第3話

文字数 5,785文字

 世の中はままならぬもの、二人は寝入ったところを揺り起こされた。目の前にはホワイトがいた。階下に降りた時と違い、笑顔ではない何かあったらしい。
「朝ってわけじゃないな。何かあったか」とコールド。
 頭を振り肩を回し眠気を飛ばす。ベンソンはフードを被ったまま気だるげに頭を押さえている。
 階段への戸口を見るとアイリーンが立っている。おじさんが見つかってもそのままホテルで待機する予定ではなかったか。
「妙なことになっている。これがヴィセラ殿の名前でホテルの受付に預けられていたようだ。アイリーンが受け取ってきた。読めば目が覚めるぞ」
 二つ折りの紙片をホワイトが開きテーブルに置いた。

"ウィリアム 私はホテルには行けそうにない。港の船で会おう。
 三番埠頭に停泊中のハポンビタ号に来てくれ。待っている。 
マイケル・ヴィセラ″

「おじさんの所へいかなくちゃ。おじさんが待ってる」ウィリアムは駆けだしそうな勢いで立ち上がった。彼の左側にいたコールドが捕まえ無理やり隣に座らせる。
「おじさんに会いたいのはわかるが、今は落ち着いて座ってろ」コールドはウィリアムを抱きしめ耳元で静かに言い聞かせる。「おじさんに心配かけたくないだろ」
「うん」ウィリアムは頷き体の力を抜いた。
「そなたたちはこれをどう思う」とホワイト。
「臭いな。口で息しても嫌になるぐらいに」コールドは鼻をつまむ。
「冗談は抜きにしておじさんが来るにしても早すぎるだろう」フードを外し頭を振るベンソン。「これならウィリアムと一緒に来れたはずだ。何か理由があったにしても危ないと感じたホテルに出向き、わざわざメッセージを残している。誰が置いて行った?」
「突っ込みどころ満載といったところか」
「そうだな。だが、確かなのはおじさんの身に何かあったということだ。そしてウィリアムを誘っている」
「やっぱり僕行くよ」ウィリアムが立ち上がる。
「仕方ないな。それなら俺たちもついていくぞ。一人で来いとは一言も書いていないからな」
「わたしは近くまで案内しよう。そなたらはこの辺りの地理には疎いのだろう。それとこれを渡しておこう」ホワイトはベンソンに小さな新聞包みを渡した。
「なんだ。これは」
「さっき預かったそなたの弾丸だ。先端部分に魔法を込めておいた。昔を思い出してそれを再現してみた。着弾によって込められた魔法が発動する仕掛けだ。誰でも手軽に素早く魔法をという触れ込みだったのだが、実際は弾込めに時間がかかり、誤発動もあり、普通に詠唱した方がましだという結論に至りお蔵入りとなった。今の銃なら使えるかもしれん」
「なるほど」
「ただし、使う場合は十分に距離を取ってくれ。近いと自分も魔法に巻き込まれるかもしれんからな」
「物騒だが頂いておくよ。行くとするかウィリアム」
 ベンソンは包みを銃帯のポケットに突っ込むと、ウィリアムの背中を軽くたたいた。

 ホワイトに案内された埠頭に停泊していたの二隻で、片側の西方からやって来たと思われるのは帆船は闇の中にある。ホワイトは彼らをここまで送ると自分の倉庫へと戻っていった。
「あの人は結局何者だ?」遠ざかるホワイトの後ろ姿眺めながらコールドが呟いた。
「たぶんリズィア・ボーデン本人だ」
「アイラおばさんって人のお館様?」
「そう、あれだけの月想樹の紋章が入った家具を持ってて、傍に造物のアイリーンを従えている。それが本人以外であるもんか」
「それがどうして帝都の倉庫に住んでるだ?それも従者の名を騙って」
「さぁね。後で聞いてみるか。それより前を見てろ」
 帆船のそばまで行くと前方に明らかに武装している五人の人影が見て取れた。三人の姿を目にして男たちが駆け足ながら用心深く取り囲んだ。
「ウィリアムを連れて来た。マイケル・ヴィセラに合わせてくれ」ベンソンが口を開く。
 男の一人が船に添えてある木製の簡易階段を無言で指さした。
 三人は男たちに挟まれた階段をゆっくりと上っていく。終始無言の暗闇の中、階段を上っていく。聞こえるのは僅かに軋む踏板の音。
 甲板に到着するとさらに四人の男たちが待機していた。その中に顔の中央に包帯を巻いた男、顎に青あざや頬を腫らした男が混じっていた。二人がウィリアムと会った店で痛めつけた男たちに違いない。男たちの目には怒りがみなぎっている。男達はベンソンから銃をコールドの背中、腰、脚などの鞘からナイフを取り上げた。男たちはそれを使い二人を痛めつけたい衝動を抑え、尻を蹴り飛ばすだけに留めた。
 その後、三人は甲板右舷中央にある階段から階下の船倉へと移動させられた。そこは恐らくこの船の最大の部屋。今は空で壁のランプが輝く中で十数人の男達が待ち構えていた。左舷には船底部にへ向かう階段が見られる。
 集まった男たちの中で新顔は二人。全員そっくり同じデザインのジャックコートを着ている。なめし革のコートの背には縦に並ぶ二つの円が中央で重なる紋章が描かれている。他が茶色に対し、新顔のうちの一人だけが黒く着色されている。
「あの人見たことある。おじさんの工房に来てた」ウィリアムが黒革の男を指差す。
「あれが親玉か」とベンソン。
「いや、雑用係代表ってとこか」とコールド。
「そっちだな」
 男達のあからさまな敵意がコールドに集中する。黒革の男はリーダーらしく二人を言葉を無視し儀式の開始宣言する。
「ガキをおとなしく連れて来たのは誉めてやろう。さっさとガキをこっちに渡せ、命ぐらいは助けてやる」
「ガキとはなんだ。こいつにはちゃんとウィリアムという名があるんだ。ウィリアムと呼べ、それから俺たちはおじさんに会いに来たんだ。マイケル・ヴィセラに、彼はどこにいる」ベンソンは腕を組み黒革の男を睨みつける。
「奴はここにはいねぇ。だが、安心しろ。少し窮屈なところにいるが無事だ。今のところはな。さぁ、さっさとガキをこっちに渡せ」
「それはできんな」とベンソン。
「それなら話にならん。今日の所は俺たちはこれで引き上げるが、お前たちがやるべきことは一つ、マイケル・ヴィセラをここに無傷で連れてくることだ。それなら今迄のことは全部水に流し命だけは助けてやろう」
 ベンソンは口角を上げ黒い男に微笑みかけた。
「お前ら立場ってもんがわかってんのか」激高した叫びをあげたのは顔に包帯を巻いた男。失った耳たぶの痛みが怒りを加速させる。手にはベンソンの大口径拳銃が握られている。
「人さらいの小悪党とそれに立ち向かう好青年二人組か」
「よせよ。照れるぜ」コールドが笑い声をあげる。
「お頭!」包帯男が叫ぶ。
「いいだろう話はお終いだ、やっちまえ。ただしガキは壊すな」
 その声に包帯男の表情が歪んだ笑顔に変わる。周囲の男達も同じ笑顔を浮かべている。拳銃の力を知る男たちは見物を決め込んでいるようで先に手出しをする気はないようだ。
 包帯男がベンソンに狙いを定め。引き金を引く。静かな部屋に響いたのは耳をつんざく発砲音ではなく、金属が微かに打ち合わされる小さな音。
 包帯男がその音を聞いていたかは定かではない。その前にコールドの小柄が肋骨の間から滑り込み心臓の動きを止めていた。竜の呪いは伊達ではない。それは彼に人間離れした移動速を与えていた。そして、男達はコールドの袖口に隠された小柄を見逃すという過ちを犯していた。彼らは帝都の通関職員ほどの能力は持ち合わせてはいないのだ。
 弾丸は故意か失念か定かではないが、ホワイトに貸した後には再装填されてはいなかった。包帯男が銃を取り落としその場に倒れるが、それは床に落ちるまでの宙で消えた。ベンソンの手元に新たな銃が現れた。
「ウィリアムこれからは大人の時間だ。目をつぶってしゃがんでろ」
 ウィリアムはそれに従い手で頭を抱えその場にしゃがみこんだ。
 小悪党たちは親切にもコールドの武器をここまで持ち込んでいた。コールドは取り上げられたナイフを回収しつつ、手下たちを倒していく。男達がコールドの姿を捉え、手にした斧や剣を振り下ろした時にはすでにそこに彼の姿はなく、背中や脇、肩口から鋭利なナイフで致命的な一撃を叩き込まれていた。
 ベンソンは近づいて来た男たちを弾丸で歓迎した。彼らは後頭部や背中から赤い飛沫を派手に上げ、その場に倒れた。貫通した流れ弾に当たったのか、お頭の側近が首筋を押さえながら仰向けに倒れた。
「あぶねぇぞ」傍にいたコールドが叫ぶ。
「すまん」
 大した時間もかからず、残るは敢えて手を出さなかった黒革のお頭のみとなった。
「まだ手下を呼んでもいいが、今夜はこれぐらいにするか?どうだ、俺たちの提案を聞く気になったか?」とベンソン。
 お頭にコールドが背中の鉈を突きつけ、ベンソンが銃口を向ける。
「上の奴に言いにくいなら俺たちが付き添ってやってもいいんだぞ」コールドが続ける。
 不意に船が揺れた。二度目の揺れでその原因は船首側の壁の向こうにあることが分かった。そして三度目の揺れで壁が中央で割れそれが現れた。
 現れたのは巨体の鉄人形。筋肉を付け過ぎた大男が鎧を纏っている、そんな体格をした鉄人形。手には長い鉤爪が付けられている。
「さすがにこいつは外に出せなくてな、ここに置いておいた。こいつに勝てたら提案を聞いてやってもいいぞ」お頭に笑みが戻った。
 鉄人形が動き出し二人は少し間合いを取った。その隙にお頭は逃げ出し、その背後に回った。
「ウィリアム、壁まで下がれこいつはヤバそうだ」
 騒ぎを聞きつけた残りの船員が船底側から駆けつけてきたが、鉄人形を目にして早々に引き上げていった。
「言っておくが、俺を殺してもそいつは止まらん」
 向かってくる鉄人形にまずベンソンの銃が火を噴いた。頭に当たった弾丸は火花を上げ跳ねて天井に食い込んだ。続けざまに発砲するが弾は体で跳ねるだけで全く効いていない。
「あの貰った弾を使ってみろ。アイラおばさんに貰ったやつ。それまで俺が引き付ける」
 コールドはナイフを手に鉄人形の前に躍り出る。振り下ろす腕を交わし背後に回る。
「おぉよ」
 ベンソンは空薬莢を床に落とし、銃帯から包み取り出す。歯で包みを破り弾丸を手のひらに出す。弾頭には橙や黄色で文様が入っていた。弾倉を取り出し弾丸を装填する。
 コールドは頭部や鎧の継ぎ目、関節などを狙い切りつけるが、擦り傷、火花以外の成果は得られない。
「退け。試してみる」
 コールドが瞬時にベンソンの隣に戻り、ベンソンが鉄人形に向かい発砲した。轟音と同時に火球が発生し鉄人形が大きく仰け反った。人形が顔を守るため右手をかざしたが、次の火球がそれを粉砕した。着弾により頭部は破壊されて肩や胴体に穴が開いたが人形は動きを止めない。仰け反るだけで前進を阻んでいるだけだ。だが、最後の弾丸は違った。着弾により鉄人形は赤熱化し巨体から炎を噴きだした。人形は俯き痙攣すると残っていた左手を振り回し激しく回転を始めた。その回転に巻き込まれたお頭は逃げきれず、なぎ倒され火だるまとなって床に転がった。それでも人形はその場で回転している。
「奴、嘘は言ってなかったんだな、だがどうなってる」とコールド。
「核が熱暴走しているのだろう」女の声がした。
 振り向くとホワイトの姿があった。
「爆裂の他に一つだけ火炎樹を込めておいた。それが効いたようだな」
「あんた、まさかずっとそこで見ていたじゃないだろうな。手伝ってくれてもいいだろう」コールドがホワイトを睨みつける。
「そのつもりだったが、そなたたちが思いのほか腕が立つもので出番なしだ」
 炎を噴き暴れる鉄人形に耐えることができず、ついに床が抜け落ちた。階下では降ってきた暴れる火の塊に船員たちの阿鼻叫喚の叫びが聞こえる。
「もう逃げるぞ。この船はほどなく焼け落ち海へと沈む」ホワイトが甲板への階段を指差した。
 四人は来た道を引き返し埠頭へと降りた。しばらくしてハポンビタ号は轟音と共に爆発を起こし水底へと沈んだ。

 明け方、ホワイトは彼らを引き連れ、ジョニー・エリオットを頼ってスイサイダル・パレスへと向かった。彼は不満を漏らしながらもコールドとベンソンのために、西方行きの船の手配を一日で済ませた。
 そして二日後の朝、慌ただしい渡航準備を済ませ、エリオットと四人は新市街の貨物船用埠頭へとやってきた。貨物積み下ろしのため馬車や荷車が激しく行きかっているが、一般客の姿は見られない。エリオットは貨物船で打ち合わせを、それを待つ彼らは邪魔にならぬよう傍の倉庫脇の壁で待機している。
「これを渡しておこう。預かっていた弾丸だ。効果は前回と同じ、無駄遣いはするな。わたしにできるのはこれぐらいだ」ホワイトはベンソンに紙包みを渡した。
「ありがとう。助かるよ」
「本当にいいのか?かなり危険な旅になるぞ」
「出入りが始まっちまったんだ仕方がない。ハポンビタ号が沈んだのは既に報道されている。それに連中から連絡がないとなれば、奴らの上も動くだろう。おじさんのことも気になる。やっちまった感がハンパじゃないが、ここでじっとしてるわけのもいかない」
「誰かが様子を見に行かないとな」とベンソン。
「ウィリアム、おばさんの言うことをきいておとなしくしてるんだぞ」とコールド。
「おばさん!」
「アイラおばさんなんだろ?」
「あぁ……、もうわかった。それでいい」
 荷車の間をぬってエリオットが戻ってきた。
「そろそろ出航だ。ついて来てくれ」エリオットが二人に手招きをする。
「おぉ!」
「じゃぁ、行ってくる」ベンソンが手を振る。
「気を付けてな。帰ってこんなど許さんからな」
「怖ぇな。戻って来るよ」とコールド。
 二人は手を振り、貨物船へと向かっていった。ホワイトとウィリアムは船が出ていくまでそれを眺めて過ごした。

 後の新聞記事によると、三番埠頭で起きた商船ハポンビタ号の火災沈没に関して、帝都警備隊は爆発を伴っているため事件、事故の両面で捜査を展開しているとのことだった。しかし、すべては海の中にあり、その進展は思わしくない。複数の憶測の含まれた記事の中にあっても、船から逃げ出す男女や当夜起こったパブでの騒ぎと結びつける記述は見られていない。
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