お化け屋敷で儲けようとするのは間違っているのか 第1話

文字数 4,460文字

 フレア・ランドールにとっての一日の始まりは夜明けではなく夕暮れとなっている。それは主人である吸血鬼アクシール・ローズの目覚めの時間に基づいての事である。狼人であるフレアにとって、それは単なる一日を数える区切りにすぎない。ローズと出会うまでは夜明けを起点としていた。陽が出ているうちは人を装い、夜となれば狩りを始めるという具合だ。
 一日の始まりは穏やかでさわやかであったり、忙しくいらだたしかったりといろいろあるだろうが、フレアには緊張の一時である。ローズはいつ現れるか分からず、いつ現れたのかもわからない。寝間着のままで椅子に座り、新聞を読んでいるローズをフレアが発見するのが大抵であるが、たまに部屋中の家具が突然踊り出すことなどのお遊びが入るため油断はできない。それが幻影ならまだ良いのだが、実際に動いている場合は面倒でたまらない。ローズは動かすだけで、片づけるのはフレアなのだ。
 今夜は寝間着で静かに椅子で新聞を読んでいた。それがローズの幻影でなければの話だが。
「おはようございます。ローズ様」フレアは目の前に現れたローズに声を掛けた。
「おはよう。フレア、まずはこれを読んでみて」
 ローズはフレアの目の前から消えることなく、今朝発行の新聞を差し出して来た。
 フレアは差し出された新聞を受け取り、折り畳まれた紙面に目をやる。その新聞は午前中に届けられたためフレアは全ての記事に目を通していた。差し出された記事は旧市街の空き家に幽霊が出現し、立ち入った者が襲われたという内容だ。改めて目を通すが内容は変わってはいない。
「あの辺りじゃ幽霊なんて珍しくないのに、なぜいまさら記事になるんでしょう。わざわざ言及される方は少ないですが、たえず噂は流れてます」
 フレアは新聞をテーブルに置きローズの着替えを始めた。立っているローズから寝間着と下着脱がせる。それを畳んで傍の籐編み籠へ投入する。
「確かにそうよね。その記事にあるチェスナット通りなんて、わたしがここに来る前から曰くつきお屋敷はいくつもあった。噂なんて珍しくもない。幽霊が現れたことを箔にしている節さえある。名の有るご先祖様が現れたといってね。」
「ネタに困ったんでしょうか。それで穴埋めに載せた」
 フレアが下着に足を通すためにローズは足を上げ協力はするが、それ以上に不要な身動きをする。意識してやっているのかは不明だが、話を始めるとその傾向が強くなる。裸だろうなんだろうが関係ない。
「明るいネタならそれもあるでしょう。取材先も快く応じてくれるでしょう」
 両腕で轆轤を回し、盛んにお尻を振るローズを相手にフレアは持ち前の素早さで下着、靴下などを着せつけていく。
「はい」受け答えも忘れない。
「ご先祖様が現れる。それを歴史があると感じている彼らでも、誰でもいいというわけでもない。過去に面倒事を起こした人はお断りでしょうね。不名誉な行い、犯罪、一族や領内での乱行、その張本人が現れたとなれば喜ばれることはない。ましてや、それが人様に危害を与えたとなれば、あの人たちのこと全力で事が公になることを防ごうとするでしょう。黙って放置するわけがない」
「そういえば、そうですね。何かおかしいというわけですか」
 ブラウスを着せつけ、次はコルセットの装着へと入る。コルセットは十分な補強が施された特別製だ。フレアは人ならば潰れてしまうような力で締め付けるが、ローズには効かないようだ。しかし、その前に胸元の調整が必要となる。経年により岩のように硬くなったローズの胸を豊満で柔らかな曲線で装うのはフレアの仕事である。
「そういうこと。背後に何かあるのかもしれないわ。記事の真偽を確かめてきなさい」
「お化けお屋敷を見つけて、本当に何か出るか確かめるわけですね。もし、ちゃんと何かがいたらどうするつもりですか。わたし達の手で払ってしまうんですか?」
「最終的にはそうなるだろうけど、まず安く買い取るのが先ね。それから問題を解消してから高値で転売する。いい暇つぶしになるし、うまくいけばあなたの食事代の足しぐらいにはなるわ」
 フレアは暇つぶしをするほど暇ではないが、主人の命とあれば従うほかはない。夜が明けてからのフレアの仕事にお化け屋敷探しが加わった。

 以外に思う者も多いが旧市街の繁華街、市場が最もにぎわう時は朝方である。その主体は貴族やお金持ちではなく、その使用人や彼らが訪れる店舗の従業員である。
 大通りで声を張り上げる新聞売りや職場へ向かう人々の間を縫って、今日フレアが目指すのは老舗高級菓子店「インフレイムス」である。ローズと名門貴族双方と取引のある店員ならば、記事にされたお化け屋敷について何か知っているのではないかと思いいたった。
 通りに並ぶ宝飾店、武具服飾店などはまだ人気はなく扉は閉ざされていたが、菓子店の扉は開かれていた。しかし、営業まではまだ時間があるため陳列棚の大半はまだ空のままだ。フレアはいつものように店の裏手へと向かったが、途中でよく知る顔を見かけた。店員のコハクである。彼女は仕込みやらなにやらで出たゴミと店の脇で格闘していた。ゴミが詰め込まれた籠を載せた引車が轍に車輪を取られ、彼女は立ち往生していた。コハクは懸命に車を引くが、轍に嵌り込んだ車輪は抜け出すことはできない。
 状況を察したはフレアはコハクの元に駆けより、彼女に代わって車を轍から引きずり出した。勢いでゴミ籠とコハクが転げそうになったが、それはフレア持ち前の素早さと力でねじ伏せ抱きとめた。
「ランドールさん、ありがとうございます」
「いえいえ、でもこれじゃうちの近くと変わりませんね」フレアはさっきまで引車が捕まっていた窪みを眺めた。
「そうなんですよ。通りは綺麗なんですが、すこしでも外れるとこれです」コハクはため息をついた。
「そういえば、フレアさん、ご用は何ですか?クッキーは今日じゃないですよね。もしご注文なら裏口でも受け付けてます。新作のケーキがあるんですよ。南方から取り寄せた果物をたっぷり使ってあって、その甘さがたまらないとすごく好評なんです。お酒もたくさん使ってあるので大人向きではありますが……」
「あぁ、それはローズ様に伝えておきます」ケーキを口にすることはできないが、見た目に興味はある。しかし、今はその余裕はない。フレアはお仕着せのポケットから新聞から切り出した記事を取りだし、コハクに手渡した。
「今日はこれについて何かご存じではないかと思いまして、新しいお化け屋敷の噂です。どの辺りか分かりませんか」
「うーん」コハクは記事に目を通しつつ呟いた。「いろいろを噂は聞いたことありますが、場所までははっきりしませんね。わたしもこの辺りに住んでいる方のお相手をすることはありますが配達で出向くことはないので、すみません」
「そうですか」
「また、ローズさんのお使いですか?」
「ええ、まぁ」
 皆、フレアたちのやっていることは良く知っている。
「そうだ。ニコライさんならお分かりかもしれませんよ。あの方のお住まいはスプルース通りですが、チェストナット通りはすぐ傍です」
「そうですか。ニコライ様のお住まいの近くですか。それならご挨拶がてら寄ってみるのもいいかもしれませんね」
「でしょ」
 
 フレアは最寄りのゴミ置き場までコハクと共に歩き、その後ニコライ・ベルビューレンの住まいへと向かった。彼は以前の「お使い」の過程で知り合った。以降ローズと共通の趣味である演劇鑑賞と、彼の性格も伴って良好な関係を続けている。
 ベルビューレン邸のあるスプルース通りはチェストナット通りと共に名士街と称されている高級住宅地である。基本的に部外者が興味本位にうろつく場所ではないが、ご機嫌伺いの訪問となれば話は別である。
 フレアがベルビューレン邸の呼び鈴を鳴らすと、ほどなく執事のイェスパーが現れ中へと通された。客間に入ると既にベルビューレンが立っていた。心なしか、疲れているように見えた。
「おはようございます。ニコライ様」
「おはよう。フレア、君も元気そうで何よりだ。さぁ、座ってくれ」
 フレアは彼に促され傍の席に腰を下ろした。その対面に彼が座った。茶色で波打つ髪は後ろで纏め、作業用ゴーグルを額まで上げている。はめていた作業用手袋を身体の脇に置く。
「あぁ、ローズ殿に送る予定の極楽鳥なんだが、まだできていないんだ」
 フレアはベルビューレンの言葉を聞き、鳥の動人形のことを思い出した。この前歌劇場で会った折、彼はローズに自作の動人形を贈ると請け合ったのだ。もちろん、それに期限などなく彼女もそれに気をもんでいる様子もない。
「どうにも忙しくなってきてね。それというのも、この前の串刺し魔の絡みでラルフのことが注目されることとなった。一時は面倒もあったが、移民ながら帝都で才能を認められることとなった。その結果ラルフの工房に訪れる客の数も以前より増えたようだ。ラルフは工房の片隅に俺の作品も置いてくれてるんだが、嬉しいことにそれ興味を持つ客も少なからず出て来た」
「それはおめでとうございます。努力の甲斐がありましたね」
「ありがとう、ラルフの売り込みのおかげで、どっちがパトロンかわからなくなってきてるが、注文が入るようになってきた。喜ばしい事なんだが俺の未熟さもあるんだろうが、手の遅さと相まって作業に追われている状態なのだ。気が逸るばかりで作業が捗らない」
「ニコライ様、お話してそれぐらいにして、ランドールさんにご用件を聞いてはどうですか」イェスパーはぬるめで薄い茶をフレアの前に置いた。「ランドールさんもご機嫌伺いでここまで足を運ぶほど暇な身ではないでしょう」
「すみません」ここでも真意はすでにばれているようだ。
「謝ることはない。串刺し魔の件では君やローズ殿のは大いに感謝している。あれが放置されていたらラルフはもとより俺たちもどうなっていたか。ローズ殿から事の伏せられていた顛末を聞いた時にどれだけ肝を冷やしたか。それは俺もイェスパーも同じ思いだ。だから、何でも聞いてくれ」
「はい、ではお言葉に甘えて、この記事あるお屋敷について心当たりがないか、お伺いに来ました」
「ふむ、これか……」ニコライがまずを目を通した後イェスパーに手渡した。
「探すのはお化け屋敷よりむしろ、空家の方ですか」
「そうだな」
「わかりますか?」
「はっきりとはいえんが、心当たりはある。一度行ってみるか」ニコライは軽く手を打ち微笑んだ。
「お仕事はどうなさるつもりですか。人形細工を趣味ではなく生業とされるなら、まず納期を守らねばなりません。ご存知かとおもいますが、期限も迫っております」
「少し、少し案内するだけだ。すぐ戻ってくる」
 二人の問答はこの後もしばらく続いた。そして、その間フレアはぬるい茶をすすりつつ眺めることとなった。
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