第6話
文字数 4,119文字
アトソンは目の前の異形に向かい突き進む。姫の指示により剣の切っ先を突きこむ場所はわかっている。背中から飛び出す巨大な鮫の顎の少し下、そこからなら核となっている珠まで月下麗人の剣身を真っすぐ突き通すことができる。
頑丈な表皮から切っ先を突き入れ、真っすぐ奥へ押し込むと手ごたえがあった。異形の体が痙攣し触手がのたうつ。二度三度と剣を突き立てる。引き抜きまた同じように突き立てる。取り込まれた者たちの悲鳴に包まれるが核を破壊しない限り、この異形を消滅させることは出来ない。
ユースレッドが援護に振り回される触手を退けてくれてはいたが、ついに触手で右足を捕らえらた。すぐに断ち切らねばただでは済まない。異形の大蛸の中心からみなぎる殺意が伝わってくる。
不意に右足に絡みつく触手が鮮やかな黄色を帯びた。乱れる意識が落ち着き安堵がが広がる。苦しみから解放される期待か。異形の鮫の頭も触手に取り込まれた手足もすべてが黄色い光を放っている。何が起こっているのか。ユーステッドが何か言っているが、他の意識に覆われ聞こえない。次の瞬間、周囲は黄色い光に満たされた。姫の加護は感じられたが右足が酷く熱い。
アトソンは思わず手をかざし目を閉じ瞳を守った。黄色い光は一瞬で熱を失い、今は吹き抜ける冷ややかな風に包まれている。混乱や恐怖は消え失せ、安堵や幸福、それに感謝などの感情に満ち溢れている。異形に捕らわれていた者たちは無事解放されたようだ。
アトソンの意識も落ち着き。右脛辺りが日焼けし過ぎた時のような痛みだけが残っている。
光が収まると通路の少し先にアクシール・ローズとメイドのフレアが立っているのがわかった。地下での行動を想定してか、いつもより動きやすそうな魔導着を身に着けている。素顔で笑みを浮かべている。
「あんた達どうしてここに?」 とアトソン。
聞くまでもなかったが言葉が口から出た。
「あなた達と同じく囚われた人たちを開放するためです。残念ながら命までは無理でしたけどね」
ローズはさみしそうにため息をついた。
「あなたの足は無事なようですね。やはりあなたの姫様の力は確かなようですね」
珠はどうなったのか。アストンは下水路に目をやった。ローズの魔法により体は失ったが核である珠は残っていた。手のひら大の緑色の卵は、下水路に落ちることなく浮かんでいる。外殻に入っている多数の傷は姫の仕業だろう。
珠の外殻が脈動し、内部から体組織があふれしてきた。見る間に筋肉に血管、臓器などが形成され、その姿は細身で四つ足の獣へと変わっていく。皮のない山猫まで姿を整えたところで珠はアトソンとユーステッドの間を抜けて通路へと上がり奥へと逃げ去っていった。
「後を追いかけて方がいいんじゃんなくって?」
ローズは二人に微笑みかけた。
「助けてくれたのは礼は言っとくよ。けど、あんた達はここまでだぞ。わかってるな」
アトソンは踵を返し、ユーステッドと共に奥へ駆け出した。先から駆け付けてきたビンチを鉢合わせとなったが、危ういところを衝突を回避し、全員角の向こうへ消えていった。
「えぇ、そちらは任せたわ」とローズ。
「まだ、あれを相手にするんですよね」 とフレア。
「もちろんよ。喧嘩は広い場所に出てから、それが昔からの決まりでしょ」
前方で特化隊士たちの肉声がこだましている。
「ホワイト、今はどういう状態なの?」
外部で待機中の友人へと通話を繋ぐ。
「珠はお前に体を焼き尽くされ初期状態に戻った。取り込んでいた者たちは残らず解放された。現在は取り込んでいた者たちの記憶を利用し、必要な体を再構成し動いている。山猫は地下水路を逃げるために適した体なのだろう」
「どうすれば核を破壊できるの?」
「そうだな。まず外殻を破壊する必要がある。殻は高度な魔法耐性を有している。これはお前の魔力を持ってしても困難だぞ。街の一部もろとも消し飛ばすつもりなら話は別だがな」
「あなたまでわたしが誰か忘れているようね。魔法が効かないなら物理攻撃よ。外殻を叩きつぶすだけで済むなら話は簡単。そこでなんだけど少し手伝ってもらえないかしら」
「何が希望だ?」ホワイトの嬉しそうな声が頭蓋にこだまする。
「下水路内を駆け回っている連中を使って珠を港へ追い立てて欲しいの」
「それだけか?」
「それで充分よ」
ホワイトとの会話が終わるとローズは外へ向かって歩き出した。
「わたしたちは外で待ちましょう」
運河の河口へ出るとよい風が吹いていた。多少腐臭も混じっていたが中にいるよりははるかにましだ。ややあってホワイトが空から降りてきた。
「追い立ては順調に進んでいる。大剣使いの大男を煽ってその気にさせた。仲間総出で動き、アイリーンにも手伝わせている。もうすぐここから飛び出してくるだろう」
ホワイトの言葉に偽りはなかった。何かが近づいてくる気配が感じられた。それは整然として混乱は消え失せている。
「お母様、珠がまもなくそちらから出て行きます。ご用心を」
「ご苦労、アイリーン」
間を開けず竜のような鱗に包まれた大魚が下水道出口から飛びだした。水飛沫を上げ運河河口から港へと向かう。少しの間水面に背びれが見えていたが、間もなく消えた。
「水中を逃げる方が有利と見たか」とホワイト。
「この世に逃げ場などないことを教えてあげる」 笑顔を浮かべるローズの口元から牙が覗く。
ローズはその場で僅かに浮かび上がると河口へと飛び出して行った。大魚の行方を追い海面を縦横に旋回する。
両手を翼のように広げ、両手の平に白い光球が現れ水面に落ちる。 沈んだ光球はやや遅れて爆発し水柱を大きく上げる。最初二つ、次は四つ、次は八つ。ローズの手から落とされた光球が、海上を飛ぶローズを追随する水柱の列を作り出す。三十二まで行ったところで水面に大きなうねりが現れた。
海上に姿を見せたのは頑強な鱗に覆われた水龍だ。背には鋭い棘が並び、翼のような胸鰭を持っている。ローズの執拗な攻撃にたまりかね姿を現した珠の姿だ。
「僕の考えた最強の獣と言ったところか」ホワイトの声が聞こえた。
「獣の中でならね」
水面近くに浮かぶローズに狙いをつけ水龍が飛び掛かる。ローズはその場を動かず体の動きだけでかわす。水龍は動きにひねりを加え攻撃を繰り返すが、動きを読まれているかのように牙も鱗も棘に包まれた鰭もローズに当てることは出来ない。
鰭の一部が蔓のように伸び、ローズの右足首を絡めとる。この機会を逃すまいと他の部位からも蔓が伸び出しローズの手足に捕りつく。そして体の動きを封じられたローズを鱗に覆われた胴体が締め上げていく。
それでもローズに焦りや恐怖の色は見られない。柔らかな笑みを湛えたままだ。
「獣としては上出来ね」
口元に不気味な笑みが広がり吸血鬼の牙が大きく露出する。
「でも、その程度ではわたしの敵にはなれないわ」
海面から勢いよく飛び出してきた水柱が強大な刃に変化する。水の刃が水龍の首を断ち落とす。捕らわれたのはローズではなく水龍の方だった。それを悟った胴体は素早くローズの拘束を解き、退避を試みたが遅かった。月光に輝き飛び交う何本もの水の刃に切り裂かれ、水龍は最後には子猫ほどの大きさの肉塊になるまで切り刻まれた。
「ローズ、お前にかかれば大道芸も荒ぶる凶器となるか」ホワイトの高笑いが聞こえる。
肉塊の集まりとなってもまだ珠は負ける気はなさそうだ。肉塊同士がお互いに体組織から蔓を伸ばし繋がり合い修復を始めた。まもなく、浜辺に打ち上げられ絶命した海獣程度に体を戻すことができた。あと僅かな時間があれば、完全体に戻ることができるだろう。しかし、それは叶わない。ローズが呼び出した巨大な火球が水龍を覆い尽くす。それは遠くから見れば月が一つ増えたのように見えたに違いない。珠は再び体組織を焼き尽くされ、核だけが残った。
ローズの力により珠は宙に止め置かれた。珠に逃げ場は無くなった。珠はすぐさま再生を開始したが、ローズはそれを許さない。渾身の拳を珠の外殻に叩き込む。珠は抵抗するためにローズに体組織を絡ませる。ローズはかまわず拳を振るう。体組織がちぎれ弾け飛び、やがて外殻にひびが入り木っ端みじんに砕け散った。柔らかな核にローズが手刀を突きこむ。
「さようなら」
珠は目もくらむほどの白色光で包まれた。
夜空に月ほどの火球が浮かび、ややあって天空から大樹のような雷光が降りて来た。その一拍後に耳をつんざく轟音が港に響き渡った。足元まで揺れたかと思うほどの雷鳴の後にはローズだけが海上に浮かんでいた。
「終ったな」ホワイトが頬を緩ませる。
「何があったんですか?」とフレア。
「見ての通りだ。ローズが雷撃で珠を消滅させた」
「魔法は効かないんじゃ」
「体組織を魔法で焼き尽くし殻は拳で叩き割る。そして、自らを誘導体として雷を呼び込んだ。極初歩的な術式だがあれほどの規模の雷となれば珠の内部組織も瞬時に熱分解される。一巻の終わりだ。だが、あのような真似は絶対にするな。あの女だからできることだ。他の者やると黒焦げか骨も残らんかもしれん」
海面をゆっくりと飛びローズがこちらに戻ってくる。
「あの女がわたしのように妙な二つ名を持っていないのは一人で好き勝手にやっているからだ。古くからの噂に嘘偽りはない。今夜でよくわかっただろう」
「えぇ、十分に……」
満月の夜に港で起こった海面の爆発、火球の出現、それに伴う落雷は新聞紙面をにぎわせた。帝都は新聞社の取材にこれらについて調査中と答えているが、続報が出されることはないだろう。
なお最近頻発していた失踪事件の主犯は海から侵入した魔物とされた。その魔物は魔導騎士団特化隊の手により討伐され、発見された遺品は遺族に返還された。しかし、珠については一切言及されることはなかった。被害者の最後についても詳細は告げられていない。ローズはそれでよいと思っている。時に事実は人をひどく傷つけることがあるからだ。
頑丈な表皮から切っ先を突き入れ、真っすぐ奥へ押し込むと手ごたえがあった。異形の体が痙攣し触手がのたうつ。二度三度と剣を突き立てる。引き抜きまた同じように突き立てる。取り込まれた者たちの悲鳴に包まれるが核を破壊しない限り、この異形を消滅させることは出来ない。
ユースレッドが援護に振り回される触手を退けてくれてはいたが、ついに触手で右足を捕らえらた。すぐに断ち切らねばただでは済まない。異形の大蛸の中心からみなぎる殺意が伝わってくる。
不意に右足に絡みつく触手が鮮やかな黄色を帯びた。乱れる意識が落ち着き安堵がが広がる。苦しみから解放される期待か。異形の鮫の頭も触手に取り込まれた手足もすべてが黄色い光を放っている。何が起こっているのか。ユーステッドが何か言っているが、他の意識に覆われ聞こえない。次の瞬間、周囲は黄色い光に満たされた。姫の加護は感じられたが右足が酷く熱い。
アトソンは思わず手をかざし目を閉じ瞳を守った。黄色い光は一瞬で熱を失い、今は吹き抜ける冷ややかな風に包まれている。混乱や恐怖は消え失せ、安堵や幸福、それに感謝などの感情に満ち溢れている。異形に捕らわれていた者たちは無事解放されたようだ。
アトソンの意識も落ち着き。右脛辺りが日焼けし過ぎた時のような痛みだけが残っている。
光が収まると通路の少し先にアクシール・ローズとメイドのフレアが立っているのがわかった。地下での行動を想定してか、いつもより動きやすそうな魔導着を身に着けている。素顔で笑みを浮かべている。
「あんた達どうしてここに?」 とアトソン。
聞くまでもなかったが言葉が口から出た。
「あなた達と同じく囚われた人たちを開放するためです。残念ながら命までは無理でしたけどね」
ローズはさみしそうにため息をついた。
「あなたの足は無事なようですね。やはりあなたの姫様の力は確かなようですね」
珠はどうなったのか。アストンは下水路に目をやった。ローズの魔法により体は失ったが核である珠は残っていた。手のひら大の緑色の卵は、下水路に落ちることなく浮かんでいる。外殻に入っている多数の傷は姫の仕業だろう。
珠の外殻が脈動し、内部から体組織があふれしてきた。見る間に筋肉に血管、臓器などが形成され、その姿は細身で四つ足の獣へと変わっていく。皮のない山猫まで姿を整えたところで珠はアトソンとユーステッドの間を抜けて通路へと上がり奥へと逃げ去っていった。
「後を追いかけて方がいいんじゃんなくって?」
ローズは二人に微笑みかけた。
「助けてくれたのは礼は言っとくよ。けど、あんた達はここまでだぞ。わかってるな」
アトソンは踵を返し、ユーステッドと共に奥へ駆け出した。先から駆け付けてきたビンチを鉢合わせとなったが、危ういところを衝突を回避し、全員角の向こうへ消えていった。
「えぇ、そちらは任せたわ」とローズ。
「まだ、あれを相手にするんですよね」 とフレア。
「もちろんよ。喧嘩は広い場所に出てから、それが昔からの決まりでしょ」
前方で特化隊士たちの肉声がこだましている。
「ホワイト、今はどういう状態なの?」
外部で待機中の友人へと通話を繋ぐ。
「珠はお前に体を焼き尽くされ初期状態に戻った。取り込んでいた者たちは残らず解放された。現在は取り込んでいた者たちの記憶を利用し、必要な体を再構成し動いている。山猫は地下水路を逃げるために適した体なのだろう」
「どうすれば核を破壊できるの?」
「そうだな。まず外殻を破壊する必要がある。殻は高度な魔法耐性を有している。これはお前の魔力を持ってしても困難だぞ。街の一部もろとも消し飛ばすつもりなら話は別だがな」
「あなたまでわたしが誰か忘れているようね。魔法が効かないなら物理攻撃よ。外殻を叩きつぶすだけで済むなら話は簡単。そこでなんだけど少し手伝ってもらえないかしら」
「何が希望だ?」ホワイトの嬉しそうな声が頭蓋にこだまする。
「下水路内を駆け回っている連中を使って珠を港へ追い立てて欲しいの」
「それだけか?」
「それで充分よ」
ホワイトとの会話が終わるとローズは外へ向かって歩き出した。
「わたしたちは外で待ちましょう」
運河の河口へ出るとよい風が吹いていた。多少腐臭も混じっていたが中にいるよりははるかにましだ。ややあってホワイトが空から降りてきた。
「追い立ては順調に進んでいる。大剣使いの大男を煽ってその気にさせた。仲間総出で動き、アイリーンにも手伝わせている。もうすぐここから飛び出してくるだろう」
ホワイトの言葉に偽りはなかった。何かが近づいてくる気配が感じられた。それは整然として混乱は消え失せている。
「お母様、珠がまもなくそちらから出て行きます。ご用心を」
「ご苦労、アイリーン」
間を開けず竜のような鱗に包まれた大魚が下水道出口から飛びだした。水飛沫を上げ運河河口から港へと向かう。少しの間水面に背びれが見えていたが、間もなく消えた。
「水中を逃げる方が有利と見たか」とホワイト。
「この世に逃げ場などないことを教えてあげる」 笑顔を浮かべるローズの口元から牙が覗く。
ローズはその場で僅かに浮かび上がると河口へと飛び出して行った。大魚の行方を追い海面を縦横に旋回する。
両手を翼のように広げ、両手の平に白い光球が現れ水面に落ちる。 沈んだ光球はやや遅れて爆発し水柱を大きく上げる。最初二つ、次は四つ、次は八つ。ローズの手から落とされた光球が、海上を飛ぶローズを追随する水柱の列を作り出す。三十二まで行ったところで水面に大きなうねりが現れた。
海上に姿を見せたのは頑強な鱗に覆われた水龍だ。背には鋭い棘が並び、翼のような胸鰭を持っている。ローズの執拗な攻撃にたまりかね姿を現した珠の姿だ。
「僕の考えた最強の獣と言ったところか」ホワイトの声が聞こえた。
「獣の中でならね」
水面近くに浮かぶローズに狙いをつけ水龍が飛び掛かる。ローズはその場を動かず体の動きだけでかわす。水龍は動きにひねりを加え攻撃を繰り返すが、動きを読まれているかのように牙も鱗も棘に包まれた鰭もローズに当てることは出来ない。
鰭の一部が蔓のように伸び、ローズの右足首を絡めとる。この機会を逃すまいと他の部位からも蔓が伸び出しローズの手足に捕りつく。そして体の動きを封じられたローズを鱗に覆われた胴体が締め上げていく。
それでもローズに焦りや恐怖の色は見られない。柔らかな笑みを湛えたままだ。
「獣としては上出来ね」
口元に不気味な笑みが広がり吸血鬼の牙が大きく露出する。
「でも、その程度ではわたしの敵にはなれないわ」
海面から勢いよく飛び出してきた水柱が強大な刃に変化する。水の刃が水龍の首を断ち落とす。捕らわれたのはローズではなく水龍の方だった。それを悟った胴体は素早くローズの拘束を解き、退避を試みたが遅かった。月光に輝き飛び交う何本もの水の刃に切り裂かれ、水龍は最後には子猫ほどの大きさの肉塊になるまで切り刻まれた。
「ローズ、お前にかかれば大道芸も荒ぶる凶器となるか」ホワイトの高笑いが聞こえる。
肉塊の集まりとなってもまだ珠は負ける気はなさそうだ。肉塊同士がお互いに体組織から蔓を伸ばし繋がり合い修復を始めた。まもなく、浜辺に打ち上げられ絶命した海獣程度に体を戻すことができた。あと僅かな時間があれば、完全体に戻ることができるだろう。しかし、それは叶わない。ローズが呼び出した巨大な火球が水龍を覆い尽くす。それは遠くから見れば月が一つ増えたのように見えたに違いない。珠は再び体組織を焼き尽くされ、核だけが残った。
ローズの力により珠は宙に止め置かれた。珠に逃げ場は無くなった。珠はすぐさま再生を開始したが、ローズはそれを許さない。渾身の拳を珠の外殻に叩き込む。珠は抵抗するためにローズに体組織を絡ませる。ローズはかまわず拳を振るう。体組織がちぎれ弾け飛び、やがて外殻にひびが入り木っ端みじんに砕け散った。柔らかな核にローズが手刀を突きこむ。
「さようなら」
珠は目もくらむほどの白色光で包まれた。
夜空に月ほどの火球が浮かび、ややあって天空から大樹のような雷光が降りて来た。その一拍後に耳をつんざく轟音が港に響き渡った。足元まで揺れたかと思うほどの雷鳴の後にはローズだけが海上に浮かんでいた。
「終ったな」ホワイトが頬を緩ませる。
「何があったんですか?」とフレア。
「見ての通りだ。ローズが雷撃で珠を消滅させた」
「魔法は効かないんじゃ」
「体組織を魔法で焼き尽くし殻は拳で叩き割る。そして、自らを誘導体として雷を呼び込んだ。極初歩的な術式だがあれほどの規模の雷となれば珠の内部組織も瞬時に熱分解される。一巻の終わりだ。だが、あのような真似は絶対にするな。あの女だからできることだ。他の者やると黒焦げか骨も残らんかもしれん」
海面をゆっくりと飛びローズがこちらに戻ってくる。
「あの女がわたしのように妙な二つ名を持っていないのは一人で好き勝手にやっているからだ。古くからの噂に嘘偽りはない。今夜でよくわかっただろう」
「えぇ、十分に……」
満月の夜に港で起こった海面の爆発、火球の出現、それに伴う落雷は新聞紙面をにぎわせた。帝都は新聞社の取材にこれらについて調査中と答えているが、続報が出されることはないだろう。
なお最近頻発していた失踪事件の主犯は海から侵入した魔物とされた。その魔物は魔導騎士団特化隊の手により討伐され、発見された遺品は遺族に返還された。しかし、珠については一切言及されることはなかった。被害者の最後についても詳細は告げられていない。ローズはそれでよいと思っている。時に事実は人をひどく傷つけることがあるからだ。