第2話

文字数 3,880文字

 ゴトー達が待てど暮らせど航空機搭載の人工知能マチルダは戻ってこなかった。航空機のすべてを統括する彼女が戻らない限りランプの一つも灯らない。彼らはやむなく手動での再起動を試みたが成果は上がらなかった。ゴトーを含め全員、機械整備の心得は少しはあるが工具が乏しい砂漠の真ん中ではできることが限られる。

「ゴトーさん。出ますか」

 操縦士のシベリウスが整備扉の一つを閉めた。

「そうしよう」

 機体が沈黙したままでは何が壊れているのかわからない。わかったところで対処できるとはかぎらない。そこで目下の問題は人気のない砂漠の只中におり、居留地への連絡手段が一切ない事だ。地図端末で場所は分かるのだがこれでは位置を知らせることもできない。個人用の端末も通信障害が出ているのか繋がらない。機体の通信機ならまだましかもしれないが、それを管理していたマチルダは無事緊急着陸をこなしたが、救難信号を出さないまま沈黙してしまった。
 
 ないない尽くしを解消するため男が二人狭い機械の中に体を突っ込んでいたのだが結局成果は出なかった。
 
 二人は操縦室を出て機外へと出た。機内の個人の荷物は綺麗に運び出され、砂の上に並べられていた。残りの乗員は貨物室の扉の傍にいた。扉の横についた蓋を開け三人で覗き込んでいる。機外へ出てきたゴトーとシベリウスに気付き一瞬笑顔を浮かべるが、その意味を理解するとそれは儚く消えた。

「マチルダは戻ってきましたか」諦めきれないクォハラが尋ねた。

 シベリウスが首を横に振る。

「できることはやった。後は目を覚ますのを待つしかない」とゴトー。古いドラマや映画のセリフが浮かんできた。

「それじゃ、この扉を開ける方法は……やっぱり」ピリシキが暗い操作パネルを見つめる。

 機体の制御を行うのは人工知能マチルダであり、それが戻ってこない今は扉一つ開けることもままならない。 客室から貨物室に至る扉も認証が必要なため鍵がかかったままだ。搬入口も同様である。

「そう、知っての通り爆発ボルトを使うことになる。そこの鍵穴に鍵を差し込みひねって、ボン。開けることはできるが二度と閉まらない」 シベリウスが手振りを交え話す。

「何もそんなところに非常用ビーコンを納めることないのに」ウィルマンがこぼす。

 唯一の通報手段となっているビーコンは閉ざされたかも貨物室に収められている。非常時の使い方は教えられているがまず部屋に入る必要がある。

「あの中のビーコンはどちらかというと俺たちが作動させる想定にはなっていないんだ。指示はできるが、使用は人工知能に任されている」

「でも、もしその人工知能が対処できないような事態になったら」

「まず、俺たちもただではすんでいない」

「あぁ……」

「今回は無事に着陸したが、何の通報もしないうちにマチルダは引っ込んだきり戻ってきてくれない。居留地のマイケルとも断裂していないことから平時の扱いで作動しない。ありえない話だよ。まぁ、ビーコンを作動させればレスキュー辺りが血相変えて飛んできてくれるさ。機を壊すのは気が進まないが仕方ない」

「居所が知れなくて騒ぎを起こすよりはましさ」ゴトーがシベリウスの肩を叩いた。

 シベリウスは飛行服のチャックを下ろし前をはだけ首に下げた鍵を取り出した。

「こういうことは前にもあったんですか」ピリシキが尋ねた。

「残念ながら輸送機は何度も落ちている。以前もここに来てからもだが、俺が知る限り今回のようなことは初めてだ」

「あぁ、大墜落の時でさえ探査船のマイケルは機能を保つため常に働いていた。どれだけ助けられたか」

 クォハラ、ピリシキ、ウィルマンはこの世界で生まれた。五十年も経てばそういう時代も来る。彼らは大墜落を知らず保存されたアーカイブで目にしただけだ。
 
 シベリウスは黒と黄色の斜線で囲まれた鍵穴に鍵を差し込んだ。

「扉の前から離れてくれ。爆発するぞ。三、二、一」彼は鍵を右方向に回し扉の傍から飛びのいた。

 爆発と名はついているが扉が吹き飛ぶわけではない。爆薬の力により扉を止付けてあるボルトが切断されるが、目にするのは若干の煙だけだ。扉はダンパーの作用もありゆっくり開かれる。ほぼ危険はないのだが、爆薬を使用するため不測の事態に備えて退避は必要となる。

 今回の場合は何も起こらなかった。しかし、しかるべき爆発が起こらないというのは余計に危険な事態でもある。シベリウスは鍵の位置を元に戻し、扉を慎重に確かめた。扉がどこかに引っ掛かり降りてこないわけではない。

 シベリウスはもう一度同じ手順を踏み爆破を試みたが何も起こらなかった。

「これもマチルダが必要なんですか」ウィルマンが聞く。

「いや、これは関係ない。機械式で独立している」ゴトーが答える。

「つまり、どこかが故障しているということだ」

 シベリウスがため息をついた。

 
 三度めの正直とはならず扉は開かなかった。こちらから連絡を取る希望は消え、居留地側から居場所を探し出してもらうのを待たざるをえなくなった。砂漠での野宿は回避できない。

「明日には迎えに来てくれるさ。幸い飯も水もある。火は使えるから寒い思いはしなくて済む。雨露をしのぐ場所もある」シベリウスは動かなくなった輸送機の機体を軽く叩いた。

「敵はこの日差しですね。エアコンが無いのはつらい」 ピリシキが汗に濡れた赤い髪をかき上げる。

「帝都があそこにできたわけがよくわかるよ。とりあえず日よけを張ろう。あとは陽が落ちるのを待つしかない」

 乗員たちは非常時持ち出しキットの留め金を外し中身を取り出す。大きなアルミシートと簡易式のテントが見つかった。シートを広げ輸送機とテントに結び付け日陰を作った。これで少しは過ごしやすくなった。全員にボトル入りの水が配られる。

「俺たちも水を作り出す魔法を覚えられないかな。便利だろうに」とクォハラ。

「水は召喚できても結局は濾すとか火を通さないと飲めないそうよ。作り出す方は周囲の湿気を集めているだけだから乾燥した砂漠では使いにくい」ピリシキが答える。

「それじゃ、俺たちと変わらないのか」

「そうね。量も術者の力次第で、わたしたちじゃコップ一杯が関の山かも」

「水これだけ作り出すだけでも大きな設備が必要になる」ウィルマンが透明のボトルを見つめる。「文明がどうであれ、安定供給のために行く着く先は水源の確保という点では変わらないんでしょうね」

 日陰に隠れ陽光をやり過ごしているうちに風の雰囲気が変わってきた。妙にさわやかな風が吹いてきた。それには誰も気づいた。砂にめり込んだ輸送機にもたれ掛かっていたクォハラが立ち上がり日よけの外に出ていった。

「あっ」小さな声を上げる。

 他の者も立ち上がり日陰から出る。彼の視線の先には遥か上空にまで及ぶ土煙が聳え立っていた。

「砂嵐です」

 傍にいる皆が頷いた。この砂煙はきれいに回転も集束もしていないが十分に危険である。さらに発達すれば輸送機も砂に埋もれかねない。居留地であっても嵐となれば活動停止を余儀なくされる場合がある。

「まずいな。避難場所といっても何もないぞ」

「近くに古い建造物があります。写真によると石造りです」

 ピリシキが地図端末の拡大画像を示した。地図は衛星高度から取られた写真に切り替えられている。

「そこの丘の向こう側にあるようです」 背後の丘を指差す。

「見てきます」ピリシキの言葉にクォハラが丘に向かい走り出した。

「あぁ、わたしも付いていこう」

 ゴトーが声を掛け他の三人も丘の麓へと向かった。クォハラに続きゴトーも丘を順調に登り終え向こう側を眺めた。

「寺院なんでしょうか。古びた建物が見えます人影は見当たりません。降りてみます」 クォハラが麓の三人に呼びかける。

 丘の上から見えたのは帝都にある教会ほどの規模の建物を適当に集めたような雑多な建物群だ。丸屋根、三角屋根、平屋根、階層も様式も様々な建物が高い城壁の中に詰め込まれている。

「気を付けてな」

 ゴトーはクォハラと共に坂を用心しながら降りていく。生身ではないので少々のことでは壊れないが、痛覚は生身と同様に搭載されている。

 坂を下りきると、城壁に沿い入り口を探してみる。傍まで行くと思いのほか大きく重厚な作りであることがわかった。砂に埋もれた車寄せを歩くうちに砂が払われた石段が目についた。そこから城壁の中に入れそうだ。石段から中を覗いてみると、塀に挟まれた通路の奥に両開きの扉が見て取れた。石段から通路の先の砂はきれいに払われている。とりあえず守り人程度はいそうだ。

 ゴトーはとりあえず両開き扉の片側を数度ノックした後ゆっくりと引く。見た目は重厚でも動きは滑らかで扱いやすい。

「いらっしゃいませ」

 三分の二ほど開けたところで前方から声がかかった。前にはよく陽に焼けた男が立っていた。髪のない頭まで綺麗に小麦色である。その背後には大柄の男が立っている。奥にはカウンターがあり案内係と思わしき二人が控えている。

「お客さん、扉を閉めてもらえますか。砂が入ってきます」

「あぁ、すまない」

 二人は急いで中に入り扉を閉めた。
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