第9話

文字数 3,659文字

 ランタンの灯を囲み、エリオットとアイリーンは今まで知り得た空中庭園とそれに関わる情報をボーデンに話した。彼女は椅子のもたれ、テーブルに頬づえを付きながらも終始笑みを浮かべながら黙って聞いていた。そして彼らが話し終えると豪快な笑い声を上げた。
「まるで悲劇の闘士だ」ボーデンの肩はまだ微妙に震えている。
「間違ってるのか?」
「いや、わたしは思いのほか立ち回りはうまくいっていたようでなによりだ。そして未だにそれがばれていないとはな」
「どういうことだ?」
「さっきも言ったであろう。空中庭園を落とす。それが目的だ。ただし相手は帝国だ。力任せというわけにはいかん。わたしの行動で楽園に危機が及ぶようなことがあってはたまらんからな」
「そんなに危険なものなのか?」
「しかたない。いろいろと話してやらんといかんようだな」ボーデンは大きく息をついた。「まず、空中庭園についてだが、あれは魔法によって浮かぶ巨大な船というものではない。巨大な生き物だ。巨大な殻を製作しそれに生き物を閉じ込め、外部から自由の操作できるように施したものだ。乱暴だがわかりやすく言えば、馬を操るには手綱を付けるだろう、それをとてつもなく規模を大きくしたと考えればいい。
 そこに使用される生き物の製法、制御、殻とする船体の製造などを確立したのがモーテン・ブロックだ。しかし、それを具現化するためには多額の資金が必要だった。そこで奴はその計画を丸ごと帝国へと持ち込んだ。帝国も周辺国、属州といろいろともめていたため、その計画に乗ることにした。特に当時の皇帝イングウェイ帝は反体制勢力に対する抑止力なるの考えたらしい。
 陸路に頼らない大量の人員輸送、空からの爆弾投下や魔法攻撃、迅速な攻撃展開などが空中庭園の利点とされていたが、そんな夢のような性能を備えた巨大船が本当に建造可能なのか?そういぶかしむ声も出た。特にブロックをよく思わない者たちからな。もし嘘があるなら陛下をお諌めし、ブロックを体よく追い払いたいと考えていたようだ」
「よくある話だ」
「うむ、そこで彼らから錬金術師であり少なからず皇帝と親交もあるわたしに話が来た。空中庭園、その時は浮遊要塞とも呼ばれていたか。それに関する図面を内密に検分し、不審な点が無いか判断してほしいとのことだった。あれのことを聞き、よく知りたかったわたしはこれ幸いと要請を承諾した。不審な点を作り出してでも建造を止めてやろうという意気込みで検分を始めた」
「本当に嫌いなんだな」
「当たり前だろう。考えても見ろ。そなたとはあからさまに敵対しているわけではないが、特に親交が深いわけでもない連中が、突然とんでもなく腕の立つ助っ人雇ったようなものだ」
「ローズが突然、特定の組織に肩入れ始めるようなものだな」アイリーンが呟く。
「そりゃ、気が気じゃねぇ」エリオットは思わず身体を震わせた。
「わかったようだな。砂漠や海を労せず飛び越え、赴いた地で数多の火の雨を降らせる。それが使われるのは国外とは限らん、国の内外を問わず帝国が敵と認めた者に使用される。狭い領域とはいえ楽園を統べる者として放ってはおけん」ボーデンが大仰な手振りで身体を揺らすと椅子は耳障りな悲鳴を上げた。
 ボーデンは黙り込みエリオットを見つめた。
「椅子は換えておく。話を続けてくれ」
「結果としては、ブロックの主張する性能をあの要塞は十分に備えているという結論が出た。その設計はわたしも大いに参考したくなる個所が満載されていた。その者達は興奮しつつも落胆していた。器用な連中だ。わたしはより脅威を感じていた。そんな中で気になる個所が発見された。中央での制御とは別にもう一つの空中庭園に対する接続口だ。言ってみれば馬車におけるもう一つの手綱だ。それが本来の御者に替わり馬を御することになる。その時は当然元の御者の介入は不可能だ」
「船丸ごと乗っ取ることができるということか?」
「その通りだ。物分かりがいいな。彼らにはそこに接続するのが皇帝陛下なら良いがブロックの場合を考えてみろと言ってやった。元々仕様にはないはずだったからな、ようやく付け入る隙を見つけたのだ」
「それでも、結局ブロックを追いださなかったんだな」
「帝国は空中庭園の性能面に偽りはないことが分かり、何としてもそれが欲しくなったのだ。その建造にはどうしてもブロックの力が必要だった。そこで奴に思うままあれを建造させた後、追いだすことをにしたようだった。わたしを含めて帝国も奴を少し見くびっていたのだ。万が一乗っ取られてところで強制的に止めることはできる。そうしたところで落ちることはない。奴一人で何ができるとたかをくくっていたのだ」
「それにしても、魔導師一人にえらくやらかしたもんだな」
「エリオット!口を慎め!」
「まぁ、そう言われても仕方ないだろうな。奴はあれを乗っ取るために周到な準備を重ねていたのだ。誰もそれに気が付かなかった」
「お母様……」
「帝国としてはどうしても空中庭園の動作試験は必要だったとしても、ブロックが企画した初航行式典を捕縛の機会に利用したのはまずかった。奴は皇帝や貴賓客を招き、北西部の砂漠地帯で空中庭園による性能視点を実施した。帝国はその折に奴を捕縛すべく、空中庭園と砂漠の研究所へ専任部隊を差し向けた。わたしも奴の退路を塞ぐため密かにアイリーンを向かわせた。
 空中庭園が浮かび、式典が終わり、わたしは宴の輪から抜け出し厨房の方まで降りていた。帝国はわたしに大捕り物に関わらせる気はなくその場から外されたのだ。茶など飲みながら宴で出された菓子の作り方などをそこの調理師に聞いていた。そんな時だ、上階からただならぬ気配があふれ出して来た。
 その場にいる者達に何か起きているようだと告げ、様子を見に行くことにした。奴が捕らえられることはわかっていたから、一騒ぎはあると思ってはいたがそれにしては妙だった。上階へと上がってみれば魑魅魍魎であふれかえっていた。不意を突かれた近衛騎士団は防戦一方となり大混乱に陥っていた。
 どう考えても、あれだけの数の妖魔を一度に召喚するなど不可能だ。わたしであってもな。そう思いふと周囲を見ると、真新しい壁に不自然な穴がいくつも空いている。それでわかった。奴は呼びだした妖魔を小石にでも変えて壁に埋め込んでいたのだろう。それなら時間的余裕もあり、合図一つで瞬時に大量の妖魔が飛び出してくるという仕掛けだ。
 わたしは邪魔な妖魔どもを蹴散らし中央制御室に向かった。動ける騎士と共に到着した時には既に手遅れだった。皇帝を含め貴賓達は死亡、または瀕死の状態、そこにいた妖魔は皇帝直属の部隊が始末したようだが、ブロックはすでに空中庭園との接続を遂げていた。精鋭で知られる連中も空中庭園との接続に成功し、それと同化したブロックを相手にするとなるとかなり手こずっているようだった。ブロックの力をなめていた奴の顔が見てみたいなどとは言わないでくれ。
 わたしは精鋭部隊がブロックを引きつけている隙に空中庭園の強制停止を試み、それに成功した。
 部屋の前で全身鎧で立ちつくす集団がいたが、機能を止められた警備用の動人形と後でわかった。来客が多く止めていたそうだ。だが、あれが動いていれば幾らかはましだったかもしれない。
 とりあえず空中庭園はブロックを取り込んだまま、その機能を停止した。しかし、それではただ眠っただけ、ブロックに至っては意識を保って外部に働きかける力をまだ保持していた。今もかわらず力は持ち続けているのだろう。フェル宅でわたしたちを襲った連中の中にブロックの気配を感じた。
 ブロックの動きは封じたものの、それは同時に空中庭園を制御する手立て失ったことを意味していた。生き残った者は船体下部の転送器から外部へ退去した。しかし、知っての通り、そこから繋がる研究所からの脱出もかなわない状態となってしまっていた。ブロックは初めから空中庭園からの退去など考えてもいなかかったのだ。だから、自ら火球を放ち己が施設の破壊を図った。結局は中途半端な結果に終わったがな。
 それも生き延びた者達には幸運とはならなかった。最初は船体内部や研究所内に残った食料をやり繰りしていたが、やがてそれも底を付き、飢えが皆を襲い次々と倒れていった。わたしもブロックを迂回して空中庭園を操作し、地上に降ろす方法を研究所で必死に模索していたのだがうまくはいかなかった。
 最後の一人となっても諦める気はなかった。しかし、身体は持ちそうになかった。そこで少々荒い手立てではあったが、魔導書の呪いのによりこの身体を石化し眠りにつくことを選択した。きつい賭けかと思ったが、そなたのおかげで運が向いてきて勝ちが拾えるかもしれん、もう少し手伝ってもらうぞ」
「あぁ、かまわねぇよ。ここまで聞いたら最後まで付き合うよ。ただし、金はきっちり払ってもらうぞ」
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