第4話

文字数 3,664文字

 フォガスと四人の部下、そしてアトソンによって住居の捜索が開始された。玄関口から始めて短い廊下、使用人部屋、応接間へ家具を動かし絨毯を捲り違和感を探り出していく。使用人部屋の寝台の下、応接間のマントルピースに小さな収納庫が発見された。マグディプ夫妻は驚いていたが掃除婦はマントルピースについては気が付いていたようだ。ただし、蓋とは思わず経年による傷みと思い用心して埃を払うようにしていた。
 次に発見されたのは廊下で壁に隠し扉があり大きな収納庫となっていた。何年もこの前を通っていたのに誰一人気が付かなかったことに驚きの声が上がった。だが、これらは以前のフォガスたちの捜索でも発見されていた。
「ここはきちんとした取っ手を付けて物置として使ったらどうかしら」
 妻のハンナが空の収納庫をのぞき込む。扉を開閉させ立て付けを確かめる。内部は人一人が楽に動ける広さがある。
「わかるが、そういうことは後になさい」ネイサンがたしなめる。今は内見会ではなく警備隊の捜索中だ。
「でも、あなた思ったよりちゃんと作られてるわ」
 彼女に夫の願いは届いていないようだ。
「床もしっかりしていて」
 ハンナは片足で二回ほど床面を蹴った後、その場で飛び跳ね始めた。
「やめなさい」
 控えめの破壊音と共に小さな木っ端が飛び、床が抜け夫人の体は床下へと沈んだ。そんまま床下へと落ちていれば大けがを負うところだったが、素早く飛び出したアトソンに抱き留められ難を逃れた。ハンナを助け出し、落ちた床板を片付けると地下へと向かう階段が現れた。
「また地下室か。帝都って身分問わず地下が好きだな」アトソンはフォガスに視線を投げた。
「わたしに言われても知らんよ」
「すみません」
 階下の捜索のためマグディプ家のランタンも合わせ、用意できる数すべてに火を点しアトソン達は地下へと降りていった。狭い通路を降りた先は地下室の状態は思いのほか良好だった。土壁などではなく綺麗にニスがぬられた壁や床が張られ、天井も十分な梁で補強が施され壁面にランプが取り付けられている。ネイサンとして目障りなのは部屋の中央に置いてある埃塗れの木箱と大きな布包みである。しかし、その引き取り手はすぐそばに居り経費もあちら持ちだ。
「いい地下室じゃないか。ここも倉庫に使えば家も紹介所も楽になるぞ」
「そうね」
 今度は夫婦そろって浮かれている。
「隊士さんこれがお探しの物ですか」ハンナが尋ねた。
「中を確認してみないとはっきりとは言えませんが、何らかの関連はあると思われます」
「全部持って行ってくださるんですよね?」
「証拠品ならば引き取らせていただきますが、上でお話した事情もありますので今しばらくこちらでお預かりください」
「あぁ、そうでしたね」
 フォガスと共に来た隊士達が積まれた木箱を床に下ろし始めた。木箱は簡単に担げそうな程度から人が隠れることができる大きさまで様々である。各人蓋を止付けている釘を引き抜き、フォガスもそれを手伝い、アトソンもそれに倣った。
 小型の箱から宝飾品、銀器などの高級食器類。大きな箱からは壺など家具調度品。浅い箱からは絵画などが発見された。立ち会っているマグディプ夫妻は木箱の中から現れる高価な品々を目にして終始声を上げている。
 しばらくして使用人のベンが地下室の戸口に現れた。郵便物が届いたらしい。
「ありがとう、ベン。後で見るから書斎に置いておいてくれないか」
「差出人がアタコバ探偵事務所となっていますがどうされますか?」
 これがベンがわざわざ戸口に姿を見せた理由だった。
「ベンさん、拝見させてもらえませんか」
 フォガスがいち早く反応した。
「いいですか?」
「えぇ、どうぞ」
 フォガスの勢いのある眼差しにネイサンは思わず首を縦に振った。
 戸口から駆け寄ってきたベンによりもたらされた封筒はネイサンにより開封され、皆が周囲から覗き込んだ。内容は最後のマグディプであるヨシュア・マグディプ氏が見つかり、それによりエリソラからアレックス氏の来都が決定したとのこと。ついてはアレックス氏との邂逅の日時が決定したためこちらに出向いてほしいと、郊外の保養所の住所が書かれていた。
「いよいよですね」とアトソン。
「そうですな」
「わたしたちはどうすればいいのでしょうか?」
「マグディプさんはこの誘いにあるように屋敷をあげてこの保養所に向かってください。使用人の方も含めて全員です。奴らの誘いに乗ったふりをしてください」
「問題ないでしょうね」
「念のため護衛も付けておきます」
「お高いんでしょ、ここは」ハンナはフォガスを見た。
「必要なら経費はこちらで持ちますのでゆっくり過ごして来てください」
「ありがとうございます」

 それから表面的には何事もなく数日が過ぎた。
 屋敷を挙げて保養所に向かうために正午過ぎにマグディプ邸前には貸馬車が二台止められていた。そして、屋敷より少し離れた場所に止められた馬車の荷台にはニカ・マルロンが潜んでいた。荷台に被さられた帆布の下でマルロンはマグディプ一家が出かける様子を眺めていた。使用人達まで馬車を前に笑顔を浮かべている。相棒のドォーロは今回の段取りに不満を漏らしていたが、マルロンはうまく騙し通せたと確信した。このまま夜を待ち無人の屋敷に忍び込めばよい。そのまま、マルロンは一行の様子を眺めていた。
 マルロンは馬車を軽く小突く音で目を覚ました。帆布の下で様子を窺っているうちに眠ってしまったらしい。荷台の中はすっかり暗くなっている。
「ずいぶん余裕があるな。荷台で居眠りとは」
 あわてて荷台から這い出してきたマルロンをドォーロが睨みつける。
「悪かった。用意はできてるか?」
「お前以外はな」
 ドォーロの後ろには助っ人として雇った三人が無言で立っていた。
 裏口へ回るとほどなく、マルロン達五人はマグディプ家に忍び込むことに成功した。勝手知ったる他人の家、マルロン達は厨房を通り抜けすぐさま中央の廊下へとたどり着いた。壁の隠し扉は容易に見つけることができた。不安のあった階段の蓋も引っかかることなく楽に開いた。以前よりえらく立て付けが良くなったがする。前は歪が酷く持ち上げるだけで手こずったことが何回もあったのだ。
 ランタンを片手に下りた地下室は変わっていないように見えた。山積みの木箱と入りきらない家具や像を包んだ布包み。
「思ったより残ってるな。さっさと捌いて金に換えようぜ」ドォーロが顔をほころばせる。
「そうだな。ちょっと重いかもしれないが、中身はいい金になる。とっとと運び出すぞ」
「運んだだけ稼ぎが増えるぞ」
 助っ人たちが雄叫びを上げ、木箱へと群がる。
「中を調べなくてもいいのか」背後から男の声が聞こえた。
 声に驚いたマルロンはランタンを振り室内を探った。壁に明かりをかざしても何も見つからない。他のランタンもゆらゆらと揺れて壁で光が踊る。さほど間を置かず、目前に銀色の靄が現れそれは質感のある布へと変わった。隠れ蓑だ、マルロンは瞬時にそれを悟った。話に聞いたことはあるが見るのはこれが初めてだった。
 銀色の布を振り捨て現れたのはスラビア系の若い男。巨大な銀器を思わせる剣を携えている。
 アストンが隠れ蓑の効果を解除すると同時に、マルロン一味はすぐさま手持ちの武器を腰から引き抜いた。全て刀身の短いナイフだが武装解除は必要である。アストンは一味に踏み込む間も与えず、姫の力で刀身を叩き折った。 砕けた刀身は床に転がり、男達はその衝撃に軽い悲鳴を上げ使い物にならなくなった柄を取り落とす。痺れる利き手を押さえている。
「そこまでだ!」フォガスの声が室内に響き渡る。
 声を合図に十人の防護服を身に着けた警備隊士が姿を現した。助っ人の二人が階段へと逃げ出したが降りてきた隊士達に行方を阻まれた。瞬く間に全員にうつ伏せにされ縛り上げられていく。
「あぁ、あんたは!くそ、まだ生きてやがったか」フォガスの顔を見つめマルロンが声を上げた。
「覚えてたか。久しぶりだな。幸い体だけは丈夫にできてるんだよ」
「だから、あんな芝居じゃやばいって言ってたんだよ!」
 ドォーロが相棒を叱責し床に押さえられた肩を揺らす。
「芝居ならよくできてたよ」
 フォガスの言葉に二人は大人しくなり彼の顔を見つめた。
「よく出来過ぎて、心配になった二人が彼に泣きついたんだ」フォガスは傍に控えるアトソンを見やった。「ほどほどに手を抜いてりゃよかったんだろうな」
 フォガスは笑い声をあげた。
「さぁ、上に行こうか。聞かなきゃならんことがたっぷりとある」
 一味は引っ立てられ階段へと向かっていった。
 フォガスはアトソンの敬礼をし彼はそれに答えた。
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