第3話

文字数 3,254文字

 ファントマとアボットはお互いの名前を知ってはいてもこれまで取引はなかった。しかし、十分な繋がりは存在していた。モンデル・アンデルセンだ。彼が作った本物の多くはアボットの手に渡り、偽物の多くはファンタマが手にしていた。二人は共にアンデルセンの工房の上客だったのだ。

「彼のことを悪く思わないでね」アボットは彼女の屋敷へと向かう馬車の中で詫びた。

 二人の間を取り持ったのはアンデルセンだ。ファンタマとの接触を図りたかったアボットのために彼が動いたのだ。それならば工房に出向いた時に一言告げてくれればよかったのにとファンタマは感じた。少し水臭いのではないかと。彼が口に出さなかったのはアボットの懇願があったためらしい。そこで先の言葉に戻ることになる。

 一刻程かけて馬車で到着したのは品のいい二階建ての屋敷だ。柔らかな黄身を帯びた白い壁と落ち着いた赤い屋根、中庭には錬鉄の椅子やテーブルが置かれている。これらは実際にファンタマが想像した通りの意図で使われている。この庭で昼下がりにお茶会なども行われ、訪れた客たちに茶や焼き菓子なども振る舞われている。出される菓子などはアボットではなく先に現れた使い魔たちが作っているようだ。

「近所ではクリスおばさんで通っているわ」

 クリスおばさんが魔導師であることは近所の住人皆が知っている。簡単な風邪薬や痛み止めを作ってくれるおばさんだ。彼女が明かしているのは表の顔だけだ。裏の顔はすべて地下に隠れている。 

 屋敷へ入り応接間へ通されたが、椅子を勧められることなく、アボットは入り口と対面にある扉を指差した。アボットが扉を開き、ファンタマがそれを通り抜ける。扉は彼が触れる間もなく閉ざされた。目の前にある部屋はさっきまでいた応接間と瓜二つの家具、調度品がおかれているが庭に面した窓がない。しかし、十分な明るさはある。 振り向いた背後の扉からは取っ手が消えていた。

「地下の部屋よ。厳密にいえば地下ではないけど、わかるでしょ」

「なるほどね」ファンタマはアンデルセンの裏工房のような部屋だろうと推測した。

「応接間の扉はいろいろな部屋や場所に繋がっているの。何も指示しなければさっきの部屋の隣にある合法的な手段で集めた宝石を置いてある収蔵庫に繋がるわ」

「俺も欲しいが作るのは手間じゃないか?」

「そうね。素直に地下を掘り返したほうがよっぽど楽ね。それなら他の人にも手伝ってもらえるし」とアボット。 

「好きな椅子に座って、何の仕掛けも施されてはいないわ」

 この部屋自体がその仕掛けなのだ。わざわざ椅子に仕掛けを施すまでもない。ファンタマはアボットの対面の椅子に腰を下ろした。

「単刀直入に言わせてもらうわ」とアボット。

 扉が二度叩かれた後に開き使用人が入って来た。五体の使い魔の中で最初にファンタマに挑みかかって来た女だ。女はファンタマに軽く礼をするとアボットに折りたたまれた新聞を手渡した。そして、アボットの背後に退いた。

「ありがとう」アボットは女に労いの言葉を掛けるとファンタマに新聞を差し出した。

「これを取り戻したいの」

 アボットが差し出した 新聞の紙面には「湖水の輝き」盗難事件の記事が掲載されている。

「取り戻したい?」とファンタマは僅かに首を傾げた。

「そう「手に入れたい」わけじゃないの。首飾りを奪った奴らから取り返したいの」

「あの首飾りはノギロン家の長女の持ち物であって、あんたにどういう関りが……」

「わたしがその首飾りを彼女に送ったの」 アボットは何を今更とばかりに顔をしかめた。

「どこで見つけた?」ファンタマの記憶では本物は行方知れずとなってしばらく経っている。

「新しく作ってもらったのよ。寸分変わらない物を」

「それは贋作っていうんだ」

「本来の作者であるモルデンに頼んでも?使っている素材も本物に勝るとも劣らない」

「……」

 釈然とはしないが、ファンタマはそれ以上口答えはしないようにした。言い争っていては話が進まない。

「……わかってる」アボットは一度息をついた。

「わたしもその辺りの事情はネネやその父親であるフレデリックにも話してあったのだけど、どこでどうなったか。彼女が首飾りを着けて出た先で情報の行き違いがあったようね。そのためモルデンによる新作ではなく本物として伝わってしまった」

 アボットは項垂れた。空気の抜けた風船のように肩を落とす。

「首飾りは遠縁のおばさんとして結婚祝いに送ったの。こんなわたしでも結婚をして三人の子供を産んだ。歳を経てから手に入れたウンディーネと契約し、人の枠から外れてしまったけど、血筋は今も続いている。すっかり血は薄まってきているけど、付き合いは今もあるわ。あの娘はわたしの最初の娘テレサにそっくりでね。昔から目をかけていたの。そんな娘のお祝いだから……とびきりの物をと思ったんだけど」

「それが災難に巻き込まれる結果になったわけかい」とファンタマ。

「そうね。……今となっては後悔しかないわ」

「俺はその「湖水の輝き」と思われている首飾りの在処を突き止め取り戻せばいいのかい?」

「その通りなんだけど、犯人にはある程度辺りはついているわ」

「どういうことだい?」

「この新聞にも書いてあるんだけど」

 アボットは目の前に置いてある新聞を指差し、広げて見せた。記事には棍棒を振り上げネネらしき女性を殴るの不審な影を描いた挿絵が添えられている。

「ネネはトロヤンにある本宅で行われた舞踏会の際に化粧室で襲われた。見慣れない顔の使用人だったという事だから、臨時雇いで入って来たんでしょうね。化粧直しで一人になった時に狙われた。賊は所用を伝えることを理由にネネに化粧室の扉を開けさせ襲った」

「とりあえずは事情を説明できる程度の怪我で済んだのか」

「そんな程度で済むもんですか!」声音が大きくなる。。逆鱗に触れたか、力を失っていた瞳が俄かに殺気立つ。

「この子をたまたま、手伝いに行かせていたから助かったのよ」背後で待機している使い魔を手で示す。

「帰りが遅いネネを心配して、このハンナが様子を見に行った。化粧室で血を流して倒れているネネを見つけて治癒魔法で応急処置を施した。それが無かったらどうなっていた事か」

「わかった。悪かった、手当が早くて何よりだったな」ファンタマは声を落ち着けなだめてみた。ここでまた細剣ウンディーネとの手合わせは願い下げだ。

「その臨時雇いの顔はわかるか、居場所がどうなんだ?」

「捜査局を出し抜いて掴んであるわ」

「それなら話が早い。居場所がわかればすぐにでも取り返して来てやるよ」

「そんな生易しいことで済ませるもんですか。あの娘を手に掛けた報いを十分に味合わせて破滅に追い込んでやらないと気が済まないわ」

「具体的にはどうするつもりだい?」とファンタマ。

「裏の繋がりを使って「湖水の輝き」の買い取りの商談を持ち掛けておいたわ。先方はしっかりと撒いた餌に食いついて来た」とアボット。

「まぁ、「湖水の輝き」は有名過ぎて処分しづらい逸品だわ。おかげで見事に誘いに乗って来た。奴らを指定の場所に呼び出して劇団ウンディーネのお芝居でもてなすつもりよ」口角が上がりそれは冷たい笑みとなった。

「あなたにはそこで何役か演じ分けて欲しいのよ」

「なるほど、それで俺にお鉢が回って来たわけか」

「その通り、仕事を受けてくれればあなたにはお礼はたっぷり弾むつもりよ。それとその鞄の中身もついても不問にするわ。今後一切妙な考えを起こさなければだけど」

 鞄の中身については既にアボットにはばれていたらしい。 ならば、自前の犯行計画も承知だろう。逆らうわけにはいかないようだ。

「わかった。仕事は受けよう。妙な考えも起こさないことも約束する」

 面白そうな仕事ではある。そして、何より仕事を台無しにされた憂さも十分に晴らすこともできるだろう。ファンタマはこの仕事が楽しみになってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み