第4話

文字数 3,445文字

 次に入った建物の部屋も書庫のようだったが棚の仕様は違っていた。棚は横に細かく仕切られ、羊皮紙に書かれた文書が一枚ずつ収められている。

「こちらには魔導書が保管されています。力を失ったものも多くありますが、手は触れないようにお願いします」

「これが魔導書」

 ゴトーは塔の地下でローズに魔導書を見せてもらったことがある。そこにあったのは一枚の紙ではなく厚さの違いはあれど革の表紙を張られ製本されていた。

「昔は紙一枚だったということですか?」

「はい、魔法も研究により進歩しています。やがて、その複雑さを増し一枚では収まりきらなくなりました」

 通路を進むにつれ棚に複数の羊皮紙が一緒に収められるようになった。

「入れ物が必要となり、まとめて綴じられるようになりました」

 簡素な表紙が付けられた羊皮紙の束が収められている。帝都では素材は植物由来になるが、これなら今もみかけることがある。ゴトーは魔導書の進化を眺めながら通路を歩き出口へ到着した。

 扉の外は短い石段でその先は小さな部屋が寄り集まったような構造の建物だった。山折り谷折りの壁が建物を形作り、いくつもの三角屋根が一体化している。最寄りの扉から主人と共に入ると、いびつな形の部屋に棚が並べ垂れていた。棚に収められているのは素焼きの皿や壺に瓶、湯飲みなどもある。焼かれた地肌のままの物もあれば鮮やかな色遣いの文様が入った物もある。花に鳥、人に植物とモチーフは様々である。

 棚に囲まれた通路を抜けると素朴な家具が並べられていた。座面が蔓細工の凝った作りの椅子など見受けられたが食器などとの共通点は描かれた文様の様式である。その先には鎧や武器装飾品が並んでいる。

 まるで博物館のようにも見えるが、これだけの品物をこの砂漠の只中に集めたのか。たとえ、聖地があるとしてもここまでは訪れるだけでも大変だっただろう。

「忘れないでほしい、憶えていてほしい。それらの感情が彼らを動かしたのです」

「彼らとは?」

「この地がヴァーディゴという王朝に支配されていた時期があります。大変魔法に長け強大な力を有し、この辺りを支配していました。しかし、内部抗争により自壊しやがて帝国にとってかわられました。彼らは西からやって来たヴァーディゴに攻め滅ぼされたメタパルドの生き残りでした。ヴァーディゴに抵抗すると同時に消し去られようとしている自分たちの痕跡をこちらに集めたのです」

「このような厳しい場所で抵抗運動をしていたということですか」

「はい、当時は今より幾分過ごしやすかったのですが、やはり好んで訪れるのは、強い意志と向こう見ずなところがある者だけということは変わりません。この厳しい環境で彼らは生活し抵抗活動をしていました。しばらくしてヴァーディゴは内乱により瓦解し、彼らは戦う理由を失いましたが、守り人として残りました」

「その時代から代々あなた方は守り人の役目を引き継いできたと……」

「いいえ、我々はこの地にある宝とここに訪れる人を守るため彼らに呼ばれました。彼らはもう全員墓の中です」

 主人はゴドーに微笑みかけた。

「見た目は人に似せてありますが、我々はあなた方と同様この世のものではありません」

 どうも考えが読まれていることから薄々感じてはいたが、それを告げられるとやはり驚く。何かの目的で異世界より妖魔などの存在を呼び寄せる。帝都で耳にしたことのある話だが、実際目にすることになるとは思っていなかった。そして、彼らはゴドー達を同類と見ているようだ。しかし、それは不快ではないかった。なぜかわからないが心地よい。長年客人扱いで仲間という意識の飢えていたのかもしれない。  


 
 
 ゴトーはふっとため息をつき少しの間黙り込んだ。空いたカップを下げ、フレアが別のカップを置く。
「彼らは五百年、六百年か七百年あの地にいたようです。寺院が戦いの拠点でなくなっても文化の集積地としての活動は続きました。人がいなくなっても物を集め、建物を増築し、たまに迷い込んでくる人々や思い立ったようにやって来る巡礼者の世話をしていたようです。
 わたしたちの世界でも一つの仕事を何世代にも引き継ぎ続けていくことはありました。しかし、それはそこに生活の基盤があってこそです。それでつい聞いてしまいました。君たちは突然見知らぬ世界に呼び出され、元の世界に帰りたくなったことはないのかと。それは気にしていないようでした。彼らは契約により動き、それが失効、解除されれば帰るそれだけのようです」

「ゴトー様はお気持ちはどうなのですか?」とローズ。

「こちらに来てしばらくは皆、帰ることに躍起になっていましたね。それから以前お話したように諦めの空気が漂いました。探査船の修理が完了したにも関わらず機能しない。原因さえわからない。陰鬱にもなりました。雰囲気が変わり始めたのはこちらの人達と交流を始めたからでしょう。戻れないなら仕方ないという、開き直りもありました。それに新しい世代も生まれています。彼らの世界はこちらです。どんなにわたしたちが話したところで彼らには異世界の話なのです。帰りたい気持ちは相変わらずですが、今はそれと同じぐらいのこちらに引かれています」

「思わぬ内省の機会となったようですね」

「はい、一時はどうなるかと思いましたが……楽しく有意義な出会いを得ることができました」

「ご無事なのは何よりですが、お帰りはどうされたのですか?その方々が送ってくださったのですか」とフレア。

「お話したように、乗員は怪我一つ無いというのにそれを知らせる手段を失いました。こちらにも問い合わせが来たでしょうね」
 ゴトーはばつが悪そうに頭を掻いた。

「はい、ゴトー様がそろそろお見えかと思われる頃に居留地の方から所在を確認する通話がありまして、事情を聴いたところ乗っていた輸送機ごと所在不明で捜索中と聞き驚きました」

「最初はただの定時連絡の漏れだと思っていたそうです。しかし、輸送機からの連絡まで途切れ、騒ぎのレベルが上がりました。居留地外で機の人工知能が応答しないということは多くの場合、その機が大破していることを示唆しています。それに加えて我々が非常用ビーコンを使用できず騒ぎに拍車がかかったようです」 

「帝都内での事でしたらわたし共でも何かお手伝いできたのですが、それが遥か離れた砂漠となるとこの娘と違い祈る神もいない身ですが、ただあなた方のご無事を祈るだけでした」

「要らぬ心配を掛けて、すみません。あれからなんですが、マチルダは夜中に戻ってきていたようなんです。戻ってすぐ救援要請を出し、砂嵐が収まってすぐ救援がやって来たようです。もう少し早く戻ってきてくれたら誰も気をもむことはなかったでしょうに」

「そのおかげでよい出会いもあったことですし、気に病むことはないと思います」とフレア。

「確かに、あの宿も見つけ泊まることもできた。何も知らない我々は朝までゆっくり宿で過ごし荷物を置いたまま、機の様子を見に戻りました。どうにか復旧できないものかと思いまして。砂の丘また登り、上から見たのは必死になって機を砂の中から掘り出しているレスキュー隊の姿でした。お互いえらく驚きましたね。それまでの事情を説明し、機は掘り出すのにしばらくかかるというので、居留地まで戻り別の便を仕立ててやってきました。」


 ゴトーは帝都の関係者を伴い、守り人たちにまた会いに行くという。帝都は保存されている文書に価値を感じている。メタパルドの文書により欠落している帝国の記録を補強できるのでは期待している。不明な点の多い帝国の起こりついて別の視点から何かわかるかもしれないと。

「ゴトー様たちの身に起きた出来事はすべて偶然だったんでしょうか」

 もうすぐ夜が明ける。フレアはローズに寝間着を着せ付けつつ尋ねた。

「たぶん、間違えなく……ね」

「出来過ぎのような気もしますが」

「わたしとあなたが会ったのは偶然よね……」

「えぇ……」

「最初にゴトー様がここにいらしたのも偶然……だからこの世は面白いのよ」

 ローズはそれだけ言うとフレアの前から姿を消した。ほどなく夜が明けた。
 
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