第2話

文字数 8,402文字

「なんですって、あなたよく戻ってこられたわね」

「ヴォーン様のおかげですね。あの方がいなかったらどうなっていたことか。今日は本当に疲れました」

「あなたが疲れたなんてよほどのことね」ローズは笑い声を上げた。

「笑いごとじゃないですよ。巨人が発砲した時どんな気分だったかは言葉にできませんね。短い爆音の後、土煙の向こう側に皆さんの無事な姿が見えた時は心底ほっとしました。弾丸の残骸が土煙の中に浮かんでて、それで防御障壁に気づきました。弾丸はヴォーン様がとっさに張ってくださった防御障壁に絡め取られ粉々に砕けたんです」

「すごい方ね。中々できることじゃないわ」

「それから、すぐに巨人は銃撃を再開しました。わたしは腕を強引にあさっての方向に向けて、銃を無理やり腕の中に押しこみました。それで銃は故障して、振り落とされそうになるのを堪えて、肩までよじ登って打ち合わせの時に聞いていた首筋の緊急停止ボタンを押して、巨人の息の根を止めました。それでもうへとへとになりました」

「それなら、どなたも怪我もなく御無事で……」

「はい、埃まみれになった方はいましたが、それ以外は遠くで見物していた方も含めて皆さん怪我ひとつありませんでした」

「被害がないのはなによりだわ。それにしてもあの巨人がおかしくなるなんて何があったんでしょうね」

「事故が有力そうですが、原因は今のところ不明だそうです。」

「あの機械は無断で人を殺すことはない。何も一人では決められないと、ゴトウ様が言ってたわね」ローズが呟いた。

「まさか、誰かが故意にやったと……」

「事故に見せかけての殺人なんて昔からの常套手段でしょう」

「でも、今日いらしたお客様は、公爵、元侯爵様を筆頭に警備隊幹部もお互いに卿をつけて呼び合うような身分の方ばかりですよ」

「だから、動機は何にしろ、狙われる対象になる方ばかりだと思わない?わたしは興味はないけどね……」



 朝になり塔内の雑務を手早く済ませ、フレアはハンセン・ベック魔導工作所へ向かった。繁華街の通りに面した店舗入り口の扉には「都合により臨時休業いたします」と書かれた張り紙が貼られ、磨きあげられた鉄馬車が飾られたショーウインドーは闇に沈んでいた。

 フレアが店内の様子を窺っていると、お仕着せ姿の御者が傍にやってきた。彼は扉の張り紙を読むと通りの向かい側で馬車で待っている主人に対して首を横に振った。フレアは通りを走って、主人の元へと戻る御者を見送ってから、建物の脇を通り裏口へとむかった。

 工作所の裏手は鉄馬車などの整備場となっている。こちらは技師たちが鉄馬に向かい忙しそうに動いおり、一見いつもと変わらない光景に見える。技師の一人がフレアの姿に気づき挨拶をした。そして誰かが知らせたのであろう、ほどなく共同経営者の一人であるチャン・ベックが姿を現した。細身で黒い顎鬚を長く伸ばした男である。現場担当責任者でもある彼はいつも他の技師と同様の作業着姿である。

「おはようございます。ランドールさん」

「おはようございます。皆さんがどうしてるか気になってしまって……」

「ありがとうございます。あの騒ぎで当然営業どころじゃなくなってしまって店の方は閉めてますが、お預かりしてる馬車をほっておくわけにはいけませんので、こちらはいつも通りです。待っているしかないのつらいですね。幸い俺は機械を触って気を紛らわせることはできますが……リュウはもうまいってきてるんじゃ……」

 ベックの言葉をさえぎるように慌ただしく工作所の裏手の広場に鉄馬車が飛び込んできた。馬車は広場を囲む塀に衝突する寸前で停車した。白地の青の塗装、客車にはハンセン・ベック魔導工作所と書かれている。そこから降りて来たのは怒りに満ちた表情のリュウ・ハンセンである。

「まったく話にならない。融通が利かないったらありゃしない」ハンセンは長い黒髪を振り乱し手に持つカバンを振り回す。

「だめだったのか?」ベックが問いかけた。

「ええ、会うどころか、ミックがどこにいるかさえ教えてくれなかったわ」

 ほぼ鬼女と化していたハンセンだったが、フレアの姿を目にして幾分か落ち着きを取り戻た。見苦しい所を見せたことを詫び、彼女を応接室へと案内した。

「深刻な事態だということはわたしもわかっているんです。新聞への発表も控えめで帝都が慎重に対処してくださっているのもわかるんですが、こんな時だからこそ早急な原因究明に掛かりたいんです。そしてそのためにはコバヤシから派遣されているミックの力が必要なんです」

「もちろんコバヤシの方には連絡してますよね。他の方は呼べないんですか」

「昨日うちから連絡は入れてあります。帝都からも連絡は入っていると思います。今回の事態を受けてコバヤシ側では帝国中に配備している鉄巨人の総点検を開始しました。可能な限り早く向かうとの連絡はあったのですが、点在する警備隊の駐屯地の間はあの方たちの乗り物でも半日かかる距離ですし、点検整備も時間が必要ということでまだ二、三日はこちらに来られないそうなんです」

「帝都で止まって動かなくなっているやつより、運用稼働中の機体が優先というのはわからなくもないですが……」

「それならこちらでもできることをと思って、警備隊にお願いに行ったんです。ミックをかばって、逃がそうなんて少しも思ってないんです」

「帝都はミックさんのことを疑ってるのかもしれませんね」

「どういうこと?」

「なぜっ?」

 ハンセン、ベック共にフレアの言葉の意味がわからないという様子である。

「ローズ様が事故を装っての殺人は常套手段だといってまして……」

「確かにそれはわかりますが、……ミックはコバヤシですよ。話が乱暴すぎるでしょう」

「昨日の客は特別だったからな、それであの騒ぎだ」ベックは頭をかきむしった。「警備隊も必死なんだろ。もし、あれがミックじゃなかったら……」

「拘留だけではすまないってこと?」

「皇家のアイオミ公爵に向かって実弾ぶっ放したんだぞ。それだけじゃない、イワース伯爵の友人ピーター卿、七代候ヴォーン卿、それに警備隊幹部のお歴々……」

「そうね。……でもミックが悪いわけじゃないでしょ、そんな疑いがミックに掛かってるなんて考えたくもないわ」

「ピーター様って……」

 フレアは昨日埋立地で土まみれになっていた二人のことを思い出した。中年男とその部下の女性と思われたが、他の客とは雰囲気が違っていた。

「女性の方と一緒にきてらした方ですか。お気の毒に、最後に泥まみれになってしまったお二人」

「ピーター様はお一人でした。それは医療品販売業のヒオーセ様ですね。昨日は秘書の方と一緒にお見えになりました。特別なマスクの販売が好調らしくて、馬車の購入を検討中の方です。何度か商談にお見えになってます」

「胡散臭い野郎だよ。どうも好きになれん」

 ハンセンが咳払いをしベックを睨みつけ、ベックは黙り込んだ。

「あの方も演習にお誘いしたんですか?」

「特にそのつもりはなかったんですが、どこで聞きつけたのか自分も参加したいと言われて、馬車のこともありますしお断るするのもなんですし、害もないだろうと思いまして……お誘いしました」

「大方、お偉いさんとお近づきになろうと思ったんだろ。こっちも皇家の公爵様や御友人に参加してもらって箔付けようとしたしな」

「ベック!」

「その甲斐もなく泥まみれですか。今頃酷い目にあった思っているでしょうね」

「一番ひどい目にあっているのはミックですよ。巨人の中がすぐにでも見ることができたらいいのに、そうすれば何があったかはっきりしてくるでしょうに……」

「そうだよ。それだよ。リュウ、あれを使えば俺たちでもできるよ」ベックは急に立ち上がり両手を打合せた。そして共同経営者の顔を見つめた。

「あぁ、そうよ。あれがあったわ。それならわたしたちでもできるわ」ややあって、ハンセンも立ち上がった。相棒が何が言いたいのかわかったのだ。そしてベックの手を両手で強く握りしめた。

 フレアはあれが何を指すのか全く見当もつかなかったが、盛り上がる二人の様子をみて、あれが彼らの希望の灯であることはわかった。



 冷静になるにつれ、幾分か小さくなった希望の灯であるが、走り出したら止まらないのは自然の法則であり、少々乱暴と思われる作戦も実行されることとなった。ただ乱暴といっても一般市民の認識であって、フレアとしては通常営業の範囲内である。

 日が沈み夜の帳が下りた後、ハンセン、ベック、フレアの三人は工作所に集合し鉄巨人が留め置かれている埋立地へと向かった。

 ハンセン、ベックが言及していたあれというのは、点検作業などで使用する手のひらサイズの記憶装置のことで、二人の考えたことは、それを使用して巨人内に保存されている事故当時の情報を取り出し、あの時の何があったのか調べてみれば、事故の真相が見えてくるだろうということだった。そのためには装置を直に鉄巨人に接続する必要があるが、それはフレアが引き受けることとなった。

「こんな時にローズ様がいてくれたら……」フレアは埋立地で黒い影となっている鉄巨人を眺めてつぶやいた。

 旧市街の埋め立て地の中ほどに、鉄巨人は緊急停止時そのままの状態で留め置かれていた。埋立地への興味本位での立ち入りを制限するため、巨人の周囲には篝火が置かれ、警備隊士が配置されていた。隊士たちはかたまって会話をしたり、煙草を吸ったりでそれほど厳重に見えないが、見つかるようなことがあれば何もかもが台無しになるのは間違いない。

「ローズさんにお話はされたんですか?」

「ええ、いつも通り話しました。この計画のことも話したんですが、どこか反応が薄くって、すぐに地下に降りて行かれました。相手が貴族で興味が出ないんでしょうか」

「騒ぎに巻き込まれているのは貴族だけじゃないんですよ」ハンセンはため息をついた。

 三人ともローズのことを少なからずあてにしていた。彼女が協力してくれればこの程度の囲みなど簡単に突破できるのだ。

「そろそろ、いきます」

 フレアはベックから預かった記憶装置を手に埋立地内に入って行った。遮蔽物のない更地を抜けて、篝火に囲まれた鉄巨人の足元へ、人の死角に入っての移動は慣れているが、十数人が相手となるとどうなるかと不安はあったが、あっけなく巨人の背面に近づくことができた。

「着きました」

「はい、では緊急停止の時に開けた装甲板はわかりますね。それをまた開けてください」ベックの声が借りたイヤリングを介して頭蓋内に聞こえてきた。

 フレアは巨人の首筋にある隙間に爪を食い込ませた。すると、金具が外れる音がして装甲板が上にめくれ上がった。

「緊急停止ボタンの下、右隅に起動ボタンがあります。鉄馬と同じ印が描いてあります。それを押してください」

 フレアがボタンを押すと緊急停止ボタンの少し下にコバヤシの紋章が現れ緑の燐光を帯びて輝き始めた。

「長方形で光っている部分があるでしょう」

「はい」

「それが制御盤になっています。その下に細長い長方形の穴があります。それが記憶装置の接続口になっています。装置の向きに注意して差し込んでください」

 それからフレアは巨人の背後に留まり、ベックの指示に従い操作を続けた。視界の隅で警備隊士たちの動きに注意していたが、幸い彼らは最後まで巨人に近づいてくることはなかった。

「ご苦労様です。それで終わりです」ベックの声が聞こえた。

 フレアが記憶装置を引き抜こうとした時、不意に何者かの気配を感じた。素早く周囲を確認したがその姿は見つからなかった。警備隊士は近くにはおらず、目を凝らしても隠れ蓑を使っている者は確認できない。しかし気のせいではない。何かいたのは確かだと思った。貴族を狙う者なら自分を惑わす力を持つような存在を使う力も財力も持っているだろうとフレアは考えた。しかし、それ程大きな力を持つ者となるとその数は極端に少なくなる。

「気を付けて戻ってください。ありがとうございました」

「あなた方は先に帰っていてください。わたしは工作所に直接戻ります」 

 もとよりそんな相手に小細工が効くとは思えなかったが、フレアは用心のため回り道をして戻ることにした。

 

 フレアがハンセン・ベック魔導工作所が戻ると、興奮気味の二人が鉄巨人の内部記憶の再生準備を終えていた。光を最小限に抑えたハンセンの私室にフレアは迎え入れられた。大型の事務机の中央あたりが淡い光を放っている。事務椅子に座っていたハンセンはフレアを目にするとすぐさま駆け寄ってきた。

「お疲れ様です。メモリア頂けますか」

 フレアは一瞬何のことか分からなったが、すぐに記憶装置の名前であることを思い出した。上着の内側にしまってあった預かり物をハンセンに手渡した。

 ハンセンが椅子に戻りあとの二人がその脇についた。机の上に置かれた再生端末の接続口にメモリアをはめ込み操作を始めた。端末は便箋を一回り大きくしたような板状でコバヤシの技術で作られている。フレアも馬車購入時の説明や点検整備の際に目にした物である。

 端末の盤面に浮かぶボタンを押し、指を滑らせハンセンは求める物を盤面に呼び出して来た。フレアが今回巨人から取り出してきた記録である。

 盤面に映し出された映像は巨人の視点からのもので、少し前かららしく裏手の整備場が映っている。ハンセンが時間を進ませ、やがて昨日の埋め立て地へと移った。ハンセンが挨拶をする声が聞こえ、巨人は人型の的に向かって歩いて行った。フレアは巨人が止まってから狙いを定め射撃を開始していると思っていたが、実際は歩いているうちから攻撃目標を選定し、使用する武器を決定していた。的が赤く太い線で囲まれ、その内側に赤い丸が現れその中心に十字線が現れる。その度に的は穴だらけになっていく。

 ハンセンはここから記録を早回しにした。盤面上でアイオミ公爵やヴォーン卿、他警備隊幹部達がめまぐるしい速さで動く様子が映し出されている。彼女はそれをフレアの登場まで続けた。フレアの捕獲命令を受けた巨人が動きだす。巨人視界の中で太く黄色い線で囲まれたフレアが跳ねまわり、それを巨人が追いかける。最初フレアの動きに翻弄され彼女を画面外に逃していた巨人だったが、時間が経過するにつれその姿を画面中央に捕らえ始めた。

「これって、どういうことですか」フレアが呟いた。

「鉄巨人が学習によってあなたの動きが読めるようになってきたんですよ。一度捕まりかけたでしょう。時間次第ではランドールさん、あなた負けていたかもしれませんね」ハンセンは妙にうれしそうである。「そうだわ、これはいい売り込みの材料になるわ」

「ハンセン様……」思わぬ事実の発見にハンセンはこれからの展開が頭から飛んでしまったようだ。

 ハンセンの歓喜もつかの間、警報音が鳴り画面中央にメッセージが現れた。

「自律制御解除、占有権取得」とベックの声。

 少し間を置いて、フレアが巨人の視界から消え、巨人が次に画面中央に捕らえたのはアイオミ公爵の姿だった。彼が赤い線で囲まれ、顔が拡大されそこに赤い丸が浮かび上がった。まもなく画面は砂埃で覆われたが、すぐさま巨人からの映像は砂煙を見とおす虹色の人型に変わった。虹色で描かれた公爵の顔に浮かんだ丸に十字線が加わわえる。

 そして連鎖する轟音。

 ハンセンが悲鳴を上げた。

「事故や故障じゃない。アイオミ公爵が狙っていたんだ」ベックが静かに呟いた。

「ミックがやったの?」ハンセンの顔はすっかり青ざめている。

「どうして、公爵様が狙われるんです?」

「お家騒動とか?、表ざたになってない争いがあるのかしら、わからない。想像もつかないわ」

「でも、なんでコバヤシの人がそれに関わるんです?」

「静かに!もう一度見てみよう。なにかわかるかもしれない」

「ええ……」

 ベックが時間を警報が鳴る前まで戻した。そこからゆっくりと時間を進める。やがて自律運転解除のメッセージが出た。

「これは何?」

「どういうことだ?」

「何があったんです?」さっきも目にしたメッセージだが、フレアには何がおかしいのかはわからない。

「ここを見てください」ハンセンがまだ落ち着かない震える指でメッセージの付随している文字列を指差した。「これは鉄巨人を操るためのサークレット、アン・ピロタ一つ一つに振られている認識譜と呼ばれるもので二つと同じものは存在しません。ミックの物ならこの後に彼の名前が続くはずですが、これは何もありません」彼女の指摘通り名前はなく、点滅する横棒が並んでいるだけだ。

「つまり、別の誰か巨人を操っていたということですか?」

「それでミックの命令を受け付けなかったのか?」ベックが呟く。

 フレアは鉄巨人が一時動きを止めた時、ハンセン達はかなり慌てていた。あれはこういう事情があったのだ。

「まだ、何か分かるかもしれないわ。先をつづけて……ゆっくりと……」

 ベックが時間を進める。三人が見つめる中、ゆっくりと巨人が動きだす。振り向いた巨人の視界に客人達の姿が映る。いち早く動いたのはヒオーセとその女性秘書、彼らはいち早くに画面外に出ていった。

「あの方が秘書ですか、勇ましい体格の方ですね。まるで護衛みたい」フレアが言うように秘書は美人ではあるが華奢なタイプではない陽に焼けた筋肉質の女性である。短い黒髪に落ちついたグレーのターバンを巻いている。

 画像は続く、いち早く逃げる二人を見ているピーター卿、アイオミ公爵他客人達はまだ異変に気付かず巨人を眺めている。困惑の様子でアン・ピロタを叩くミック。意図せぬ動きに不安を隠せないハンセン。異変を察したのか表情をこわばらせるヴォーン卿。公爵が赤い線で囲まれ攻撃準備が始まる。ほぼ同時にヴォーン卿が両手を合わせ韻を結ぶ様子が映っている。土煙が巻きあがり、そして画面が虹色に変わり発砲、土煙に幾重にも波紋が浮かぶ。

「ひっ……」ハンセンが短い悲鳴と上げる。

 弾丸が防御障壁で砕けていく。十五発で銃撃は停止、以後はフレアに行動を阻まれ、連発銃の異常を告げる警告メッセージと共にほどなく巨人は眠りについた。三人ともそこで息をついた。死亡者が出ないとわかっていてもやはり刺激は強い。

 三人はそれから二回繰り返し映像を見たが、新しい発見はなかった。

「やっぱり、あそこに居合わせた人の中で誰かがこっそり操っていたということですか?」

「ばかな……」

「でも、誰かが操っていたのは確かよ。それはミックじゃない」

 三人は念のためミックのアン・ピロタの認識譜を確認しておいた。それはアイオミ公爵への攻撃命令を発した物とは別物だった。名前の変更は可能だが、認識譜はコバヤシでさえ改変する事は出来ない。

「簡単に手に入る物じゃないぞ。全ての鉄巨人はコバヤシからの借り物、アン・ピロタも同じ、ここでさえ二つ渡されるだけ、闇で手に入る物じゃない。どうなってるんだ」

「二つはどこにあるんですか?」

「一つはミックと一緒に警備隊が持っていった。あと一つはそこです」

 フレアの問いに二人は事務机の右背面にある棚を指差した。鍵のかかる引き出しが並んでいる。

「あっ、まさか、リュウ、鍵をくれ」

「えっ、ええ」

 ベックはハンセンから受け取った鍵束の中からランプの明かりの元で一つを選んだ。開けられた中央付近引き出しには深緑のサークレットが一つ収められていた。ハンセンが安堵の息をもらす。

「おい、なんか変だぞ」

 ベックが引き出しからサークレットを取り出しランプの傍に持って行った。ランプの光で周囲を子細に観察を始めた。

 やがて、顔を上げて言った。「これは良く似せて作った偽物だよ。コバヤシの刻印もなければ認識譜も打たれてない。誰かが本物とすり替えて置いていったんだ。演習当日朝までは二つともあった。それは確かだ。演習の前に俺がミックに渡したから覚えている」

「じゃぁ、無くなったのはその後、お客様が集まってごった返している時に、この部屋に忍び込んで……あの中の誰かが……」

「誰にしろ。こいつを作らせた奴だよ。そいつがアイオミ公爵の命を狙った」
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