第2話

文字数 3,357文字

 ファンタマの攻撃は姿を隠した気配に効かなかったとしても、居場所を突き止めることはできた。気配の主たちも姿を消すこと止めた。彼の守護者であるアラサラウスが視覚に依存しない存在ならば、自分たちも姿を消す意味はないと判断したためだろう。

 白い靄が宙に湧き出し、上着の袖口から伸びる細かく分かれた刃を絡めとる。それを強い力で引きつつ束に纏める。ファンタマは窓と壁の両側から曳かれために両手を塞がれ、その場で拘束される形となった。 しかし、それに応じてアラサラウスは自らの緊張を緩め無力化する。

 拘束も無意味と悟ったか。窓側の靄が一つが伸びた袖口を宙に投げ捨て、ファンタマに向かい突進を始めた。動くにつれ靄は人型に変化し始める。残る一体も靄も同様に姿を変える。黒いお仕着せの若い男女だ。ファンタマに向かってくるのは街で会えば思わず笑顔を浮かべような小柄な女性だが、手にしているのは鮮やかな青緑を帯びた細剣で、その切っ先を向けられるのは願い下げだ。

 袖に緊張が無く動きに余裕があっても、伸びる裾だけでは戦いにくい。ファンタマは袖先を極限まで細く絞り、靄が締め付ける力が僅かに緩んだ隙を狙って、強引に引き戻し捕えられていた袖口を取り戻した。

 細かく分かれていた袖口を盾のように再構成し、女の細剣を受け止める。そこから瞬時に大剣へと形態を変え、間合いへと入っていた女に向かい横一線の斬撃を加えた。女はそれを不自然なほどの海老ぞりでかわし、後方へ跳ね飛んだ。やはり、人になのは見た目だけのようだ。

 窓側で袖を拘束していた若い男も女への加勢のため室内へ入って来た。壁を隔てた廊下側からは扉ではなく、ファンタマが壁に開けた穴から靄が噴出し侵入し、人の形態へと変化した。扉を使う方が簡単に思えるが、それは人ならではの判断か。

 五体とも揃いのお仕着せを身に着けた男女である。黒い髪に鮮やか青緑の瞳をしている。違いは背の高さと髪の長さといったぐらいでよく似た五人兄弟のように見える。

 僅かな間を置き再戦の開始だ。彼らはテンポよくファンタマに細剣を突き込み、切っ先を振り下ろす。ファンタマも彼らが繰り出す攻撃をアラサラウスの力を借りかわし、受け止め、時に受け流す。事情知らなければよくできた殺陣に見えたかもしれない。

 ファンタマは裾で作り出した槍で突き上げ、袖を剣に変え薙ぎ払う。ファンタマの斬撃により損傷を受け、彼らの動きを一時止めることは出来ているが、それは彼らが体を修復するまでの短い間だけだ。決定的な一撃とはなっていない。戦いはほどなく膠着状態に陥った。まるで埒が明かない。

 そろそろ逃げ出す頃合いか。ならば、脱出口はどこになるか。ここに至って脱出口となりそうな窓辺に新たな気配が感じられた。戦いに気を取られ見逃していたか。ファンタマは五人組の相手をしつつ、上着の裾の一部を槍と化しその気配に撃ち込んだ。

 強い衝撃と共に槍は宙で受け止められた。かなりの手練れが施した対物理防壁だ。五人組みの動きが止まり、彼らの視線が大窓の外へと向く。

 そこに現れたのは小柄な老婦人だ。肩までの波打つ白い髪に白い肌、唇には真っ赤な紅が塗られている。淡いハシバミ色の瞳で落ち着いた薄い桃色の魔導着を身に着けている。

 婦人は柔らかな笑みを浮かべつつ、大窓から部屋へと入った来た。ゆっくりとした拍子で両手のひらを打ち合わす。

「お見事!この子たちとここまでやり合える人は中々見かけませんよ」彼女の声は至極朗らかだ。「それにこれだけやっても、まだ余裕があるように見受けられますね。実に面白い……」

 婦人の顔から笑みが消え、眼が細められる。

「あなた方、戦いやすい体に戻りなさい」

 婦人の言葉に五人組は靄に戻り宙に消えた。直後に婦人の胸元に掲げた左手に銀色に輝く細剣が現れた。相前後して婦人の両脇に寄り添うように細剣が二本ずつ実体化した。切っ先をファンタマに向け宙に浮かんでいる。刀身は青緑で、鍔はなく柄頭には青緑の石が埋め込まれ凝った細工が施されている。五人組が手にしていた細剣と同様の作りだ。こちらが真の姿なのだろう。

「では、お手合わせを」と婦人。

「断れないんだよな」僅かだが休憩は取れた。しかし、面倒はまだ続くらしい。

「もちろん」婦人の口角が上がる。

 相手が何者だろうと油断はできない。魔器と契約する力があれば容姿など関係はない。現にファンタマは大太刀を振り回す子供に切り裂かれそうになったことがある。年寄りが細剣を扱うことにも何の不思議もない。

 婦人はファンタマとは間合いを詰めず、その場で強固な障壁を張り、その背後で力強く手にした細剣を振り回す。それに従い他の四本がファンタマに攻撃を仕掛ける。彼としての戦いはさっきまでと変わらない。相手が一体減ったからと言って楽になったわけでもない。むしろ動きが良くなり立ち回りが難しくなってきた。

「あなた方、戦いやすい体に戻りなさい」

 婦人の言葉通り細剣にとって、あの体は拘束具に等しかったのだろう。

 これが本体なら破壊すればよいと防御の合間に細剣の刀身に攻撃を加えるが、絶妙の加減で受け流され床に叩き落とすことすらできない。細剣にかまわず、婦人の防壁を破壊できれば話は早いが、あの防壁は半端な力では歯が立ちそうにないのはさっきの攻撃で明白だ。

 ならば、渾身の力を込めてはどうか。物理障壁なら力で対抗すればよい。脳筋丸出しではあるが策はそれしかない。このままではどの道追いつめられ打つ手は無くなり、煤まみれの床に倒れるだけだ。生死も彼女の手に委ねざるを得なくなる。

 事が決まれば話は早い。ファンタマは上着の裾を使い、空を切り襲い掛かる四本の細剣を捕らえた。そして、握りに絡みつき細剣が持つ自前の移動速にアラサラウスの力を添加し、部屋の隅まで投げ飛ばした。細剣は最寄りの壁や床、天井に刺さる。これで時間を稼ぐことは出来る。

 後は速さの勝負だ。ファンタマは細剣を投げ飛ばすと同時に右袖で槍を作り出した。それを最速で前方に撃ち出す。間髪入れず左袖を剣に変え、婦人に向かい突進する。速度は右袖には及ばないがそれでよい。右袖は防壁を破壊はし、それで力を失った。元の形態へと戻っていく。

 ファンタマは素早く婦人との間合いを詰め、剣で細剣を薙ぎ払い、返す刃を喉元へ添えた。だが、お互いそこまでだった。ファントマの襟元、背中や脇腹に戻って来た細剣の感触か感じられたからだ。この先は同士討ちしか残ってはしない。

「面白かったわ。この辺で手打ちにしましょう。あなたに頼みたい仕事があるの。聞いてもらえないかしら」

「内容によるね」

 ファンタマを囲んでいた細剣は姿を消した。婦人は後ろに退き、手にしていた細剣の切っ先を下に向けた。細身の鞘が宙に現れ、彼女はそれをつかみ取り刀身を収めた。平時は豪華な飾り杖となっているようだ。ファンタマも服装を穏やかな紳士ヘイゼル・マンセルへと戻した。

「きっと喜んでもらえると思うわ。わたしはクリスティアン・ファボットよろしくね」

 ファボットはファンタマに鷹揚に礼をした。

 この名前は耳にしたことがあった。クリスティアン・アボットは資産家の魔導師であり宝石に目がない収集家でもある。その目的のためには手段を選ばない。盗品であろうと厭わない。そのためファンタマの同業者とも取引があり、当然各国捜査機関から、眼をつけられている存在だ。

 それがまさか、自宅の中庭で行われるお茶会で自作の菓子を振る舞っていそうな少しふくよかな老婦人であるなど想像もしていなかった。もっと古式ゆかしい禍々しさを漂わせた魔導師を想像していた。

 だが、今回手合わせをして納得した。あのような美麗な細剣や使い魔を使役し戦うさまは聞き及んでいた噂に相応しい。

「俺が何者か知っての依頼かい?」

「あなたはファンタマでしょ?今手合わせをしてしっかりと確認させたもらったわ」

 確認にしては手厳しかった気もしないでもない。

「ぜひ協力してもらいたい仕事があるの。詳しい話は外へ出てにしましょう。ここは少し焦げ臭いわ」

 アボットは踵を返し外へと出て行った。ファントマもそれに続いた。
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