第5話

文字数 3,661文字

 死体の見分もそこそこに精霊が新たな侵入者の存在を告げてきた。複数に分かれ屋敷に接近している。さっきフレアが倒したのはその一部に過ぎない。

「何か武器になる物はない?」

 精霊の声が聞こえた。声に導かれやって来たのは一階奥の収納庫の前だ。この屋敷にやってきて最初に見て回った時、ここの扉を開くことは出来なかった。何が引っかかっているのか動かなかった。壊してまで中を見てみたいとは思わず放置していた。精霊に促され取っ手を回すと今回は簡単に扉を開くことができた。扉は精霊の力で閉ざされていたのだ。壁に据え付けられたランプに灯がともり、精霊の笑い声が聞こえたような気がした。 小さな部屋におびただしい量の銀器が納められている。在りし日にはさぞかし大規模な催しが行われたことだろう。

「彼か彼女か最後までわからなかったけど、わたしの考えはお見通しだったみたい。長い間手入れをされていないせいですっかり色はくすんでいたけれど銀は銀よ。わたしには聖剣に等しかったわ」

 精霊によると侵入者の一団はまもなく屋敷内に突入とのこと。フレアは革製品の在庫が置いてある部屋に行き、ハンガーに掛けてあった丈の長い革の上着を羽織り、手袋をはめた。これで銀の害を受けず扱うことができる。

 侵入者が正面玄関、庭に面した大窓の広間、厨房勝手口から侵入の報。速やかに収納庫に戻り、ナイフ、フォークにスプーンをつかみ取り上着の物入れにねじ込む。そして片手剣ほどもあるケーキナイフを腰の革帯の間に差し込んだ。

 収納庫を出て厨房からの廊下の合流点で、フレアは前方に三つの人影を発見した。縦に並び廊下の中央を歩いている。フレアは一番後ろの影の背にナイフを投げつけた。ナイフは背骨の隣に深々と刺さった。柄に施された美麗な草模様が半分隠れるほど体に食い込んでいる。先端が丸い食事用ナイフであっても十分な速度を与えれば殺傷力を持ちうるのだ。影はその場で膝をつき前に倒れた。

 二番目の影にはフォークを投げつけた。フォークは三つ又になった先端部が弧を描いているためか投げると着弾点がずれるようだ。背骨の傍を狙ったのだが、刺さったのは右の肩甲骨の下あたりで、体から三つ又が生えた見た目となっている。影はフォークを引き抜こうと手を背中に伸ばしもがき仰向けに倒れた。

 先頭の影は男、背後の動きを察知し振り向いた。フレアの動きを捕らえ初弾のナイフは避けることは出来た。ナイフは前方の闇に吸い込まれていった。次にフレアが手にしたのは傷んだスプーンだった。恐らく誰かが曲げてしまいそれをごまかすために強引に元に戻したのだろう。フレアの力に耐えきれず柄の首の部分で二つに折れ、丸い壺と柄に分かれて力を失い、回転しながら飛んでいった。壺は顔に柄は脚に。

 フレアはすぐさま失敗を悟り、ケーキナイフを引き抜き前に突進した。男の失策はスプーンをナイフと同様に体を動かし避けなかったこと。顔に向かい飛んできた壺を袖で払うため視界を遮ってしまったことだ。その隙にフレアが間合いに迫っていた。脇をすり抜け、男の背後に回ったフレアは首にケーキナイフを突き立てた。男の首は瞬時に黒く変色し根元から折れて頭は床に落ちた。

「もうそれからはお互い神経をすり減らせるかくれんぼね。窓の少ない廊下にやたら数の多い部屋を順番に確かめていくの。見つけたら手加減なしの殺し合いよ。銀器は投げるにはよかったけど、扉一枚とか角の向こうで出会いがしらの格闘となると使いにくかったわ。狼人同士が打ち合うと刀身が持たないの。結局拳での殴り合いよ。
 どういう組織だったのか、なぜか人も混じってた。そんな奴がラッパ銃を持っていたから真っ先に倒すために、ナイフを投げつけたんだけど何の抵抗もなく貫通した。まだその場に立っていて痙攣した指で発砲された。仲間もろとも飛び散った散弾を受けることになったわ。銀じゃなかったから痛いだけで済んだけどね。
 屋敷内の掃討と死体の片付けを済ませると夜中過ぎになってた。いい加減疲れてたけど、騒動の始末を付けようと思った。また攻めてこられちゃ面倒だし」

 フレアは屋敷にやって来た集団の匂いを頼りに街へと戻った。そして匂いの導きにより港にある古びた建物へとたどり着いた。付近は立派な石造りの建物が並ぶ一角となっている。港には何度か足を運んでいたのだが、このような場所があるとは知らなかった。建物は三階建てで壁には美麗な彫刻が施されている。かつては金持ち相手の店舗だったのかもしれないが、今は嫌な匂いが漂う狼人の巣となっているようだ。

「近くに来てたのに気が付いてなかった、馬鹿だったわ」

「どの道やりあうことになってたでしょう」

「そうね」

 出入り口の扉は閉ざされていたが、特に施錠されていなかった。二枚の扉の中央を押すと扉は簡単に内側へ開いた。中の作りは新市街でよく見る宿屋、もしくは娼館だ。一階は酒場になっており右端に上階への階段が付いている。金は掛けられているため、当時は「高級」の冠が付いていただろう。香水やおしろいの匂いで満ちていた時期もあっただろうだが、いまは狼臭い。

 酒場の六人の男がいた。二つのテーブルに分かれ腰かけている。狼と煙草、それにまだ生きている人の匂い。狼とヤギが徒党を組む不思議な組織だ。

「お嬢ちゃん、何の用だね」

 戸口に立つフレアを睨みつけ髪の赤い男が気取った口調で語り掛けた。仕立てのよい真紅のウェストコートから派手な飾り袖飛び出している。

「あれだけの人数を差し向けてきて、今更何の用はないでしょう」とフレア。

「カミさん、こいつですよ。シ・オムさんを殺った」

 黒ぶち眼鏡をかけた男が立ち上がりフレアを指差した。

「イトオシュ本当か?」

「ええ、俺見ましたから」

「シ・オム?あぁ、あの背の高い男ね。あの時、近くに誰かいると感じたけどあなただったのね。あなたはそのシ・オムさんを見殺しにして、わたしが安全な位置に遠ざかるまで隠れていた。そういうことね」

「ん?どういうことだ」カミがイトオシュに目をやる。

「その男はね、シ・オムって彼がわたしの手に掛かって死ぬところを陰でずっと見てたの、それから偶然の発見を装って彼の死亡報告を入れた。とんだ腰抜けよ。思い出して……」フレアはカミに笑いかけた。
「その男」フレアはイトオシュを指差す。その男は銃で撃たれたように震え、後ずさりした。
「報告の時に姿は見ませんでしたが、匂いはわかりますとか調子のいいこと言ってなかった?実は姿も知ってたのよ。今言ったとおりにね」

 銃声が酒場に響いた。黒塗りの眼鏡が弾け、後頭部から血飛沫と頭蓋の破片が飛び散る。イトオシュは膝から崩れ仰向けに倒れた。黒い塊になった頭は床に打ち付けられ粉々に砕け散った。

「お見事!うそつきの小物にはそれが一番ね」 フレアは何度か拍手をした。

「ふん、改めて聞こう。何の用だ?仲間に入れて欲しければまず跪け」

 カミはまだ細い煙が上がっている連発銃をフレアに向けた。引き金に掛けた指に力を入れる。

「あなた達に癒しを与えに来たわ。転生の輪に導いてあげる。力は司祭様に遠く及ばないから少し乱暴になるけどね」

 フレアはカミの耳元にささやきかけ彼のうなじに銀のナイフを突きこんだ。

 支えを失った銃は床に向けて発砲された。

「若い狼人と人の仲良し集団だったようね。残りを片付けるのは簡単だったわ。今回片付けた奴は何か理由であの場にいなかったんでしょうね。それで難を逃れた。
 終わってからどうしようかと思ったけど、やっぱり街を出て行くことにした。ひどい状態の人の死体が何体か見つかって、金髪の小柄な人物の目撃もあったようだから……。荷物を纏めて早々に港にいた船に乗ったわ。着いたのが帝国の北側で水のある集落伝いに移動してたら帝都に着いた。あなた達が浜辺って言ってる地域ね。あなたの言う通りネズミと人しかいない。でもここ抜ければまた西方に戻れると思った。
 そんな時にローズ様に出会った。あの方は狩り、それともただの散歩だったのかわからないけど見つかった。気づいたら目の前にいた。わたしもそれなりに力には自信があったんだけど、一瞬でまず勝てないとわかった。格が違い過ぎるの。ここで死ぬのかと覚悟もした。何があるかと身構えていたらローズ様は「おもしろそうな子ね。うちにいらっしゃい」そして今に至るよ。なぜ助かったのか今でもわからない」

「あのお方の事だ、お嬢さんを一瞬で見抜いたんでしょう。使える奴だと。俺の前にそれだけ使える奴が顔を出しゃたっぷり金を積んで即採用ですよ」

「本気にするわよ」

「えぇ、どうぞ」

 カッピネンの元を出る頃には陽は傾きかけていた。

「長い間付き合わせてごめんなさいね」

「かまやしませんよ。俺でよければまたどうぞ」

 フレアは八番街から塔まで駆け戻った。狩りや革細工はしなくなったが今はその代わりの仕事が有り余るほどにある。
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