第五章 十一話 「救出のための出撃」

文字数 1,981文字

前線で再度の戦闘が始まった頃、横転した装甲車から仮設のテントに指揮所を移したブイとグエンは今後取るべき攻撃方針について、議論を交わしていた。
「前線で再度、戦闘が始まりました!」
通信士からの報告を聞くグエンとブイの額からは先程流れたばかりの血の跡が残っていた。あろうことか、こちらの指揮所を見つけ出し、前線から迫撃砲による攻撃を仕掛けてきた敵…、恐らくはアメリカ人特殊部隊の仕業である奇襲、その末恐ろしさにブイは恐怖すら感じていたが、グエンの方は恐れ以上に怒りの炎が煮えたぎっているようだった。
「これしきの砲撃で我々の戦意が崩せると思うなど、見くびりおって…!戦車を投入する!」
勢いで命令を下したグエンをブイは制止しようとした。
「待て!車両が通れるとはいえ、ジャングルの中だぞ!戦車の投入はまだ待て…!」
敵が優秀すぎる分、下手な命令を出せば、多数の犠牲者が出る…。そう考え、旧友を落ち着かせようとしたブイの発言だったが、怒りに囚われたグエンにその真意は伝わらなかった。
「お前はどちらの味方だ!」
怒鳴ったグエンの剣幕にブイはそれ以上、言い返すことができなかった。いや、剣幕に負けたのではない。家族を奪われた怒り、アメリカへの怨念に取り憑かれた旧友の姿にブイは言葉を失ってしまったのだった。家族も居て、帰れる場所と幸せがまだある自分には分からぬ絶望…、ブイはグエンが過去に負った傷の重さに気圧されたのだ。
「車両が突入できる北西側と南側に戦車を先頭として、車両部隊を投入!」
前線ではブイの部下が大勢死んでいたが、彼に口を挟む隙をグエンは与えていなかった。

ブラボー分隊が敵と激戦を繰り広げている時、リロイ達が待機するタイの空軍基地でも動きがあった。
「連絡!MACV-SOGが昨夜より不審な戦力展開をする北ベトナム軍の部隊を補足していたそうです!」
コーディのその報告に、コントロールルームで仮眠についていたリロイは飛び起きた。
「どこの地区だ!」
「中部高原の国境沿いです!」
コーディの返答とともに、コントロールルームの中にアラート音が響き、電子板に表示された地図上の一点に赤い光点が輝き、オペレーターの一人が切羽詰まった声を出した。
「無線傍受!国境のカンボジア側で戦闘が発生している模様!」
その報告を聞き切るよりも先にリロイは待機している"ゴースト"のアルファ分隊に無線を通して、命令を下していた。
「カンボジアの中部高原にて、ブラボー分隊の活動形跡発見!直ちに出撃!」
何としても、メイナードより先にブラボー分隊と"サブスタンスX"を回収しなくては…!
胸中にあるその決意だけがリロイを突き動かしていた。

昨夜の騒動以降から常に出撃準備を整えていたシルフレッド・サンダース少佐は無線から命令を受けると同時に、部下の誰よりも先にUH-60ブラックホークに飛び乗った。
「急げ!早く出すんだ!」
急かす、サンダースの声に呼応するかのようにして、二機のUH-60と二機のAH-64アパッチがエンジン起動の甲高い機械音を飛行場に響かせ、遅れてサンダースの部下達がヘリに乗り込んだ。
「全員搭乗よし!命令確認よし!テイクオフ!」
格納庫から運び出された新型攻撃機のA-10サンダーボルトIIが滑走路の隅で離陸の準備を整える傍ら、必要な浮力を得た二機のブラックホークは直掩のアパッチ部隊を引き連れて、東の空へと飛び立ったのだった。

「トラックは捨てろ!行くぞ!」
前線まで一キロ余りまで近づいたアールと二人の南ベトナム軍兵士は弾痕だらけになったトラックを捨てると、深いジャングルの中に飛び込んだが、そうした後も敵の追撃は彼らを追い続けていた。
「逃がすな!」
「追え!」
ベトナム語の怒声とともに背後から銃声が轟く中、軍用犬まで放ってきた敵に時折振り返っては銃弾を放ちつつ逃走するアール達だったが、このままでは逃げ切れないのは自明だった。
「くそ…、どうする…!」
アールがそう毒づいた瞬間だった。手榴弾を全身に括り付けた"部隊長"が逃げる足を止めると、敵の方向へと向かって、逆走を始めたのだった。
「おい、何して…!お前…!」
そこまで叫んだアールだったが、振り返った"部隊長"の目を見て、制止を諦めた。
こいつは既に覚悟を決めている…。
追撃してくる敵に向かって、全力で疾走して行った"部隊長"の姿はジャングルの生い茂った藪に隠されて、すぐに見えなくなったが、直後に生じた大きな爆発音と地面を震わせた激震がその最期をアール達に伝えた。
残された無線兵の"ラジオ"とアールは一瞬だけ振り返り、ジャングルの木々の間から見える黒煙の立ち昇りを見て、事態を悟った。既に追撃してくる敵の怒声もその気配も無かった。"部隊長"がその身を犠牲にして、敵の追撃を一掃したのだった。
すまん…!
そう胸中に詫びたアールは前線へと急ぐ足を走らせた。
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登場人物紹介

*ウィリアム・ロバート・カークス


本作の主人公。階級は大尉。米陸軍特殊戦用特殊部隊「ゴースト」のブラボー分隊を率いる。

八年前、ベトナム戦争従軍中、ベトナム共和国ダクラク省のチューチリンで起きた"事件"がトラウマとなり、現在でも戦闘中に襲ってくるフラッシュバックに悩まされている。


ゲネルバでの大使館占拠事件の際には、MC-51SD消音カービンを使用し、サブアームにサプレッサーを装着したH&K P9Sを使用する。


#特徴

黒人

身長は一八〇センチ台前半。

髪の毛はチリ毛だが、短く刈っている上に何らかの帽子などを被っていることが多いため、人前に見せることは少ない。

#イーノック・アルバーン


第七五レンジャー連隊・斥候狙撃班に所属する若きアメリカ兵。階級は登場時は上等兵、「ゴースト」の作戦に参加したことで伍長へと昇進した。


彼の兄で、ベトナム時代のウィリアムの戦友だった故ヴェスパ・アルバーンの代わりに、「ゴースト」へと招集される。


実戦を経験したことはないが、狙撃の技術に関しては、兄譲りの才能を見せる。


#特徴

白人

身長一八〇センチ前半台

短い茶髪 

*クレイグ・マッケンジー

元Navy SEALsの隊員でアールと同じ部隊に所属していたが、参加したカンボジアでのある作戦が原因で精神を病み、カナダに逃亡する。その後、孤児だったレジーナを迎え入れ、イエローナイフの山奥深くで二人で暮らしていたが、ウィリアム達の説得、そして自身の恐怖を克服したいという願いとレジーナの将来のために、「ゴースト」に参加し、再び兵士となる道を選ぶ……。


*特徴

年齢29歳

くせ毛、褐色の肌

出生の記録は不明だが、アメリカ先住民の血を強く引く。

*アール・ハンフリーズ


序章から登場。階級は少尉。「ゴースト」ブラボー分隊の副官として、指揮官のウィリアムを支える。 

その多くが、戸籍上は何らかの理由で死亡・行方不明扱いになり、偽物の戸籍と名前を与えられて生活している「ゴースト」の退院達の中では珍しく、彼の名前は本名であり、戸籍も本来の彼のものである。


ゲネルバ大使館占拠事件では、ウィリアムと同じくMC-51SD消音カービンをメイン装備として使用する他、H&K HK69グレネードランチャーも使用する。


#特徴

白人

身長一九〇センチ

金髪の短髪

*イアン・バトラー


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で階級は先任曹長。戦闘技能では狙撃に優れ、しばしば部隊を支援するスナイパーとしての役割を与えられる。

年齢は四十代後半であり、「ゴースト」の隊員達の中では最年長で、長い間、軍務についていたことは確かだが、正確な軍歴は分隊長のウィリアムでも知らない。


ゲネルバ大使館占拠事件では、降下してくる本隊を支援するため、サプレッサーを装着したレミントンM40A1を使用して、敷地内のゲネルバ革命軍兵士を狙撃する。


#特徴

白人

やや白髪かかり始めた髪の毛

*ジョシュア・ティーガーデン 


「ゴースト」ブラボー分隊の通信手を務める一等軍曹。巻き毛がかった金髪が特徴。周囲の空気を敏感に感じとり、部隊の規律を乱さないようにしている。


各種通信機器の扱いに長け、リーと同様に通信機器に関してはソビエト製のものや旧ドイツ、日本製のものでも扱える。


#特徴

白人

身長一八〇センチ台前半

金髪

*トム・リー・ミンク


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で、階級は一等軍曹。身長一七〇センチと「ゴースト」の中では小柄な体格だが、各種戦闘能力は高く、特に近距離でのナイフ戦闘技能と爆発物の扱いには優れている。特にミサイル、ロケット系の兵器に関しては、特殊訓練の結果、ソビエト製兵器でも使用できる。


気の強い性格から、他の隊員と口論になることもあるが、基本的には仲間思いで優しい性格である。

だが、敵となったものに対しては容赦のない暴力性を発揮する。


同部隊のアーヴィング一等軍曹とはベトナム戦争時から同じ部隊に所属しており、二人の間には特別な絆がある。


#特徴

アジア系アメリカ人

身長一七〇センチ

*アーヴィング・S・アトキンソン 


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員の一人で機銃手を務める大柄な黒人兵士。 階級は一等軍曹。


その大柄な体格とは逆に性格は心優しく、穏やかであり、部隊の中でいざこざが起こったときの仲裁も彼がすることが多い。


トム・リー・ミンクとはベトナム戦争時代からの戦友。


#特徴

黒人

身長一九五センチ

*ハワード・レイエス


「ゴースト」ブラボー分隊の隊員で、前衛を務める。階級は曹長。

父親は不明、母親はメキシコからの不法移民でヒスパニック系の血を引く。7歳の時、母親が国境の向こう側へ送還されてからは、移民が集合するスラム街で生活。学校にも通っていなかったが、自発的に本から学んだことで、米国の一般レベルを上回る知能、知識を持ち、スペイン語をはじめとする語学に堪能。


ゲネルバでの作戦時には、部隊の先頭を切って勇敢に突撃したが、後にウィリアムの身代わりとなって死亡する。

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