第3話

文字数 8,365文字

 田舎道をゆっくりと行く二頭立の馬車。台車には幾重にも積み上げられた木炭の山、そして汚れたつなぎの作業着、手袋、長靴の男が二人、その傍らには大きなずた袋が二つ。一人は本読み、一人は木炭にもたれ空を見上げている。
「ステファン・ブルーは苦悩の末、自らの手で死なない子供を作り出そう思いたったわけだ」
「何か切ないな」コールドは呟いた。
 連続襲撃犯として追われている二人組は馬車に乗りのんびりとやっていた。彼らは最初の襲撃を終えて、街を出てからは道中は目立たぬように移動していた。今は炭焼きで暮らす爺さんの馬車に、立ち寄り先で荷物を下ろす手伝いをする条件で便乗させてもらっている。
「そして意識を持った人形の制作に没頭した。器となる完全な体の素材を検討し、組み込む識の研究に取り組む」
「悲しみが研究の原動力になるのはわかるが、それがどうして何があって殺戮人形に繋がっていくんだ?」
 帝都の旧市街で言われたように安い作業着は二人に良い効果をもたらした。爺さんは大した警戒心を持たず二人を受け入れた。途中で出会った代官所の役人も、こいつらは手伝いだという爺さんの言葉と、彼らの愛想良い挨拶にずた袋の中身も確かめず去っていった。
「資金面で苦労していたようだな、そのせいかもしれない」
「いやだね。何でも金か」
 しばらくして馬車は大きな商家の前で止まった。爺さんが御者席から飛び降り玄関先へと駆け出して行く。二人も荷台から降り荷ほどきを始める。三か所目とあって要領は掴めている。後は爺さんから置いていく木炭の数を聞くだけである。それを十度ほど繰り返し、村外れの農家に到着した。台車は空になり今回の配達はこれで終わりとなった。ここまで乗せてもらったことに礼を言い二人は爺さんと別れた。
 爺さんにはここから森をぬければ目的地の海辺の村に着くと告げられた。しかし、何もない所だ。海賊の巣窟になっている昔の城塞があるので注意するようにとも言われた。方向は違っていないようだ。
 薄暗い森を抜けると眼下には緑の野原が広がり、その先に青い海が広がっていた。ここからの坂道を降りた右手の海沿いに多くの家が点在している。左側のさほど離れていない場所に教会と思われるシンボルを掲げる建物が見られ、その先の海辺に城塞と思わしき建造物。少し離れた沖に帆船二隻が停泊している。
「あれだな。行ってみるか」とベンソン。
「そこの教会の先にいい崖がある。あそこからがいいだろう」コールドが指をさす。
「そうだな」
 教会の山側を通り目的の高台を目指す。室内は暗いが窓辺に花瓶が置かれ簡素な家具が見て取れる。聖職者か管理人などが住んでいることは確かなようだ。彼らと面倒は起こしたくない。教会の影を足早に抜け、姿勢を低く保ち目指す崖へ最後には這ってそのその縁に到達した。
 思っていた通りここからなら城塞と沖の船の様子をみわたすことができる。コールドはずた袋から小型の双眼鏡を取り出し城塞を眺めた。
「ここで間違いなさそうだ。見てみろ」
 ベンソンはコールドから渡された双眼鏡を目に当てる。城塞の入り口に掲げられた旗、入り口に立つ見張りに背に見慣れた重なる円の紋章が描かれている。小高い丘に張り出すように建てられた城塞はこれまでの拠点とは段違いに守りは硬そうだ。ここからは正面の入り口以外の突入口は見られない。
 ふと背後に気配を感じ、伏せたまま視線を後ろに向けた。まだ少し離れた位置だが男が一人いる。ここからでも大柄な男であることはわかる。白い聖衣に黒い前垂れこの地の聖職者だろう。彼はこちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
 男は二人の右側、少し離れた位置で立ち止まった。
「わたしは当地の司祭ヨハン・リーベル、そこの教会を任されている者です。あなたたちの御用は何ですか。こんな場所で寝転がるなど遊びに来たとは思えない」司祭は視線を海に向けたまま呟いた。
「姿勢はそのままで」立ち上がろうとする二人を司祭は制止する。「立ち上がらなければ城塞の見張りもあなたたちのことには気づかず、また偏屈な司祭が覗きに来た程度にしか思わないでしょう」
 城塞を眺める司祭に一瞬嫌悪が混じったが、それはすぐに奥に沈んだ。
「何か事情があるのなら、お聞かせください。司祭館でお待ちしております」
 司祭はそれだけ独り言のように口に出すと元来た道を引き返していった。

 リーベル司祭からの招きに応じて二人は司祭館へとやってきた。改めて見てみれば不自然な建物である。二階建てで鐘楼を持つ石造りの建物で、教会の方が付属に見える。おそらくこの辺りでは城塞の次に大きいだろう。
 ドアの鐘を鳴らすと司祭は二人を大して待たせることなく中に招き入れた。
「よく来てくれました。ここは昔の代官屋敷でそれを教会に転用したのです。教会は彼らのための礼拝堂でした。それで司祭館の方が大きいという奇妙な状況になっています。さぁ奥へどうぞ」
 これが彼の来客への最初の挨拶と説明を兼ねている文言となっているのだろう。司祭を先頭に二人は後に続いた。案内されたのは綺麗に磨きあげられた台所。小さなかまどに掛けられたやかんからは湯気が上がっている。二人が勧められた椅子に座り、茶が振る舞われ、いよいよ二人の告白の時となった。
 二人は特に促されたわけではないが、帝都での出来事からこれまでを司祭に話した。
「あなたたちが出会った少年のために、そのおじさんを助け出したいという気持ちはわからないでもありませんが」しばらく黙って二人の話を聞いていた司祭はその口を開いた。「二人でそれをやろうとするのは賛成できませんね。代官所に願い出てそちらの協力を仰ぐべきです」
「その代官所というのは頼りになるのですか。司祭様」ベンソンが問いかける。
 司祭は卑屈な笑みを浮かべた。「確かに頼りになればあのような輩がはびこるようなこともなかったでしょうな」
「俺たちよそ者が動いて、それが原因でこの土地の人たちに累が及んではたまらない。俺たちはここから逃げれば終わりですが、あなた達にはそれができない。無用な刺激、中途半端なことはするなということですね」とコールド。
「有り体に言えばそういう事です」
「中途半端ではなく徹底的ならどうですか。俺たちで連中を壊滅させる」
 司祭はベンソンの思わぬ提案に笑い出した。
「わたしも昔はいろいろと無茶をやりましたが限度というものは心得ています。奴らは一人や二人でどうなるのもではありません」
 司祭は自分の額から左瞼上にかけての傷を右手で示した。その手の小指と薬指の先端は欠けている。元は彼らと同類であることを示しているのだ。
「俺たちも心得ているつもりです」ベンソンは立ち上がり窓際へと後ろに一歩下がった。
 コールドは顔をしかめ、目を閉じた。ベンソンの背後から差し込む日が陰り、彼が両手を胸の高さまで上げると漆黒の靄が足元に立ち込め、窓から差し込む陽光を覆い隠した。そして歓迎の意を表すように左右の手を広げると、何かが靄から這い出してきた。のたうつ何物か、間違いなくこの世のものではない。そしてベンソンが素早く手を振るとそれは消えた。ぬくもりある日差しは力を取り戻し、床に闇の痕跡は見当たらない。
「神の家で呼び出すような存在ではないとわかっていますが、これが俺の力です」
「そのような存在を使役できるとは……」司祭は目を閉じ黙り込んだ。そして深く息をついた。
「司祭様」コールドが彼の表情を窺うように目をやる。
「元はといえばわたしも奴らと同類です。方々を流れここまでやって来た。それを先代の司祭様が受け入れてくださった。先代様からこの職を受け継いだ今、難儀する土地の人たちを救いたいと願っていたが、わたしにはその力がなく日々奴らの姿を眺めるしかなかった。あなた達にその力があるなら、あなた達が何者であろうとこの思いをあなたたちに託すことにしましょう」
「俺たちのことは無視してもらっていいんですよ」とコールド。
「あなた達に託すといった以上もう傍観者ではいられない。ともに戦うことはできないが、わたしも少しは役に立つことをしたい。そして目的を達成することができれば、奴らのために盛大な葬式を行い、魂すらこの地に残らぬよう神の国に蹴り飛ばしやりましょう」
 司祭は控えめに笑みを浮かべた。
 台所でのささやかな茶会の後二人は司祭館の図書室へと案内された。壁一面の本棚には革表紙に金箔張りの書物が多数収められている。それとは別に簡素な表紙で紐綴じされた一群も収められている。それらはここが代官屋敷であった当時の書類らしい。司祭はその中からひときわ巨大な紐綴じを取り出し、部屋の中央にある会議用テーブルに置いた。
「スコギヤラ城塞の見取り図、各部屋の設計図です。ご覧ください」
 目の前に置かれた紙面には城塞における部屋や大砲の配置が描かれている。項を捲っていくと調理場、寝室、トイレなどの詳細も載せられている。
「この海側に開けている砲台からから入れそうだ」ベンソンが指を指す。「監房はどこだ」
「ここだ。三つ並んでる。この図によると引き戸だ」
 二人が見取り図を眺めながら話し合ううちに時は過ぎていった。

 二人にはそれぞれ部屋があてがわれ、夕食を済ませた後の時間を過ごした。コールドはナイフの手入れを終えてトイレに向かうため部屋を出た。暗い廊下に隣のベンソンの部屋から光が漏れている。彼もまだ起きているようだ。
 コールドは扉を軽くノックした。「俺だ」
「開いてるぞ」
 コールドが扉を開けるとベンソンはおじさんの手記を読んでいた。書き物机の椅子を部屋の中央に引き出し、脚を組んでいる。ランプの他自前の光球も上げているため部屋は思いのほか明るい。
「まさか、あれを呼び出すとは思わなかったぞ」
「拳銃を出しても奇術でしかないからな。まぁ、受け入れてもらってよかった」
「それだけ、司祭様の悩みは深かったという事か。でもさ、祈りの果てに現れたのが俺たちって神様は何やってんだか」
「きっと忙しいのさ」
 会話の最中もベンソンは本から目を離さない。いつものことである。
「本当に本を読むのが好きだな」
「あぁ、銃の整備と他の準備も済んだからな」ベンソンは書き物机の上の革袋を指差した。それは何かがたっぷりと詰められ膨らんでいた。
「読んでわかったが、おじさん、マイケル・ヴィセラはウィリアムを作り上げることで自分の力の限界を確かめてみたかったんだ。彼は地元では有能な発明家として知られていた。しかし、彼はそれに満足はできなかった。突き詰めたかったのは人形だ。そこでまず出来上がったのがアーノルドだ。動く鎧のように見え、少し抜けているようでもあれで十分一級品だ。大概は動けば上等、受け答えも簡単な答えだけだ。そこにマウント・ライスが現れた。ステファン・ブルーの手記という最高の文献と十分な資金を手にしてだ」
「力を試すために殺戮人形を作ったっていうのか?まぁ、おれとしちゃ、ウィリアムがそんな物だとはとても思えないが」
「あの手記は結局はステファン・ブルーがついた嘘の告白書なんだよ。ブルーが子供を人形の形で蘇られようとしていたことは話したよな」
「あぁ」
「立場を利用して研究を進めたはいいが、どうしても資金が足らない。そこで彼は大胆な企みを実行した。例の殺戮人形だ。人とうり二つで身体能力は抜群、自力で行動でき意思を読まれることもないと完璧な暗殺兵器と売り込む。そして、まずは試作品を作られてくれと懇願する。出来上がっても殺戮人形には程遠い真っ赤な嘘の偽物だ。当然それは黙っていた。国から計画は承認され潤沢な資金を得たブルーは人形エドワードを完成させ、人形と共に二人で国から逃げ出した」
「なるほど……、だがなステファン・ブルーは本当にそれでよかったのか?所詮は人形、作り物だぞ」
「息子と同じ名前を付け、熱に浮かされたように作り上げ、国を出た。熱狂が覚めた時彼もそれに気づいようだ」
「それでどうした?」
「それを受け入れたようだ。エドワードではない。しかし、彼に魅了され新たなエドワードと共に生きていくことにしたようだ」
「ヴィセラはブルーの告白を当然読んでるよな」
「ライスは表題しか読んでないだろうが、ヴィセラは読んだだろう。真意までは測れないが」
「それは本人に聞いてみるしかないな」

 夜明け前の浜辺に現れた三つの人影。影は浜に上げてあった小舟を引きずり波打ち際まで移動させた。一人が乗り込み一人がそれをさらに押す。
「司祭様、ありがとうございます」
「気を付けて行ってください。成功をいの……これ以上は、立場上止めておきましょう」
「それがいいですね」
「しかし、あなたたちがおじさんを助け出し、わたしが盛大な葬儀を行うこと。これは楽しみにしておきます」
「では、行ってきます」コールドの一押しで小舟は海に漂い始め、彼は静かにそれに飛び乗った。コールドはベンソンから櫂を受け取り漕ぎ始める。
 やがて、空が朝焼けに染まり始めた頃、小舟は目標の砲台の下に到着した.ベンソンはゆっくり立ち上がり銃帯の小物入れから革袋を取り出した。口を縛っていた紐を緩め傾ける。中から転がり手のひらに落ちたのは鮮やかな橙色の小石が六個。ベンソンはそれを空に向かい放り投げた。宙に放たれた石は落ちることなく、瞬時に人の頭ほどの燃え盛る火の玉へと変わった。
「思う存分、派手に暴れてくれ」ベンソンは火の玉に呼びかけた。
 それらは頷くように揺れると二手に分かれ停泊中の帆船へと突進していった。
「俺たちも始めるとするか」
「そうするか」
 ベンソンのローブの裾が揺れ、軽く宙に浮かぶと見えない手で突き上げられるように飛んだ。ほどなく小舟に残るコールドの元に荒縄が下りてきた。彼は持ち前の素早さで荒縄を伝って城塞の開口部へと昇っていた。設置されていた大砲は取り払われ台座のみとなり、内部へと通じる扉は顧みられることなく錆びついている。
 幸い扉は支障なく開き城塞内へ侵入することができた。途中遭遇した見張りはコールドのナイフにより沈んだ。監房はすぐに見つかり、その一室にある扉の覗き窓から、室内にウィリアムの描写に合う男が小汚いベッドで眠っているのが見て取れた。
 扉をこじ開け二人で部屋に忍び込む。二人が入っても男はまだ眠っていた。コールドは男の無精ひげが生えた頬を軽く叩いた。男は飛び起き侵入者二人を見上げた。
「マイケル・ヴィセラだな」
 コールドの声に男は慌てながらも頷いた。
「俺はコールドのこいつはベンソン。ウィリアムに頼まれてあんたを迎えに来た」
「ウィリアム……」彼はまだ事態をうまく呑み込んでいない。
「そう、ウィリアムだ。あんたの手記は読ませてもらった。それで聞く、彼をどういうつもりで作ったんだ?そして、どうするつもりだった?」
 ヴィセラは目を伏せた。少し黙り込んだ後、意を決したように話し始めた。
「あそこに書いた通りだ。わたしは自分の力を試してみたくなったんだ。そして、完成すれば奴らの依頼通り、ウィリアムを渡すつもりだった。しかし、そんなことすぐにできなくなったよ。すっかり魅了されてね。ステファン・ブルーがわが子として受け入れたのもよくわかる。わたしは奴らにウィリアムをあきらめさせようといろいろやった。不良品扱いまでしたが無理だった。そこで仕方なく逃がしたんだ。せめて行動の自由がある場所行けたらと、祈りを込めてね」
「一緒に行こうとは思わなかったのか?」
「すまない。無理だったんだ。奴らに見張られててね。あいつは、ウィリアムはどうしているんだ?」
「今は親切な錬金術師が面倒見てくれてるよ。何の心配もない」
 突然の轟音が鳴り響く、一度二度少し間をおいてもう一度。
「時間切れだ。出ていこう」

 ピエト・ロットは突然の爆音に目を覚ました。慌てて体を起こした時には何も聞こえなかった。そのため、夢だったかと思いかけた。質の悪い夢の残滓かと考えた。しかし、次の爆音でそれは打ち砕かれた。
 部屋の呼鈴を何度か引きフォンタナを呼ぶことにした。奴の手が空いていなくとも誰かが来るだろうと。肌着の上に革の上下を身に着ける間にも扉からきな臭い空気が漂ってくる。連発銃を手に部屋の外に出るとさらに煙たい。奥の区画から煙が漂ってきているのだ。そして、けたたましい鐘が鳴り始めた。非常時を告げる鐘だ。新たなる爆音と熱風。ここは危険であることを悟ったロットは入口方面へと向かった。途中でフォンタナと会うことができた。
「頭領、ご無事で何よりです。例の二人組がやってきました。中央の広間で交戦中です」
 何事にも感情を表さないフォンタナが青ざめでいることにロットは驚いた。最初に顔を合わせ、鼻先に銃を突きつけた時も顔色一つ変えなかった男だ。
「船から人を回せ、さっさとやれ」
「船からやられました。いまは両船とも炎上中です。もう逃げるしか手はありません」
 ロットの中で何かが切れて爆発した。
「ここを出て形勢を立て直しましょう」
フォンタナから問答無用に銃を奪い取り、両手に銃を握りしめ広間へと駆け出した。
「着いてこい、そんなことが出来るものか。ここで引けばすべては終わる」
 煙たい通路から広間に躍り出て、辺りを眺める。交戦中などではない。ほぼ終わっている。まともに立っているのは三人きりだ。ナイフを持った男と拳銃を持った魔導着の男、そして閉じ込めていたはずのマイケル・ヴィセラ。
 ロットは三人に銃口を向けた。ロットは二丁の銃の弾丸を三人に向け全弾発射した。発射したはずだった。弾倉を回転させ銃弾すべてを撃ち出したはずだったが、誰も倒れなかった。直後に激しい痛みに貫かれたのはロット自身だった。何があったのか。気が付くと、ナイフ男が目の前に立ちはだかっていた。幅広の鉈のように巨大なナイフを目前にかざしている。そのナイフは輝く碧の波模様が揺れて美しい。奴がすべてをはじき返したか、嘘のようだがロットにはなぜかしっくりと来た。
 視線を落とすと右側にフォンタナが倒れていた。痛みに両膝をつく。身体に力が入らない。倒れる最中に首を回すと、壊れた鉄人形が転がっているのが見て取れた。頭や腕が吹き飛び、胸に大穴が空いている。動いている奴は火を噴き狂ったように柱を殴り続けている。その辺りに手下達が折り重なるように倒れている。
「あんたがマウント・ライスか?」声が聞こえたが、ロットにはもう答える力はなかった。
「そいつは頭領のピエト・ロットだ」ヴィセラの声だった。
「じゃ、やっぱり最初にあったのがマウント・ライスか」
「どうりで会えないはずだ。奴ならもうとっくに海の中だ」
 ロットはライスがすでに連絡の取れない地におり、裏切ったわけではないことに安堵した。彼が耳にした会話はここまでだった。
 
 二人とヴィセラが城塞から駆け出してきた後に最後の爆発が起きた。まだ息をつく暇はない。三人が勢いを緩めることなく東へ走っていると、背後から馬車が追いかけてきた。再び武器に手をやったコールドとベンソンだったが、御者を見て脚を緩めた。聖衣を身に着けた大柄の男が馬の手綱を取っている。馬車は三人のそばまで来る速度を落とした。
「乗ってください。送ります。村はもうすぐ大騒ぎになるでしょう」
 朝日を受け馬車は東へと向かい走り出した。とりあえず最寄りの大きな町へ、そこまでいけばこびりついた煤も落とせるだろう。

 コールド達、そしておじさんの帰りを待つ間の隙間を埋めるためホワイトはウィリアムに様々なものに挑戦させてみた。人形とはいえ感情を持っている、そのため気を紛らわせることも必要だろうと考えた末のことだ。
 そこで改めて分かったのはその能力の高さである。楽園から持ってきた家具の修復を手伝わせたが、招いた家具職人も舌を巻く上達ぶりだった。容姿が子供であることもだろうが、感心することしきりだった。
 そうこうして過ごして一か月近くが経過し最近、ホワイトはウィリアムに彼らのことを尋ねられることが多くなってきた。感情を持つゆえに不安も生じてくるのだろうと彼女は察している。
 そして今日コールドからようやく連絡が入ってきた。船は今日の昼頃到着するそうだ。
「おばさん、用意できた?」ホワイトの私室の扉を叩く音が聞こえる。
「すぐに行く。今しばらく待っておれ」
 ホワイトは鏡の前から立ち上がった。おばさんという言葉には納得しがたいものがあるが、受け入れることにした。子供にとっては年上の女は皆おばさんなのだ。
 扉を開けると、すぐそばにウィリアムが待っていた。その笑顔を目にして確信する。事の始まりは何であれ、素晴らしい存在が作り出されたのだと。
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