第7話

文字数 3,239文字

 デヴィッド・ビンチは煙草を吸ってくると告げて、その場をフィックスに任せ建物の外へ出た。デ・ファジョーレ氏に言った通りゴルゲットで配信するつもりではあったが、実際は護符による通信障害が思いのほか強く会話もままならなかったためだ。彼の言葉がどこまで信用できるかわからないが、本物の禁制品と偽造された身分証を手に入れるだけの力を持っているのは間違いなさそうだ。

 集合住宅の外で煙草を取り出しつつ、近隣の建物の屋上に目をやる。邪魔者の影はなさそうだ。煙草に火をつけ、主だった相手に回線を繋げていく。

「結局のところ、世継ぎ争いの果てに起きた殺人事件という事か」ビンチの頭蓋にオ・ウィンの声が響く。言葉に含まれた呆れや怒りなどの不快感も一緒に流れ込んでくる。

「自分たちのもめ事は自分たちで始末をつけろと言いたいところだが……こちらも身内が殺られて黙っているわけにもいかん。馬鹿なところがあっても領民だ。相手が何者だろうとこの始末はつける」

 子供の声音で発せられる言葉とは信じがたいが、オ・ウィンを知る者なら何の違和感もない。元はと言えば彼も皇帝に仇なす者を屠るための暗殺者に他ならない。

「犯行は彼に敵対するコンチーヤ派の仕業か」

「デ・ファジョーレ氏はそう見ています」

「連中は彼を探すためにこのばか騒ぎを企てた……か」

「本人によると今回の騒ぎは彼を揺さぶり、隠れ家からあぶり出す。それが目的ではないかと考えているようです。そのため、例の広告に誘引の地紋を仕込み、それによって刺激し誘い出そうとした。幸い彼には思ったように効果は及ぼさなかったようです」

「幸いなものか、もう三人が死んでいる」 嫌悪が吐き出される。

「広告については真偽を確かめるため魔導士隊に鑑定を依頼するとつもりです」

「そうしてくれ」とオ・ウィン。

「他にもデ・ファジョーレ氏がこちらで頼りにしているシルバンシャー出身の資産家について話してくれました」とビンチ。

「よし、その資産家に会って周辺を当たってくれ。それと広告の代理人にもう一度事情を聴く必要がある」

 幾つもの了解と担当の振り分けが行われる中で別回線が開かれた。

「エブリー」

「はい」オ・ウィンの副官エレン・エブリーの声が響く。

 彼女はオ・ウィンのすぐ傍にいるに違いない。互いの口頭で済まさないのは部隊内で周知しておきたいためもある。

「お前はシルバンシャーまで出向いてコンチーヤ本人の生死を確かめてくれ。まだ裏があるような気がする」

「了解です」 とエブリーの声。

「そういえば、どうしてデ・ファジョーレ氏は連絡を取る相手に警備隊ではなく、俺達特化隊を選んだ。誰かの入れ知恵でもあったか」

「名前は教えてはもらえませんでしたが、助言はあったようです」

「その助言者はなぜか俺達への直通回線を知っていて、それをデ・ファジョーレ氏に告げたか」とオ・ウィン。

「まぁ、そいつにはとりあえず礼を言っておくとするか」軽くため息をつく。
 
「それとこれ以上は邪魔をせんように忠告も……そこには何人か。あぁ、アトソン聞いているか?」

「はい!」急に話を振られたジェイミー・アトソンが声を上げる。

「少しの間でいい。そこの見張りを頼む。お前なら警備隊で固めるより効率がいい」

「了解です」とアトソン。

「ユーステッドはその間悪いが一人で頼む。何かあればすぐに救援を呼べ」

「了解です」




 ビンチ達がクレマから教えられた資産家の名はチィーボ・カルデローネという男だった。クレマの話によると先代伯爵パネセプリスの時代から付き合いがある貿易商である。旧市街の西にある彼の屋敷に訪問したのは翌日の朝の事だった。

 朝食も終わり切らない時間に聞きなれない部隊の突然の訪問とあって、カルデローネは気分を害したか取次に手間を取ったが、クレマの名を出したことでようやく中に入ることが出来た。

 屋敷を訪問したカーク・パメット、ロバート・トゥルージルの二人を出迎えたのは細身で白く長い顎髭を蓄えた初老の男だ。部屋着姿ではあるが十分な威厳は持っている。

「例の騒ぎは知っていましたが、クレマ様が面倒に巻き込まれてはと黙っておりました」

 カルデローネは窓の無い応接間に二人を招き入ると自分の向かい側の椅子を勧めた。

「それが適切な判断だったと思われます」パメットは柔和な笑みを浮かべた。

「それと虚偽の身分証や護符の件なのですが、あれらはわたしの判断でお渡しした物です。かかる咎はわたしが受けたいと思います」

 なるほどとパメット。カルデローネは伯爵家とは強い繋がりがあるようだ。こちらの質問を先回りしてくる。パメットとトゥルージルは顔を見合わせた。

「それについては安全上止むを得処置として、いずれ嫌疑なしとして不問とされるでしょう。身分の詐称についても同様です」

 パメットの言葉にカルデローネも笑みを浮かべた。彼にしても取引成功と言ったところか。

 使用人によって茶が運ばれ本題へと向かう。ゴルゲットを繋いでみると通信障害が出た。なるほど、ここは秘密の会合のための部屋と見える。パメットとトゥルージルの二人の間では障害はなく会話は成立する。これについては言及しないでおく。

「そこでお伺いしますか。デ・ファジョーレ氏がこちらに移ってこられたのをご存じの方はどれぐらいおられるのでしょうか」とパメット。

「それは国元の支持者と私共でしょうか」

「彼はあなたを頼ってこちらに来たそうですが、それに対してはどのような行動を取られましたか」

「まず、クレマ様来訪の知らせが国元より来まして、それに備えお二方に関する書類を早急に揃え送りました。そして、こちらに来られて少しの間はこの屋敷で過ごしていただいて、その間にボロさんが住まいを探しそちらに移っていただきました。大まかな地域を幾つか紹介して後はボロさんにお任せしました」

「あなた方はそれには関わってはいない?」

「はい、誰がどこで見ているかわかったものではありません。今回のような事態となりましてクレマ様には申し訳ない限りです。恐らく、クレマ様がこちらに来られてからの事でしょう。国元で露見していたならコンチーヤ様のこと、出立までに手を打っていたでしょう。泳がせておくなどあの方らしくない」

「どこから情報が漏れだしたか。心当たりはありますか」

「はい、こちらでも内偵を進めておりました。恐らくは国元との連絡役を任せていた者と思われます。その者にはあちら側の内情も探らせもおりました」

「二重諜報員ですか」

「まだ結論は出てはいませんが、恐らく」

「では、確かめてみませんか。我々もお手伝いをします」



 疑惑の連絡役はライ・ガバオという男だった。暗い茶色の短髪の髪で細身の小男である。本業は織物を扱う商人であり、商談のため所領は言うに及ばず、シルバンシャー全土と帝国の間を行き来していた。そのため、コンチーヤ派の要人にも食い込むことが出来たと思われていたが、それは検討違いだったのだろう。前伯爵の逝去前から既に向こうに取り込まれ、両者の間で巧みに立ち回っていたに違いない。

 まだ帝都にいたガバオは緊急の用向きという口実でカルデローネの元に呼び出された。彼が国元へと伝えたいという情報を告げるためだ。

 ガバオがカルデローネの屋敷にやって来たのは昼下がりの事である。

「コンチーヤ様が亡くなったとの知らせと聞き、クレマ様は帰国を決心されたようだ。最早隠れる時は終わった。今こそ帰還の時と心を決められた」

 カルデローネは応接間に通されたガバオに告げた後、厚みのある封書を手渡した。これをを早急に国元へ届けるようにと命じ屋敷から送り出した。もちろんそのよう事実はなく、これはガバオに新たな動きを誘う誤情報に過ぎない。

 カルデローネからの指示を受けガバオは速やかに行動を始めた。帝都での諜報の請負元へと特化隊とカルデローネを導くことだろう。
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