがスティーブンスM77Eショットガンを敵に向かって牽制射撃しながら叫んだが、敵の攻勢はそんな攻撃だけで収まるものではなかった。
アール達のすぐ目の前にまで撤退してきたウィリアム達、四人の防衛ラインに向かって突撃してくる民族戦線兵士の数は圧倒的で、ヘリコプターからの機銃掃射がなくなった隙にウィリアム達を一気に殲滅しようと、川以外の三方向からブラボー分隊を包囲し、攻撃を仕掛けていた。
「後ろに下がる!援護を頼むぞ!」
傍らで死体から奪ったRPD軽機関銃を敵に向かって掃射するアーヴィングにそう叫んだウィリアムはAK-47を抱えて後方に走ったところで、高度を上げて遠ざかっていくブラックホークの機体を見上げ絶句した。
何故、撤退するんだ…!あともう少しで回収可能だというのに…!ここまで来たというのに…!
重症を負っても最後の力を振り絞り、地面に横たわったままでXM177E2カービンを撃つジョシュアの前で、残弾のなくなったメインアームから拳銃に武器を切り替えたリーとアールの隣に並んだウィリアムは心中に広がる失意を振り払いながら、敵に向かってAK-47の引き金を引いて応戦した。
敵は全周から来る。後ろに逃げるにしても後方には川幅が百メートル以上もある大河が広がっている。既に防衛ラインの十数メートル先まで近づいた敵の姿を、構えたAK-47のアイアンサイト先に捉えたウィリアムは次に取るべき行動を考えたが、ロケット噴射の滑空音とともに飛翔してきたB-40ロケット弾が、その思考を引き裂いた。
「伏せろ!」
そう叫んだウィリアムが傍らでブローニング・ハイパワーを発砲するリーの体を押し倒した瞬間、二人の数メートル脇にロケット弾が突き刺さり、爆発の噴煙を巻き上げた。鼻をつく硝煙が広がると同時に、巻き上げられた泥土が頭上に降り注ぎ、爆発に熱された空気がウィリアム達の肌を焦がした。
「まだ来るぞ!」
Mk22 Mod0のグリップに最後の弾倉を装填していたアールが空を見上げながら叫び、それと同時に上空から響いた空気を切り裂く滑空音に、ウィリアムは無駄だと思っても身を伏せた。
迫撃砲弾、敵の前線部隊の後方に据えられた小型砲台から発射されたそれは川岸の一点に追い詰められたウィリアム達に止めを指すべく落ちてきたかと思われたが、砲弾が着弾したのは彼らの位置から十数メートルほど離れた、民族戦線部隊の最前線だった。離れた位置で生じた爆発の衝撃波を感じ、未だ自分の体が砲弾に引き裂かれていないことを確かめたウィリアムは目の前で起こった事態をすぐには飲み込めなかった。
照準を間違えた…?
顔を上げ、敵に着弾した砲弾に彼がそう思った瞬間、
「もう一発来るぞー!」
アールが怒声を上げ、再び砲弾の急降下音が頭上に鳴り響いたが、その飛行音の性状を聞いたウィリアムは先程の自分の推測が誤っていたことを悟った。
凄まじい爆発音とともに、今度はもっと敵側に近い地点で爆発の炎が吹き上がり、一点に追い詰めたウィリアム達を一掃するべくDShK38重機関銃を組み立てようとしていた民族戦線兵士達を組み立て途中の重機関銃ごと吹き飛ばした。
「何だ!一体、何が起こっている?」
目の前の状況を理解できず、呆然とするウィリアム達の頭上で今度は数発の急降下音が響き渡り、一拍の沈黙の後、突然の襲撃に後退を始めていた民族戦線部隊の周囲で五発の迫撃砲弾が連続して炸裂した。
「伏せろ!伏せろ!頭を上げるな!」
砲弾の爆発に続き、猛烈な機銃の連続射撃音が轟き、目の前まで迫っていた民族戦線の歩兵部隊が後方を振り返り、小銃を掃射しながら撤退していく姿を見たウィリアムは敵にAK-47を構えたままで隊内無線に叫んだ。
「二時の方向!北東の斜面上方に新たな軍勢の姿!」
マークスマンライフルのスコープ越しに敵の後方を見つめていたイーノックが隊内無線に叫んだのを聞き、ウィリアムは部下の指示した方向を双眼鏡で見つめた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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