第7話

文字数 3,268文字

 ローズは夜のうちに複数の情報提供者に対して例の屋敷についての調査を依頼しておいた。主に現在の所有者についてだ。昼を過ぎて帰って来た報告によると、屋敷を建てたのは三百年ほど前にいた貴族だった。彼らはそれから百年ほど住んで出て行った。その理由は不明だ。所領の都合で出て行ったか、政争に巻き込まれたか定かではない。フレアはそちらには興味は引かれなかった。関心があるのは今の持ち主だ。またはあの屋敷に好きに出入りすることが出来る立場にある業者だ。

 現在の持ち主はオキシデンに拠点を置く農家だ。なぜ西の農家が帝都の閑静な住宅地に屋敷を持っているのかは不明だが、それもどうでもよい。彼らは屋敷を手に入れはしたが、帝都に移って来ることはなく、無人のまま管理は業者に任せているようだ。業者の名はテベス不動産といい、同名の新聞社の関連会社だ。帝都にいる彼らなら屋敷への出入りも可能だろうし、地下の存在も把握しているだろう。

 フレアは自前の知り合いにも声を掛けておいた。以前、相続問題で命を狙われた家具屋のマティアスを助けた事があった。その時に知り合った元警備隊隊士で探偵のラリー・ボウラーだ。元警備隊士である彼は先の情報提供者とは少し毛色が違う。フレアはあの屋敷で何か起こっていないか、それを知るためボウラーに声を掛けた。

 ボウラーからも昼過ぎには連絡が入って来た。

「やぁ、久しぶり」 とボーラー

「久しぶりね。急な仕事を受けてくれてありがとう」

「かまわんさ。この程度なら皆のためにいい小遣い稼ぎになる」

 ボウラーの軽い笑い声が聞こえる。外部音声ではなく受話器を耳に当てると先方の声はイヤリング越しのように聞こえてくる。但し感情までは伝わらない。

「早速、本題に入るが尋ねられた白華園六百二十六の屋敷だが今は無人だ。以前住んでいた役者が出て行ってからは誰も住んでいない。オキシデンの農家が買ったとの話はあるが、そいつらは二、三度顔を見せただけでそれっきりらしい。だが、時折人の出入りはある。近所の使用人の話によると服装からして管理業者かもしれないってことだ。お仕着せの男が現れ、客の対応しているのも見かけあことがあるらしい。持ち主は結局、住まずに売る気なのかもしれないな」

「ふぅん……」

 商談を持ち掛けているのはお仕着せの男よりむしろ客の方かもしれない。その場合売るのは家ではなく手紙などの脅しのネタだ。

「それで屋敷絡みで何か事件が起こっていないかって話だったが、ちょうど昨日起きていたようだ」

「昨日?昨日あの屋敷で何かあったの?」

 フレアは昨日の日中は多くの時間をあの屋敷で過ごした。地下には居たが地上では何もなかったはずだ。それさえ気取れぬほど集中していたはずはない。

「あぁ、屋敷で起こったわけじゃない。数日前にそこで取引をした男がいる。彼は港の居酒屋で喧嘩に巻き込まれ鞄を取り違えた。正確には先方が彼の鞄を誤って持ち帰った。その持ち主から取り違えた鞄を返してくれと相談を受けたそうだ。彼は例の屋敷に招かれ相談を受けた。鞄を返してくれたら金を払うと言われ、実際手付の金を受け取っていた。彼は次の連絡を待っていたわけだが、昨夜彼の下宿の部屋が荒らされ鞄を盗まれた」

「留守を狙われた?」

「たぶんな。他の部屋に被害は無し、彼の部屋からは鞄だけが盗まれた。昨夜通報がが入り、その屋敷にも隊士が向かったそうだが、屋敷は無人だったそうだ。聞いた元同僚の話じゃ夜から大忙しになったそうだよ」

「その彼の名前はわかる?」

「そう来ると思ったよ。待ってな」

 ややあってボウラーは空き巣に入られた男の名前と住所をフレアに告げた。



 昨夜の出来事に引きずられ、ポンテオは自己嫌悪にまみれていた。自分は騙されていたのだ。騙されてのこのこと先方へ出向き自分の住処を教えた。鞄を取り戻したい金持ちは確実にいるのだろう。しかし、そいつはポンテオに全額を払う気は毛頭なかったのだ。

 広告まで出してポンテオと接触したのは、先方が是が非でも鞄を取り戻したかったからだろうと、警備隊は推測している。ポンテオも同感だ。居所さえわかればこちらのものと押しかけて来たに違いない。警備隊士には犯行時に誰も居合わせることが無かったのが不幸中の幸いだと変な慰め方をされた。実際、空き巣狙いに居直られての被害は少なくないそうだから真意からの言葉だろう。

 あの鞄についてはしつこく聞かれたが大した物は入っていなかったはずだ。煙草入れと酒用のスッキトル、金属製の携帯用の小瓶だ。どちらも少し傷は入っていたが、売り払えば何食分かの小遣いにはなる。しかし、わざわざ盗みに入る価値があるとは思えなかった。後は汗拭きだったか。

 警備隊はスッキトルの中や鞄自体に禁制品が隠されており、連中はそれの回収に動いたのではないかと見ている。急いでいたのではないかとも。確かにそれならポンテオも納得がいく。

 最後に隊士は間違っても新聞社や例の屋敷に出向くことが無いよう釘を刺し帰っていった。絶対に自分で事件の解決のために動かないようにと言っていた。それについてポンテオは素直に聞くつもりだ。これ以上面倒に巻き込まれてはたまらない。

 いつもの食堂からの帰り道、もの思いにふけっているうちに下宿屋に到着した。建物の前で一瞬足が止まる。下宿屋の前に妙な馬車が停まっており、傍に大家さんが緊張した様子で立っている。今度は何があったのか。馬車は鉄馬車と呼ばれている機械馬が曳く仕様で黒塗り客車には蒼い龍が描かれている。同様の機械馬を最初に見た時、ポンテオはひどく驚いた。ポンテオも魔法仕掛けの小さな動人形なら見たことはあった。しかし、あれは大きさと重厚さが桁違いだ。さらに馬は渡来人の技術で作り上げられた機械制御の産物と聞き更に驚いた。

 御者席に座っているのはお仕着せの女の子だ。あの子まで機械ならすごいだろう。住人の誰に用があるのかとポンテオは考えた。住人の誰かが実は貴族や金持ちの子息で実家から迎えに来たのか。彼は芝居がかった展開を夢想する。

 真っすぐ下宿屋まで足を進めているとポンテオの姿に気が付いた大家さんが駆け出してきた。

「ポンテオさん!今度は何があったんだい」特に怒っているわけではないようだが、どこか変だ。

「何がって今日は特に何も」

「だったら何であんな人がやって来るのさ」大家さんはそっと馬車に視線を向けた。

「あんな人って」まるで何を言っているのか掴めない。

「こんばんは、タツヤ・ポンテオさんですね」

 ポンテオは横からの不意の挨拶にそちらに目を向けた。そこに立っていたのは御者席の女の子だ。ついさっきまで御者席に座っていたはずが、今はすぐ横にいる。

 身に着けているのはお仕着せだが素材はとんでもなく高価に見える。かなりの金持ちの使用人に間違いはない。

「えぇ、そうです」そんな彼女が何の用があるのか。「こんばんは」

「お気楽にしてください」女の子は微笑んだ。「わたしはフレア・ランドールと言います。塔のメイドと言った方がわかりやすいかもしれません」

「あっ……」思わず声が出た。

 塔と言えば新市街に住んでいる吸血鬼の住処ではないか。人は手に掛けない。金持ちで慈善家と聞いたことがある。ポンテオとしては理解不能の存在だ。その吸血鬼には代理人を兼ねているメイドがいる。 それも聞いたことはあったが実際に面と向かって話すことになるとは思ってもみなかった。

「あなたが巻き込まれた事件について主人のローズ様がお聞きしたいことがあるそうなので、お迎えに上がりました」 フレアは静かに微笑んだ。

「そうですか」

 言葉は柔らかだが、これは依頼ではなく命令なのだろう、断ることは不可能だろう。断ったところでどの道吸血鬼はやって来るに違いない。混乱状態まだまだ続くらしい。

「わかりました。お邪魔します」

 ポンテオはフレアに軽く頭を下げた。笑顔は少し引きつっていたかもしれない。
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