第8話

文字数 3,138文字

 ジェロダンのイヤリングの向こう側は大騒ぎとなっている。夕方に港を発ちオキシデンへと向かう船の捜索手配についての通信が忙しくと飛び交っている。

 アンディー・スニーフの生存の可能性が出てきたため、彼だと思われた遺体は再び哀れな身元不明のジョーに戻った。確かなのはスニーフの部屋で殺人が行われ、その犠牲者の遺体が未だ見つかっていないということぐらいだ。スニーフ本人も魔人による連続殺人に何らかの形で絡んでいるようだ。大至急彼の立ち回り先を知る必要がある。

 スニーフの部屋を抜け出したアーランドとジェロダンは再び「よろず相談所」を訪訪ねることにした。人手は少なく時間も足りない。手っ取り早く情報を得るにはここしかない。ジェロダンは前回同様に扉を三回叩いた。反応はない。今回は強めに三回叩く。反応がないため真鍮の取っ手に手をやる。鋭く刺す痛みに思わず手を引く。

「危険ですよ。無理はしないようにしてください」魔導師の声が頭に飛び込んできた。

 周囲を見回すが誰もいない。しかし、すぐそばに魔法仕掛けの目がありこちらの様子を窺っているのは間違いない。

「急いでるの、中に入れて。事を荒立てたくないの、お願い」どこで見ているのかわからない魔導士にジェロダンは懇願する。

 目の前の扉の鍵が音を立てて開いた。

「ありがとう」

 今度は痛みなく扉を開くことが出来た。早足で奥へと向かう。魔導師は今回も奥に一人で座ったままだが、本当に一人きりではない。見えない何かを使役しているのだ。

「何か不都合がありましたか」魔導師の語り口は静かで落ち着いている。

「いいえ、助かったわ。助かったけど、あれでは足らなかったの」

「そうでしたか、では今度は何をお望みですか?」

「スニーフの立ち回り先を教えて、今回は生きている人の命が掛かっているわ」



 ビンチとフィックスの二人が港に到着した頃には既にケンタウルス号への乗船は開始されていた。出航時刻の延期を知らせる通知は港の待合に貼られてはいたが、彼らが稼げた時間は一刻のみである。客船向けの受付でピカタについて尋ねてみると、似たような容姿の男が船に向かっていたことはわかった。だが、その数は五人で行き先までは特定できなかった。とりあえず、ケンタウルス号の位置を聞きそちらに急行する。船には乗船客が詰めかけごった返していた。客達に詫びを言いつつ急ぎ昇降階段を昇っていく。

「ケンタウルス号に到着。これより船内を確認する。外と他の船の監視を頼む」

「了解」

「了解です」

 頭蓋内で同じ言葉が連呼される中、二人は船内の捜索を開始する。船員を伴い船室、食堂、船倉など船内をくまなく見て回る。出会った客達にピカタの容姿を告げ証言を求める。特徴のある容姿のため二人ほど反応はあったが、その先にいたのは全くの別人だった。ただ、頭髪がないというだけで似ても似つかない男だ。

 この船にピカタはまだ乗っていない。不満ではあるが、それがこの捜索によって得られた成果だ。

「一杯食わされたってことはないだろうな」とフィックス。

「奴の陽動の可能性はあるが、出るまではここで張ってるしかない」ビンチが答える。

 港からはこの船以外にも何隻も出航していく。そしてそれぞれ行先が違う。陸路での移動も考えられる。

 甲板へと出たビンチは顔をしかめ周囲を見回した。新たな客が順次乗り込んできているが、その中にピカタらしき男の姿はない。乗降口から昇降階段を見下ろし、そして岸壁に目をやる。一人の男が目に入った。地味な茶色の上下に同じ色の鳥打帽、古びた旅行鞄を手にしている。男は賑わう岸壁をこちらに向かっている。乗船客やその見送り客の間をすり抜け歩いてくる。ビンチはその男が気になり目で追っていた。

 不意に男が顔を上げビンチと目が合った。

「そいつだ!そいつがポロ・ピカタだ!」

 ビンチが指差し、ピカタの動きが止まる。ピカタは踵を返し出口方面へと逃走した。ビンチ、フィックスも走り出す。ビンチは昇降階段の中ほどで岸壁まで飛び降りた。

「無茶するんじゃない」フィックスの声が頭蓋にこだまする。

 ビンチは着地と同時に身体を前方に転がし、落下の衝撃を緩和する。素早く立ち上がり、大剣クルアーンを召喚し前方へ向かって突進する。巨大な剣を携えた大男を目にして、皆が慌てて道を開ける。ピカタはビンチの声に応じた警備隊士に囲まれ動きを封じられていた。背中に忍ばせていた細剣を引き抜き四人の隊士と対峙している。

「任せてくれ」ビンチの声に隊士の一人が道を開ける。

 突進するビンチにピカタは彼の胸に細剣を突き込むべく間合いを詰める。ビンチはすれ違いざまにピカタの細剣を右手から弾き飛ばし、返す一撃で左側頭部をクルアーンで張り飛ばした。刃ではなくオレンジ色に輝くフラーが付いた幅の広い側面でだ。それならピカタの頭蓋骨は砕けず、脳震盪程度で済む。

 ピカタの背面に回り込んだビンチは振り返りピカタに切っ先を向ける。足をふらつかせるピカタを三人が取り押さえ、一人が細剣を回収する。隊士達がピカタを跪かせ頭を路面に押し付ける。

「武器の往来での抜刀、使用とは協力的な奴だな」駆け付けたフィックスが声を掛ける。

「あぁ、おかげで問答無用でしょっ引ける」


 ポロ・ピカタは拘束され、湾岸中央署へ連行された。丸腰でも油断大敵と見られ、取調室では手足を鎖で繋がれ椅子に縛り付けられている。取り調べにはビンチ達も参加した。被害者が地上げを企んだ四人だけで済めば良いが、魔人の召喚を絶たない限りは安心はできない。そのためには魔人の召喚主であろうスニーフを早急に探し出す必要がある。

「その通りだよ」ピカタは投げやりに答えた。「ポンテソットはミュウーラー、ロンゴ、スタニョスと共に頓挫した地上げ計画を再開しようとしていた。スニーフを呼んだのは地権者を脅すため」

「殺しはどうなんだ」ビンチが尋ねる。

「さぁね、そこまでは知らん」

「連中はなぜ雇ったはずの男になぜ殺される羽目になった?何かもめ事でも起きたのか?」

「それもわからん」

「知らぬ、存ぜぬか。もう忠義を立てる男は居なくなったんだぞ」

「ふん、あのミュウーラーとかいう女は用心深くてね。打ち合わせ中はいつも締め出されてたよ。だから、何も知りようもない」

「なるほど……」

「ただ、仕事の条件が折り合わず、スニーフの方が脅しを掛けてきたとポンテソットは酷い剣幕で怒っていたことはある」

「脅し?どのように脅されたんだ」

「もし……俺に危害を加えるつもりなら、お前らも出たじゃすまないぞ。こんな感じか」

「スニーフは条件発動の魔法でも組んでいたか」フィックスの頭蓋にビンチの声が響く。

 この場合スニーフの身に危害が加えられた際に魔人による報復が行われるという式か。もしくはそれを装った召喚殺人が考えられる。

「お前はそれを誰かに話したか。誰か知っている者はいないか」

「他の奴は知らんが、俺は話していない。信用第一の商売なんでね」

「誰にも話さず自分は逃げ出すか」とビンチの声。

「第二は自分の身の安全が優先されるからさ」

 通信が繋がり落ち着いた女の声が聞こえた。

「スニーフの書庫兼工房の所在がわかりました」

 ジェロダンという隊士で彼女は殺人事件絡みで身元不明の遺体の行方を追っていた。その遺体も今回の連続殺人と関係があるようだ。スニーフの関連が浮かんできたのも彼女とその相棒のおかげだ。

「トゥムロボッカ三二二です。これから向かいます」

「特化隊だ。我々もそちらに向かう。先に到着しても外で待機していてくれ」とビンチが応じる。

「了解」と男の声。相棒でアーランドと言ったか。

「誰かこっちの面倒を見てくれないか」

「了解。そちらに向かう」ユーステッドの声が聞こえた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み