第6話

文字数 3,636文字

 コムン城塞へネブラシアからの訪問客が現れたのは、帝都からやって来た魔導師とお供の騎士達と共に再捜索が開始されてから少し経ってからのことだった。幸運なことに魔法院所属の魔導師の手を借りることに成功し、城主であるカシロ・マドラジッペは一呼吸ついていた。
 そこにネブラシアからの使者と名乗る三人組が馬車で城塞に乗り込んできた。最初は時折やって来る行動が大胆な東方からの行商人かと思っていた。彼らは織物や細工物の見本を大きな鞄に詰め込み帝都へやって来る。そこから西へ向かいオキシデンまで売り込みと御用聞きをしながら旅をするのだ。帝都南岸を陸路で行くなら楽な旅程ではない。その根性に免じて城主であるカシロ・マドラジッペは商談はともかく、軽い食事や宿の世話はしてやっていた。
 今回は違ったようだ。彼らは門番の制止も振り切り城塞内に進入した。馬車は城主館の前で止められ、乗っていた者たちは居合わせた騎士たちによって即時取り押さえられることなった。そこから降ろされた三人の男達は騎士たちに剣の切っ先を突きつけられながらも、ネブラシア派遣の特使を名乗り、カシロへの目通りを大声で主張した。差し出された身分証は主張通りの身分が記されており、相応の装束を身に着けている。虚偽とも思われないためカシロは彼ら三人を執務室へと通すことにした。
「えらくお急ぎのようでしたが、このコムン城塞にいかなる御用ですか」とカシロ。
  目前に立つ銀髪で細身の男は気まずそうに一瞬目を伏せた。
 少しくたびれてはいるが仕立ての良い赤い前垂れの付いた魔導着を身に着けている。身分証にはネブラシアの魔法監査機関の所属とあり、それを示す紋が胸の中央にに錦糸で描かれている。
「申し訳ない、私はマルク・ドルクともうします。危急の要件であったため……タイセン殿に無理を言った次第でして……」魔導師は御者を務めていた鎖帷子の男に目をやった。
 茶色い髪と褐色の肌、この男も同機関所属の騎士とある。
「その要件とは」
「……あぁ、その要件なのですが……」魔導師マルク・ドルクはつかの間言葉を詰まらせた。
「どのような要件なのです?」
 カシロの言葉に一瞬他の二人目をやり僅かに頷きかけた。そして、話始める。
「こちらに我が国の帆船が漂着したとの連絡を受け、駆けつけて参りました。船はどこにあるのでしょうか」
「もしかしてヴェネルディネロ号の事ですか。その船ならこの城塞の下で座礁しております。東より来られたならば来る途中で目にされたはずです」
「あぁ……」
 カシロの言葉に、ドルク達はお互い視線を交わし合う。次は何か、船を引き取りたいという申し出か。それについては構わない、所有権はあちらにある。いい厄介払いにもなる。岩礁から引き剥がす手伝いなら、それは別途交渉が必要になるだろう。
「あの船についての処置なのですが……」
「はい」
「最下部の船倉を封印した後、焼き払いたいと思っております。よろしければご援助願いたいのです。それを申し上げるために私マルク・ドルクとこちらのパット・レイナーズが先鋒としてやってまいりました」ドルクは隣にいる若い魔導師を手で示した。茶色く波打つ髪の長い青年が深々と頭を下げる。
「他の者は帝都で応援要請を取り付け次第こちらに向かう手筈となっております」
「当方にもあの帆船を焼き払う手伝いをという要請ですか」ドルクの思わぬ言葉にカシロは眉をひそめた。
「はい、あの船はこの世から消してしまわなければなりません。あってはならぬ危険な船なのです」
「それはどういうことです。我々はついさっき帝都から来た方々に手伝っていただき船内の再捜索を始めたところです」
「では、船に立ち入った方がおられるのですか……」
「我が所領で座礁とあって状況確認のため捜索に入りましたが無人とわかり、封鎖の処置をとりました」
 ドルクから安堵のため息が漏れる。
「しかし、残念ながらそれを暴き船内に侵入した者がおり、それが行方知れずとなっている始末です。あの船に何があるかご存じならお教え願いたい。捜索隊からの報告によればひどく面妖な状況であるとか」


 木造の隧道、例えるならそれが適切か。船尾の扉から続く通路を抜け、捜索隊は三個の扉が並んだ空間へと足を踏み入れた。中央に両開きの扉があり、その左右に引き戸が配置されている。
 ディアスはここは先にある施設へと至る控えの間ではないかという推測した。
「控えの間ですか」明るく照らし出された扉の前でオデータはディアスの答えを吟味している様子だった。
「何のために施設かという問いなら判断はつきませんが、どのような施設かというのならば答えられるでしょう。端的にいえば魔法により別の世界に作られた建物です。見た目は現世と変わりませんが構造物はまったく違います」
 全員が周囲を眺め渡す。
「人が作った建物よりよほど頑丈にできています。壊れる心配はまずありませんし、壊す自信もありません」
「それは派兵時代に知り合った魔導師に聞いたことがあります。構造は非常に強固ではあるが、現世との出入り口と構造体との接続部に脆弱さがあると聞いています」とオデータ。
「元々一時的な保管所や隠匿したい施設として作られることが多いのです。いざという時は面倒を掛けず切り離すことが出来る。それが重宝されている面はあるようですが、半面そこに脆弱さを感じて、魔法技術が発達した今であっても現世でしっかりとした書庫など求められているのです。まぁ、どちらにしてもそれなりの経済力は必要となってきますがね」
 両側に配置された小部屋は船倉同様に荒らされていた。机や椅子が転がり、放置された帳簿には人名と時刻などが記されている。入出管理担当の警備室と備品倉庫と見られる。
 中央の両開き扉を捜索隊が開き、アトソンとユーステッドが先鋒となり突入し、展開する。控えの間から続く血の跡は次第に細くなり、やがて雫による点描と変わっていった。通路を挟んで両側に小部屋が並んでいる。どの部屋も扉は既に開け放たれている。ここまでやって来たのは一組ではなさそうだ。
「何かいるか」アトソンの頭蓋にユーステッドの声が響く。
「この辺りに気配はない。この先なのかな」アトソンは答える。
「よし」とユーステッド。「何か感じたら、肉声で報告してくれ。繋がっているのは俺達だけだ」
「了解」
 通路沿いに並ぶ部屋を一つづ点検していく。湯飲みや皿が置かれたまま机に椅子、整理棚や机の引き出しは荒らされている。
「部屋を荒らしたのはこの近辺からの侵入者だとしても、ここを使っていた連中は急いで出て行ったってことか」
 背後から声が聞こえた。
「かもしれんな」ユーステッドの声が響いた。
 続く二室も机や椅子などの数は違ってはいるが似たような雰囲気の個室だ。この辺りは個人または数人の集団に割り当てられた執務室と言ったところか。
 次の部屋は床に描かれた血痕の到着地点となっていた。何か潜んでいるとすれば、扉の隙間から差し込む光によって捜索隊の存在に気が付いているはずだ。そして、突入に備え待ち構えているだろう。
 アトソンとユーステッドが扉の左右に着き、ディアスが防壁を展開するため背後につく。三分の一程開いたままの扉の間から、光球の明かりを受けて浮かび上がるのは黒い殻のような物体で、鎧のようにも見えるが動きはない。
「始めてくれ」とディアスの声。
「了解、三、二」アトソンが月下麗人に力を込める。「一」で切っ先で勢いよく扉を開き部屋にユーステッドと共に飛び込む。
 部屋に置かれた家具類は他と変わらないが、壁と入り口傍に黒く細長い球体が置いてあり黒い繊維で床に止付けてある。黒い球体は巨大な虫の卵を思わせる。頭頂部は砕け破片が床に散らばっている。
 机の上に引き裂かれ血まみれとなった衣服や、転がっている革帯は鍛冶や甲冑の職人が好んで身に着ける物入れが豊富についている仕様だ。床にはその中身であろう金槌や先端が曲がった金串などが転がっている。この施設に侵入するために使用されたのかもしれない。しかし、それらの痕跡はあってもそれを身に着けていた本人の姿はない。
 アトソンとユーステッド、他二名で何か潜んでいないか室内を細部まで確認する。球体の数は全部で七つ全て中身は空だ。姫の力を借りても感じ取ることが出来る気配はなく、この部屋に何も隠れ潜んでいるものはいないと考えてよさそうだ。
 アトソンはそれを言葉に出して告げた。
「それはいいが、もしその中に何か入っていたなら」ユーステッドが殻を指差す「そいつはどこへ行った。少なくとも七匹はいるはずだろう」
「もし、それを卵と考えるなら……あと、もう一匹いてもおかしくありません」背後でオデータが呟いた。
「もう一匹……」
「親です。これを生んだ奴がいるはずです」
 皆が当然の真実に気づく。確かに卵が自然に生えてくる訳がない。この世に無から生じるものなどない。たとえそれが異形であったとしても。 
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