第2話

文字数 3,857文字

 ジョンとネイサン、二人のマグディプの共通点は同郷である以外はほぼなかった。ジョンはネイサンのことを名前を聞いたことことはある程度でお互いの面識はなかった。二人とも先祖とされるアレクサンダーとのつながりはごく薄い。そして、本家筋と呼ばれているアレクサンダー直系の人々の多くは今も地元に留まったままらしい。
 アトソンとしては彼らと違って、過去の報いが無名のマグディプである二人に降りかかっているとは思ってはいない。アトソンはむしろ今の彼ら自身に関わりがあると考えている。だが、少ない確率ではあるが、この騒ぎが変わり者のアレックスが仕掛けた遊びであることを期待しつつ動き始めた。
 アトソンは三日間の休暇を取り調査を始めた。新聞社によるとネイサンから見せられた広告を出したのは旧市街にある探偵社で掲載はそれ一回きりである。ネイサンはともかくそれだけでジョンまで見つかったのなら幸運といえるだろう。
 件の探偵社の住所に導かれ着いた先は若干見覚えのある地域だった。何のことはない倉庫の放火事件の折に散々訪れたサリシュ通りのすぐそばである。場所を確認している間にも派手な姿の男女や貸馬車が通り過ぎていく。
 古びた建物の扉に―大体この街に新しい建物なんてあまり見かけないが―簡素な看板がかかっている。そこにはアタコバ探偵社と書かれている。扉に鍵はかかってはおらずアトソンはドアノブを引き、そのまま屋内へと入った。中は薄暗くこぢんまりとした受付となっていたが誰もいない。しかし、探偵は不在ではなく奥にいるようだ。光が漏れだしている曇りガラスの扉の向こう側から気配が二つ感じられる。
 ガラスを軽く二度叩き扉を開ける。中にいた男二人は現れたアトソンをあまり歓迎していないようだったが、かまわず足を進め後ろ手で扉を閉めた。金色と茶色の短髪でスラビア系ではない。ウェストコートとクラヴァットを身に着け、机や書棚、応接家具などでとりあえずの探偵社の雰囲気は出している。
「いらっしゃい、何か御用で?」
 金色の方が自分の仕事を思い出したように椅子から立ち上がり、アトソンに声をかけた。
「これの事で来たんだ」アトソンは尻の物入れからネイサンから受け取った紙切れを取り出し机の上に置いた。「探してるマグディプを一人見つけた。礼は出るんだろ」
 二人はつまらなそうに紙切れに目をやった。
「悪いがその件はもう終わってるんだ。引き上げてくれ」ソファーに腰を掛けたままの茶色が言った。
「せっかく見つけたのに何もなしか」
 まだマグディプは二人しかおらず一人空きがあるはず、おかしな話である。
「先方の都合でね。こっちじゃどうにもならないんだ。帰ってくれ」
「どこで見つけたのかも聞かないのか?」
 アトソンは食い下がったが、それは二人は苛立ちを募らせるだけだった。茶色が立ち上がりアトソンに一歩近づく。背丈はアトソンより少し高く体格もよい。茶色は前のめりに覗き込むように顔を前に出しにアトソンを睨みつけてきた。感情は最初の不審から怒りと変わっている。姫は取るに足りないと判定し出てくる気はなさそうだ。アトソンも同意見である。このように相手に不用意に顔を近づけては、ただ殴り倒されて終わりとなってしまう。
「わかったよ。帰るよ。あとで後悔してもしらないぞ」
 アトソンは二人に捨て台詞を投げつけ踵を返し探偵社を後にした。
 外に出て、とりあえずどこかこの探偵社を見張ることができる場所はないかと周囲を見渡したところ、ちょうど正面にカフェがあった。戸口が開け放たれた店内はあまり綺麗にはみえないが焼き菓子の甘い香りは漂ってくる。中にいる客は御者らしい男と派手な身なりの女が別々のテーブル席に腰を掛けているのみである。
「いらっしゃい」
 カウンターの中で立っていた年配の女はアトソンに声をかけると目の前に視線を戻した。
 アトソンは今は誰もいないカウンター席の一つに腰かけ、茶とカウンター内の鉄板で焼かれている菓子を頼んだ。煤けたやかんから直接注がれた茶は煮立ってしまっており残念な状態だが、きつね色の菓子は熱々で生地は甘い餡がたっぷり詰まっていてこちらはなかなかいける。冷めてもいけそうなので一つは持って帰りたい気分となった。
「お姉さん、前の探偵のことを何か知ってるかな?」 
 菓子を半分ほど食べアトソンは女に話を切り出した。
「つまらない気なんて使う必要ないよ。シノで結構だよ。それよりあんたは何もんだい?」
 シノの言葉にテーブル席の二人もアトソンに関心を持ったようで視線が感じられた。ここで身分証を出す気にもならず、彼は例に記事をカウンターに置いた。
「おれはジェイミー」
「ふん」シノがそれを取り上げ、一度顔に近づけた徐々に離していった。
「そいつ見つけてさ、休みに小遣い稼ぎをしようと思ってきたら、取り付く島もなく門前払いだよ」
「ジェイミー、あんたも田舎から出て来たんなら、あんな連中とは付き合うのはやめときな」
 とりあえず、服装の効果は出ているようだ。アトソンは特化隊に所属した今もスラビア人街に買い物に出かけることを止めていない。そのため顔の雰囲気も相まって比較的うまくやっているスラビア人青年そのものに見える。
「あんたのような奴は遊びにきてもいいが働きに来るところじゃない」
 背中側からの視線にシノへの共感の意思が感じられ、おかげでアトソンへの不信感が薄れていった。
「仲間でも集めているのかと思っていたら、これのせいだったのかもしれないね」シノは向かい側を眺めながら呟いた。
「仲間?」
「あぁ、あの連中が看板出してから、あんたのようにあそこに入って幾らも立たないうちに出てきた奴が何人もいるんだよ」
 アトソンの動きはしっかりとみられていたようだ。
「若い奴ばかり?」
「おっさんもいたね」
「何してんだろうね」テーブル席の派手な女の声が聞こえた。
「何かしてる様子はないね。たまに一人が出かける以外はあそこに籠りっきりだよ。始めてすぐに仕事が飛び込んでわけもの無いのにさ。御用聞きよろしく通りの店を回れば幾らか仕事にありつけるかもしれないのに」
「うん、それいけるかもね」
「そうだろ」
 それからしばらくアトソンはお勧めの店や彼女たちの愚痴などをしばらく聞きながら過ごした。熱々のお菓子二個目を平らげたころ幸いにも、姫が探偵の動きを捕らえた。アトソンはそれを戸口に目をやることなく察することができた。出てきたのは茶色の方で男の気配は足早に通りとは反対の方角に移動していった。姫のおかげでアトソンは対象を視界に入れることなく追跡できる。
 アトソンも少し間を置き店を出た。探偵は住宅街に向かい真っすぐに進んでいる。特に複雑な動きはなく尾行について気は使っていなうようだ。食事や散歩ではないことを祈りつつ、追いつくべく歩く速度を上げる。アトソンがたどり着いたのは住宅街にほど近い公園の外縁部、アトソンの顔は探偵に知れているここからは慎重に動かなければならない。
 ほどなく茶色い髪の男の姿を見つけることができた。ウェストコート姿のため他の来園者からも浮くことはない。アトソンは木々の背後に潜み探偵の後を追う。彼は木々の間の遊歩道をふらふらと歩き、広場に出てそこの露店で串焼きを買いまた歩き出した。少し離れた場所に置かれた長椅子に腰を掛け串焼きを食い始めた。
 散歩を兼ねた食事か。はずれを引いてしまってようだ。
 探偵は肉を食い尽くした後も串をたれまで丹念になめとり傍の草むらに投げ捨てた。 
そして、立ち上がり来た道を引き返し始めた。ため息が出そうになったが不意に気配が一つ浮かんできた。奥の木立の中にアトソンと同じように何者かが隠れている。それは茶色い髪の男に鋭い視線を向けている。アトソンの他にも探偵を追う者がいるようだ。探偵がアトソンが潜んだ木の前を通り過ぎると、木立の中に潜んでいた者も姿を現し彼を追い始めた。
 潜んでいたのは男で帽子やベストは一般人ではあるが、気配と目つきは自分たちと同様の訓練者のそれである。追手が行き過ぎるとアトソンも木陰から抜け出し二人の後を追うべく歩き出した。
 何歩も歩かないうちにまた新しい気配が湧き出してきた。今度はアトソンに向けられている。感じられるのは三つでどれも強い不審感と苛立ちそして若干の敵意を帯びている。二つは前方の椅子から、あと一つは後方の長椅子。
 なぜ初めからわからないのかと思うが、姫はその特性から騒ぎに巻き込まれる、期待できる事体にならない限りアトソンに告知することはない。端的に言えばアトソンを保護する。そして騒ぎが起こるまで待機し暴れる。それが彼女の行動規範である。
 長椅子でくつろいでいた男女が立ち上がりアトソンの元へ駆け寄り、彼の前と後方の左右を囲んだ。アトソンの前を押さえた最も年長の男が彼を睨みつける。苛立ちにあふれているが必死にそれを押さえている。
「何だね君は?」男は尻の物入れから取り出した物をアトソンの目の前に提示した。
 それは警備隊の身分証だった。振り返ると他の二人同じ物を提示していた。
「事情を聴きたい。こっちに来てくれないか」
 アトソンはさっきまで隠れていた木の前までまた歩くことになった。
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