第2話

文字数 4,702文字

 魔導騎士団特化隊隊長の執務室に隊士達が会議のため集まった。議題は中央環境管理場での魔物による事件である。現場に駆け付けた四人と分析官、他数人は通信回線で参加している。
「被害についてですが」アトソンが手にした書面に目を落とす。「被害に遭ったのは環境管理場の職員たちがごみ食い蟲と呼んでいる妖魔"プリン・マッチャ・フラペチーノ"十二体です。それらは最深部のごみ処理区画の職務遂行中に突然出現した妖魔の攻撃を受け消滅しました」
「規模としてはどれほどの被害なんだ?」とオ・ウィン。
「六区画中の一区画が操業停止に陥りましたが、明日には復旧見通しです」
「なぜ、そのマッチャ・フラペチーノが襲われた。何か理由があるのか?」
「ただ運が悪かった。それだけです」騎士団の魔導士分析官キコ・ローレルが問いに答える。「あの施設に現れたのはゴーレムなどに宿ることのある精霊でしょう。手近にある物を利用して自身の物質的な体を形作るのです。今回の出現は召喚器の不備による事故などではなく、何者かによる意図した召喚です」
「フィックスがごみの中から召喚式を見つけていたな」
「あれには精霊への攻撃命令も書かれていました。対象はプリン、ババロア族のマッチャ・フラペチーノ、マッチャ・アズキ・スペシャル、モカ・ストロング、シナモン・スクリュー、キャラメル・マキアート、ラテ・バニラ・クリーム。召喚式が含まれたごみが搬入されたのが偶々マッチャ・フラペチーノが担当する区画だった。それだけです。そのためマッチャ・フラペチーノが被害を受けた」
「そして、依頼された仕事だけ済ませたらさっさと引き上げたというわけか」
「はい、暴走することが多い手法を紙一枚で見事に制御している。手慣れた魔導士の仕業です」
「環境管理場の職員から何か聞けたか」
「職員と元職員の名簿は預かってきました」ビンチが手にした紙束を示す「特に目立つ不良退職者はいないとのことです。襲撃犯の心当たりですが以前は激しい建設反対運動に遭ったそうですが、今はすっかりなりを潜めています。入口のそばに痛んだ看板が放置されているだけです」
「念のため、その連中にも話を聞いてこい。三日もすれば遷都祭だ。これから忙しくなるという時に面倒を起こされてはたまらんからな。ユーステッド、アトソンしっかり頼むぞ」
「了解」
「紙やインクの特定は進んでるか?」
「明日には何か結果は出せるという見通しです」
 
 中央環境管理場に隣接する土地は公園として整備されていた。芝生の丘には木陰を提供する木々が植えられ、その中を遊歩道が通っている。とてもごみ山の上に作られたは思えない。小鳥の一団が芝生つつきまわしていたがアトソンたちを目にして一斉に飛び去った。
 ユーステッド、アトソンは抗議団体の拠点について聞きに来てたのだが、今のところ道中では公園の説明しか聞いていない。なるほど、市街地から少し距離はあるがよい場所である。簡素ではあるが東屋もあり、ベンチも多数設置してある。敷物を広げ寝転ぶのによさそうな場所もあり、池まで作られていた。水鳥が水面に浮かび、時折長い首を水中に突っ込み魚を取っている。
「この池は環境管理場より排出される水によって維持されています」二人の案内を買って出た広報担当の男が嬉しそうに説明する。
 ごみ食い蟲ことプリンたちはごみを食べて処理し水蒸気を排出する。施設はそれを集め浄化したのちに外部へ排出する。環境管理場はこの池を施設の安全性の象徴としているようだ。立派な案内看板まで建てられている。
 施設側の公園出入り口から反対側の出入り口へ、結局二人は敷地内を横断することとなった。公園から道を隔てた反対側に平屋建ての長屋が並んでいた。ここも以前はごみ要地だったのだが施設の建設により不要となり、労働者向き住宅として安く貸し出している。値段や間取りなどを聞くに至りアトソンはいよいよ何をしに来たのかわからなくなってきた。
 そのあとようやく、抗議団体が使っていた建物に到着した。建物は長屋群のはずれにあり周囲の住宅より規模こそ大きかったが、長年顧みられることなく廃墟同然となっていた。反対運動のスローガンが書かれた立て看板が何枚か壊されている。
 広報担当を表に残し二人は室内に入ることにした。表扉を開けると、ほんのりとスパイスの香りと焼けた肉の匂い。ユーステッド、アトソンともに顔を見合わせる。入ってすぐの部屋のテーブルには汚れた皿とカップが置かれていた。長く放置されたものではなく、ついさっきの汚れである。テーブルも椅子も埃はない。今現在ここを使っている者がいる。
 二人とも不意の襲撃に備えるため武器を呼び出す。アトソンは両手剣月下麗人をユーステッドは戦斧キントキを携え奥へ、調理場には水を張ったバケツがあり調理器具はきれいに洗われている。
「まめな奴のようだな。姿はないが逃げられたわけじゃないよな」ユーステッドの声がアトソンの頭蓋に響く。
「気配はある。居留守のつもりだろう。その先だ」
 厨房から続く部屋の扉を開ける。部屋の壁沿いには古びたソファーが並べられ、その上にぼろ布がかぶせてある。何枚もの布を縫い合わせ作られた住人の寝具だろうと考えられる。アトソンはその住人の気配をソファーと壁の間から感じ取った。敵意はなくただおびえている。
 アトソンは月下麗人の切っ先で壁を軽く小突いた。
「危害を加えるつもりはない。おとなしく出てきてくれ。話がしたいだけだ」
 アトソンがもう一度壁を小突くと、ソファーが一度揺れ後ろから痩せた男が両手を上げ立ち上がり姿を現した。

 港湾第二分署の一階廊下に佇む二人の特化隊士。傍を訝しげに所轄署隊士が通り過ぎていく。
「ええ、抗議団体の小屋は使われなくなって長く経つようです。いたのは全く無関係の男です。スラビアからの出稼ぎ労働者ですが職を失った後、見つけたあの建物に無断で住み着き、日雇い労働で食っているようです」ユーステッドは横目でアトソンを眺めている。
「男によると住んでいた間の半年ほどで例の抗議団体がらみの訪問者はいなかったそうです。それに付近の住人も男以外の人物の出入りは見ていません」
 アストンは手渡された書面の記入欄をすべて満たし、署員に手渡した。
「とりあえず、当時の書類らしき物はいくらか残ってはいますが、多くはかまどの焚き付けになってしまったようです。はい、次をあたります」
 ユーステッドは報告を終え、軽く息をついた。
「恩に着るよ」とアトソン。
「俺は見てないで済ませるが、お前はいいのか?身元保証人なんて引き受けて」
「なんかさ同じスラビアで、聞いてたら住んでたのもすぐ近くだよ。他人ごとにできなくてさ……」
「わかったよ。お前の紹介する友人の店の方は大丈夫なのか?」
 アトソンが隊に加入することになった事件の顛末は全員が承知している。
「大丈夫だよ。俺のせいで帝都に余計な目を付けられて、あれから真面目にやるしかなくなってるそうだ。まぁ、そのおかげなのか前より売り上げは上がってるらしいけど」
「いい話じゃないか」ユーステッドは噴出した。笑いをこらえ言葉を続ける。「じゃぁ、次行くか」
「どこに?」
「事件を別の角度から眺めてみる」
 
 おびただしい整理棚が並ぶ薄暗い部屋。天井近くまで重なる引き出しの中にこの百年間の新聞記事が収められている。
「お探しの記事は四八二年ですね?」
「はい。三月辺りから」
 ここは新聞社の資料室、ユーステッド、アトソンは環境管理場建設当時の報道を知るために記事に目を通すため訪れた。
「四八一、四八二……二月、三月。ここからですね」案内係は脚立の上から指をさした。「大事な資料ですので取り扱いはくれぐれも慎重にお願いします。ではお帰りの時はお声がけよろしくお願いします」
 案内係はそれだけ告げると去っていった。
 保管された新聞は綴じられた一冊づつ扱うこと。室外への持ち出しは厳禁。棚からの持ち出しは一人一冊、床などに置くことなく、閲覧は専用の机のみで行う。など、二人は事前に指導を受けた。
 机の上で黙々と紙面をめくり、棚との往復を続けていると背の高い男が一人近づいてきた。
「魔導騎士団の方ですか?」男は二人に声をかけてきた。
 男は訝しげに二人の服装を眺めている。二人とも騎士団の言葉に似つかわしくない平服でアトソンに至ってはいまだ砂漠帰りが抜けきっていない。二人は身分証を示し自己紹介を済ませ、男が納得の笑みを浮かべてから今回の本題に入った。
「なるほど、やはりあの件ですか。あの一件なら最初からかかわっていたのでよく覚えていますよ」
 男はブレイブ・レコーズと名乗る記者で二人の来訪を聞きつけ興味を掻き立てられやってきたようだ。
「最初はよくある反対運動でした。新しい物が歓迎されるとは限りませんから、争点としては妖魔の召喚の安全性と労働者の切り捨てですね。運動について紙面を割いて連載していくうちに正教会が興味を持ち出し協力に乗り出しました。以前の労働条件はひどいものでした粗末な服装と劣悪な衛生環境。人海戦術でごみの山を始末していたんですからそれも無理もありません。
 正教会の協力を得て盛り上がる運動ですが、事は彼らの思惑とは全く反対の方向に動き出します。何しろ新しいごみ処理場案はごみ山の解消と人員の削減を目的とした計画だったからです。新しい処理場により民は劣悪な環境から解放されるそう結論づけた正教会は、劣悪な職場から人々解放するその使命に燃え爆走します。
 帝都環境局には処理場の一層の安全性向上を求め、職を失う労働者には次の職場を斡旋するべく奔走し時には新市街まで足を延ばしました」
「何だ、いい話じゃないか。環境局は煙たかったろうが」とユーステッド。
「そうです。運動のおかげで処理場の安全性は向上し、そこで働く職員の処遇も遥かによくなりました。退職者の多くも別の仕事に就くことができました。しかし、それは彼らの本意ではなかった。彼らとしては処理場を建てることに反対で、ごみ問題や労働問題は結局のところどうでもよかったのです」
「ひでぇな……」アトソンが顔をしかめる。
「当時の団体は中で三派に分かれていました。妖魔の召喚を危険とみなし徹底的に拒否していた派閥です。それに乗って焚きつけたのが計画をとん挫させ、跡地を狙っていた不動産屋が率いる一派です。残りが正教会とともに問題解決に当たった人たちです。彼らは本当に問題を解決しようとしていました。この人たちは後で合流しました。
 事態が進むにすれ各派の意見対立が深まります。あたりまえでしょうね。裏についている不動産屋の姿が顕わになってからは団体の信用も疑わしくなり、ついには団体内で騒動が起こり瓦解しました」
「あぁ、思い出したよ。仲間内で棍棒や素手で殴りあい、大乱闘をやらかして留置場を満杯にしたんだったな」
「そんなことまで……」
「俺がまだ騎士団にいた頃のことだ。んっ……」不意の通信にユーステッドは黙り込んだ。「はい、了解です。すぐに向かいます」
「何かありましたか」レコーズが興味深げに微笑む。
「別件が入ったのでこれで失礼します。よい話が聞けて助かりました。また来るかもしれませんがその際もよろしくお願いします」
「お待ちしています。片づけはこちらでやっておきます」
 レコーズは静かに頭を下げ、足早に去っていく。二人を見送った。
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