第三章 七話 「反撃」
文字数 3,804文字
DP-28軽機関銃とSG-43重機関銃の十字放火による援護を受けながら、三十人以上で突っ込んでくる民族戦線兵士達を相手に、クレイグが動物的な俊敏な動きと正確な射撃をもって、一人で敵の進行を食い止め、さらにその十五メートル後方の熱帯樹の上では、イアンがM21マークスマンライフルを使って、後方の重機関銃手を狙撃し援護していたが、後ろから次から次へと突撃してくる敵の数はクレイグ一人で押さえ切るには数が多すぎ、重機関銃の方も射手を撃ち殺しても別の兵士がすぐに機銃にとりつくため、イアンの狙撃も一時的な効果しかなかった。加えて哨戒艇からの猛烈な機銃掃射もあって、戦闘開始から僅か二分足らずで、二人の防衛ラインは抑えきれなくなっていた。
「大尉!岸側、援護求めます!」
そう隊内無線に叫んだイアンのすぐ脇に重機関銃の弾が直撃し、折れた枝の破片が彼に襲いかかった。
「くそ…。」
毒づいたイアンのすぐ脇を今度は後ろから前へと熱を帯びて高速飛翔する物体が通り過ぎ、そのまま重機関銃を擁する敵のバンカーに突き刺さると、直後に起こったコンポジションBの爆発が内部のSG-43重機関銃や射手もろともバンカーを粉々に吹き飛ばした。イアンがバンカーを破壊したグレネード弾の飛んで来た背後を振り返ると、二十メートルほど離れた所に哨戒艇の艦載迫撃砲による砲撃を掻い潜りながら、彼の方に走ってくるウィリアムとジョシュア、アールの三人の姿があった。三人の一番後ろに付いているアールがポンプアクション式のチャイナレイク・グレネードランチャーを連射して、敵の前線へと三発の四〇ミリグレネード弾を次々と叩き込む中、間に合った分隊長の加勢に一瞬の安堵を覚えたイアンだったが、殺到する迫撃砲弾と機銃掃射にすぐに気を引き締められた。川側を向き、M21狙撃銃を構えると、スコープの中にPCF哨戒艇の連装重機関銃を装備したターレットを映し出す。
あれを潰さないと全員、殺られる…。
一秒の照準、一秒の集中の後、イアンはターレットの防盾の間から見える敵の顔に狙いを定めて、引き金を引いた。肩に伝わる反動とともに撃ち出された七.六二ミリNATO弾が男の眉間に命中し、連装重機関銃の射撃が沈黙する。仲間が撃ち殺されたのに気づいて、別の民族戦線兵士が機銃のターレットに飛び移ったが、その瞬間にイアンの放った二発目の狙撃弾が兵士の首を貫き、男の体は頸部から鮮血を吹き出しながら、ボートの縁から川面に落ちた。機銃周囲を全員無力化したのを確かめると、今度は後部甲板のMk2 Mod1 .50BMG/81mm複合迫撃砲を操作する二人に狙いを定め、二秒後には二発の銃声とともにM21のスコープの中に収まっていた二人の民族戦線兵士を両方とも無力化していた。射手を失った複合迫撃砲に、別の民族戦線兵士が取りつこうと船内から甲板に走り出したが、やはり迫撃砲に触れるよりも先にイアンに後頭部を狙撃されて葬られた。正確に撃ち込んでくる狙撃を前に、もはや哨戒艇の兵士達は誰も重機関銃と迫撃砲には取り付けなくなり、装甲で覆われたデッキの裏側に隠れて、その後ろ側から小銃を盲撃ちするしかできなくなってしまった。一瞬の内に戦力のほぼ全てを無力化されたPCF哨戒艇はディーゼル機関の唸り声を上げながら、猛スピードで逃走を始め、川の上流の方へと消えていった。
敵に加勢が加わり、虎の子のSG-43重機関銃まで破壊された上に、哨戒艇の支援さえも失った民族戦線の待ち伏せ小隊は統制を失い、退くにも退けず、各個に敵と戦闘に当たり始めたが、数で押すことができなければ、銃の扱いなど練度で圧倒的に勝るウィリアム達に勝てるはずはなく、アールのストーナー63LMG軽機関銃の掃射による援護のもと、前に出たクレイグの四点射撃により、辛うじて前線を支えていたDP-28軽機関銃も無力化されて、殆ど全滅したも同然の様相となった。
「正念場だ!あと、少しで突破できるぞ!」
銃口にサプレッサーを装着したM16A1の単連射を、まだ僅かに残る敵に放ちながら、隊内無線に叫んだウィリアムの十メートルほど脇を、熱を持った高速の飛翔体が滑空し、彼の前方で熱帯樹を盾にして最後の抵抗を試みていた民族戦線兵士達の中へと突っ込み爆発した。僅かに残っていた敵兵士達を吹き飛ばしたロケット弾の爆発に、反射的に体を地面に伏せたウィリアムは背後の斜面を振り返り、構えたM16A1のキャリング・ハンドルに取り付けたコルト社製スコープを覗き混んだ。四倍に拡大された視界の中に、森の中をうごめく影が見える。
「後ろに陣取ってたやつらか…!」
ウィリアムが悪態をついた瞬間、リーの声が隊内無線に弾けた。
「大尉!すいません!戻りましたが、敵も連れてきてしまいました!」
スコープ越しの視線を動かすと、八十メートルほど離れた敵の最前線部隊の手前二十メートルほどの位置に交代で敵と応戦しながら、こちらに撤退してくるリー達、三人の姿があった。
「アール!クレイグ!リー達を援護する。後ろにも注意しろ!イアン、岸側の残存兵の警戒を頼む!ジョシュアはユーリの側から離れるな!彼を絶対に死なせるんじゃないぞ!」
隊内無線で素早く、各隊員に指示を出したウィリアムはM16A1を抱えて、三人を援護すべく、後方の斜面側に走った。ユーリを保護するジョシュアだけは後ろにつき、それ以外のウィリアム、アール、クレイグの三人がそれぞれの遮蔽物に隠れながらも十メートル間隔の応戦ラインを横一列に敷く。
「射撃のタイミングは各自に任せる!」
配置に付き、射撃準備を整えたウィリアムが隊内無線に叫ぶと同時に、迫撃砲の弾着跡に身を隠したアールのストーナー63が最初に機銃掃射の火を吹いた。
リー達を追跡していた民族戦線の追撃部隊は突然、加わった敵の加勢に仲間が次々と撃ち倒され、動揺して、動きの固まったところをウィリアムのM203グレネードランチャーから放たれた四〇ミリグレネード弾を撃ち込まれた。熱帯林に包まれた山の斜面の一角に、RDXとTNTを主成分とした混合爆薬の巻き起こした爆発の炎が赤黒く立ち上り、混乱した民族戦線の先行部隊が後方へと敗走するのがウィリアム達からも確認できた。
敵の追撃部隊が不意を受け、足を止められた隙に、残り十五メートルの距離を一気に山の斜面を駆け降りたリー達はウィリアム達が張る防御線の後ろに飛び込んだ。
「敵は何人いる!」
自分が身を隠す窪地の数メートル脇に生えている熱帯樹の根本に滑り込んできたアーヴィングにウィリアムは叫んだ。
「四十人以上です!」
叫び返答しながら、二脚を立てたストーナー63Aを地面に置き、伏射の姿勢を取ったアーヴィングは突撃の陣容を再度整え始めた敵に対して、機銃掃射の準備を始めた。アーヴィングの返答を聞いたウィリアムは三十メートルほど前方で迫ってくる敵に、窪地の陰からM16A1を構えると、隊内無線を開いた。
「新たな目標、山の上側だ!数は推定で四十人!だが、恐らくもっといる!敵を殲滅しつつ、川岸へ下って西の方向に後退するが、撃つ時は弾数の節約のために十分引き付けてから撃て!」
そう言うと、今度は後ろに控える無線兵に命令を出した。
「ジョシュア!指揮室に連絡!」
ジャングルの中に見える敵の姿は十余人ほど…。だが、その後ろにもっと多く控えているはずだ。接近して顔さえもはっきりと見えるようになった敵の姿を前に、それぞれの遮蔽物に身を隠し、攻撃の時を待っていたブラボー分隊員達の間に緊張が走った。そして、更に彼らを追い詰めるように隊内無線が開き、
「本部と無線繋がりません!」
というジョシュアの悲壮な声が骨伝導イヤホンを通して、彼らの鼓膜を震わせた。
「Fuck….」
ウィリアムの数メートル隣でアーヴィングが毒づく。
両脇にそびえる山の尾根が無線電波の邪魔をしているのか?或いは妨害電波を出されている…?
様々な憶測がウィリアムの脳裏をよぎったが、真実がどうであるにせよ、現在の状況ではどうしようもないことだけは確かだった。
「了解。ユーリを頼むぞ!」
心中の焦りと絶望を悟られないよう、なるべく平常通りの声でウィリアムはジョシュアに念押しすると隊内無線を閉じた。
「くそ…。エレベーター・ポジションを取られてるとは…。」
アーヴィングがストーナー63Aを構えて悪態を吐く横で、ウィリアムは構えたM16A1の照準器の中に映る敵の姿がどんどんと近づいてくるのを睨んでいた。
まだだ…。まだ…、もっと引き付けろ…。
突然の新手の襲撃によって態勢を崩されている間に、追っていたリー達の姿を見失った民族戦線兵士達はAK-47や五六式自動小銃など、それぞれが手にした銃を構えて、藪の中や木の陰を捜索しながら、ゆっくりと近づいてくる。こちらの姿は見えていないようだが、待ち伏されていることは気づいているようだ。
アールやクレイグ、リー達も窪地や木の陰など、それぞれの遮蔽物に身を隠し、近づいてくる敵に各々の銃の照準をつけて攻撃の時を沈黙とともに待っていた。ブラボー分隊と敵との距離は、すでに三十メートル弱にまで接近していた…。