第3話

文字数 3,890文字

 下の準備が整っていく様子がイヤリング越しにコールドの聴覚へ漏れ伝わってくる。ソウリュウはすべて所定の鞘に収まり準備は完了した。屋根の軋みも収まり、片手の指を数え終える前に窓から何者かが飛び込んでくるだろう。

 コールドの予想通り、窓の外に影が現れ窓が内側に吹き飛んだ。綱にぶら下がった黒い影が躍り込んできた。 影は二つ、腕と脚を折り、体を丸め飛び込んできた。コールドは襲撃者が着地する前に側面へ回り込み、一人の横腹に蹴りを入れた。硬い鎧のおかげで足は体にめり込むことなく、その力は衰えることなく速度へと変わった。

 コールドの蹴りを受けた影は、猛烈に揺れる振り子へと変わり、共に降りてきた仲間を跳ね飛ばし壁に叩きつけた。仲間との衝突、壁への激突、それでも影二つは辛うじて立っていた。少しの時間があれば復帰できただろうが、間髪いれずコールドによる瞬速の蹴りが側頭部と顎に炸裂し、なすすべもなくその場に倒れた。

 動くものが突入用の綱だけになった部屋からコールドは戸口から廊下へ出た。既に階下に降りたベンソンとジェイソンらの姿はない。廊下にはコールドのみだ。吹き抜けの向こう側の部屋の扉が開き、二人組が飛び出してきた。周囲警戒の後左右に展開する。革鎧とアクトン他ばらばらの装備だが二人とも両手に片手刀を所持している。コールドを発見し躊躇なく突進してくる。中々の素早さである。動きからして並の野盗ではない。彼も腰の片手刀ヴィタで応じる。

 二人はコールドを左右で挟み斬りつけた。頸部、胸、背中、腹に刃を突き立て切り裂いた割いたはずだが、手ごたえはまるでなかった。残像である。二人が危険を察知し一歩引こうとしたがその時は遅かった。一人は革鎧ごと逆袈裟に切り上げられ腹に蹴りを食らい階段から落ちていった。もう一人は胸にヴィタを深々と突き立てられこと切れた。アクトンの胸に一撃を受け、刀は足元に落としたが、まだ生きているかのように吹き抜けに後ずさる。コールドは慌ててアクトンの喉元を掴み手摺の傍に倒した。頭上から人が降るのは面倒でしかない。

 息つく暇もなくまた扉が開き前後から二人組が現れた。満員御礼、順番待ちのようだ。



 破城槌の一撃で宿の正面玄関の鍵は破壊され扉は内側へと開き、武装した一団がなだれ込んできた。一階受付前は無人で明かりが灯されたランタンだけが置かれていた。一団は人影がないことを確認すると速やかに二つに分かれた。互いに手信号で会話をする。一隊は上階へ、もう一隊は一階の掃討に当たるようだ。あくまで彼らの中での話だ。

 受付に置かれていたランタンが突如明るさを増し、膨大な量の白煙を噴き出した。白煙そのものに害はないが、それが作り出した見通しの聞かぬ灰色の闇の中で、襲撃者たちは言葉通り立ち往生することとなった。刀も振り回せぬまま、轟音と共に白煙を貫く弾丸と神出鬼没の斬撃により一人一人倒れていった。

 戦闘はほどなく付近に居合わせた者たちの通報によって終了した。ハイラル・ジィリオからあふれ出す白煙を火事だと勘違いし大騒ぎとなり、消防兵が大挙駆けつける結果となったとなったからだ。



 第二歩兵大隊千人隊長ネルズ・イシバの執務机の上には一部の新聞が置かれていた。そこには花見通りの宿ハイラル・ジィリオでの武装強盗による襲撃事件の記事が掲載されていた。

かいつまんだ内容としては、「同宿は夜半に武装集団の襲撃を受けたが、泊り客だった軽業師の一座によって撃退された。最初に火事の通報により駆けつけた消防兵によると発見されたのは怯える従業員と倒された強盗団だけで一座の姿は消え失せていた。 警察は一座が姿を消したのは押し寄せた武装集団を殺害、暴行をした罪を恐れての逃走と見ている。警察としては彼らが使用した武器は入国の際、法に則り申告され持ち込まれた興行に必要な備品で、使用の状況も正当防衛に当たるとみており、当時の事情を聴くためにも是非名乗り出て欲しい」となっている。

「軽業師風情に第八隊が倒せるものか!」ネルズは机に拳を叩きつけた。激昂のため痛みは感じない。 

 馬鹿馬鹿しい記事だが、ハイラル・ジィリオに送り出し無事に戻って来た者はいない今、現時点では目の前の紙束が最高の情報源である。

「大隊特別顧問の方がお見えです」 

 執務室の何度か叩かれ、訪問者の来訪を告げる声が聞こえた。ネルズが招き入れるまでもなく扉が開き大柄の男女が入ってきた。マザキ、マザトの二人組。共に黄身がかった肌に赤い髪、流れ者のだったが伯爵に拾われた。男女だが双子らしい。大層な肩書だが伯爵お抱えの用心棒といったところか。見た目はネルズより若いが階位は同格、中級士官の外套を纏い肩には千人隊長の記章がついている。

「ふん、俺の首でも撥ねに来たか」ネルズは戸口を隠すように立っている二人組に目をやった。

「確かに伯爵はあんたに腹を立てているが、そのの首で解決するとは思っていない。それで俺たちが出ることになった」

「特務第八隊がまるで歯が立たなかったんだぞ」

「手練れぞろいだっただろうが、それが人の限界というやつだ。数を集めて勝てる相手じゃない」

 マザキの姿が戸口から消え、ネルズのすぐ左側に現れた。肩には抜身の大太刀を担いでいる。彼と目が合うとその姿はまたマザトの隣に戻った。

「魔器使いというのは珍しい武器を持っているだけじゃない。やばい奴と契約した化け物だ」

「じゃぁ、どうしろというんだ」

「今までわかっている奴らの情報を渡してもらえるか」

「いいとも、纏めているのを持っていくといい。だが、今どこにいるかは皆目見当がつかん」

「それは気にすることはない。次は向こうからやって来るだろうからな」



 どこからともなく食欲をそそるほどよく焼かれた肉の匂いが漂ってきた。甘辛いたれの匂いが忍び込んでくることもある。ここは大規模な市場の一画にある食堂で、市場で働く従業員や訪れた買い物客で店内は終始ごった返している。

 その地下に話題の軽業師一座が潜伏していることを知る者は少ないだろう。住民たちの認識はおおむね新聞報道の通りのようだ。宿に武装強盗が入り軽業師の一座が撃退した。にわかには信じられないが、聞いてみると先のラカミ卿とヤスミン姫の婚礼のために呼ばれた芸人達で、それならさぞかし凄腕ぞろいなのだろうと納得したようだ。

「ハイラル・ジィリオから逃走は食堂の非常口を使ったため、周辺で我々の姿を目撃した者はいないでしょう」

 外に出ていたジェイソンは良い話と悪い話を持ち帰ってきた。

「アレキシ様の存在も公にはなっていません。伯爵周辺もまだ我々の動きは掴んではいないようです」

「それは確かか」とアレキシ。

「はい、ミルがうまく立ち回ってくれたおかげで、民もこちらの味方となっていますが、一座で挙式に乗り込むことは出来ないでしょう」

「荷物は取り返せても、のこのこ出て行くわけにもいかないか」コールドが呟く。

「警察も仕事をする必要がある」ベンソンが体をよじり、椅子が揺れ脚が音を出した。

 椅子は脚の長さに違いがあるらしく座りが悪く落ち着かない。目の前のテーブルも家を建てたときに出た端材を集めたかのように所々色が違う木材が混じっている。安物以下の家具だが不意に傷を付けることを心配しないで済むだけ二人としては気が楽だ。

「計画は変更になるが、ミルたちの息災を喜ぶことにしよう」

「はい、ですが気がかりな話も聞きつけてまいりました」

「気掛かりとは何だ?」

「……、何者かがアレキシ様が襲撃の折、殺害されたという噂を流しているようです」ジェイソンに全員の視線が集中する。

「アレキシのことは公にはなってないって、さっき言ってなかったか」

 コールドは同意を求めるように同席する者たちに視線をやった。目が合った者が軽く頷く。

「市中ではない。王宮内だ。アレキシ様が密かに帰国したが賊に襲われ亡くなられた。事件はアレキシ様を狙った犯行だったと、あまりに衝撃的な内容なため事実を確かめるまでという口実で箝口令が引かれている」

「流したのは今回の事情を知ってる奴だな。何か目的があるんだ?」

「牽制かな、気掛かりなのはそれがヤスミン様の耳にまで入っているであろうことだ」 とジェイソン。

「面倒だな。ヤスミンの事だ、噂の真偽を確かめようと動いているだろうな。俺の帰国を知っているだけにな」アレキシは大きく息をついた。

「無事を知らせたいが、王宮にはこちらの味方と同様に伯爵に与する者も多くいる」

「餌を投げてあんたを釣ろうとしてる?」 とベンソン。

「その通りだと思う。今は堪えないといけない。だが、ヤスミンが心配でもある」

「挙式があるんだ。奴らもめったなことはしないだろう」

「ヤスミン様はかなり行動的なお方で……」とジェイソン。

「行動的か、ものは言い方だな」アレキシは苦笑した。

「暴れ馬だよ。あの気性だと王宮を抜け出し自力で真相を追おうとし兼ねない。このままだと挙式までどう動くかも予想がつかない」

「まったく手間のかかる。お使いなら行ってくるぞ」コールドは両拳を打ち合わせた。

「何を言ってる?」

 アレキシは目をひそめ。他の者も訝し気な眼差しを送る。ベンソンさえ不審顔だ。

「俺がベンソンとで姫様に会って、あんたの無事を知らせ、挙式まで静かにしてるように伝えてきてやるよ」

「お前、正気か」

「こいつはいつもこんな調子さ」ベンソンは大仰に両手を振った。「仕方ない。付き合うか」
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