第二章 二十一話 「破壊工作」

文字数 3,822文字

ソ連軍事顧問団駐屯基地の西側区画に建てられた十数個の木製の兵舎にアール達、イーグル・チームの三人は敵兵士に気づかれぬよう、時限式のC4爆弾やクレイモア地雷を仕掛けていた。作業の効率化のため、三人で手分けして、南西側の兵舎から一つずつ爆弾を仕掛けていたが、兵舎区域とはいえ、建物の外にも煙草を吸ったり、談笑したりする兵士が居り、全体を見渡せる位置についているイアンが監視の役割につき、三人の行動をサポートしていた。
「リー、左十時の方向に敵がいる。気をつけろ。」
丁度、兵舎の内の一つにC4爆弾を仕掛け終わって、その床下から這い出ようとしたリーは、隊内無線から聞こえてきたイアンの声に動きを止めた。次の瞬間、彼が這い出ようとしていた地面に、建物の床の上から人の足が現れ、そのまま兵舎の外に歩いていった。
「危なかった…。恩に切るぜ…。」
緊張の後の溜め息とともに、隊内無線に礼を言ったリーは右手に持ったハイスタンダードHDM消音拳銃を構えて警戒しながら、床下から這い出た。
イアンはM21狙撃銃の暗視装置の眼を、今度はアールが爆弾を仕掛けている兵舎の方に向けた。
「少尉。その兵舎と次の兵舎の間、敵兵士一人。AKライフルを持っていますが、警戒はしていません。少尉に背中を見せています。背後からナイフでやってください。」
担当の兵舎の床下に爆弾を仕掛け、そこから這い出たアールはイアンの指示に従い、次の兵舎との間の通路に立っている兵士に背後から襲いかかった。AK-47をスリングで下げて武装していたが、敵に襲われるとは微塵も思っていなかった民族戦線兵士はアールに後ろから口を押さえられた勢いで、吸っていた煙草が口の中に入り込み、むせび混んだ瞬間、事態を理解するよりも先に、背中から心臓を貫いたMK2 USNナイフに命を絶たれた。男の口から漏れる煙草入りの血液の暖かい感触を右手に感じながら、男の心臓が完全に破壊されるように、左手のナイフで男の体内を撹拌したアールは、男の死を確信すると、ナイフを死体の背中から引き抜いた。
音もなく、敵兵士を暗殺したアールは、その死体を次に爆弾を仕掛ける兵舎の床下に隠そうとしたが、ちょうど斜め前の宴会をしている兵舎から小便のために出てきた兵士に見つけられてしまった。兵舎の中で仲間と飲んでいた酒が回っていて、死体を隠すアールの後ろ姿を見てもすぐには思考が働かなかった兵士は、だが叫ぶよりも先にイアンの指示を聞いて、背後から迫っていたリーにワイヤーで首を絞められ、窒息死した。何とか発見を食い止めて安堵したリーだったが、さらにその背後に五六式小銃を構えた歩哨が兵舎の陰から現れ、リーの姿に驚いて叫ぶよりも先に手に持った五六式小銃を構えて撃とうとした。リーはその気配に全く気がついていなかったが、イアンのM21狙撃銃から放たれた七.六二ミリNATO弾が彼の命を助けた。リーが物音に気づき、振り返った時には先程の民族戦線兵士は狙撃銃弾に側頭部を撃ち抜かれて、死亡していた。
兵舎の中で酒飲みに興じていたベトナム人兵士達が不審な物音に気づいて、兵舎の外に出た時には、三人の死体は既に跡形もなく、壁についた歩哨の血も夜の闇に遮られて見えなかったために、彼らは侵入者の存在に気づくことができなかった。糞でもしに行ったんだろう、と結論付けた民族戦線兵士達は再び部屋の中に戻って、宴会の続きを始めた。まさか、その床下に三人の仲間の死体が転がり、後々自分達を吹き飛ばすであろう爆弾が仕掛けられているであろうとは全く思いもしないままで…。
「ああ…。くそ、死体に囲まれ、頭上はどんちゃん騒ぎかよ…。せめて、これで月まで降っ飛んでくれよ…っ!」
両脇に並んだ死体に挟まれた状態のトム・リー・ミンクは頭上で騒ぐベトナム人兵士達の喧騒に辟易しながら、木製の床にC4爆弾をセットした。

同じ頃、飛行場の方では、Mi-24Aの警備についていた一人の民族戦線兵士が、イーノックに頭を狙撃されて絶命していた。隣接するUH-1の側に立っていたもう一人の歩哨も、突然倒れた仲間に驚いたのも束の間、背後から頭をハイスタンダードHDM消音拳銃で撃ち抜かれ、絶命した。
「クリア。ハインドまで敵影なし。」
イーノックの指示を聞いた後、UH-1の後方、フェンスの向こう側の機銃陣地の兵士達がこちらに気づいていないか、自分の目でも確かめたウィリアムは、彼らが談笑していて、こちらに気づいていないことを確認すると、ハイスタンダードHDMを構えて、UH-1の兵員室から飛び出し、十メートルほど離れた場所でこちら側に機首を向けて駐機するMi-24Aハインドまで腰を低くして、一気に走った。その背中をカバーするように、後方に消音拳銃を構えたジョシュアが続く。
「ハインドの後部兵員室に人影あり。注意してください。」
骨伝導イヤホンを通じて、イーノックの警告が鼓膜を震わせる。Mi-24Aの機体に張り付いたウィリアムは、フェンスの向こうの機銃陣地とすぐ脇に立つ発電施設の建物にも注意の目を向けつつ、ゆっくりとMi-24Aの後部兵員室のスライドドアに近づいた。スライドドアは開いたままで、UH-1のものよりやや広い兵員室の中では、イーノックの言葉通り、二人のベトナム人兵士が弾薬類の入った木箱を積み込んでいた。薄暗い兵員室で作業をしていた二人の整備兵は突然現れた侵入者の姿に驚いた次の瞬間、ウィリアムの手に握られたハイスタンダードHDMが連続して発砲した.22ロングライフル弾に頭を撃ち抜かれて即死した。
「イーノック、周辺警戒を頼む。」
隊内無線で交信すると、ウィリアムとジョシュアはMi-24Aの兵員室の中へと足を踏み入れた。ジョシュアがスライドドアの裏側に身を隠し、外を警戒する間に、ウィリアムはバックパックの中に入れたC4爆弾を兵員室に仕掛け始めた。すでに三機のUH-1のコクピットの中にはC4爆弾を一基ずつセットし終わっていたが、このソ連製攻撃ヘリコプター、Mi-24Aハインドは空飛ぶ戦車とも言われるほどの重装甲を備えているので、念押しにコクピットだけでなく、兵員室の中の弾薬類にも誘爆するように追加で爆弾を仕掛ける。この化物のような攻撃ヘリコプターに爆弾を仕掛け終えれば、残るは三十メートルほど離れた位置でウィリアム達に機首を向けて駐機するMi-6輸送ヘリコプターに爆弾を仕掛けるだけだった。Mi-24Aの兵員室の窓から見える大型ヘリコプターを睨み、その破壊にどれ程の爆薬を残す必要があるかを頭の中で計算したウィリアムはMi-24Aに爆薬を仕掛ける作業に戻った。

その頃、二機のOH-6の機体下部に爆弾を仕掛け終わって、車両に爆弾を仕掛け始めていたクレイグは駐車場に並んでいた三両の五九式戦車の内、一番最後の車両のエンジンルームにC4爆弾を仕掛けたところだった。すでに彼が仕事を済ませた二両の五九式戦車には、エンジンルームと砲塔内部の戦車砲弾の間にも一基ずつ、C4爆弾が仕掛けられていた。駐車場には戦車以外にも、種々の車両が駐車していたが、それらの中にも一両の六三式装甲兵員輸送車と五両のCA-30大型トラックには既にクレイグの仕掛けた爆弾がセットされていた。
東側の監視塔はイーノックが押さえ、北側の監視塔は基地の外の橋にしか警戒を向けておらず、中央棟建物の上の監視塔はもはや機能していなかったので、歩哨にさえ警戒していれば、見つかることなく、順調に爆弾を仕掛けられていたが、この最後の車両の中でクレイグは予期せぬアクシデントに見舞われた。開いたままだったキューポラから砲塔内部に滑り込んだ瞬間、隠れていたベトナム人戦車兵が整備用の工具を振り回して、殴りかかってきたのだった。鉄製の工具で顔面を殴られ、後ろによろめいた勢いで、狭い車内の壁に後頭部を強打して、一瞬意識がふらついたクレイグの目の前に、ベトナム人戦車兵の握ったナイフが左から迫る。ナイフを握った敵の右手首を、刃が自分の首に突き刺さる直前で、左手で掴んで止めたクレイグに、戦車兵はさらに左手に持った工具を振り上げて、目の前の侵入者の頭を殴り付けようとしたが、それよりも先にクレイグの右手が整備兵の左上腕を掴み、その動きを封じると次の瞬間、反撃の頭突きが整備兵の右目に突き刺さった。利き目を潰され、悲鳴とともに後ろによろけた戦車兵は反射的に、左手に握った工具でクレイグの頭を殴ろうとしたものの、腰を低くして避けられ、直後に下顎に食らったアッパーで下顎骨を砕かれた上に、ナイフを振り下ろした右手の手首も関節を一八〇度捻られ、悲鳴をあげることしかできないまま、顔面をクレイグに掴まれた。掴んだ男の顔面を、工具で殴られて鼻から血を吹き出している自分の顔面に近づけたクレイグは、血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった男に「お返しだよ。Mother Fucker!」と言うと、右手で掴んだ男の後頭部を、左手で押さえた戦車の潜望鏡に全力でぶつけた。ベトナム人戦車兵の男が、最後に聞いたクレイグの声のどす黒さに背筋を凍らせた時には、彼の顔面は潜望鏡にめり込み、一体化していた。
「くそ…。」
鼻血をぬぐい、ため息をつきながら爆弾設置の作業に取りかかったクレイグの横で、潜望鏡に顔面をめり込ませ、直立した状態で死んだベトナム人戦車兵の体が小刻みに死後痙攣していた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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