第2話

文字数 4,166文字

 工房を去る時ベンソンはアーノルドからウィリアムの仕様書なるとヴィセラの日記を借り受けてきた。表題は厳めしい書体で「殺戮人形制作法」と書かれているが、実際は著者の手記として多く項が割かれている。もちろん、材料や制作について細かな解説はなされているが、それはとてもベンソンの理解がついていける範囲ではなく、食堂で出された貝のスープの友にするには難解過ぎた。
 テーブルの向かい側ではコールドがスープをすすり、スープ鉢から貝を取り出してそこから剥がした身を口に運んでいる。仕様書を読みふけるベンソンのスープは冷めるばかりであまり減ってはいない。二人がこの海産物料理を振る舞う食堂に訪れたは、先にマウント・ライスについて港で聞き込みを始めれば、必ずや食事を食いそびれるだろうという考えからだった。
「何かわかったか?」
「あぁ、著者のステファン・ブルーは当時悲惨な境遇に陥っていたことはわかった。国立研究所の主任研究員の地位にあったが、実生活では妻や子供を病気で相次いで無くし失意の果てにいたようだ。自分に責任があるのではないかと自分を責めてもいる」
「それは気の毒だとは思うが、今はウィリアムだ。何が書いてあった?」
「それはわからん、書いてあることがこの世の言葉じゃない」
「お前魔導士だろ」
「魔導士全員が錬金術に長けているわけじゃない。まるで別物なんだ。理論を理解していれば魔力も必要としない。錬金術師としてはこれを書いたブルーも、これを元にウィリアムを作り出したおじさんもかなりの力の持ち主に違いない」
「マウント・ライスもか?」
「それはどうかな。連中は鉄人形を使っていただけにある程度はわかっていたのかもしれないが、所詮は使い走り、大したことはないだろう。製作はおじさんに任せているからな」
「もしかして、今の帝都のアイラおばさんって凄腕錬金術師なのか?」
「今頃わかったのか。あの人は伝説だ。天才中の天才だよ。楽園はそういう場所だったんだ。アイリーンを見ればわかるだろ。さっさと食ってマウント・ライスに会いに行くとしようぜ」
「そうだな」
 あとは両者無言でだた空の貝殻だけが皿の上に増えていった。
 
「改めて確認しよう」
「そうだな」とコールド。
 日が落ちて人気も少なくなってから、コールドとベンソンの二人は貨物船埠頭へと戻ってきた。この程度の暗さになれば服装で目立つ二人も闇に紛れることができる。
「可能な限り戦闘は避ける」
「目的はおじさん、マイケル・ヴィセラの居所を調べること」
「マウント・ライスについて知っているか質問する」
「彼がいるのなら面会を申し込む」
「極力穏便に話を進める」
 二人は到着した折に見つけた場所に赴くにあたって、打ち合わせた項目について互いに言葉に出し確認をした。そこには商船ハポンビタ号の乗組員の背に描かれた紋章が掲げられていた。ウィリアムは追手の乗組員にお頭と呼ばれた男をこちらで目にしていた。二人はマウント・ライスがお頭の上にいる男ではないかと推測している。
「もう一回言う、可能な限り戦闘は避ける」
「了解」
 両者頷き路地へと入る。昼と変わらぬ闇の洞窟を思わせる路地、建物から差し込む薄黄色の光に照らし出される縦に並び重なる二つの円。二人は開け放たれた戸口から室内へと入った。
 雑然とした広間の中央には丸テーブルが二つと壁にソファーが置かれている。別の壁には、背に馴染みとなった円が重なる文様が入ったコートが並んで掛けられている。
 煙草の靄の中、丸テーブルでは男達がカードゲームに興じ、それを取り巻き見物している者がいる。ソファーではだらしなく眠り込んでいる男が三人。ざっと見たところで十五人ほどである。
 現れたコールドとベンソンにまず反応したのはカードの見物人達である。男たちは突然の訪問者を睨みつけた。そして、各自手持ちの武器に手を掛けた。それも無理はない。派手な魔導着の腰に大口径拳銃を下げた男と、歩くナイフの鞘のような男が何の断りもなく戸口に現れたのだ。
 ゲームに夢中だって男たちも異変に気付き、それを中断し立ち上がる。入口に背を向けていた男が振り返る。
「なんだ、てめぇらは」威嚇用の低音の唸り声。
「マウント・ライスという男、女かもしれないが、ここにいるか?」
 ベンソンの言葉に男たちが顔をしかめる。
「いるなら呼んできてくれ。尋ねたいことがある」とコールド。
「なんだぁとぉ、もっぺんいっぇみろ」
 呂律は回っていないが怒りは十分に伝わってくる。声を合図にテーブルを囲んでいた者たちは手持ちの武器を構え、眠りこけていた男も飛び起きた。手には斧、鉈、両刃剣、ベンソンと同じく拳銃もいる。
 先頭を切ってコールドに向かっていたのは斧を手にした男。男はコールドに向かい渾身の力を振り込むが、その時すでにコールドの姿はなく、斧に打たれた床の木っ端が派手に舞い上がった。そして、コールドが男の背後に姿を現した時、男は床に食い込んだ斧を抜くことなく、その場でうつ伏せに倒れた。
 コールドは腰の鞘に納められていた二振りのナイフを手にしていた。竜の鱗から削り出した刀身には暗い碧の波模様が浮かんでいる。刃渡りは前腕ほどもある。
 ベンソンは素早く銃鞘から拳銃を取り出し、銃を手にした数人の手から銃を弾き飛ばし、もう一発でその動きを止めた。
「可能な限り戦闘は避けるはずだったよな」コールドはベンソンに目をやった。
「避けてたさ。が、起きてものは仕方ない」
 ベンソンの拳銃の弾丸が尽きたことを見切った男が彼に鉈の刃を向ける。傍の男達もそれに続くが、それが振り下ろされる前にベンソンは宙に現れた装弾済みの拳銃をつかみ取った。コールドほどではないものベンソンも襲い掛かる刃の波を巧みにかわす。舞うように魔導着の裾をはためかせ男達の背後に回り込む。乾いた轟音の度に男が動きを止め武器を取り落とし崩れていく。そして、一丁の拳銃が宙に消え、新しい拳銃がベンソンの手元に現れる。
 コールドは壁際で寝ていた男が、傍に落ちた仲間の拳銃を拾い上げるのを目にした。男は拾い上げた拳銃でベンソンに狙いを定める。コールドは男から拳銃をもぎ取ると同時に蹴りを食らわせた。彼の移動速が十分に乗った中段蹴りを受けた男は漆喰壁にひびが入るほどの衝撃で叩きつけられ再び眠りについた。
 最初居合わせた男たちがすべて床に倒れた頃、騒ぎを聞きつけた仲間たちが奥から武器を手に飛び出してきた。彼らの反応は二つに限られた。床に転がる仲間も構わず戸口へ駆け出す者、二人に武器を向けながらも状況に圧倒され足を踏みだせない者。駆け出した者たちはたちまちコールドに殴り倒された。それを目にした残党は意を決して二人に向かってきたがベンソンに武器を弾かれ、コールドに殴り倒された。
 静かになった建物内を慎重移動する。一階の奥を探索するがもう無人となっていた。最奥に上階への階段を発見し上ってみた。二階では大小四つの部屋が見つかった。鍵のかかっていない三つの部屋は倉庫と簡素な寝台が並べられた仮眠室、鍵の掛けられた一室は幹部の執務室らしく家具、調度品は整えられていたが、戸棚は書類で雑然となっていた。ここも暗く無人である。
 二人は一度階下に戻り、床で伸びている男を起こしマウント・ライスについて尋ねてみた。男はライスが幹部であることは認めたが、所在については留守だと告げただけでほどなく気を失った。
「とりあえず役に立ちそうな物を集めて出ていくか?」ベンソンは振り返り奥に目をやった。
「そうだな。長居はできないからな」コールドは荒れ果てた部屋を眺める。
 あれだけ賑やかに発砲をすれば誰かが聞きつけているだろう。そして誰かが様子を見に来るに違いない。二人は踵を返し二階へと向かった。

 海を臨むスコギヤラ城塞が百年前に無人となったのは、時の代官が暗殺されたことが発端と聞いたことがある。ピエト・ロットとしてはそれに興味を抱いたことはない。夜警の手下が歩く鎧や血まみれの男を見かけても、話のネタとしか捉えていない。面倒なのは現在生きている人間なのだ。息の根を止めるまで、何をやらかすかわかったものではない。
 現在の脅威と同時にロットが腹に据えかねているのは正体不明の二人組である。そいつらの手によって、ここに次ぐ拠点である港町バイア、そしてトレ、ドゥオが壊滅的打撃を受けた。二人組はマウント・ライスとビエラなる男を探しているという。二人組は拠点となってる食堂、店舗などに現れてはライスとビエラを出せと迫り暴れ回る。その強さは常軌を逸しており用心棒もまるで歯が立たない。
 奴らは一体何者なのか。ライスとの間で何があったのか。ビエラとは何者か。ロットの脳裏に次々と疑問が浮かぶ。ライスを直接問い詰めたくとも奴は人形を連れ戻すため遥か東まで出向いている。そういえば、奴からの連絡は全くない。いくら遠いといっても遅くはないか。まさか逃げ出したのではないか。ロットの中に新たな疑念が浮かび上がる。
「頭領?」
 聞きなれた男の声に我に返る。
「あぁ、聞いてる、続けてくれ」
「はい」
 ロットはピコロ・フォンタナから報告を受けている最中だったのだ。忌々しいクワッロ壊滅の報告である。
「小頭のピコ・ヒガが重傷、他死亡三名、重軽傷十名、借金の取り立てでたまたま外出していたデビットと新入りだけが被害を免れました。問題なのは居合わせた客人です。カジノの件で手打ちに向けての段取りを付けに来ていました。幸い命はとりとめたようです」
「何が幸いだ。手打ちは御破算だ。早速奴らから使いが来た。言葉こそ丁寧だったが、要はとっととてめぇの騒ぎに始末を付けろ。話はそれからだ、だとよ」ロットはため息をついた。「下手すりゃ戦争になるぞ」
 ロットの鋭い目つきにフォンタナが息をのむ。
「すぐに動ける奴をここに集めろ。船をここに持ってこい。二人組がここに来るのは時間の問題だろう。守りを固めるんだ。それとライスを大至急呼び戻せ。ここに連れてこい」
「はい」
 フォンタナが出ていきロットはそのまま机のへりに腰を掛けた。俺は何に巻き込まれたのか。二人組は何者か。他の組織に雇われた始末屋か。なぜライスなのか。ロットの脳裏にまた止めどなく解けぬ疑問が湧き上がってくる。
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