第3話

文字数 6,835文字

 オ・ウィンは助っ人として受け入れられ、鉄格子の中からでることができた。オ・ウィン達影による王宮へ突入作戦は、地下水路への進入時点で悲惨な最期を迎えた。しかし、それ以降については十分有効であることが、彼らヴォルパ・ロサの内偵調査で判明した。オ・ウィン達が水路内の情報に乏しかったのは情報源を王宮側に頼っていたことによるものだろうと判断した。王は地下水路への進入を禁忌としていた。そのおかげで抵抗組織の面々は比較的自由に地下を移動できていたのだ。
 地下から王宮への進入口はオ・ウィンが言及した通りの場所にあった。石材の重みを巧みに利用した隠し扉となっていた。扉の向こう側もまたオ・ウィンの言葉通り王宮内の礼拝堂へと通じる通路となっていた。通路は多少の湿っぽくカビ臭くはあるが、危険な魔物などの存在は認められなかった。
 オ・ウィンが組織に持ち込んだ計画は、組織がかねてから計画していた王宮への侵攻作戦に組み込まれることとなった。変更点は王討伐後、それ公にすることなく立ち去るのではなく、王宮より直ちに成功の狼煙を上げること。それを合図に市中に潜伏する仲間が一斉蜂起する手筈となった。
 そして決行の夜、王宮へと向かったオ・ウィンを含むヴォルパ・ロサの者達は何事もなく礼拝堂の地下へ到達した。王の元に赴くのはオ・ウィンと彼のお目付け役となっているエド・マキと志願に応じた組織の精鋭が六名である。
「この上はもう王宮内だ、装備の確認をしろ。ランタンはここに置いていけ。月明かりで十分行動できると思われる。われわれは駒鳥の先導の元、速やかに王の寝室がある王宮最上階へと向かう。戦闘は極力控える、夜間王宮内の人員は限られているが、気づかれると傍の親衛隊宿舎から援軍が押し掛けてくるだろう。面倒な奴が出て来た時は、駒鳥、相手を頼む」オ・ウィンは無言でうなずいた。
 地下からの出口となっていたのは礼拝堂の聖具室だった。そこには蝋燭が灯され建物内が無人ではないことがわかった。幸い司祭は自室に籠っており彼らは聖職者を手に掛けずに済んだ。
 礼拝堂から中庭までは見張りをやり過ごすことはできたが、王宮側面の入り口はそうはいかなかった。使用人専用の入り口ではあるが、傍に大きな篝火焚かれ二人の見張りが付近に配置されている。オ・ウィンはアジトで見せた俊足により見張り自身が気が付く間もなく打ち倒した。
 倒した見張りをエド・マキらが物陰に片付け、オ・ウィンが扉の解錠を受け持った。もちろん鍵などは使用しない。扉を開くのはユウナギの力である。
 扉を開け王宮内に侵入する。さすがに王宮とあって裏側の調度も手は抜いていない。壁紙は質素な物だが、階段の手摺や壁のオイルランプは手の込んだ細工が施されている。
 オ・ウィン達は侵入してすぐ階段を下りて来た二人組の見回りと鉢合わせとなった。見回りの一人が呼び笛を口に持っていこうとした直前にオ・ウィンが持ち前の素早さで打ち倒した。上階へ向かおうとしたもう一人はエド・マキが投げナイフで仕留めた。彼らは階段に造り付けの掃除用具入れに収められた。
 階段も敷かれた絨毯も実用的だが良い物で軋むこともなく、足音を押さえ、彼らの移動を容易なものとした。階上、階下から追手が駆けつけることなく登り切ったオ・ウィン達は両開きの扉の前で足を止めた。
 扉の向こうは王と貴族の世界である。当然警備はもっとも厳重な区画となる。扉を出てすぐの場所に親衛隊の詰め所があると聞かされていた。エド・マキが合図を送りオ・ウィンが頷く、他の者は二枚の扉の前に二組に分かれ整列した。
 オ・ウィンがユウナギを振り下ろし錠前を破壊すると同時に最前列の男達が扉に体当たりをした。突然の扉の開放に廊下で見張りをしていた親衛隊員は驚きに眼を丸くしていた。彼らは目の前に躍り込んできたオ・ウィンによって武器に手を掛ける暇もなく切り伏せられた。外の物音に様子を確認するため出て来た詰所の仲間は後方の男が仕留めた。オ・ウィン達は詰所の動きを封じるため室内へとなだれ込んだが一手遅く、王宮全域への警報は発されてしまう。
 王宮内に耳障りな鐘が鳴り始めた。
 エド・マキの指示によりその場をすぐに離れ、廊下を走り王宮の中央階段へと向かう。
 一同が中央階段にたどり着いた頃、警報に応じて上階からそして前方から駆けつけてきた第一波の援軍が現れた。上階と前方からやってきた者達は階段の傍で合流した。そして後方からも一小隊が差を詰めてくる。オ・ウィン達は王を前に敵に囲まれ足を止めざるを得なくなった。前方に部隊には彼らが良く知るものがいた。上階からやってきた部隊には黒い法服の魔導師が含まれていたのだ。その周辺では手の生えた大蛇を思わせる毒袋が三匹蠢いている。こちらは地下水道と違って透明の液体を使っているようで後が透けて見える。魔導師は毒袋と共に前へ、他の者は彼のために道を開け後へ引いた。魔導師の背後に前方から来た親衛隊が控えているがまだ抜刀はしていない。彼らはこの場は魔導師と毒袋に任せるつもりらしい。
「駒鳥、あれが水使いだ」エド・マキが呟いた。
「なるほど」とオ・ウィン。そう答えた次の瞬間彼は姿を消していた。
 水使いが歪んだ笑みを浮かべ立っている。
「武器を……すて……ぇ」水使いは言葉を発したが、それはささやき声程度の大きさで、背後に現れたオ・ウィンしか聞きとることができなかった。
「武器を捨てて欲しいのか?悪いな。急いでるんだ」オ・ウィンは水使いに眼をやることなく、彼の後方に控えていた親衛隊に向かいユウナギを構えた
 毒袋は静かに崩れ落ち、その身体を構成していた液体は豪奢な絨毯に吸い込まれていった。水使いは大仰に両手を振り上げた状態で固まった。今や僅かに身体が痙攣をしているだけである。
「俺はここの連中に何も恨みはない。だから、何の痛みも感じないうちにあの世に送っておいたが、あんたは別だ。俺も仲間もあんたにはひどく世話になったからな、これはせめてもの礼だ。その痛みを十分に満喫してからあの世に旅立ってくれ」オ・ウィンの言葉に答えるかのように水使いが低いうめきを発した。法服が右肩から左腿まで大きく裂け、肩がはだけた。袈裟切りにされた傷から血がにじみ出す。彼は一度絶叫した後傷口から二つに分かれ、その場に倒れた。流れ出す血が使い魔の水と混じり合う。
「ここは俺に任せて、お前たちは上に行け!」オ・ウィンが叫んだ。
「死ぬんじゃないぞ」エド・マキ達は上階へと階段と駆け昇って行った。
「お前たちもな……」
 水使いの最後を目にして硬直していた親衛隊が我に返り、慌てて抜刀し戦闘態勢へと入った。そこに黒服の集団が前方からなだれ込んできた。増援第二波の到着である。
 オ・ウィンによる大立ち回りの開始である。
 走り出したエド・マキ達を追いかけようとする親衛隊の機先を制するため、オ・ウィンは階段の踊り場まで駆け上りそこでユウナギを構えた。持ち前の高速移動を封じ、長物であるユウナギを扱いにくい空間で親衛隊をなぎ倒していく。
 オ・ウィンが壁を切り裂き、手すりを破壊し、そこから何人もの親衛隊員が階下へと落とし、踏み板を倒れた黒服の男達で満たした頃、残った者たちは敗北を悟りその場から逃げ去っていった。
 上階からは彼が戦っているうちも雄たけびや怒声が響き渡っていたが、今は静まり返っている。オ・ウィンは逃げ出した親衛隊を追わず仲間の様子を見に行くことにした。
 王の部屋に向かう廊下には、その道程を案内するかのように黒服の男が倒れていた。オ・ウィンはその中にエド・マキとその仲間たちが含まれていないことに安堵した。
 やがて、彼は王の部屋へと到着した。贅を尽くした扉は打ち壊され、護衛らしき体格のいい男達が床に倒れていた。室内のテーブルや椅子は乱れ、花瓶や宝石や貴重品、小物が床に散らばり荒れ果てていた。隣の寝室からは火の手が上がっているようで、少し煙たくなっていた。ほどなく寝室からエド・マキ達が現れたが、狂気王ハマ六世の姿は見当たらなかった。
 
「それじゃ、逃げられてしまったんですか?」
「まぁ、焦るな。続きを聞いてくれ」オ・ウィンは小さな手でベンチを叩いた。「エド・マキやジゴの話によると、彼らが来るときに拾った斧で扉を打ち壊し、部屋に押し入った時には王は寝間着のまま逃げる準備をしている真っ最中だったそうだ。初めは威勢の良かった王も護衛が倒されると取り乱し、傍にある物を手当たり次第に投げつけ暴れ出した。罵詈雑言、買収、命乞いを一通り繰り返し寝室に逃げ込んだ。
 そこでも枕や果てには火のついたランプまで投げつけたもんだから床の絨毯から出火、最後はどういうつもりだったのかベランダから自ら飛び降りたそうだ。彼らが確認のためそこから下を覗いてみると、ハマ六世は眼下の石畳の上で赤い染みに変わっていたそうだ」
「追い詰めはしたけど、結局誰も王に直接手は下していないんですね」
「そういうことだ」オ・ウィンはベンチから飛び降り、像の前まで歩きそれを見上げた。
「確かにあの夜が転機になったのは間違いないだろうが、俺がさっきのような英雄話を聞いて複雑な気分になるのもわかるだろ」
「彼らは収まりの悪い話を綺麗にまとめたかったんでしょうか。でも、誰も嘘は付きたくなかった。それで、変な話ですけどすぐにいなくなった隊長にすべてを押しつけた。その果てがあの伝説とこの石像……」
「どうなんだろうな。もしその通りでも、それがこの国の人々の心のよりどころになってきたのなら、俺はそれで構わんよ」
 長い汽笛が一つ鳴った。船の出港時間が近いことを告げる合図である。
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
 二人は歩き出した。駒鳥の石像に地元の親子連れが近づき花を添えている。二人は顔を見合わせた。
「そういえば、呪いは首輪は何時外してもらえたんですか?」
「あれか、あれははったりの首輪だったんだ」
「はったり、つまり嘘だった?」
「そうだ。使い古しの革のエプロンで使った首輪で、中身はただの水だ。だが、それを知っているのは幹部連中だけで首輪は本物として扱われていた」オ・ウィンは顔をしかめた。
「だいたいだな、俺たちでもそんな物手に入れようとしたら、魔法院に発注するしかないだろ。それが市中に出回ってるって?そんなバカなわけはないんだ。冷静に考えればわかるようなもんだが、あの時はすっかり騙された」
 オ・ウィンは街路を戻りながら話を続けた。
 彼はそれからまだ一カ月ほど滞在し組織の手助けをした後帰国した。王位は速やかにコレダー家当主に移譲され、当主はデルク三世として市民側代表と協議し王国議会に市民院を新設した。
「あら、うちは帝国はそれを承認したんですか。コレダ―家には援助をしていたはずでは……」
「俺が出ている間の状況が変わってたんだ。俺が帰った時には陛下はいなくなっていた。残っていた部隊も総崩れ、ローズの正体がばれたのもあの頃で大騒ぎだ。帝国にはもう他の奴のことを気に掛けてる余裕なんて無くなった。それで後ろ盾が無くなったデレク三世は帝国ではなく市民の傀儡になることを選んだんだろう」
「彼女もそのおかげで命拾いですか」
「ローズか?手は出したよ。俺達が勝てなかっただけだ……」
「えっ?」エヴリーは驚きオ・ウィンの顔を見た。彼の眼は真剣だった。冗談を言っている顔ではない。
「何回か討伐隊を送ったがその度に追い返された。それは知ってるな。被害は出ないが、まるで相手にされてない。そこで俺達の出番となった。壊滅寸前の影は解体されて魔法院の下に組み込まれ、特化隊となった。帰って来た俺はその頭に据えられた。初の任務がローズの討伐だ」オ・ウィンはそこで言葉を切り間を置いた。
「小雨が降る夜だったローズの力に対抗するため、耐魔装備で固めた俺たちは塔から出ていたローズを狙った。しかし彼女の力で俺以外はまるで動けず、さしの勝負になった。あの女は素手だ。ユウナギ相手に素手で立ち向かってきた。しばらくやり合って、俺はようやく急所である心臓を切っ先を捕らえることができたんだが、ローズは左手を犠牲にして強引にその狙いを外した。ユウナギがローズの身体を刺し貫いた時、俺の胸にもローズの右手が深々と刺さっていた」
 オ・ウィンは眼を閉じ顔を歪めた。
「あの女の指は鎧はおろかその内側に仕込んでいた板金も何もかも突き抜いて、俺の心臓の傍まで来た。握りつぶそう思えばできただろうが、やらなかった。ローズが俺の胸から手を引き抜くと俺はその場に倒れた。意識はあったがもう動けなかった。ローズは自分の左手と身体を貫いているユウナギをまるで、指に刺さったとげのように軽く引き抜いて、俺の傍に投げてよこした。それから「身体をだいじになさい。また会いましょう」といつもの調子で俺に言葉をかけて去っていったよ」
「隊長のお話は結局いつもローズに行きつきますね」
「誰よりも縁が長いからな。腐れ縁だ。腐れ切っているな。毒袋とローズで相次いで死にかけた。それでもう二度と暴れられないようにとこの身体にされた。ユウナギは命を操る俺はその力で子供の身体にされた。この話はもうやめよう」
 オ・ウィンは足を速め、二人は無言で港へ向かった。
 この辺りはオ・ウィンが昔訪れた頃と変わっていない。ハマ六世の時代より前の建物も多く存在する。
「これは!」何を発見したのかオ・ウィンは近くの路地へと小走りで飛び込んでいった。エヴリーもそれについていく。
 そこは何の特徴もない路地である。道幅は細く、さっきまでの街路ほど人気はない。二人の前に数人の地元の人々が見られる程度である。エヴリーが少し観察して気付いたのは、路地を挟んで両側の建物が建てられた年代に明らかに開きがあること。
 右にある山側の建物は旧市街でも見受けられる風合いで二百年以上経っているだろう。それに対して海側の建物はここ数十年の内に建てられた物だ。
「ここだ。俺達が来たのは……。あの時は建物はまだここまでしかなかった。この先は波止場だった。すぐに海が見えた」オ・ウィンは懐かしそうに左右の建物を指差し説明をした。
「あれから港を埋め立てて街を拡張したんだな」
 また、少し歩くと今度は港まで流れていく水路に行きあたった。水路には小さな石造りの小さな橋が掛けられ、水路に降りるための階段が設けられている。両脇には通路が作られここから港へ出ていけるようになっている。山側は水路の地下からの出口で侵入防止の鉄格子がはめられているが、中央付近の三本が上下端付近で断ち切られ欠損している。しかし、修理された形跡はない。地理的にオ・ウィン達任務班が使用した場所に間違えない。
「どうなってるんだ?なぜあの時のままになんだ?」オ・ウィンはいぶかしんだ。
 オ・ウィンは屈みこんで水路を覗きこんだ。
 当時もままに見えるが、何かが違う。この場所には鼻をつき吐き気を催す悪臭が漂っていた。しかし、今は海からやってくる潮の匂いがあるばかりだ。毒袋がいなくなれば水も幾らかは清浄化するだろうが、これはそれ以上だとオ・ウィンは感じた。鉄格子にからむゴミも水底に湧く藻の見当たらない。明らかに誰かが維持、清掃をしているのだ。
「ここがあの話にあった……」エヴリーが横に来た。
「そうだ。あの混沌への入り口だ。が、何か妙だな……」オ・ウィンは水路のこちら側の壁に何かが張り付けてあることに気がついた。向こう側からならそれが何か確認できそうだ。
 オ・ウィンは小橋を渡り階段を使い水路まで降りた。さっき目に付いた物は壁に埋め込まれた石板だった。それは慰霊碑でハマ六世の犠牲となった市民を弔うための物で細かな字で多数の人名が綴られている。
 なぜこのような場所にという疑問は最後に書かれた一文で消えた。
 そこにはなじみ深いユウナギの紋章が描かれその隣に「海の向こうより訪れし友とその仲間に感謝を、彼らの力がなければ今の我々はなかっただろう」とあった。
「彼らは隊長の正体をうすうす気づいていたんでしょうね」
「ばれていたようだな」
「それなら、わたしは間違っていたかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「おおっぴらにできない駒鳥とその仲間たちに、せめてもの感謝の意を込めたものが例の伝説や石像、そしてこの慰霊碑だったんじゃないでしょうか。私が考えたような、王宮での間の悪い結末を隠すためではなくて……」
「そんな気を使われる謂れなんてないのにな」
 長い汽笛が二度鳴った。
「時間だ帰ろう。ここでのことは黙っておいてくれよ」
「はい」
 二人は早足で水路の横を足早に歩いて行った。
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