第4話

文字数 3,163文字

 黒装束の魔物の出現により、偶然による自然死の可能性はほぼ無くなった。そこで四人目のクレマ・デ・ファジョーレであるシラコ・バトには護符による防御が追加され遅まきながら特化隊の出番となった。

 特化隊隊長のフィル・オ・ウィンの執務室に隊士達が集まり、警備隊からもたらされた情報を元に協議が続けられている。顔を出しているのは現在比較的手が空いているディビット・ビンチとニッキー・フィックス、他にカーク・パメット、ロバート・トゥルージルである。

「最初に広告を出したツジ・ユアンは旧市街の奥によくいる類の男です。身元調査から借金の取り立てまで何でもこなしています。今回は依頼人のために広告の代行をしました。依頼人はイシュ・インと名乗っていたそうですが、素性については恐らく近東の外国人程度しか知らないと言っています。その依頼人も代理人だという事です」とビンチ。

「面倒なことだな」 とオ・ウィン。

「素性を明かしたらがらない客も少なくなくありませんからね。ユアンは前金を受け取り、頼まれた広告の原稿を新聞社に出し、それを確認した先方が報酬を払いに来た。以後は集まった情報と引き換えに報酬を受け取っていたようです」

「代理人との連絡の手立ては?」

「特になしです。代理人がユアンの元へ訪れ取引が行われる。それだけです。三日に一度の割で来ていたようですが、ヒューメ氏が亡くなって以降は姿は現していないそうです」

 ユアンの見張りは続けられ、彼から聞き出した代理人であるインの風体などを手掛かりに捜査は続いているがまだ成果は見えていない。

「被害者三人とバトの繋がりは?」椅子に深く腰掛けたオ・ウィンが尋ねる。

「クレマ・デ・ファジョーレを騙ったぐらいしか共通点はなさそうです。お互い面識はなく、新聞社も企画していた顔合わせ会での演出のため事前の顔合わせは控えていたようです」とパメット。

「四人にうちの誰かが探った様子はないか?」

「新聞社の連中はお互い余計な詮索はしないようにと釘を刺していたようですね。黙ってこちらの指示に従う事と言い渡していたようです。お祭り騒ぎを邪魔されちゃ問題でしょうからね」

「ユアンもか」

「ユアンは早々に四人を偽物と判断を下しているため関わっていないと言っています。依頼はあくまで本物のクレマ・デ・ファジョーレを探す事、お祭り騒ぎは邪魔なだと」

 ビンチ達は二人目のオーベストが亡くなった直後に警備隊のシャーリー・ジェロダンより相談を受けていた。相棒のアーランドが口にした言葉が頭から離れず連絡を入れてきた。エチェレイテ・アンドの死は念のためにと彼らが動き出した矢先の事だった。

「手口は魔法が絡んでいるようだが……」

「えぇ、夫であるジェットの証言が確かなら、何者かが差し向けた使い魔と思われます。彼の描写と遺体の様子から察するにやって来たのは「死神」と呼ばれる類の魔物でしょう。あの種の魔物は被害者の体を傷つけることはなく、その遺体は突然死のようにしか見えません」

 隊士の中で最も魔法、術式に通じているトゥルージルが解説を加える。本来は癒し手であるが卓越した棍棒術は他の追随を許さない。共に僧兵だったパメットとこちらへと移りその後も二人で組んでいる。

「術式の詳細は不明ですが、名前を標的にしているのかもしれません」

「そのためにクレマ・デ・ファジョーレを探したか。随分いい加減で大雑把な作戦だな。何者が名乗り出るのかもわからんのに……案の定金に釣られた偽物が出て大騒ぎだ」

「それも織り込み済みでしょう」とフィックス。

「相手がのこのこと姿を現せば儲けもの、狙いは標的を動揺させ、ねぐらから誘い出す事でしょうか。公告主が何者か、何が起こっているか探るには、標的側も何らかの手を使って探るしかありません。それに事情を知らない者にもクレマ・デ・ファジョーレの名を知らしめるよい機会になるでしょう。現に真偽不明ではあるものの情報が多数集まっています」

「では、我々がなすべきは真のデ・ファジョーレ氏を真の依頼人に先んじて見つけ出し保護すること……か。そうすれば、自ずと騒ぎの黒幕に迫ることが出来るだろう」 とオ・ウィン。

 作戦としては完璧だ。ただ、静かに潜伏している本物に迫るにはどのような策を取るか。それを除けさえすれば。

「まぁ、それが出来れば苦労はないが頑張ってくれ」

 これが全員の本音だ。


 クレマ・デ・ファジョーレを名乗る四人中三人が亡くなったことにより、その捜索からはお祭り気分は消し飛んだ。相変わらず無責任な憶測は流れ続けているが、新聞社の馬鹿な企画は流れ去った。犠牲者が三人に及ぶ連続殺人事件となれば無理もない。ネタが尽きたかここ数日の記事は小さくなっている。

 外での雑事を終え、フレアが塔に戻ると居間の壁に据え付けてある通話機の鐘がなった。不審に思いながらも受話機を取り上げ耳に当てる。

「フレアさんですか?」聞き覚えのある若い女の声である。

「インフレイムスのコハクです」思わぬ相手からの着信だ。

「……コハクさん?何の御用ですか?」

「そちらへ直接の連絡なんて申し訳ないと思ったんですが、どうしても気になる事があって……」

 浮ついた用件ではないようだ。声音は抑えられ慎重な言葉遣い、取引上の問題なら彼女が掛けてくることはないと思われる。

「この前お店に来られた時にお菓子の話をしましたよね。期間限定のお菓子についです」

「えぇ……」

 フレアは答えるが話は見えない。まさか、お菓子が売れ残ってしまい、その売り込みでもする気なのか。

「あの名簿の中にクレマ・デ・ファジョーレって名前があったんですよ」

「あのクレマ・デ・ファジョーレですよね」

「えぇ、そのクレマ・デ・ファジョーレさんです」とコハク。

「もうすぐ限定販売の期間も終わりになりますし、予約をお忘れている方がいるといけないという事で改めて名簿に目を通してみるとあったんですよ。そうしたら、名前の欄にクレマ・デ・ファジョーレと書かれた方いたんです」

「悪戯じゃないですよね」

「たぶん……お客さんの中には冗談ばかり言われる方は何人かおられますが、それはないと思います。大半の方は名前と顔が一致するので問題ありません。そんな方々は既にお買い上げ済みです。誰が書いたのか相談しているうちに思い当たったのが、この前もお話したあの方、最近顔を見せなくなったあの方です。それでどうしたものかと思いまして……」

「それなら、やっぱり警備隊の方に連絡をした方が無難じゃないですか」

 フレアはとりあえず模範解答をしておいた。警備隊に連絡しておけば、彼らが対応するだろう。特化隊まで乗り出す事態になっている状態ではフレアでは対応しきれない場合がある。

「それはわかっているんですが、もし間違っていたら無駄な通報で警備隊の手を煩わせることになりますし、かと言って本物であった場合は命に危険が及ぶ一大事、それで困ってしまって」

「そういう事ですか」

 いつもの事だ。対処に困ってこちらに相談事として流れてくる展開だ。呪われた存在としての脅威を抱かれないのはよい事だが、頼れる便利な相談相手扱いも考えものだ。ローズがいう街の便利屋さんという状態だ。コハクが連絡してきたのも、フレアへの相談の役目を押し付けられての事だろう。

「その方の住所などはわかっていますか」

 そうは言っても話を聞いてしまった以上放ってはおけない。

「はい、少々お待ちください」コハクの安堵により声音が明るくなった。

 ほどなく、通話機の元に戻ってきたコハクによって彼らのクレマ・デ・ファジョーレの住まいが告げられた。フレアは旧市街の一画を示す住所を傍の紙片に書き留めた。
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