第2話

文字数 3,193文字

「泥人形の遣い手とは面白い奴が出てきたものね。ただで人探しをというのも気にはなるけどそいつの姿は見てみたい」
「やっぱりローズ様もそう思いますか」
 明るい月光が差し込む塔の最上階では食事の後の寛ぎの時間の真っ最中である。ローズとフレアは共に柔らかな椅子に腰を降ろしている。
「少なくともそいつには人を手に掛けようという気はなさそうね」
「はい、怪我をした人は何人かいますが、その意識はなく事故の類のようです」 
 フレアは帰宅後、カッピネンにエリオットとの会話を要約し伝えておいた。カッピネンはそれを了承し、自分の支配地では今回の件を見て見ぬふりをするように部下にも伝える事を約束した。そして、フレアは今はローズに向けて事の概略を説明しているところだ。
「その魔導師も今のところはそれ以上はやる気はないんでしょうね。それだけ土を操る力があるのなら地中に引きずり込んだり、泥で包み込み生き埋めにすることもできる。それも姿を晒さず物陰に隠れて様子を伺いながらね」
「それじゃ、わざわざ芝居がかった真似をするのは……」
「必要に迫られてでしょうね」
「どんな必要ですか」とフレア。
「この街に外からやって来た流れ者が同じく流れ者を探すとなれば、一人では困難だわ。そこでわたし達が関わった連中はどうしたか、覚えているでしょ」
 ローズは椅子に深く腰掛けたままフレアに目をやった。
「探偵を雇ったり、新聞に広告を出したのもいましたね」
「その通り、今回はそんな力を使わず探そうとしているようね。街に詳しく力がある彼らを刺激して、目当てのお坊さんを探させるつもりじゃないかしら。彼らにもその魂胆が読み取れても組織の沽券に関わる出来事を放置をするわけにもいかない。お手並み拝見と行きましょうか」
「こちらは関わらないという事ですか」
「どうしましょうか。特定の誰かに肩入れするのは気が進まないけど……魔導師が相手となれば彼らの分が悪すぎる。組織間の抗争でもないし、事がこれ以上大きくなるのを避けるためにもあなたを手伝って上げなさい」
「はい」
「あなたがついていれば面倒も避けられるでしょう。くれぐれもあなたが面倒を起こさないように注意して」
「はい」

 ウィリアム・カーがスラビアの山奥から帝都に出てきたのは十年以上前になる。華やかな帝都の噂を耳にして意を決して村を出てはきたが、それが正しかったかは今も判断はつかない。
 とにかく、あの頃は村にいたくはなかった。だから、無理をして憑りつかれたように帝都を目指しやって来た。この倉庫に入ったのは腹が減り過ぎて食い物を盗み出すためだった。だが、倉庫番や用心棒に見つかり取り囲まれた。あの数ではとても勝ち目はなかっただろう、そこでとっさにここで雇ってもらえないかと空腹を堪え、一通りの演武を見せ急場をしのいだ。
「いいだろう、ちょうど人手が必要だったからな」
 倉庫番頭であるコジマのこの言葉によって袋叩きにあうことなく、この倉庫の荷物運びの仕事につくことになった。村を出た時に捨てたと思った武術に助けられ、それは今も役に立っている。そして、縁はまだ切れていなかったようだ。
 カーは帝都に来てまで、シュウさんの名を耳にするとは思わなかった。「シュウ・ジュンハツ」の名を聞いた時は少しの間躊躇いはしたが名乗りを上げることにした。あの人に対しては複雑な思いがあるが、シュウさんが狙われているのなら黙ってはいられない。
 カーは組織の頭目であるエリオットに呼ばれ「スイサイダルパレス」までやって来た。正面入り口に待機している門番に名を名乗り、用向きを伝えるとややあって扉が開いた。扉の中にいた警備担当によるとエリオットは二階の奥にいるという。階段の位置を指示されそちらへと向かう。店内は昼間とあって拍子抜けなほどにひっそりとしている。
 階段を登り切った二階の入り口に一人、先にある扉に一人が配置されているだけだが、途中の廊下に並んだ部屋から多数の視線を感じる。彼らはカーが少しでも不審な動きをすれば部屋から飛び出してくるだろう。カーは気が付いていない体を装い奥の扉へと向かった。
 扉の前の男に名前を告げる。
「お待っていたぞ、入れ」扉の中から低く抑制の効いた男の声が聞こえた。
 カーは部屋に入ると改めて名を名乗り、頭を下げた。部屋の執務机の椅子には、大柄で筋肉質、剃り上げた頭に刺青をいれた男が座っていた。倉庫には定期的に目の前の男が部下を引き連れやって来ているために彼がエリオットであることは知っていた。しかし、傍に立っている金髪の少女は目にした事がなかった。白い肌に碧眼であることから彼の娘ではないだろうと感じた。では何者か、自分の女を仕事の打ち合わせに同席させるのもおかしな話だ。
「こちらはフレア・ランドールさん。今回は例の坊さんと魔導師探しを手伝ってくださるそうだ。ご挨拶をしておけ」エリオットは椅子から立ち上がり横に立っている少女を手で示した。少女は軽く口角を上げ頷いた。
「こんにちは、ウィリアム・カーです」軽く頭を下げる。「あ、あのランドールさんですか?」疑問が口をついて飛び出してくる。
「そうだ。そのランドールさんだ」エリオットは説明するまでもないだろうという口ぶりだ。
 カーも彼女の名は帝都に来て以降よく耳にしていた。新市街の大地主であり事実上の支配者でもある吸血鬼アクシール・ローズ、彼女は吸血鬼としては珍しく人を手に掛けることなく慈悲深い。但し、その対象は支持者に限定されるそうではある。その代理人を務める狼人の少女がフレア・ランドールだ。確かに一見すればただの美少女だが、放つ雰囲気は常人のそれではない。その容姿を除けばカーの予想通りと言える。
「俺達はお嬢さんと呼ばせて貰うこともある。粗相が無いよう注意してくれ」
「はい」頷き視線をフレアに向ける。「よろしくお願いします。ランドールさん」カーはいつもより深く長めに頭を下げておいた。
「フレアでいいわ。そちらの方が慣れているから」
「はい」
「挨拶が済んだところで、打ち合わせにかかるとするか。座ってくれ」エリオットは執務机の前に置かれた革張りの長椅子を示した。奥の側にエリオット、フレアが座り、カーは対面に腰を下ろした。
「まずはカー、お前が知っている例の坊さんについてお嬢さんに話してもらえないか」
「わかりました」同じ話はもう三回目で慣れてはきたが、相手がフレアとなれば話は別だ。カーは記憶を昔に戻した。
「俺は子供の頃の両親を失い、ある寺でお世話になっていました。シュウさんはその寺の僧侶の一人でした。二十年ほど前に村から姿を消して以来、あの人と会ったことはありません」当時の記憶が蘇ってくるが気を落ち着け言葉を続ける。
「面倒を起こし村を去ったと聞いています」
「あなたの子供の頃の記憶が頼りになるけど、今会ってもそのシュウさんの顔がわかると思う?それなりに歳も経ているはずだけど?」とフレア。
「はい」カーにとってはシュウの姿は良くも悪くも忘れられない記憶だ。
「泥人形の魔導師が探しているのは頭を剃り上げた筋肉質の男のようです。彼の容姿も同様でした。よほどの変装をしていない限り判断はつくと思います」
「わたしは彼が街に出てそのお坊さんを探し出す手伝いをするわけ?」フレアはエリオットに目をやった。
「いいえ、そこまで無茶なお願いはしません」とエリオット。「すでに人数を掛けた捜索で候補を三人まで絞っています。お嬢さんはこいつと一緒に動いて面通しに付き合ってやって欲しいんです」
「それだけでいいの?」
「それで十分です。そのうちの誰かが例の坊さんとわかれば事情を聞くことになりますが、手荒なことはしません。こっちの狙いはあくまでも魔導師です。坊さんが何か知っていないか聞きたいだけです。お嬢さんにはその間少し傍にいてもらえばそれで問題なしです」
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