第8話

文字数 4,308文字

 翌朝もファンタマは昨日までと変わらず釣り道具一式を手に宿を出た。しばらく北へ向かって歩き、目を付けておいた木に登りそこに釣り道具を隠した。そして、アラサラウスの力を使い姿を消した。姿を周囲に溶け込ませると言った方が正確だろう。ファンタマを包み込むアラサラウスの表面に背面の風景を映し出す。消去ではなく迷彩だ。勘のいい狩人や訓練を受けた者なら視覚に違和感を感じるかもしれないが、その正体に気付くまで少々の時間要するだろう。その間に逃げ去ればよい。相手は自分に都合の良い解釈をするだけだ。精霊、魔物好きなように記憶すればよい。

 ファンタマは森の木々に紛れて北へと進む。やがて、城塞の前に到着し周囲を確認し迷彩を解いた。見た目をキルヒスの姿に整え城塞入口へと向かう。警察機関へ自ら出向くのは珍しい事ではない。地元組織に潜り込み共に行動したことさえある。大半はたわいもない男女の集まりなのだが時折切れ者が混じっている。十分な用心は必要だ。

 ファンタマは正面の扉を二回叩き反応を待った。ほどなく見覚えのある男の一人が姿を現した。ファンタマはキルヒスの身分証を提示した。身分証などはアラサラウスの力で作り出すことが出来る。詳細な鑑定には耐えられないが提示するだけならこれで十分だ。彼らはキルヒスの姿を見知っている。 それがファンタマに有利に繋がる。

「こんにちはキルヒスさん、今日は何の御用ですか」

 案の定男は身分証を漫然と眺めただけだ。取り上げ確かめようともしない。 身分証より見知った顔の方が信用される。

「グワンマイヨン博士に警備隊士としてお聞きしたいことがあるとお伝えください」

「了解しました」男視線が一瞬外れる。「キルヒスさんこちらへ」

 グワンマイヨン博士は男の耳を使いこちらの様子を把握しているようだ。博士どころか通信石を仕込んだ装身具を身に着けた全員が繋がっている。帝都を中心にここ十年で広がりを見せている人工魔器だ。渡来人も面倒な物を作ってくれた。

 男に案内されたのは昨日と同じ部屋だ。博士は一人きりだが、彼に何かあれば城塞内にいる部下たちがここに殺到することになるだろう。魔器が伝えるのは言葉だけではない。感情も流れてゆく意識を失えば回線が切れ、相手に悟られることになる。

「ようこそ、キルヒス隊士。何の御用でしょうか?」 博士は椅子から立ち上がり机から身を乗り出した。

「リッチ・ウォリン、ミカエル・スタンネン両氏から昨日の出来事を打ち明けられたのです」ファンタマの言葉にグワンマイヨンの眉が僅かに動く。

「だが、彼らのことは悪く思わないで頂きたい。彼らもあなた達との約束は承知していたが、熟考の末俺には事実を告げておいた方がいいと考えたらしい」

「なるほど……」

「こちらとしてもあなた方の立場は理解しているつもりだ。現在内偵中の調査も邪魔をする気はない」

「では、なぜここまで来たんだね」博士は語気を少し強めた。「君たちはこの村の治安だけを守っていればよい」

「そのために来たんです。あなた方が何を調べているかなんて興味はありません。聞きたいのは度重なる荷馬車の襲撃の理由、そして二件の殺人事件について知っていることをお聞かせ願いたい。村人は少なからずこれらの事件に対し不安を抱いています」ファンタマは一拍の間を置いた。「あの気の毒な旅行者を手に掛けたのはあなた方ではないだろう。しかし素性に心当たりはありませんか。こちらとしてもあの件をいつまでも長引かせるわけにはいきません」

「なぜ、それらが我らに関係があると思うのかね」

「それについては昨日の朝までは思い当たりもしませんでした。思い立ったのは捜索が終わってあの二人から話を聞いてからのことです。不意に亡くなったあの二人のことを思い出したんです。彼らは連れ立って来たわけではないですが、鱒以外にこれといった取り柄のない村にやって来て、釣りもせず土地の事を根掘り葉掘りと聞いて回っていた。こっちとしてはまたセレモニアル事変絡みの宝探しかと泳がしておいた。珍しい事じゃないんです。伝説のお宝を求めてやって来る旅人はね。そんな人たちは情報欲しさに店に入って宿に泊まって金を使う。村としては悪くない存在です。後は他の客と同様に無茶しないようにそっと見守るだけです」

 これらはファンタマの出まかせではない。宿で店主のマーティンから聞いた話だ。ファンタマも最初はその目で見られていたらしい。ネリに城塞や教会について聞いたためだ。

「ですが、面目ないことに殺されてしまった。続けざまに二人とも。昨夜改めて亡くなった二人が本当は何をしていたのか、なぜ殺されたのか考えたんです。流しの犯行という線もありましたが、それなら地元の厄介者が疑わしい。幸い連中は今回は関わっていないようだ。では誰か、なぜ殺されたのか。何が原因なのか。探し物があったのは確実でしょう。探し回った結果、それは見つかったに違いない。そのために殺された」

「つまり口封じか」と博士。「我々にそれは必要ない。捕えたなら目につかない場所に連れて行くだけでいい。我々にはそれが許されている」

「確かに我々にはそれが可能です。だからこそ、あの二人を手に掛けたのはあなた方ではないだろうと考えたんです。しかし、素性は御存じでしょう」

「さっきも言ったようにどうして我々を彼らと結びつけるのかね」と博士。

「それはあなた方も彼らと同じものを探しているように見えるからですよ」博士の右のまぶたが僅かに動いた。脈ありか。ファンタマは言葉を続ける。「あなた方が野盗を装ってまで探していた何かは彼らと同じものではないですか」

 ファンタマは一呼吸間を置いた。

「話していただければ野盗の件に関しては不問としましょう。野盗が鳴りを潜めれば村人の多くは忘れてしまうでしょう。ことが公になれば当然騒ぎは起こる。小さな村でも厄介者がいる。暴れ出すと俺でも抑えが効かなくなります」

「ふん」室外で物音がした。ややあって「話せば先の約束は守られるだろうな」

「それは保証します。俺の関心はこの村で起こる面倒事で、あなた方の仕事じゃない。嘘はありません。何かあれば協力しますが邪魔をする気はありません」

「いいだろう」博士は息をつき扉に目をやった。「昨日言った通り詳細を告げることは出来ないが、我々はオキシデンより派遣された内偵捜査要員だ。密輸や盗品取引の取り締まりが任務となっている。そして、今回我々の元に舞い込んできたのがセレモニアル事変に纏わる装身具の取引だ」

「おい、冗談だろ」思わずファンタマは素に戻ってしまった。「そんなものこっちじゃ曽爺さんの代から探し回って何も見つかってない。大ぼらで間違いない」キルヒスとしての言葉で後を繋ぐ。

「わかっている。我々も例の地下通路を見つけた時は色めき立ったが、他には何もない。侯爵家の置き土産は地下通路と茨の幻影だけだ。そのうち偶然見つけたふりをして公表し幻影は解除しておくといい」

「そのつもりですよ。一人犠牲者がいるようだ」

「三人いるんだ。気の毒なことに……話が逸れたが伝説の真偽など関係はない。そんなものにはかまわず実際に取引は行われている。大公家の遺品とされている宝飾品が裏市場で流れているんだ。セレモニアル事変を匂わせて。捜査の結果、拠点はこちらにあるとわかってきた。それは事実だろう。内偵にやって来た同僚ここで命を落としている。皮肉なことに彼らの死がそれを担保している。君たちも知っているあの二人だ」

 結局、ファンタマが追ってきた噂は公国とは全く関係なく、密売組織が商品の箔つけのために行った演出だったようだ。警備隊と同業者を巻き込み、まことしやかに世界を一つ作り出したのだからうまくやったものだ。

 警備隊が真相を探ろうと動けば動くほど箔が厚くなり、客も真に受け騙されるのは違いない。ファンタマもまんまと乗ってしまった。内偵班はそこまでわかっていながら、先に進めずもがいているようだ。博士によると組織の規模は小さくはなさそうだ。それがこの湖畔の村に潜んでいる。住む者全員の素性が割れているような村で、いったいどこに潜んでいるのかのか。空にでも浮かび、雲の上からでも眺めているのか。



 宿へ戻ったファンタマは釣り道具を手に部屋に引き上げた。少し落ち込んだ様子の彼を目にして入口の受付係は釣果の悪さと思い込み「そんな日もありますよ」慰め微笑んだ。

 ファンタマもそれらしく振舞ったが、実際はその何十倍も深刻な問題だった。事は休暇を兼ねた面白半分の調査を越えてしまった。万が一、本物なら持ち出された品を何個か拝借しようと考えていたがそんな呑気な話ではない。博士は出回っている数から密売組織に宝飾品を流している工房が存在しているとみている。贋作工房だ。ファンタマとしてはこれは許してはおけない。だが、その在処は博士たちの内偵部隊も所在を掴めていないようだ。

 寝台で仰向けになり天井を見つめる。どうして、警備隊が見つけられないのか。ファンタマが思うに城塞で過ごしている内偵部隊は水に浮く氷のようなもので、水面下にはこの湖畔の村は言うに及ばす周辺の村や町にも多数の協力者が潜んでいるはずだ。その力を擁しても見つからないのはどうしてか。博士は嘘をついているわけではないだろう。だからこの野盗の真似事までやらかした。ここから持ち出される荷物を抑え、そこから先を手繰ろうとしたのだろう。強引極まりないがそこまで追いつめられていたということか。

 眼を閉じ、ゆっくりと息を吐く。何か見えてきた気がする。それは掴みかけては腕の間からすり抜けている。触れそうで触れない。悪戦苦闘の結果、ファンタマはようやくそれの尻尾を掴むことが出来た。巨象だ、この地なら巨大な角を持つ雄鹿でもよいか。そいつが村の通りを悠々とうろついている。

 だが、誰も気が付いていない。誰もが目隠しをしているかのように見えていない。ファンタマまでが気が付いていなかった。ここに到着して以来、終始手掛かりを投げつけられていたのに周りの雰囲気に流れされ見逃していた。これなら用心深いはずの内偵要員が命を落とし、博士達が手詰まりとなってしまったことも頷ける。

 思えばファンタマ自身もよく使う手ではないか。何度その権威を利用し望みの品を悠々と盗み出したことか。彼は声を上げ苦笑した。下手に彼らを理解していたために自分まで術中に落ちてしまったようだ。

 ファンタマは跳ね起き、窓を開けた。もはやじっとしている時ではない。
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