第4話

文字数 3,558文字

 故郷の村のその後が気になり、フレアは大モラヴィア王国から去ることができず、その周囲の隣国の間を行き来し多くの時間が過ぎた。幼馴染のフランセルとの再会により、村があれ以上の被害を受けずに済んだことを知りフレアは安堵した。そして、やっとこの地を去る決心がついた。自分が悲しい事件の最後の被害者として記憶されることに不満はなかった。いつまでも年を取らぬ姿を彼らに見せるわけにはいかない。

 暮らす地を更に西方に移しても、これまで通り人とは付かず離れずの距離を保ち生活した。どこでも人嫌いの父親や器用な母親からの使いをこなす少女の役をこなした。時には自分でも革細工の腕を見せ工房へ入り込むこともあった。フレア自身は人を敢えて狙わなかったが、狙われることは少なくなかった。よからぬたくらみを胸に抱き、フレアに襲い掛かった者たちは男女問わず彼女の飢えを癒す糧となった。 

「男でも女でもガキを狙う奴はいますからね。まったく、あんな奴らは足に重り付けて沈めてやりゃぁいいんですよ」

「ガキ?」

「……」

「えぇ、ガキよ。生まれてからずっとガキのまま、大人の仕事をくれたのはローズ様が最初ね」

「すみません」

「いいのよ。でも、そんな奴らでも消えれば目立つの。仲間がいたりするから下手すると幹部だったりして、そうするとひと騒ぎね。金髪のガキという言葉が街で飛び交って、出て行かざるをえなくなったことが何度かあったわ」

 とりあえずは目立たず騒がず、波風は立てずを行動規範に街に溶け込む、ある程度年が経てからは大波を立てそうな者は先に排除するが加わった。主に同族に対しての処置である。今回のような噂が街で立てば、いつ自分に累が及ぶかわからないためだ。この方針は結果的に街に平穏をもたらすことも多かった。そうなれば、フレアも街と長く関われる。

 大概の場合はうまくいったが万能ではない。この作戦は敢えて、こちらから戦いを仕掛けるわけで、逆効果の場合もある。帝都に来る直前の騒動はこれに当たる。

「あなたも北の砂漠を突っ切ってしまえば、大きな内海になってるは知ってるでしょ」

「えぇ」

「この国、東の砂漠ばかり強調されるけど南北は水に面して、帝都を西に抜けてしまえば緑がある思ったより変化に富んでいるわ。最初はここまで来る気はなかった。その時に訪れたのは向こう岸のユークレイン、落ち着いたのはセバスポリという港町だった」

 南北に延びる海岸線に沿って発展した港町だったが、すぐ背後にクシタン山脈が迫る緑の深い土地柄でもあった。二百年以上に渡って生きてきたフレアだったが海を目にすることは少なかった。フレアは一目でこの土地を気に入りしばらく暮らすことにした。

 いつも通り革製品の行商人として入り込み街の傍で生活を始める。何回か街との間を行き来しているうちに嫌な匂いを嗅ぎつけた。同族の匂いだ。薄く漂い広がっている。何人分混じっているように思えて悪い予感しかしない。もう日も暮れていたがその匂いを追うことにした。

 追っているうちに街で雰囲気のよくない地区に辿り着いた。広い通りから路地に入り、発見した匂いの主は痩せた長身の男だった。間違いなく同族だ。フレアが男との間を詰めているうちに風向きが変わり、相手にもフレアの存在が知れたようだ。立ち止まり、振り向き背後を確認する。小柄な金髪の少女の姿に男は眉を顰めた。見た目に油断しない程度の知恵はあるらしい。

 男は上着の中から短剣を取り出した。刃先は銀の輝きを帯びている。フレアは男の一連の動きを交戦許可と受け取った。最速で突進し短剣を握った側の手首をへし折り、短剣を取り上げ刃先を肋骨の間に叩き込む。手刀で首と側頭部を打ち砕く。ここまでで男にできたのは驚愕の表情を浮かべることだけだった。

 別の気配を感じたように思ったがすぐに消えた。いずれにしろ死体を片付けない限り、この場から去ることも追うことも出来ない。死体から短剣を引き抜き、近くの建物の屋根に上げておいた。死体は速やかに消滅するだろう。 

 片付けを終えて路地を出て通りに出る男に呼び止められた。またも細身で背の高い男。フレアに険しいまなざしを投げかける。

「お嬢ちゃんにはこの辺に来るのはまだ早いから出て行けと言われたわ。迷ったと言ったら外まで送ってくれた」

「まともな奴で命拾いしましたね」

 男と共に歩きながら周囲をうかがったが怪しい気配は感じられなかった。森の中の隠れ家までの道中も特に何も感じられずこれで終わりかと思われた。だが、次に訪れた際も不穏な空気は消えていなかった。そこでフレアは街で不自然な失踪が起こっていないか聞いてみた。

「初めは何か不審な目で見られたけど、お父さんが街のことを心配しているとか理由を付けてみたら話してくれたわ。ここと同じよ。夜に仕事場を出たきり返ってこなかった。次の日に出てこない。家出に夜逃げかと思っても家には金目のものまで置いたきり、帝国側来たはずの行商人が現れなくて取引が頓挫というのも聞いたわ」

「相手は一人や二人じゃないということですね」

「えぇ、古い家具とかを動かすと虫が大量に這い出して来ることがあるでしょ。あの感じよ。覗いて見つけて大掃除よ」

 当時はそんなことになるとは思ってもいなかった。あと一人か多くても二人が狩場を共有しているだけ、それぞれに繋がりはないと考えていた。

 その日も納品が終わった後、手掛かりを探しに少し歩いてみた。収穫はなく隠れ家へ戻ることにした。この時に住んでいたのは森の入り口で廃墟となったお金持ちの屋敷だった。地元ではお化け屋敷として知られていた。実際、元の住人が精霊となって居着いていた。彼か彼女かもわからないぐらいに詳細は薄れてしまっていたが、簡単な意思の疎通は出来て、短い間だったがいい関係でいられた。  
 
 屋敷に戻り精霊に夜の挨拶をした後は月明かりで読書をしていた。子供向けの平易な言葉で書かれた旅行記だ。異世界から来たと称する男が帝国の皇帝の前で東方で見聞きしたことを話聞かせる筋立てだ。

 夜も更けた頃に精霊が語り掛けてきた。侵入者のようだ。お化け屋敷とされているため怖いもの見たさの侵入が後が絶えない。精霊は侵入者に出て行くように促すが、それが怪奇現象と捉えられてしまい噂が拍車がかかっている。

「様子、見てこようか?」

 精霊は頷いた。

 フレアは本を置き庭へと出て行った。フレアがやることは侵入者に対してやることは、敷地内に住み着いている小動物を追い立て彼らの元に向かわせること。最初は騒ぎになるが正体に気付くと落ち着き、それまでの熱狂は冷めてしまう。そして、だた暗い場所を歩くことをつまらなく思い出て外に出て行く。
 
 侵入者は既に屋敷の傍まで来ていた。武装した男の三人組、短剣や弓を所持している。面白半分で肝試しにやった来たわけではなさそうだ。宝探しの場合もあるようだが、金目の物が求めてやって来るが、収められた部屋は精霊が閉ざしているため手ぶらで帰ることになる。
 
 侵入者から漂う匂いは同族と人のそれが混じっている。妙な取り合わせだ。物陰から出て姿を晒すと一人がフレアを指差し、弓手が矢を射かけてきた。狙いは宝ではなくフレアのようだ。狭い間隔で三本の矢が撃ち込まれた。三本目を宙でつかみ取り弓手に向かい投げ返す。矢は革の胸当てを貫き鏃は背中から顔を出した。弓手は直進性も威力もあるよい矢を使っていたようだ。 弓手はその場に倒れた。

「ごめんなさい。後で片付けておくわ」

 フレアのつぶやきに精霊の不快感が伝わってきた。

 これ以上敷地内を汚すわけにはいかない。フレアは残りの二人を誘い出すために外に向かって走り出した。同族である以外は何者かはわからない。恐らく街から匂いを追いかけてきたのだろう。フレアにできることだ他の狼人にできても何の不思議もない。面倒な連中を釣り上げてしまったに違いない。

「追いかけてきた奴らを捕まえて喋らせようと思ってたんだけど手加減を間違えて潰しちゃったわ。それなりの速さで動けるくせに体はひどく脆いの。銀の短剣も持っていたから危なくって仕方なかった。何か手掛かりを持ってないかと思って、持ち物や体を調べてみたら首筋にさっきの男と同じ刺青があったわ」

「まさか、奴はお嬢さんを追ってたってことですか?」

「わたしはあれから五十年の間帝都から動いてないのよ。それはないと思う。あの後の騒動からうまく逃げ出してた違いないわ」

「そいつが今まで生き延びて、またお嬢さんに出くわした。つくづくついてねぇ野郎だ」

 むしろ幸運だったかもしれない。他の者は強制的に呪いを解かれこの世から旅立つことになったのだ。
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