第2話

文字数 4,048文字

 不審な遺体という言葉は魔導騎士団特化隊においては少々世間一般とは意味合いが違ってくる。自然死とは違い犯罪性が疑われることに加えて魔法の関与が含まれる。そのため扱われるのは異形と化してしまっていたり、石化したりと不審というよりは異様な変異を遂げた遺体ばかりだ。

 通報を受けやって来たデヴィット・ビンチとその相棒のニッキー・フィックスの目の前にあるのは雷撃により感電死したとみられる男の遺体である。彼らが目にする遺体としては損傷が少なく、十分に人の姿が残っている。

「発見されたのは昨夜の事です。彼は工房区の路地で見つかり、ここに運び込まれました」

 これが遺体安置室に案内されるまでに警備隊士から受けたの大雑把な説明だ。

 磨き抜かれた鉄製の寝台の上にいるのは中背で筋肉質の男である。腕から胸にかけて植物の根を思わせる文様が黄色い肌に浮かび上がっている。致命的な雷撃が身体を通過した痕跡だ。

 寝台の対面に立っている医師は痩せた体に白い髪の男で、身に着けている防護服、マスク、頭巾はすべてくすんだ緑で統一されている。傍には血で汚れたままのメスや鉗子が並べられている。

「彼は外から致命的な強さの雷撃を受け、ほぼ即死だったでしょう。こちらに運び込まれた時には何の手の打ちようもなかった。詳しい所見は後程まとめて提出しておきます」

 彼の声音はビンチ達より若く感じられたが顔に大半が隠れていては判断はつかない。

「雷撃による損傷の他にも体に何カ所か傷が見つかりましたが、どれも古いもので関連はないでしょう」

「お前はどう思う?」フィックスの頭蓋にビンチの声が響いた。

 フィックスが契約しているナルカミは雷属性の精霊である。制限を解けば致命的な雷撃を発することができる。

「俺も同意だ。強力な雷撃を受ければ人や物を問わずあの文様が付く。空から飛来する雷も同じものが見えるのは知っているだろう。それに」フィックスは視線を部屋の隅にやった。

「隅にまとめてある彼の衣類を見てくれ」

 隅に置かれた木製の机の上には焦げ跡が付き裂けた衣服や、底が弾け飛び内側が覗いている靴などが置かれている。

「強力であればただ痺れるだけではなく身体機能を瞬時に停止させる。果てには見て通りの体表ばかりでなく体内にまで火傷を負うことになる。身体ばかりじゃない。身に着けている衣服や持ち物まで破壊する。自然の落雷でも同様だが……」

「昨日は静かな夜だった」とビンチ。

「そう、雷なんてどこにも落ちていない」



 病院を後にしたその足でビンチ達は最初に犠牲者の元へ駆けつけた湾岸中央署へ向かった。入口の受付で身分と要件を告げ、二階へと上がり担当となった隊士の紹介を受け、彼らの元へ足を向ける。幸い彼らは外での捜査から戻ってきており自分の机の傍にいた。ここまでは待たされることなく実に順調に進んだ。

 見覚えのある二人組が隣り合った事務机で書類整理に励んでる。二人とも中背で引き締まった体格で共に白い肌に茶色の瞳、髪は短く金色がキャルキャで黒がライナだったか。少し前の切り裂き魔事件で顔を合わせたことがある。

 向こうもビンチ達を覚えていたようで簡単な再開の挨拶を済ませ要件へと入っていった。

 被害者はオルゾ・ヴァーレという名で皇宮警備の任務に就いていた。彼が遺体で発見されたのは旧市街の工房区を少し西に離れた辺りである。時間は夜九刻頃で仕事帰りの職人が路地に横たわる彼を発見し知らせを寄こした。

「彼は路地に仰向けに倒れ、衣服や履物は焦げ付き、引き裂かれ財布なども散らかっていましたが取られてはいません。無くなったのは抜身の剣で鞘などは放置されていました」キャルキャが軽く頭を掻く。

「ヴァーレというその被害者はどうしてそこにいたんだ」

 ビンチの問いにキャルキャが手元の書きつけを見て回る。彼らもまだ上への報告向けに情報を整理中でまだ進展を飲み込む最中のようだ。

 目的の頁を見つけ思い出したように頷く。

「彼は剣を研ぎに出しにその近くの鍛冶屋に出向いていたようです」

「その帰りを襲われたようです」とライナ。

「鍛冶屋は仕上がった剣を本人に手渡しています。無くなったのはそれからでしょう」

「それを奪われたか、倒れた後に近くを通りかかった奴が持ち逃げしたか」とビンチ。

「業物か、凝った特注品かなのか」 フィックスが訊ねる。受け継がれた銘品などを所持している騎士は珍しくはない。

「ご家族によると俺たちと同様の支給品のようです」

「中央のフラーに所属が刻んであってとても市場には出せません」

「そうか、ではそちらは一旦置いておこうか」フィックスが手を振り進行を止める。

「彼はどういう人物だ、狙われるような原因はなかったか、わからないか」

「それについては……」とライナ。「今のところ何も出ていません。彼は良くも悪くも普通のようでした。恨まれるようなことも妬まれるような功績も上げてはいません」

 キャルキャ達も現地で聞き込みに入ったが取り立てて有用と思える情報を得ることは出来ていなかった。手がかりについては今のところ目立つものはない。

「あぁ、それなら魔導師を見かけた者はいなかった。聞いてないか?」とビンチ。「拝み屋、まじない師、どんな呼び方でもいい。とにかく魔法を使える者だ」

「近くの教会の司祭と会った者はいますね。紙包みを抱えて歩いていて、声を掛けると挨拶もそこそこに去って行ったとか」ライナが手にした書きつけを見つめる。

「あいつか」とビンチ。大体の想像はつく。「あの生臭坊主のことだ、大方酒でも買った帰りだろう」フィックスの頭蓋にビンチの声が響く。

「情報屋か、あいつなら問題ないだろう」とフィックス。

「暇を見つけて何か見ていないか。問いただしてみよう」フィックスの頭蓋にビンチの声が響く。


 キャルキャとライナからの情報集を済ませたビンチ達は、その勢いを緩めることなく、ヴァーレが剣を研ぎに出したという鍛冶屋へ向かった。そこは主に公的機関向けの支給品を手掛けている工房の一つだった。その繋がりで研ぎ、修理などの保守関連の仕事も受け取っている。

「えぇ、相手をしたのは俺ですが」ヴァーレの相手をした職人はすぐに見つかった。

「それで、何か新しい事はわかりましたか?」
 
「いや、まだ何も……」とビンチ。「まだ、聞き込みを始めたばかりなんでね」

「そうですか」軽くため息をついた。

「あの方からの依頼は研ぎですが……」職人は二人が問いかけるまでもなく証言を始めた。朝から何度も同じ証言こなしているためだろう。こちらの前口上など聞くのも面倒になっているに違いない。

「といっても使って刃こぼれが起きたとかじゃありません。逆に使わなくて錆を浮かせてしまう方が多いですね。式典とかで鞘から抜いた時に刃が曇ったり錆びてたんじゃ様にならないんで来られる方がよくいます」

 ビンチ達のような実働部隊とは違い、皇宮の門番、内部の警備となれば剣を抜くのは訓練の時ぐらいで、平時は飾りに等しい場合もある。

「あの方はほんの軽い研ぎと磨きで済んだんで、少し待ってもらってその場で磨いてお渡ししました。日々の手入れは行き届いてました。わざわざこっちでお金を頂くのが悪いぐらいに」

 二人は職人の証言を遮ることなく耳を傾けた。この言葉でヴァーレが日が暮れてから帰路についた事情はわかった。

 職人の一通りの説明が終わり「剣を使った形跡は全くなかったか」とビンチ。

「えぇ、全く。使えば脂や血でそれなりの曇りも出るのはおわかりでしょう。ついてたのは錆止めぐらいで綺麗なもんでした」


 そこから遺体の第一発見者となった木工職人の元へ向かった。入り口傍にいた職人に身分を告げ件の職人の元に案内してもらった。その職人は二人の来訪に僅かに顔を歪めたが、それでも証言を拒むことはなかった。昨夜以来、何度も同じことを聞かれればうんざりとする気持ちは彼らもよくわかる。

 彼の証言もキャルキャ達からもたらされた情報を一致した。彼が仕事を終えての帰り、家が近くの同僚と路地を歩いていると倒れているヴァーレを発見し彼は警備隊へ、同僚はそこに残り番をしていた。そうしているうちに通りかかる者も含めて人だかりができたようだ。

「俺が警備隊の旦那と戻った時には人だかりができてました」

「なるほど……」

 剣の有無はわからないという。身体に奇妙な痣が付き、衣服は焼け焦げ引き裂かれている、そんな姿の男が倒れていたのだから、目が行かないのは無理もない。警備隊への通報などの手配はよくやった方だろう。それは工房で怪我人が出た際の手順に倣ったようだ。日常の経験が生きたという事か。財布などの小物なら集まった誰かがどさくさに紛れて持ち去ることもできただろう、しかし、それが抜身の剣となるとは難しくはないか。

「その前でも、後でもいい不審な人影を見なかったか。何か聞かなかったか。特に魔法が使える者だ。身分や服装何て関係ない」

「魔法ね。……あぁ、そう言えばあそこに着く少し前に路地の向こうを光の玉を連れた古めかしい鎧が歩いてましたね」

「鎧?」

「あぁ、あれは関係ないか」と職人は小首を傾げた。

「そこを少し行ったところに甲冑の工房があるんですよ」工房の右手を指差した。

「あそこは古い鎧の修理や再現も手掛けているんですよ。たまに完成した鎧を着て試しに歩いています。初めはびっくりしたけど、もう慣れましたね」

 職人は笑い声を上げた。

「なんたって、厳めしい鎧が薄暗い路地をぼんやりとした灯りに照らされてゆっくり歩いてんですよ。何も知らないと腰ぬかしますよ。何のことはない、鎧は重くって足元も見えにくいからゆっくりと動いている。明かりは傍に付いている奴のランタンってオチで……」

 どうやら、この怪談もどきの笑い話は彼のお気に入りのようで二人はそれを一通り聞かされた後に解放された。
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