第3話

文字数 3,283文字

 被害者の名はトル・ポンテソットという男で貸金業及び人材派遣業者だった。わかりやすく言えば高利貸しと嬢の派遣などを仕切る元締め的存在だったようだ。襲われたのは二日前の夕方で自宅に戻り自室へ入った際に襲われた。近くにいた手下がポンティソットの怒声を聞きつけ彼の元へ駆けつけた。部屋へ突入した時には既に床や天井まで血まみれで既に絶命していた。
「部屋に潜んでいた奴に殺られたのか」とビンチ。
「どちらかというと部屋に現れた奴に襲われたという表現が正しそうです」キャキャルがビンチとフィックスへ順に視線を移す。「それがあなた方に応援要請をした理由です」
「犯人が部屋に魔法で転移してきたということか?」とビンチ。
 転移は簡単な魔法ではない。突然姿を現すといって思いつくのは吸血鬼アクシール・ローズだが、彼女も転移してくるわけではない。姿を消して近づいてくるに過ぎない。彼女であっても移動はもっぱら徒歩と馬車だ。あるいは飛行である。
「……単に部屋で姿を消して入っただけかもしれませんが、駆けつけた手下は「犯人は煙のように姿を消した」と証言しています」
 姿を消し邸内に潜み被害者の帰宅を待つ。被害者に付いて部屋に入り殺害し姿を消す。開いたままの扉から逃げる。素人相手ならそれで充分ごまかせる。
「煙のように消えるのを見たということはとりあえず犯人の姿は見たということだな」
「えぇ、部屋にいたのは真っ黒なぼろを着た細身で背の高い男で、黒い長く乱れたざんばら髪だったそうです」
「顔は憶えてたか」
「黒い油でも塗ったくっていたかのようにどろどろでもつれた髪のせいもあってよく見えなかったようです」
「得物、武器は」
「それも黒で先か丸く平たい板切れに細かな刃を並べて埋め込んだような剣で……」
「マクアフティル?」フィックスが助け舟を出す。
「それです。それに似てたようです」
「そいつがポンテソットだけを襲って煙のように消えた」
「はい」
 フィックスがビンチに目をやった。ビンチが口元を歪め頷く。
「人じゃないかもしれないな」
「人じゃない……?」
「魔法で別の場所から呼びつけられた連中だ」とビンチ。
「俺たちに声を掛けたのは正解かもしれん」とフィックス。
 フィックスの部屋にいる警備隊士全員がそわそわし始めた。キャルキャが深呼吸をしさらに咳ばらいをした。ビンチとフィックスの二人は何が始まるのか見守ることにした。
「実は……同じ手口の殺人事件がもう一件起きているんです」



 病院の遺体安置室を後にした二人はその足で湾岸中央署へと向かった。そして、関連があると見られる二件の詳細な調書に目を通した。彼らのいうもう一件はポンテソット襲撃の前日に起きている。被害者はアウメンターレ・ロンゴとウノ・カウザという二人の男。襲われたのは旧市街サリシュ通りの傍でロンゴ傘下の店へ出向く途中だった。ロンゴはサリシュ通りとその付近で複数の店を経営している。
 発見したのは通りの店に遊びに来て帰りの二人組である。彼らは市街への近道となる路地に入った折、血まみれで倒れているロンゴとカウザと出遭い、すぐさまサリシュ通りまで駆け戻り、付近にある警備隊詰所に通報した。犯人らしき不審者は見かけてはいない。慌てていたこともあるだろうが現場で得られた情報はこれだけだ。だが、見て見ぬふりをして逃げられるよりは遥かにましである。
 その時点では警備隊も通常の襲撃事件と考え通常の捜査を展開していた。組織間のいざこざである。襲われた二人の身元の特定、周辺の聞き込みの最中にポンテソットの件が飛び込んできた。
 ロンゴ、カウザ両名が受けた傷は同じ凶器が貰らしたとみられ同一犯による連続性のある犯行と推論された。証言により得られた犯人像の異様さもあって特化隊への要請がもたらされたようだ。お互いの領分もあるが今回は速やかな方だろう。
「さて、次はどこへ行く?」
 所轄の玄関口まで出てフィックスはビンチに問いかけた。
「教会かな。葬儀に参列する必要がある」
「騒ぎを起こすんじゃないぞ」とフィックス。
「わかってるよ。子供じゃないんだ」



 特化隊の二人が港の近くの教会に到着した時には、ポンテロッソの葬儀既に始まっていた。ビンチは教会入り口付近で待機していた従者に今回の事件ついて関係者に聞きたいことがあると伝え、戸口から離れた場所で祭事が終わるのを待った。
 やがて教会の扉が開き、磨き抜かれた漆黒の棺が運び出される。それを担ぐ男達の表情は憔悴、怒り、放心と様々だ。ここにアトソンがいれば、もっと多くの感情を感じ取れたに違いない。教会前に到着した馬車に棺が乗せられ、祈りがささげられた後その場をゆっくりと去っていった。新たな悲しみの波が参列者たちに押し寄せる。
 葬儀が終わっても参列者達はしばらく戸口の脇に残っていた。その中の一人が離れた場所にいる二人に目を止めた。礼服を纏う中背細身で目つきの鋭い男。毛のない頭が淡い光を帯びている。凛々しく背筋を伸ばし姿勢がよい。おそらく背に武器を仕込んでいる。うかつに近寄ってはいけない類の男だ。
 男は教会脇の集団を離れゆっくりと二人に近づいて来た。顔には遠目には見られなかったしわが刻まれていた。雇用主のポンテロッソより幾らか高齢のようだ。
「あんた方かい?ポンテロッソのことについて聞きたいというのは特化隊……だったか。俺が代表して答えさせてもらう。他の者にはかまわないでやってくれ」
「それで十分だ。俺はディビット・ビンチ、そっちはニッキー・フィックス」二人は男に向けて身分証を示した。「で、あんたの名は?」
「ポロ・ピカタ、用心棒をやっていた。まったく忌々しい。部屋には誰もいなかった。だから俺は引き上げた。あの人の指示でね。自分の部屋だ。着替えぐらい一人でしたい。いつものことだよ。それがあんなことに……」
 どうやらこのピカタが第一発見者のようだ。
「気に病むことはない。相手は室内に直に現れることが出来る存在かもしれない。人じゃない可能性もある。魔法で呼び出された別の世界の住人だ」ビンチは自分の背中を指差す。「あんたの背中の獲物を以てしても不意打ちじゃ太刀打ちできなかっただろう」
「俺も送られる側に回ってたってことか……」顔をしかめ自虐の笑みを浮かべた。
「悪いがもう一度その時の事を聞かせてもらえないか」
 ピカタは頷き話を始めた。
 ピカタの証言は湾岸中央署の調書を補強する形となった。ピカタが姿を隠した人に侵入を許したわけではなく、何かが直に部屋へ侵入してきたと考えた方がよさそうだ。
「ポンテロッソに襲われる心当たりはあるか」とビンチ。
「心当たりか……」ピカタは苦笑した。「旦那方、俺が何のためにいるのだと思います。仕事上のいざこざから逆恨みまで心当たりなんていくらでもありますよ」
「その中で魔法を使ってポンテロッソを襲うような奴はいるか」
 ピカタにまぶたが僅かに動いたように見えた。
「あるのか」
「そこまでする金を持っている奴はいるでしょうが、見当は付きませんね」
「もう一つ」とフィックス。「アウメンターレ・ロンゴという男を知っているか」
 また反応が出た。
「何者です、そいつは……」
「その男もポンテロッソと同じ手口で殺された。二人は繋がりがあるのかもしれない」
「あぁ、それならうちの客かもしれませんね。うちは金貸しに嬢の斡旋、他にもいろいろとやってますから、ですが俺はそっちの方には疎いもんですみません」
「なるほど、もし何か思い出したことがあったら所轄でも俺たちでもどこでもいい知らせてくれ」
「くれぐれも自分たちで解決しようなんて考えないでくれ。ポンテロッソの仇は俺たちに任せてくれ」とビンチ。
「はい、ありがとうございます」ピカタは軽く頭を傾げ去っていった。
 フィックスはその後姿を眺めている。
「何か知っているな」
「だろうな」
 ビンチはしばらく我慢をしていた煙草を懐から取り出し火をつけた。
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