第4話

文字数 3,505文字

 ハルキンが示唆した通り、用具室は入口扉の鍵がこじ開けられていた以外には特に変化は見られなかった。何もかも一昨日彼らが集まった時と変わらないように見える。ポンタス達はコンロ―とハルキンに促され四人で室内の検分を始める。
「どう思う」ゼレンが用具室に入り、奥へと進む。倒れている椅子を元に戻し吊り下げてある防具や棚の中を眺める。
「特に何も……」ジョンが棚を仔細に眺めている。
 ポンタスも違いを見つけようと室内を眺めるが、何も変わっていないように見える。
「何が狙いだったんだろ。うちに金目の物なんてなさそうだけど」
「剣術とか細剣の部屋と間違ったとか……」
「向こうも練習用ばかりで真剣なんて置いてないよ」
「そうか」
「ねぇ、数が揃っているか。確かめてみないか」とフルトン。「減ってたらそれが盗られたってことだから」
 彼は商家育ちでここに来るまでに既に実家の店も手伝っている。この部屋にある練習用の刀、防具から手入れのための油や怪我に備える衛生用品に至るまで彼の管理下に置かれている。
「そうしようか」とジョンが答える。
 フルトンが壁の引き出しから帳簿とペンとインクを取り出した。インクを空いている棚に置き、帳簿を開き準備を始める。他の三人が部屋の各所に散る。これがいつもの在庫整理の段取りだ。まずは防具から始める。頭部は細剣用の面を転用し、側頭部や頭頂部を守るため補強が入れてある。他には胴と小手に脚と具足がある。これは補強を入れた革で作られた全身鎧といったところか。ポンタスは目の前にある防具を一つずつ数え報告する。
 ジョンが練習用の刀を数える。鞘に収められた片刃刀でこちらには所有者の名が書かれている。鉄製ではあるが模造品のため刃はついてはいない。しかし、当たりどころが悪いと大怪我になりかねないため頑丈な防護が必要となる。
「フルトン、ポンタス、ゼレン、それと俺の」鞘に書かれた名を読み上げる。
 次は予備の数を読み上げる。そして、素振り用の木製へと移る。木製であっても油断は出来ない。打ち合いにも耐えられるように硬く頑丈な木から削り出されている。真剣と重さを合わせるため重量もそれなりにある。これも普段愛用の品から入る。次に予備の新品へ、一本目を棚から取り出し軽く上下に振るとジョンは眉を寄せ眉間にしわを入れた。今度は両手でしっかりと振り、柄を上にして耳元で上下に揺らした。
「ジョン、どうした?」とゼレン。
「これなんか変じゃない」ジョンはゼレンに木刀を軽く投げて渡した。
 受け取ったゼレンは同じように素振りをした後、耳の横で上下に揺らした。そして、訝し気に目を細める。
「目釘抜きを貸してくれ。柄の中に何か音がする」
「確認してみるか」とゼレン。
 ポンタスも木刀を受け取り確かめてみた。確かに鞘の中で小さな物が跳ねる音がする。
「中の錘が外れてるのかな」
「やだな。また修理代がかかるなんて……」
 コンロ―とハルキンが見ている前で木刀の目釘を抜き、刀身と柄を分離する。ジョンが柄を押えておき、フルトンが刀身を引き抜く。皆が見守る中ジョンが柄をひっくり返し中身を手のひらに受ける。柄の中から出てきたのはきれいな加工が施された透明の小石だった。
「これは……」コンロ―が声を上げた。
 ポンタスもそれがただきれいなだけの小石ではないことは簡単に予想がついた。もし本物なら、このままでも使用人の給金一月分にはなるだろう。

 よい知らせと悪い知らせがある。芝居などでは時折用いられる言い回しだ。傍観者でいられるなら成り行きを楽しみながら眺めていられるが、当事者となればまるで逆だ。もたらされるのは停滞と不安だけだ。
 カタニナの部屋が捜索を受けたようだが、こちらとの繋がりはまだ悟られてはいない。名門校の中ならいい隠し場所になると思い、奴を仲間に引き入れたがとんだ食わせ物だった。奴に預けていた宝石は回収は出来なかったが、こちらもまだ警備隊の手には落ちてはいないと連絡がきた。保管場所である用具室は現場保全の名の下、警備隊により閉鎖された。それはかえって好都合なことだ。今度は昼間に段取りを整え回収に向かえばよい。 
 指に鋭い痛みが走った。頭の整理をしているうちに指に挟んでいた煙草が灰になり火が手元まで及んでいたようだ。ラジュンは残った煙草の火を灰皿でもみ消した。

「もうやめて欲しい」投げやりな口調でポンタスは呟いた。
「今までの努力が全部水の泡だな……」とゼレン。
 ポンタスも同じ思いだ。こちらが解決のために努力をする度にそれを後ろみている何者かが邪魔して、彼らの必死の努力を無駄にする。そんな気がしてならない。
 ポンタス達が運営する「東方武術研究会」を続けざまに襲った災厄はついに頂点へと達した。最初は顧問を担当していた教師カタニナの失踪だ。カタニナに防具などの保守を任せていたポンタス達は早速路頭に迷うことになった。それを解決するべく奔走をし、保守などの運営に関する問題を自ら解決をした。その矢先に研究会が使用していた用具室に泥棒が侵入した。警備員のサルベリウスのおかげで研究会としての被害はなかったが、予想外の物が発見された。予備の木刀の柄に宝石が仕込まれていたのだ。あの後、警備隊のハルキンと居合わせたコンロ―も手伝って残りを調べると、予備の木刀すべてに宝石が仕込まれていたことがわかった。
 一日の授業が終った後、四人は談話室に集まった。「東方武術研究会」の用具室は閉鎖され使用禁止となっているためだ。
「薄情なようだけど、一連の事件が解決しない限り、今までのように好きに動けないだろうな」とジョン。顔をしかめため息をつく。
「まさか、僕たちも事件と関係がある思われてる?」心配そうにフルトンが訊ねる。
「まさかじゃなく当然だよ」とジョン。他の三人の顔が歪む。
「あの木刀を学校に持ち込んでいたのはカタニナ先生だろ、その先生の身にあんなことが起きれば……」
 今日も朝からポンタスの元に警備隊のハルキンがやって来た。そして、授業の合間にまたもや聴取を受けることになった。その際に柔和な口調で彼は言った。
「これはまだ公式に発表されてはいないから、黙っていて欲しいんだがね」との前置きの後に語られたのは訃報だった。
 ハルキンによると港で発見された身元不明の遺体がカタニナであることが確認されたらしい。そこで、ポンタス達はまたも彼と最後に会ったのはいつか、彼の部屋を訪ねることになった経緯などを話すことになった。同僚のフジミ先生も前日に訪ねたようだが、その時には部屋にいなかったと聞いた。だが、四人で話し合っているうちに、自分たちでも先生の不在を確認をしたくて出向くことになった。誰の発案かは覚えてはいない。
「先生との関係がある俺達にも当然目が向いてくる。実は何か知ってたんじゃないかって」とゼレン。
「だから、カマかけるつもりで先生が亡くなっていたことも話したのかもしれない」とジョン。
「ひどいな……何が起こってるかなんて、こっちが教えて欲しいくらいだよ」ポンタスが不満をぶちまける。
「僕たちでも何とかできないものかな」とフルトン。
「無茶をいうなよ」ジョンが声を上げフルトンを睨みつける。「相手はかなりヤバい連中だぞ。学校を密売品の倉庫にして殺しも厭わない。下手に絡むと何されるかわからない。警備隊に任せるしかないさ」
「ここでじっとしていても何をされるかわからないんじゃないの。もう僕たちはそのヤバい連中の目に入っているはずだよ」
「あぁ……それは」とジョン。舌打ちが聞こえた。 
「それと同時に警備隊からも要注意とされているか」ゼレンは腕を組み背後にもたれ込んだ。こちらは溜息だ。
「だからさ……」フルトンはポンタスに目をやった。「手伝ってもらえないかな、あの人に……」
「あの人?」
「塔の……あの人、知り合いなんだよね」
「フレアのことを言ってるの?」
「そう、塔のメイドのフレア・ランドール。彼女いろいろと事件を解決してるんだよね」
「まぁ、確かにそうなんだろうけど……」
 彼女が主人のアクシール・ローズの命で動き、度々事件を解決に導いているのは旧市街の住人でもうわさに聞いている。ポンタスもそれを目の当たりにした。
「助けてもらえないかな、彼女に」
「フレアに……」
 何度かフレアとの仲を自慢していたポンタスだったが、いざとなるとためらってしまう。調子に乗って嫌われるような事はしたくないが、そんな事を言っている場合ではなさそうだ。ポンタスもこの状況から早く抜け出してしまいたい。
「わかった、連絡してみる」
 もうなるようになれだ。ポンタスは声に出さず呟いた。
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