第7話

文字数 3,264文字

 塔でのメローの世話と監視はフレアに任せ、ローズは旧市街へと向かった。今回のジェゾ・トレカ誘拐殺害事件を担当しているのは旧市街の南に位置する湾岸中央署と聞いている。
 空路でやって来たローズは屋根の上に舞い降り、早速署内にいる警備隊士や収監者の意識を探ってみた。事務職員は夕方で帰宅したようだが、警備隊士たちは夜勤担当と交代をすませ、その多くが署内で出番に備え待機中だ。巡回任務や要請を受けて外出中の隊士達も多くいるようだ。
 署内の監房での収監者は相変わらず酒絡みが多くいる。酒場でつまらぬ口論の末、殴り合いの喧嘩騒ぎを起こしたのが三人と酔客から持ち物を盗もうとした男が一人。そういえば、芝居好きの好青年であるニコライも酒場での喧嘩騒ぎに巻き込まれ連行されていた。あの時、彼を見つけたのはフレアのお手柄だ。おかげで串刺し魔事件として街を騒がせた鮮血の剣の件は無事解決することができた。
「見つけた」ローズは口角を上げた。収監者の意識を走査しているうちに問題の三人組を発見することができた。
 フレアに倒され昏倒した三人組は確かにここの監房に収監されている。幸いその中に現場の指示役を勤めた男も含まれている。
「いいわね、ついてる」
 指示役は遠巻きに成り行きを眺めて何かあれば逃げ出すこともある。そういう輩が少なくない。残るのは詳細を知らされることさえない末端の使い捨て要員だ。
 襲撃者一味の所在を確認したローズは屋根から署の玄関口に降りた。何食わぬ顔で玄関口から真っすぐ監房へと向かう。数人の警備隊士とすれ違ったが、彼らにはローズが自分たちが見知った中の同僚に見えていただろう。ローズの労いを込めた挨拶に何の疑いもなく挨拶を返してきた。監房の見張りを務める看守の目の前で出入り口の扉を操作するが、彼らにはローズの姿はおろか扉の動きも目に入っていない。
 廊下を歩き両側に並ぶ監房の内部を探っていく。中央辺りで指示役を勤めていたリジオという男の部屋に行きあたった。扉についた覗き窓を使い監房内に目をやる。
 薄汚れた寝台から起き上がったのは額と頬に切り傷があり、白髪交じりで黒のざんばら髪の男だ。これはメローの記憶を通してみたことのある顔だ。今は更に頬の赤黒い痣と唇に割れた傷が追加されている。この傷は失態の代償として受けた傷だ。この程度で傷で済むとは彼らの雇用主は寛容なのか、それとも人材不足のどちらかだろう。メローの記憶の中では指示役らしく威厳をもって立っていたが、意識が眠ったままの今は目つきは虚ろで視線はあらぬ方向を行き交っている。
 リジオによると彼らの役目は警備隊士の陽動だった。仲間が馬車の前方を塞ぎ、警備隊士が確認のため外に出る。御者役の男は早々に退散し、そこにリジオ達三人が姿を現す。曲刀を手に襲い掛かると見せかけて警備隊士を引き付けておき、踵を返し逃走する。警備隊士は当然彼らの後を追うだろう。その隙に子飼いの魔導師が使い魔でメローを攫って行く段取りだったようだ。
「なるほど、それで行方不明のジェゾが宿を出て行くのを誰も見ていなかった理由がわかったわ」
 ジェゾ・トレカは使い魔によって異世界へさらわれたのだ。使い魔に対象を自分の世界に連れ込ませれば、人目につくことなく連れ去ることができる。もちろん、それには熟練の技が必要なため、多くの場合はは本人は縛り上げて連れ去ることになる。
 リジオ達は事前の段取りに従い、物陰から飛び出した。その矢先に突如目の前が暗転し、気が付けば縛り上げられ警備隊士に囲まれていた。湾岸中央署に連行されてからは隊士達にメローの行方を終始問い詰められ、困惑している。
 女が消え失せ行方がわからないなら魔導師腑は誘拐に成功したことになる。腑に落ちないながらも、リジオはそう理解しているようだ。彼が不安をつのらされてるのは自分が現在置かれている立場だ。自分は捨て駒にされたのか、これについては納得はいかないが、そんな扱いを受ける理由にリジオ自身心当たりはある。先日から続く失態だ。だが、その汚名を返上するべく動いたはずなのにこの扱いだ。 
 他の二人も程度の違いはあっても組織から切り捨てられたと感じているようだ。だが、真相については口に出せないでいる。ここを出てからの粛清を恐れているのだ。彼らは自分たちを倒したのは警備隊ではないと確信している。では、誰か。自分達があの場にいたのを知っていたのはごく限られていたはずだ。仲間内の誰かか、他に誰かいたのか。リジオの内心には疑心暗鬼の芽が吹き始めている。
「おもしろいことになっているわね」とローズ。「それなら、あなた達はどこで彼女の動きを知ったの」
 リジオは詳細については知らないが、警備隊内に情報提供者がいることは察していた。メローの無事や入院先、目覚めたことなどを知らせてきたのもその提供者のようだ。
「思っていたとおりね」
 これについては警備隊士に訊ねるのが適切だろう。
 最後にもう一つ、事件の発端となった「偽物」とは何のことなのかローズはリジオに訊ねた。
 ローズの問いかけにより、リジオの心中は瞬時に怒りで満たされた。彼の組織はジェゾ・トレカが売り込んできた宝飾品に多額の金銭を支払ったが、後になってそれがよく出来た偽物であることが露見した。それは「サトの謝肉祭」と呼ばれる首飾りと呼ばれる逸品である。
 その首飾りについての記事ならローズも目にしたことがある。二週間ほど前に盗難にあっているはずだ。あれを盗み出したのはジェゾだったのか。彼が旧市街の商家から盗み出した件の首飾りを売り込んだ先が彼ら組織のようだ。だが、それは偽物だった。
 リジオ達は偽物を掴ませたジェゾを捕らえたはいいが、彼らは本物の在処を問い詰めている最中にジェゾを死なせてしまい、その死体の始末も失敗し、メローの生死も確認せず放置といった失態の連鎖を展開している。
「ひどいものね」ローズは乾いた笑いを漏らす。「まぁ、そのおかげで彼女は助かったんだけど……」
 リジオ達から事情を聞き終わったローズは監房を出て、夜勤の隊士達の元へと向かった。
 彼らの部屋には十台ほどの事務机が並べられ、室内で五人の男女が退屈そうに過ごしている。皆私服の隊士である。制服の隊士には別の部屋があてがわれているようだ。どの机の上も雑然と紙束が積まれ見栄えは最悪だ。廊下側の壁は掲示板代わりに使われている。貼られているのは勤務予定表や食堂や売店からのお知らせなどで捜査に関するものはない。
 部屋の端に大きなガラス窓と扉があり、その中に執務机が一つ置かれている。私服の隊士達を統べる課長カロレ・シャレオの部屋らしい。遅くまで署に残る仕事熱心な男らしいが、今夜は帰途についている。真剣な目つきで通話機を握っている姿を中年女性の隊士はよく見かけるようだ。
「あの二人は外にでてる?それともお休みかしら?」
 ローズはメローの病院にやって来た若い二人組について訊ねてみた。キャルキャ・ブレオとライナ・バーンズ、そんな名前だったはずだ。同僚達は若いわりにはなかなかやると彼らを評価している。
 そんな彼らがジェゾ・トレカ殺害を担当するようになったのは彼の遺体が発見されてからで、それまでは「サトの謝肉祭」の行方を追っていた。家宝とされていた首飾りは立ち上った煙のように消え去り、いつなくなったかも定かではない。家人、使用人ともに不審者は見かけておらず手がかりもまるでない。そのため二人は宝飾店への地道な聞き込みの真っ最中だったようだ。そこにジェゾの件まで加わることとなったようだ。 そのためだろう、両件とも捜査の進行状況は思わしくない。同僚たちは分担を提案しているがシャレオはそれを受け入れないでいる。
「あら、興味深いことね」
 気になる情報をすべて集めたローズは外へと出た。夜明けまではまだ十分時間はあるようだ。好奇心を満たすために方々を訊ねて回るのもよいだろう。湾岸中央署の玄関口まで出たローズは再び夜の帝都へと舞い上がった。
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