第4話

文字数 3,349文字

 コーディーが囚われている倉庫はホワイトたちの住居と同じ通りの中にあり、そこにはほどなく到着した。様子を伺うため隣の倉庫の屋根に三人で登ることにした。入口の大扉を眺めつつ、次の段取りを相談する。明り取りの天窓より侵入し、各自散開し猿のコーディーの所在を確かめる。何があっても人は傷つけない。何があっても人は傷つけない。フレアは大事なことなので二回言っておいた。昨夜のようなことがあっては何人が穴だらけとなり死ぬことになるかわからない。

 担当区域などを決めているうちに正面の大扉が開き、馬車が一台通りに姿を現した。二頭立ての 馬車で客車に二人男が乗り、その後ろに台車が連結されている。そこには帆布を被せられた荷物が載せられている。

「コーディーだ、檻に入れられたコーディーがいる」

「待ちなさい」フレアが前に乗り出すアイリーンを押しとどめる。

「お母様に奴らを眠らせてもらえば、簡単に連れ去ることができるぞ」

「確かにわたしたち三人なら檻を担いで逃げられるでしょうけど」

「わたしは担がんぞ」とホワイト。

「……二人でも担いでいけるけど目立ちすぎるでしょ」

「全員眠らせればよい」

「倉庫までの道中に道端で眠り込んだ人で行列を作るつもりに?余計な騒ぎになるだけよ。あなたすぐ近所に住んでるんでしょ」

「ここで手は出すなというのだな」ホワイトがフレアを見据える「では、どうしろというのだ。策はあるのか」

「あぁ、……着いた先で奪い返すというのはどうですか。それなら眠らせるのも最低限で済みます」

「弟の屋敷に送るといっていたな」

「行先はペロメ・テデ三十四……ユーリー・オ・ポスト邸」アイリーンが男たちから情報を読み込んだ。

「ペロメ・テデか。あのソヴォルボ荘の道中にある村だな。馬車を早駆けさせれば先に着ける」

「それは二百年前の話じゃないですよね」

「心配するな。ルリの時に連れていかれた今のソヴォルボ荘だ。それにあの辺りはまるで変っていなかった」

「さあ、馬車を捕まえユーリー邸に向かうぞ。奴らは屋敷で迎え撃つ」

「手荒なことはやめてくださいよ」

 ホワイトが屋根を走り出しアイリーンが後に続く、フレアはそれを追った。

 

 ユーリーは貴族というよりは豪農に近いようだ。多くの牛やヤギを飼い、他にも多くの作物を育てている。そんな家を先頭に立って仕切る若旦那といったところか。彼がその役割を引き受けることを条件に受け継いだのがブドウ畑の奥にある豪邸である。平屋建てではあるがちょっとした城塞並みの床面積と収容能力を持つ。収穫期に大人数の臨時雇いを受け入れる必要があるためである。

 馬車を飛ばしやって来た三人は母屋の屋根で魔法を使い身を潜め、コーディーの到着をを待っていた。陽がさほど動かないうちに眼前に広がるブドウ畑を抜け馬車がゆっくりと入ってきた。先頭に野良着姿の男が案内についている。男はブドウ畑を出てすぐ、フレア達から見て右手を指差した。御者が頷く。どうやら母屋には入ってこないようだ。

「後を追うぞ」

 三人は馬車の後を追いブドウ畑に沿う道を前に進む。やがて右手前方にレンガ造りの小屋が現れた。大きさとしては新市街の労働者向けの住居と変わらないが前面に花壇があり傍には木が植えられている。その下に乗馬服の男が立っていた。

 案内の男が帽子を取り乗馬服の男に頭を下げた。彼がユーリーのようだ。そして案内の男が背後について来ている馬車をユーリーに示す。

 馬車が小屋の戸口に止められ、客車に乗っていた男達が素早く降り荷台に掛けた帆布を外す。フレア達三人も近くでそれを見ているがフレアはどうにも落ち着かない。

「落ち着け、あの者たちに我らの姿は見えてはおらん。初めに言ったようにわたしの近くにおれ離れるな」ホワイトの意思が直接飛び込んでくる。「効果範囲は狭く限られている。声は出すな。隠れているのは姿だけだ」

 了解はしたが声には出さずフレアは黙っておいた。

「それでよい」

 帆布が取り払われ鉄格子の檻が現れた。中で白い何かが動いている。白く長い手足に尻尾、確かに白い猿だ。それが檻の中をうろついている。ユーリーと案内係が興味深げに檻をのぞき込んでいる。倉庫の男一人がユーリーに話しかける。ユーリーが小屋を指差し、案内係が戸口へと向かう。あの小屋がコーディーの新しい家となるようだ。

「確かにコーディーに間違いないようだ」

 白い猿が振り向き鉄格子に掴まり何度かこちら向かい頷く。

「離れておれ」

 コーディーが檻の中央へと戻る。フレアも動きそうになる。

「お前は動くな」

 突然の破砕音に男達の動きが止まる。彼らが辺りを見回し、目についたのは檻の中でいっぱいになっている白い何か。さっきまでは白い猿だったが遥かに巨大になっている。次の瞬間檻の天井が勢いよく上空に飛び、床が抜け台車の車軸が車輪の根元で折れ傾いた。猿は白い毛むくじゃらの巨人となり、両手で胸を打ち鳴らし雄叫びを上げる。フレアは雪山に棲まうという雪男を思い出した。 

 これがコーディーの正体かとホワイトに目をやるとそこに白い猿がいた。両手でホワイトの肩に掴まり胸に抱かれている。改めて前に目をやると、そこでは白い巨人が歯をむき出しにしてユーリーや馬車で来た男達に威嚇の視線を送っている。

「手荒なことをする気はない。ただし、十分な教訓は与えておかんとな」巨人はホワイトが作り出した幻影なのだ。

 ユーリーと案内係は腰が抜け戦意を喪失し、必死に手と足先だけで後ずさっている。倉庫の三人はまだ完全に屈してはいないようだが一歩踏み出した足元に、巨人が投げつけた鉄格子の一本が深々と刺さり踵を返し逃げ出した。

 最後に巨人は雄叫びを上げブドウ畑の中に走り去っていった。そして後を追おうとする者はいなかった。

「我らも帰ることにしようか」コーディーが声を上げる。「馬車をまたせておるからな」

「はい、お母様」
 

 新聞各社は旧市街の倉庫街を徘徊する白い猿の続報としてペロメ・テデ在住であるユーリー・オ・ポスト氏の農場での出来事を掲載した。帝都を逃げ出し、郊外の農場に迷い込んだ猿とその正体、それに偶然遭遇したオ・ポスト氏の証言を交え伝えている。猿は帝都を出た後、オ・ポスト氏の農場に進入し徘徊しているところを農作業中のオ・ポスト氏と鉢合わせになったとみられる。 幸い彼と彼に同行していた農夫たちに怪我はなく猿はそのままブドウ畑に逃走した。
 警備隊は大変危険なため白い猿を発見しても手を出さず、速やかに通報するよう付近の住民に呼び掛けている。

「いいのか、このようないい加減な記事を書いて」 ホワイトは紙面を何度か小突いた。

「オ・ポストさんもお兄さんも内緒で買った猿が暴れて大変でしたとは公には言えないし、その辺が落としどころじゃないの」

 ホワイトの居間でローズはテーブルの上に座るコーディーにブドウの一房を差し出す。猿は皮を器用に剥がし身にかぶりつく。

「倉庫番たちは余計なことは言いださんだろうな」

「すっかり凝りて、もう猿への興味を冷え切ってるらしいわ。新旧の違いはあっても横の繋がりはあるわ。事の顛末はもうすでに帝都中に回ってる」

 果肉をあらかた食い尽くしたコーディーは種に張り付く甘い実を丁寧に剥がし口に入れる。

「それにしてもこの子よくできてるわね」 

「コーディーは人形などではない。親の腹からは生まれていないが、正真正銘本物の猿だ。アッハイ帝の猿をそのままわたしの力を持って再現した」

「あなた、アッハイ帝を付き合いはなかったでしょ?わたしもないけど」

「遺品についた猿の毛を拝借した。そこから生み出したのがこのコーディーだ」

「彼はこっちに置いておくの?」

「いや、皆に薬が効きすぎたようなのでな楽園に連れて帰る」

 賞金稼ぎ達の熱は収まったが警備隊はまだの後をコーディーを追っている。乳幼児程度から巨人に瞬時に変化する猿の所在を不明で放置するわけにはいかない。捜索範囲が帝都中心部から西部へと変わっただけである。

「それがいいかもね」

 コーディーはローズが投げた新しいブドウを受け取り歯をむき出しにし笑った。

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